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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第169話 新たに生まれる疑問

 本館を一通り回った三人は書庫へ寄り、適当な本を数冊見繕ってからシャルロットの元へと戻る。

 道中、周囲に他者の気配がない事を確認してからリオが呟く。


「結局古代魔導具は最初の部屋にしかなさそうだというのは喜ばしいことでしたね」

「そうですね」


 彼の言葉を肯定する様にジルベールも頷く。

 だがその顔は浮き彫りとなった別の問題によって曇っていた。


「しかしここに古代魔導具が一つしかないという事は、それがシャルロット様に影響を与えている物に他ならないという事……。そしてあれが齎す効果にも目星が付いた今……一刻も早く解決させなければなりません」


 人を人ならざるものへ変える。それが今回発見した古代魔導具の齎す効果であることはわかっている。

 そしてシャルロットがその古代魔導具の影響を受けていると考えるのならば、彼女の体調の異変は人ならざるものへ変わる前兆や過程である可能性がある。


 危険過ぎる古代魔導具とそれが齎す影響、そしていつシャルロットが使用人達と同じ姿へ変貌を遂げるかわからない恐怖。それがジルベールを不安にさせているのだろう。


「ここにある古代魔導具が齎す影響は大まかに把握できたわ。……けれど、不可解な事もある」


 ジルベールの後に続きながらクリスティーナは眉根を寄せる。

 彼女以外の二人も各々が似た様な考えに至っていたのだろう。彼らはクリスティーナの言葉に小さく頷いた。


「まず、この場にある古代魔導具が徐々に人の体を植物へと変化させる類の物であるのならば、シャルロットが体を壊した後に行方不明となった使用人達の方が彼女より先に完全な植物となっている説明が出来ない」

「使用人が姿を消したのは旦那様による隠蔽工作が理由でしょう。植物化した者の姿を他者に見られれば古代魔導具の存在や倫理に背いた悪事が公になってしまいますから。……しかし、問題はそこではありませんね」


 ジルベールは眉を下げる。

 憂いる様に目を細めた彼は倉庫のあった方角を一瞥した。


「失踪した使用人達が事前に体調不良を訴えていたという事実はありません。となれば変化が起きたのは恐らく失踪後……。にも拘らず先に影響を受けたはずのシャルロット様に目に見えた植物化が発生していない中、失踪した彼らが既に植物へと変貌している」

「個々の植物化の進行速度には経過時間以外に何かが絡んでいる……と見て良いでしょうね。残念ながらそれ以上の推測は困難ですが」


 植物化の進行に絡む物が純粋な経過時間であるならば、シャルロットはとっくに植物と化しているはず。

 しかし時系列による矛盾が起きているとなれば、大きく関わっているのは別の要因だ。


「それに明らかに危険であるそれを所持し続ける理由も、持ち主が影響を受けていない理由も不明だわ」

「いくら骨董品に目がなかったとしても、自らの危機を鑑みずに集める方は少ないでしょうからね」

「旦那様は確かに骨董品を集める趣味をお持ちですが、目先の欲に囚われてご自身の立場を危うくするような方ではありませんし……法に背くような行いをする方でもなかったのです」


