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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第161話 隠し扉

 クリスティーナは本棚を細かく観察する。

 『闇』は常に蠢いている為、その動きに着目をすれば発生源を絞ることは出来るはずだ。

 遠めからでは本一冊一冊の細かな異変に気付くことが出来ずとも、『闇』の大まかな動きがわかればその範囲のみをリオに調べさせることが出来る。もしくはリオがクリスティーナの元まで運ぶことで

 闇雲に一冊ずつ見ていくよりも随分と時間を短縮できるだろう。


(靄が濃いせいで見分けが付きにくい……。けれど、その性質は今まで見て来た物と変わらないはずよ)


 クリスティーナは一度自身の目を閉じ、落ち着けと言い聞かせる。


(どうすれば手掛かりを得られるかしら。この部屋の黒い煙の色は随分と濃いけれど、シャルロットへ絡みついていた煙の色は薄かった。発生源から離れれば離れる程濃度が薄くなるのだとすれば、部屋の中に満ちる煙の濃さもよく見れば一定ではないかもしれない)


 一度視覚を遮断し、今まで見ていた景色を思い返すことで自身が着目していた観点と着目していなかった観点を浮き彫りにする。

 物の配置、煙の流れは大まかに思い返す事が出来る。思い返すことが出来ているという事はそれに重きを置いて観察していたという事。そしてそれでも古代魔導具を特定できなかったという事は、物の配置や煙の流れからは手掛かりを得られないという事だ。


 一方で、部屋を満たす煙の濃度に差があったかまでは明確に思い出すことが出来ない。はっきりとした差はなかっただろうが、詳しく見る事で気付けることがあるかもしれない。あまり着目していなかった観点だと言えるだろう。


 他にも無意識の内に自身が目を逸らしていた物はあるだろうか。クリスティーナは視界を遮断したまま考えを巡らせる。


(当たり前ではあるけれど、部屋の中に置かれた物に注意を向けてしまっていたわね。一度広い視野で見直すべきかもしれないわ)


 クリスティーナは瞼を持ち上げる。

 目の前に広がるのは相も変わらず黒く靄がかった室内。目を凝らしながらクリスティーナは再び中を観察した。


 全体を一度見渡してから床、天井、窓、壁へと視線を巡らせ、もう一度全体を見やる。

 一見、天井や床からは特段異変が感じられない。だが自身の思惑は無意味であったのだろうかとクリスティーナが気落ちしそうになったその時。


 視界を遮断し、見慣れた光景から目を逸らす時間を取ったことで凝り固まっていた観点が振出しに戻ったのかもしれない。目を閉じる直前よりも新鮮な心持ちで見直したことが功を成したのか、クリスティーナは先程までは気付くことの出来なかった僅かな違和感に気付くことが出来た。


(本棚側の煙が少しだけ濃い様に思える……)


 一度気付いた違和感はそれに着目すればする程見間違いではないと確信する。どうやら本棚側に古代魔導具があるのではというクリスティーナの推測は正しいものであったようだ。


 大まかな範囲を特定できたのならば次は更に居場所を絞り込む必要がある。

 クリスティーナは眉根を寄せて目を凝らしながら本棚を睨みつけた。


 黒い靄のせいであまりに朧げな本棚の輪郭。だが気持ちを入れ替えて観察し直したことで、その輪郭の曖昧さも本棚の中央へ向かうにつれて一層強くなっている様だと気付くことが出来た。


「リオ、本棚の中央が――」


 本棚の中央を調べてくれと指示を出そうとしたところでクリスティーナは一度口を噤む。

 本棚の真ん中の『闇』が濃いことは間違いないだろう。だが、そこまで古代魔導具の居場所を絞れても尚、発生源が一つに絞ることが出来ないでいた。


 全て均等に闇を纏っている様に見える中央に並ぶ本達。ジョゼフが所持している古代魔導具の数が一つとは言い切れない可能性を考慮すればその全てが魔導具である可能性も否定はできない。

