第171話 魅了の魔術
クリスティーナ達はオリオール邸で見た物や生まれた推測、疑問を全てディオンへと報告する。
その場にはオリヴィエも残り、彼は腕を組んだまま静かに耳を傾けていた。
一行からの説明が一通り終わった頃、難しい顔をしていたディオンが静かに目を伏せる。
「……そうか」
ディオンは机を指で小突きながら暫く黙り込む。
考えを整理しているのか、彼が口を閉ざしたまま暫く時間が経過したが、やがて低く呻く声が漏れる。
「参ったな。予想以上に厄介だ」
「……僕が携わってきた物でもここまで脅威的な物はなかった」
「そうなのですね」
ディオンの言葉にオリヴィエが同意を示す。
二人の深刻な面持ち、そして彼らの発言から改めて事の重大さを認識したジルベールは顔を曇らせた。
「人を植物化させるという点もだが……。恐らくお前さん達が確認した古代魔導具の効果は一つじゃない」
「複数の機能を兼ね備えていると?」
「ああ。現代の魔導具でもそういった類のもんはあるだろう? 光を灯したり消したりする機能と明るさの調節する機能を兼ね備えたランプだとか。古代魔導具にもあるのさ。それも非常に複雑な術式を複数用いた様なもんがな」
ディオンが推測する『複数の機能』。その内一つは人を植物化するという物であるとして、他の機能として思い当たる様な現象は思いつかない。
クリスティーナ達はディオンの見解を問う様に彼へ注目した。
「古代の魔法の在り方を知ってるってなら、魔術が六つの属性に縛られないっていう話は大丈夫だな?」
「ええ」
「六つの属性に縛られない……。つまり術式と必要な道具、そして魔力さえあればどんな魔法だって実現する。勿論組み込んだ術式がどのような効果を齎すのかという知識は必要だし、新たな魔法を生むには相応の時間や労力が必要となるが」
「つまり、何が言いたいの?」
今回発見した古代魔導具に六属性以外の魔術が組み込まれているだろうことは人を植物化させる効果を知った時から察しが付いている。
植物に絡む魔法は現代の人類は扱うことが出来ない――六属性に存在しないものであるからだ。
そしてディオンの口振りでは二つ目の機能として予測している魔術もまた、六属性に当たらない物であると言っている様である。
その答えを急かす様にクリスティーナは問い掛ける。
彼はその唇を重々しく動かした。
「つまり、闇魔法も扱えるという事だ」
「……っ!」
「脅威有りと見なされる古代魔導具の殆どは闇魔法が絡んでいる。生命に影響を与える物や精神に絡んだ物……闇魔法は他者を攻撃するには都合が良い効果を齎すからな」
「元より争い事の為に生まれた道具ならば尚更だ。それの脅威が高い程、闇魔法の中でも強い効力を持つ魔術を組み込まれているものだ」
闇魔法と聞いてクリスティーナ達三人の頭を過るのは魔族の存在だ。その言葉に三人の間を僅かな緊張が走る。
押し黙る三人の代わりにと古代魔導具に携わってきたオリヴィエが詳細を語り、ディオンはそれの補足をした。
「隠し部屋と、その傍で引き籠るようになった話から考えるに……ジョゼフ・ド・オリオールが古代魔導具に相当執着していそうだ。そしてそれが本人の純粋な欲求からのみ来ている感情ではないとオレは考えている」
「……魅了か」
「そういうことだ」
以前に似た様な効果を持つ魔導具に携わった経験があるのか、オリヴィエがディオンの仄めかしていた『二つ目の機能』を言い当てる。
古代魔導具に通じている訳ではないクリスティーナ達ではあるが、それでも『魅了』という言葉で連想させられる物があった。
闇魔法は聖魔法と同じく謎の多い魔法だ。だがその中でも『魅了』の存在は有名な話であった。
闇魔法の中には人の精神に影響を及ぼす物も多い。中でも『色欲』の魔族アモデウスは男女選ばず自身の虜にさせてしまう『魅了』の魔法を解く意図していたという。
『魅了』を掛けられたものは対象に妄執的になる、好意の対象は必ずしもアモデウス自身でなければならない訳ではなく、それが物へ向けられるよう仕向けられることもあったという。
『魅了』は闇魔法の中でもわかっていることが多い類の魔法。
魔族の扱う魔法の詳細を知った者が同じ効果を齎す術式を完成させてさえいれば魔族でなくとも『魅了』の魔法を扱うことは出来る。
今回の古代魔導具はそうして出来上がった物であるかもしれない。それがディオンの見解であった。
「『魅了』で特定の人物を古代魔導具に妄執させる。わざわざ術を組むって事はそうするメリットが当時の開発者共にはあったってことだ」
「では、とりあえず……あの古代魔導具は植物化と『魅了』の二つの効力を兼ね備えているという事?」
「機能の面の話だけをするのであれば、そうだ。これだけでも十分厄介且つ危険極まりないが……恐らく今回はそれで片付けられる物じゃあない」
「他にも何か懸念点が……?」
「そういうこと……なんだが、この話をする前に話しておかなくちゃなんねぇことがあるな」
ジルベールは不安を滲ませ、顔を青くさせながら真剣な眼差しでディオンに答えを求める。
今一度その場の全員の視線を集めた彼は目頭を揉んで顔を顰めてから、苦々しく笑った。
「魔術ってのはなぁ……無生物以外にも組み込めちまうんだよ」




