第154話 協力の要請
ディオンの話に耳を傾けていたクリスティーナは、彼の話に区切りがついても暫く黙りこくっていた。
組織の実態や国全体の在り方、古代魔導具に関する詳細な情報。情報量の多さやディオンの話に矛盾が見つからないことなどを考慮すれば、全てがその場で考えられたはったりであるとは考え辛い。
「……貴方達は脅威となり得る古代魔導具がオリオール邸にあると考えている。そして私達がその館に潜む問題とやらを解決するつもりなのであれば自ずと古代魔導具を館から引き離す必要性が出て来る。……だから貴方達と利害が一致していると、そう言いたいのね」
「ああ」
初めに自分達とクリスティーナ達の『目的は一緒』であると言ったディオンの言葉を思い返す。
そしてクリスティーナは要点を纏めた上でその言葉の意図を再確認した。
返ってきたのは肯定の言葉。そして更に補足が加えられる。
「オリオール邸の異変は明らかだ。そこに住まう令嬢の体調の変化や主人の人の変わり様……何よりあの館では使用人の失踪が多発している」
「失踪?」
「ああ。館を去った使用人は表向き、辞職したことになっているが、その実、誰一人としてその後の足取りが追えていない」
「……尾行や追跡はディオン様方の得意分野です。それでも一切の足取りが追えないとなれば、ただ事ではない何かに巻き込まれている可能性をも考慮しなければなりません」
初めて聞く話に聞き返せばディオンが頷く。
更にジルベールも顔を曇らせながら重々しく口を開いた。
「旦那様は元より骨董品を好む方ではありましたから、どこかの拍子に古代魔導具を入手してしまったとしてもおかしくはありません」
「まあ、今まで聞いた話や集めた情報を精査しても、十中八九オリオール邸に古代魔導具が絡んでいることは間違いないだろう」
ジルベールは顔を俯かせ、ディオンは乱暴に頭を掻く。
どうやら互いにオリオール邸について思う所があるようだ。
「しっかしなぁ。古代魔導具が絡んでいるとわかったところでオレ達は堂々と館に入り込むことが出来ない。世間的に見ればただの平民という立場。接点も何もない訳だ」
「可能な限り私が探りを入れてはいましたが、収穫は殆どありません。深く踏み込みすぎれば今まで失踪した使用人達と同じ道を辿りかねない可能性もありますし、魔導具の知識が浅い私一人では仮に古代魔導具を見つけたとしても以降の適切な対処を施せるとは思えませんから」
「後は潜入という手段だが……こちらもリスクが高い。魔導具の保管されている位置はジルベールのお陰で大体の目途が付いているが、実物の形状をオレ達は把握できていない。保管場所がわかっても見つけ出すまでに時間を要することになるし、何より領主の持っている魔導具の効果がはっきりとわかっていない」
「旦那様が外出時以外は殆ど件の魔導具の傍に付きっきりでいるだろうこともディオン様方が動けない理由ですね」
館を行き来できるのは魔導具に詳しくないジルベールのみ。ジョゼフの隠し持っている魔導具の効果がわからないせいで下手に館へ入り込むこともできない。
「なら……どうするつもりだったのかしら」
「今までは魔導具の効果を探るのが最優先事項だった。どんな脅威も、齎す影響を把握できさえすれば対処できるもんだ」
「現時点でわかっているのは精神に作用する効果と対象者の体を内側から蝕んでいくこと程度ですが……。発動条件や魔導具の術の対象となる条件を把握できれば奪取までの道筋を立てることも可能、とのことだそうです」
「わかっていることが大まか過ぎるのではないかしら。随分と悠長な計画になりそうね」
「それ以外に手段がないんだ。生憎こちらは人手不足、向こうはこの街最大の権力を誇る領主だぞ? 慎重に動かざる得なかったんだ。……だからこそ、だ」
クリスティーナの手厳しい評価にディオンは肩を竦める。
だがすぐに彼は薄く笑みを浮かべるとクリスティーナを指さした。
