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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』
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第17話 判決

「クリスティーナ・レディング」


 だだっ広い空間の真ん中に真っ直ぐ敷かれた赤の絨毯は玉座に腰を掛ける皇帝と皇太子の元まで導くように伸びている。

 クリスティーナはその途中で足を止めて優雅に跪き、頭を下げながら声に耳を傾けた。


 絨毯を挟むようにずらりと二列に控えるのは皇国騎士、その後ろに控えて遠巻きで事の顛末を見守るのは皇宮に伝える家臣や宮廷魔術師だ。更に後方では用意された椅子に腰を掛けたアリシアがその光景を眺めている。


 クリスティーナの名を呼び、立ち上がったのは皇帝ではなく皇太子フェリクスの方だった。

 彼は皇帝の正式な後継ぎとして発表をされてからというものの今まで皇帝が負担していた業務のいくつかを任されているとのことだったが、どうやら今回の件に関しての決定や進行も皇帝はフェリクスに委任したようだ。


「顔を上げろ」


 命令に従い、顔を上げる。

 クリスティーナの姿は階上に立つフェリクスの碧眼に射止められていた。

 彼はその目を細めて淡々と告げる。


貴女きじょには己の醜い嫉妬からイニティウム皇国第一王子である私の婚約者、そして貴女の姉であるアリシア・レディングを陥れんとする日々の言動に対する疑念、及び目撃情報が寄せられている」


 そういえばそのような噂もあっただろうか。クリスティーナはひそひそと小声で話す貴族たちの声を思い出していた。

 しかしそれが一体、皇太子暗殺と何の関りがあるのというのだろう。

 内心首を傾げながらフェリクスの様子を窺うクリスティーナは、すぐに彼に対して違和感を覚えた。


 自身を見下ろす彼には怒りも疑念も浮かんでいない。――数日前と同じだ。


「更に昨日、貴女はアリシア嬢が口にする予定であった菓子に毒を盛った。この菓子は貴女が用意した物であり、犯行に至るまでの経緯も明白。また貴女が抱いた妬みによって日頃から彼女を陥れていたことを勘がみても、犯行の動機は明らかだ」


 罪悪と哀れみと。

 まるで彼が自らの意志でその言葉を注げていないかのような姿にクリスティーナの注意は引かれ、彼女の予想とは違う展開を繰り広げる宣告の内容があまり頭に入らない。

 少なくとも彼は相変わらずクリスティーナを罪人だとは思っていないような様子だ。


「よって我が婚約者であるアリシア・レディング暗殺を企てた罪により、貴女、クリスティーナ・レディングを極刑に処す」


 自分の名が呼ばれたところで漸くクリスティーナは我に返る。


(……何ですって?)


 てっきり自分は皇太子暗殺未遂によって罰せられるのだとばかり思っていたクリスティーナは面を食らうことになる。

 確かにあのクッキーを食べる可能性があったのはアリシアもだが、皇太子の身が危険に晒された件について一切不問のままアリシアに降りかかった危機にのみ触れることなど、本来であればあり得ないだろう。

 あの場で一番重要視されるべき事案は間違いなく皇太子が毒入りのクッキーを口にする可能性があったということだ。


(一体何を考えているの)


 予想していた自身の罪が皇太子の暗殺未遂から姉の暗殺未遂に変わりはしたが、告げられた処遇は結局同じ。

 しかしクリスティーナはまだ何かあるのではと勘繰り、フェリクスの出方を窺った。

 そして彼女が予想した通り、彼の発言はそこで留まりはしなかった。


「……と、言いたいところではあるが。被害者であるアリシアによる減刑の要求があったこと、レディング家は古今皇族と深い関わりに在り幾度となく皇国の情勢に貢献してきたことを考慮し、貴女に五年の執行猶予を設ける」


 これまたクリスティーナにとって予想外の、それも喜ばしい展開であったが彼女はそれを表に出すことがない様フェリクスの言葉に静々と耳を傾けているふりをする。

 フィリクスは続けて詳細を語る。


「貴女は明日以降の五年間、皇宮からつける監視下で生活をすること。場所はボーマン伯爵領とする」


 ボーマン伯爵領はクリスティーナの母の弟――叔父にあたるボーマン伯爵の統括する領地である。

 広くのどかな景色が広がる自然豊かな地域だが、その領地の殆どが山……直接的な言葉を使えば田舎である。

 フィリクスはそこで五年程人目を避け、身を潜めて生きろというのだろう。


 社交界デビューを果たしたばかりのクリスティーナにとって五年という月日は個人にとっても公爵家にとっても貴重なものだ。

 特にクリスティーナはその性格と悪名のおかげと本人が拒絶していたこともあり上級貴族の令嬢にしては珍しく十六になるまで婚約者がいなかった。


 仮に今から田舎へ追いやられた場合、クリスティーナが再び社交界へ出ることが許されるのは二十一になる時となる。

 いくら出自が良いとはいえ不名誉な前科を持った二十代の令嬢に貰い手などいるかどうかも怪しい。


 故にボーマン伯爵領で貴重な十代を終えろという罰は普通の貴族令嬢であれば自身の社交界や今後の人生そのものの価値を落とすにも、家の地位に傷をつけるにも十分重いものである。


 しかし死刑に比べれば十分すぎる減刑。

 更にクリスティーナからしてみれば願ってもいないような展開であった。


 クリスティーナは元より出なくても良いと言われていれば社交界に出ることもなかったような内向的な性格だ。

 煌びやかなパーティーで着飾り、一生を添い遂げる男性を探している暇があればその時間を全て書庫で過ごし、本を読み漁りたい。


 クリスティーナはそんな一風変わった貴族令嬢であった。故に内心は今すぐにでも帰宅して家出の支度を整えたいクリスティーナであったが、何とかそれを堪えつつフェリクスに手綱を握られた話が終わるのを大人しく待った。


「……以上だ。反論はあるか、クリスティーナ・レディング」

「いいえ」


 返答は決まっている。


 彼が何を思いこんなにも早く事件の結論を出し、何を思いこのような減刑を決定したのかをクリスティーナは知らないが、彼の謎の温情に今は感謝するばかりだ。


 自分の命が守られた挙句望んだ生活を送ることが出来るのであればそれ以上求めることもないし、どの道この場で許された弁明は形だけのものだ。不必要に場を乱すこともない。

 前科持ちとなることは今後の障害となり得るだろうが、極刑を下されるデメリットや聖女であることを明かすデメリットに比べたらそんなものはないにも等しい。


「……寛大な措置、感謝致します。殿下」


 柔い微笑みを浮かべて頭を下げるクリスティーナ。

 その様に周囲はざわめき、批判の声は本人の耳にも届く。

 しかしその騒ぎに中心に立つ本人の心境は実に暢気なもので、またろくでもない悪評が広まりそうだなとぼんやり思っているだけである。


 姉の暗殺を企てた妹、皇太子直々に判決を下されるも笑顔で受け入れた……今度の社交界で広まる噂は大方こんなものだろう。

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