 明らかとなった事がある反面、未だ不可解な事も残っている。

 そのことに頭を悩ませるクリスティーナとリオの傍でジルベールは顔を俯かせた。


 慕っていた相手の犯行。それが否定できない段階まで証拠が集まってしまった事が、彼の顔を曇らせているのだろう。

 だが、どのような理由があり、元がどれだけ善人であったとしても相手が背負う業から目を背けてはならない。


「貴方の話が事実であろうがなかろうが、彼が許されない事を犯しているという事実は消えないわ。この件の解決を望むのなら情に流されては駄目よ」

「……はい。ご忠告、ありがとうございます」


 多くの人間を手に掛け、大切な者ですらいつその手中に落ちてもおかしくはない。過去の記憶がどれだけ美しくとも今起きていることから目を逸らしてはならない。


 今一度、自身の目的を思い返したジルベールは気持ちを切り替える様に首を横に振ると力なく微笑んだ。




 シャルロットと合流を果たしたクリスティーナ達は夕刻までの時間を書庫から借りて来た本を読む事やその内容について語らう事に費やした。

 そして空が橙に染まり始めた頃、クリスティーナ達はシャルロットと別れを告げて館の門へと向かった。


「私が人目を避けて館を離れられるのは夜間のみになりますから、また今晩、昨晩と同じ場所で落ち合ってから報告へ向かいましょう」

「わかったわ」

「それでは、また後程」


 ジルベールに見送られながらクリスティーナ達はオリオール邸の敷地から外へ出る。

 だが、胸の内に過る複雑な気持ちに後ろ髪を引かれたクリスティーナは、数歩足を進めた後にジルベールが立つ方へと振り返る。


「貴方、この後はどうするの」

「この後、というのは……」

「ディオン・ベルナールへ報告した後の事よ。役目を全うした後、オリオール邸を離れると言っていたでしょう」


 クリスティーナの言葉の意図を理解したジルベールは納得したように頷く。


「そうですね、そのつもりです。とはいえ何も言わず職務を放棄した立場で実家へ戻れば家族に迷惑を掛けてしまいますから、暫くは人目のつかない場所で息を潜めて過ごそうかと」

「……そう」

「ご心配なさらず。自衛程度ならばできますから」

「目を閉じてしまうのに?」

「それを言われてしまうと弱いので勘弁していただけると嬉しいです。……それに、あくまでこの件が解決するまでの間です」


 容赦ない指摘にジルベールは苦々しく笑う。

 頬を掻いて視線を逸らす彼の困った様は、従者としての役割を全うしている際や館を探索していた時の真面目な雰囲気とは程遠い。


「きっと、此度の真相が明らかになれば旦那様が咎められる事、オリオール家の信用が世から失われることは避けられないでしょう。旦那様が罪に問われ、捕らえられれば私の安全が保障されると同時にシャルロット様が一人取り残されてしまう。ですから、シャルロット様が悲しまれない様、私はお傍に戻るつもりでいます」


 緩んだ空気を誤魔化す様に咳払いを一つ落とし、ジルベールは再び仕事時同様の穏やかな微笑を浮かべる。


「……しかし、そうですね。シャルロット様が一人になってしまう事を危惧してはいますが、もしあの方の心の傷を癒し、傍に居続けてくれる様な方が他にいるのならば……私は身を退こうとも思っているのです。ですから今後のことは自分でもわからない、というのが素直な気持ちでしょうか」


 青い瞳の奥が切なく揺れる。

 だが彼の言葉に偽りはなく、本心から思っていることなのだという事がその口振りから伝わる。


「シャルロット様には幸せになって欲しい。家や立場で決められた誰かではなく、ご自分で選んだ方と歩んで欲しいのです。……そこに私が居なくても、あの方が笑っていてくれさえすれば良いのです」

「……少しだけ、わかる様な気がしますね。ジルベール様と通ずる所のある立場だからでしょうか」


 意外にも、同意を示したのはリオであった。

 感情の機微に疎い彼が他者の気持ちに理解を示すことは非常に珍しい。クリスティーナは瞬きを繰り返しながらリオを見やった。


 だが、彼は特に自らの考えを語らうつもりはない様だ。そしてジルベールもまた、そこを深く話し込むつもりはないらしく、リオの言葉には静かな笑みで答えた。


「ですから、身勝手な思いではありますが……あの方には是非とも頑張って欲しいものだと、思ってしまいますね」


 特定の一人を思い浮かべて呟かれる『あの方』という言葉。それが誰を指すものであるのかを察しながら、クリスティーナは目を伏せた。

 少し冷えた夕暮れの風が四人の脇をすり抜けていった。



***



 すっかり日の暮れた頃合い。一つの馬車がオリオール邸の正門潜った。

 そこから降り立ったジョゼフは満足そうな深い笑みを湛えながら本館の端――例の隠し扉を秘めた部屋へと向かう。


 薬剤の充満した部屋の空気を入れ替える為に窓を開け放ち、自身は口元をハンカチで覆う。

 そうして本棚を移動させその先に隠されていた扉をも開ける。


 先に待っていた大きな宝石。暗闇に包まれた空間で不自然な程鮮やかな赤色を放つその姿に恍惚とした顔を見せた彼はしかし、次の瞬間にその眉間に皺を刻んだ。


 そしてその場にしゃがみ込み、自身の足元を見やる。

 床や壁、天井へ張り巡らされた植物、その一部。

 不自然に斬り落とされた枝の断片が彼の足元には転がっていた。


 ジョゼフその内一つを摘まみ上げ、双眸に近づけて観察をする。そして自らが潜って来た扉の先を振り返った。


 彼の瞳はこの場に転がり込んだ鼠の存在を確信し、冷たく、そして鈍く光っていた。

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