第152話 古代の魔導具
クリスティーナの返答にディオンは満足そうに頷くと一度大きく手を打った。
「そうとなれば早速本題に入ろう。まずは……そうだな、オレ達の事から話そうか」
ディオンはクリスティーナ達の後方――パーテーションで仕切られていない出入口の方へと視線を向ける。
そこからは年齢の異なる男女が数名、談笑しながら行き来している姿が確認できた。
「この世には魔導具っつー便利なもんが溢れている。その大半は現代の魔術の専門家が作った物だが……中には古代から生き長らえた代物なんてもんがある。オレ達が集めているのはこっちだ」
ディオンの視線につられ、クリスティーナも後ろを振り返る。
すると木箱に入った野菜を運んでいた少女がその視線に気付き、気恥ずかしそうに笑顔を返した。
「古代の魔法は今と在り方が違うという話は知ってるか?」
「魔法陣を使用した魔法……魔術を使っていたという程度なら」
「おお、ならその辺りの説明は不要か」
迷宮『エシェル』にて魔法オタクが早口で解説していた内容を思い出しながら、クリスティーナは頷く。
彼が何度か披露してみせた魔法に偏った知識も、どうやら役に立つ場があるようだ。
「魔法陣の研究は随分進んでいるが、あまりにも複雑な術式の組まれた古代魔導具なんかは、遺跡など歴史的建造物で発見されたとしてもその仕組みが解明されないこともある。そしてその中には非常に危険な術式の組まれた物も潜んでいるんだ」
クリスティーナが背後の少女から目を離し、ディオンへ向き直ったところで彼は話しを続ける。
その顔からはいつの間にか笑みが消えていた。
「魔族と人族、亜人種なんかが世界中を巻き込んで大戦を繰り広げた時代だってあるくらいだ。それぞれの種族が知識を搔き集めて恐ろしい兵器を作っていたとしても、それが後々発見されていたとしてもおかしくはないだろう?」
魔族と人類が争っていた時代。一国を滅ぼすこともあったという魔族と個々の力が微弱である人類が互角に戦うとなれば確かに大きな威力を誇る兵器を必要とする場面もあったかもしれない。
そして魔族をも陥れることが出来るかもしれない道具が何も知らない現代の人類の手へと渡る可能性。その危険性は計り知れない。
何も知らない者が火薬の詰まった箱を所持することと何ら変わらない危険性だ。いつ四肢を吹き飛ばすかもわからない代物を傍に置き続ける人間。
それを想像してしまったクリスティーナの背筋を悪寒が走る。
「まあ、どの時代であっても争いごとってのは絶えないもんだ。何も魔族が蔓延っていた時代だけに限定された話ではない。……だから他者を攻撃し、欺き、陥れる為の悪意に塗れた道具ってのが度々作られ、その中のいくつかが現代まで残されてしまうことがある」
「貴方方はそれを集めているという事ですね」
「そうだ」
リオの問いにディオンが頷く。
クリスティーナは彼らのやり取りを聞きながらこめかみを押さえた。
「用途が定かではない危険な魔導具。それを得た者がその危機を誘発してしまうよりも前に回収することが使命……貴方達の主張はわかったわ。けれどそれでは根本的な解決にはならない」
「ああ。嬢ちゃんが危惧していることは大体察しが付く」
皆まで言わずともわかったと言うようにディオンが自身の額を指で突く。
自信ありげに笑んだ彼はその回答も用意していると言っている様であった。
「魔導具を集めるだけでは危険度の高い魔導具が一か所に集まるだけ。他者のリスクを肩代わりしているだけに過ぎない」
「……そうではないと言いたいの?」
「ああ。オレ達は脅威があると判断した魔導具を回収した後、然るべき場所へと送り出す。手元に残しておくことはしないのさ」
「然るべき場所……?」
両手を上げ、軽く振って見せる彼の素振りを見ながらクリスティーナは怪訝そうに顔を顰めた。
首を縦に振り、ディオンはそれを肯定する。
「ここは世間一般の目から見れば非合法な組織。それも一部の限られた人間……社会の裏に踏み込んだ奴らが辛うじて存在の身を認知している様な特殊な組織だ。奴らからすればオレ達は義賊……もしくは私利の為に強力な魔導具を集めて回る盗賊の集まり程度にしか思われていない事だろう」
ディオンは『奴ら』を嘲るように鼻で笑う。
「だが、実際は違う」
彼は懐から何かを取り出すと、それを正面の机へ置いた。
以前クリスティーナに見せたことのある、国家魔導師という地位を証明する物と思われるブローチだ。
「オレは国家魔導師としてこの組織を率いる仕事をしている。つまりここは――正真正銘、国が認めた機関ってことだ」
驚きを滲ませるクリスティーナや真偽を疑うリオ、エリアスの反応を視界に留めながら、彼は自身の組織の素性を強調させるように繰り返す。
「敢えて危険度の高い魔導具を集めようとする輩への情報漏洩を避ける為、そして無関係の市民がその脅威に関心を寄せない為、そしてその他の特殊性を孕んでいることから、この機関の存在は秘匿されている。だがここは立派な合法組織なのさ」
クリスティーナは隠された嘘を探る様に彼の表情を観察する。
だがどうにも、嘘を吐く素振りを彼から見つけることは出来そうになかった。