 だが、そう思う一方でクリスティーナは頭の隅で何かが引っ掛かっているかのような感覚に陥っていた。

 何かを見落とし、気付けていないかのような感覚。違和感が喉元で出掛かっていて、あと少しで何かに気付けそうなもどかしさ。


 ではその感覚を齎しているのは何か。少なくともこの部屋の探索を始めてからのどこかにきっかけがあったはずである。


 クリスティーナは己の見聞きした物、感じた事、考えた事を遡っていく。

 本棚周辺に漂う煙が濃いこと、天井や床、閉じた瞼の裏の暗い視界、机の中にしまい込まれていたハンカチと指輪、価値あるアンティークを並べた棚、催眠作用のある薬剤の香りとその効果について語る従者、クリスティーナ達と部屋を隔てていた大きな扉としっかりとした造りの扉があしらわれている割に狭い室内――。


 今までの探索の流れを一番頭まで遡ったクリスティーナは反射的に顔を上げる。


「……っ、いいえ。その本棚に何か細工がないか調べて頂戴」

「細工と言うと……」

「――隠し扉よ」


 部屋へ訪れた当初は違和感という程の感覚すら覚えなかった部屋の広さ。扉の大きさの割にやや狭いと感じた部屋はしかし、疑念を抱かせる程の明確な何かはなかった。

 本来よく使われる部屋でないという事前情報もあり、そういう部屋なのだろうと察するだけに至る程度の物。故にこの場の誰もが違和感を抱かなかった。


 クリスティーナが隠し扉の可能性に気付いたのは彼女が公爵家の出であることと探索中に天井や床、壁など『物』以外に着目できた為であった。

 公爵家という高貴な立場にもなれば万が一の際に備えて居室に隠し扉と隠し通路が拵えてある物だ。

 高い身分や多くの金を持つ者であればその身を守る為に隠し扉を用意することもある――建物内に隠し扉が存在する可能性に至ることの出来る公爵令嬢としての経験。


 更に着目すべき物が必ずしも『物』だけではないかもしれないと事前に思い至り、広い視野を持つことが出来た事。

 壁に着目出来たことで部屋の広さに再び違和感を持つことが出来、確信を得ることが出来たのだ。


 浮き彫りになった違和感。そこから求められる答えをクリスティーナは告げる。


「なるほど。了解しました」


 クリスティーナが導いた結論を聞き届けるや否や、リオは本棚の一番端、一番上に手を掛ける。

 一冊の本の縁に手を掛けた彼はそのまま右端まで一度に指を滑らせる。一番上の段の本全てに触れた次は二段目の左端へ。

 そして同じ様に触れていくと、ふとその途中で彼が動きを止めた。


「……ここですね」


 そう呟くや否や、彼は指先で触れていた一冊の本を引くのではなく押し付ける。

 奥へ押しやられた本は数センチほど後ろへ収まったかと思えば、ガコンという何かの装置を起動させるような音を響かせた。


 その動きを見守っていたジルベールはそのことに目を見開くが、本棚はそれ以上反応を示さない。

 だが、本棚と対峙している本人は特段焦った様子もなく再び本の背表紙の角へ指を滑らせていった。


「仕掛けが複数ある物なのでしょう」


 速足で本棚の左端から右端へ移動し、本に触れていく。

 そして時折一冊の本を奥へ押しやっては再び同じ様な動きを繰り返す。

 やがて彼が最下層の本の内一冊を奥へ押し付けた時。


 再びガコンという音が響いたかと思えば、まるで真っ二つになるかのような亀裂が本棚の中央に現れる。

 そして切り込みを入れられた左右の本棚は誰から力を加えられるでもなくゆっくりと左右の壁へ向かって横移動をする。


 床を引きずるような重量感のある音と僅かな地響きを伴いながら本棚の亀裂が開かれた先。リオの目の前には閂のされた扉が一枚、姿を現していた。

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