自分がどうかしたのかとクリスティーナが眉根を寄せるが、相手はそれを気に留める様子もない。
「お前さんはオレの話を聞いて思ったはずだ。『国が秘匿している組織の素性をこうも簡単に部外者へ漏らしてもいいものか』と」
クリスティーナは眉間の皺を更に深く刻む。それは図星であった。
ディオンの話を聞く限り、古代魔導具取締局は機密性を重んじる組織であるはずだ。にも拘らずあまりにも口が軽いのは何故か。
彼の話が嘘であるとまでは思わないが、何か企みくらいはあるのではないかという疑念が彼女の胸中には渦巻いていた。
それを言い当てられ、顔を険しくさせたクリスティーナの反応をディオンは喉の奥で笑った。
「相手は領主。隠されているのは何名もの行方を簡単に掻き消してしまうだけの脅威を孕んだ魔導具。放っておけばその被害がどこまで影響を及ぼすかもわからず、それでいて相手の地位の高さ故に持ち主の行動を規制出来る立場の人間が少なすぎる。やろうと思えば奴さんは好き勝手出来る状況って訳だ」
クリスティーナへ向けられるのは一見余裕の見える様な笑み。
だがその目は鋭く光り、真剣さと僅かな焦りが滲んでいることをクリスティーナは見逃さなかった。
「どんな手段を講じても進展するきっかけが欲しい。……それだけ必死って事さ」
組織の情報を他者へ漏らしたことが明らかとなればディオンは間違いなく咎められるだろう。
それでも素性も明らかではないクリスティーナ達へ賭ける為に強行に出たのは、それだけ彼らが切羽詰まっているのだという事に他ならない。
「オレ達も一般的な魔導具と古代魔導具を見抜く技術は持っている。その内に隠された脅威を計ることもできる。……だが、調べるのにはそれ相応の時間を要する。潜伏という手段を取るにしても一度で終わるかもわからない。何度も繰り返している内に領主に感づかれる可能性も大いにある。だから……」
「『リスクが高い』のよね。その上潜伏が一度でも悟られれば二度と同じ手段は使えない……それを鑑みれば、踏み切るのを躊躇せざる得ないのも理解できるわ」
「察しが良くて助かるな」
クリスティーナは今までのディオンの言葉、そして彼と初めて遭遇した時のことを思い返す。
懐中時計の形をした魔導具。それを回収するまでに踏んだ過程にはそれが危険な古代魔導具であると確信するだけの情報収集や調査に時間を費やしたから。ディオンの言葉を信じるのであればそういう事だろう。
いくら古代魔導具に通ずるものであっても一度目にしただけで秘められた脅威がわかるわけではないらしい。
だからこそ懐中時計を一瞥しただけで追って来たクリスティーナに興味を持ち、自分達に必要な人材かもしれないという考えに至ったのだろう。
「オレには嬢ちゃんの『直感』がどこまで優れたもんなのかはわからない。それにこちら側へ首を突っ込むという事は危機に瀕する可能性もあるという事。だから、最終的な判断はお前達本人に任せる」
ディオンは笑みを消すとクリスティーナ達へ向かって頭を下げた。
「ここまでの話を聞いて、自身の才がこの状況を打破するだけのもんであると自負するのならば……危険を承知で、尚もこの件の解決に奔走したいという気持ちがあるのならば……どうか、オレ達に力を貸して欲しい」
「いいえ。お約束通り、皆様に迫る危機の一切は私が必ず断ちます。ですから私からも再度、お願い申し上げたいのです。……どうか、シャルロット様をお救い頂く為にもお力をお貸しいただけませんか」
ディオンに続いて口を開いたのはジルベールだ。
彼は席を立ち、その場に膝を突くと深々と頭を下げた。
強い意志を持った二つの視線がクリスティーナ達へ向けられる。
リオやエリアスへ視線を向けるも、彼らは小さく笑みを返すだけだ。即座に拒絶を示さないところを見ると、話しを聞くにあたってディオンに対する警戒心もそれなりに落ち着いて行ったらしい。
それを確認してからクリスティーナはディオンとジルベールを順に見つめ返す。
そしてゆっくりと口を開いたのだった。