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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

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第149話 帯びた殺気

 路地裏を暫く進んだ先、とある小さな戸の前でジルベールは足を止めた。

 薄汚れた壁と裏口らしき木製の扉。


 彼はクリスティーナ達へ目配せをするとゆっくりと戸を四回ノックする。

 だが暫く待っても反応はない。


 ジルベールは次に二度、少し間を空けてから五度ゆっくりとした一定のテンポで戸を叩く。

 すると数秒の後、二度のノックが戸の向こう側から聞こえる。


「新聞はいりませんか」


 ジルベールが静かに囁く。

 すると反対側から低い声が返ってきた。


「必要ない」

「では黒猫の尻尾は?」

「必要ない」

「では、ネズミの燻製はいりませんか」


 端的な返答に、ジルベールは更に言葉を重ねる。

 一体何の話をしているのかと答えを求める様にエリアスがクリスティーナとリオを見やるが、二人は察しが付きつつも沈黙を貫くことにした。

 ジルベールの後ろで邪魔をすべきではないと判断したのだ。


「いくつある?」

「親一匹に子三匹」

「いくらだ?」


 値段を問うような質問を投げられたジルベールは懐中時計を取り出して時刻を確認する。

 時計が指している時刻は三時二十二分だ。


「銀貨三枚と銅貨二十二枚。もしくは狼一体と交換で」

「必要ないな。帰ってくれ」


 問答を黙って見守っていた一行は帰りを促され、この後はどうするのかとジルベールへ視線を投げる。

 だが彼の中では予定が狂った訳ではないらしく、一切の焦りを見せることなくその言葉に返事をする。


「またのご利用をお待ちしています」


 会話を締め括る言葉。その後扉の向こう側からは何の音沙汰もない。


「ジルベールさん……」


 会話が終わってしまい、中にも入れてもらうことが出来なかったことに一行は首を傾げるが、中でも先にその疑問を口に出そうとしたのはエリアスであった。

 だがそれに対しジルベールは人差し指を口元へ添える。


「大丈夫です。少しだけお待ちください」


 宥めるように囁くとジルベールは懐中時計を持ったまま扉の前に居座る。

 暫くの間、一行は誰も口を開くことなく沈黙を貫いた。

 やがてジルベールの持っていた時計の秒針が三周した頃合い。鍵が開けられる音と共に静かに戸が開かれた。


 僅かな隙間だけを作って動きを止める扉。そのドアノブを掴むと、ジルベールは三人へ目配せをしてから中へ入り込んだ。

 続いてクリスティーナ達が中へ入り込み、最後に続いたエリアスが後ろ手に戸を閉める。


 屋内へ足を踏み入れた先は地下へ向かう石段が続き、その両端を一定間隔で淡い明かりが照らしている。

 内装を確認するようにクリスティーナ達が視線を巡らせたその時。


「おっ、ジルさんじゃん」


 先程までの重苦しいやり取りとは一変した明るい声が響いた。

 声の主は足を踏み入れた先、ジルベールの目の前に立っている。


 年相応のあどけなさが残るような、まだまだ育ち盛りらしい小柄な少年が四人の前に立っていた。


「珍しいねぇ、お客さん連れて来るなんて――」


 彼は明るい声と無邪気な笑顔でクリスティーナ達を順に見やる。

 しかし刹那。

 エリアスが剣を抜き、リオがクリスティーナの腕を引き寄せて自身の背中に庇った。


 目の前の少年へ明らかな敵対心を見せる二人の行動。二人が明確な敵意を見せるという事はそうするだけの確信を得たという事。

 それを察したクリスティーナも二人からやや遅れる形で警戒心を抱くが、ジルベールだけが平常心を保っていた。


 目を丸くしてあざとく首を傾げる少年を見ながら彼は呆れたように息を吐く。


「ヴィートさん……。出てます、殺気が」

「え!? あー、ごめん! ついついうっかり……」


 ヴィートと呼ばれた少年はジルベールの指摘によって何かを察したのか両手を合わせて謝罪する。


「怖がらせるつもりなかったんだよぉ! ごめん! 怒んないで! ……ほら、ガイチクカイム? だから!」

「恐らく人畜無害ですね……」

「そーれーだ!」

「殺気は消えた……けど」

「……出会い頭で殺気飛ばしてくる方を信用しろというのは流石に難しいですよ」


 卓越した戦術と戦場での経験が培った代物だろう。クリスティーナには感じることの出来なかった殺気をいち早く感じ取ったらしいリオとエリアスは未だ警戒心を解けず身構えたままヴィートを見ていた。


「私も初めは同じでしたから、お気持ちはよくわかります……。まさか今日に限ってヴィートさんが応対係だとは……。まだ信頼していただけていないのにも拘らず更に信用を落とすことになるとは思いませんでした」

「なんだよー! おれだって応対くらいできるんだからね!」

「暗号より先に殺気の消し方を身に着けて欲しいものでしたね……」


 ジルベールは警戒を解けずにいる三人の様子に困り果て、目頭を押さえる。

 暫し呻いて考え込んでいたものの、やがて彼は暢気に口を尖らせて不貞腐れた態度を取るヴィートを恨めし気に一瞥してから口を開いた。


「……仕方ありません。私が間に立ちますし、お二人はそのままで構いません……ディオン様も事情を説明すれば察してくれるでしょうから」

「あ、そうそう。おっさんに会うんだよね。案内するよ」


 ヴィートは手招きをすると数段飛ばしで階段を下りていく。

 それを確認してから、ジルベールは不安そうに振り返る。

 恐らくは自身の信頼を失ったことで依頼を断られることを恐れているのだろう。


 リオとエリアスは未だ気が抜けない様子であったが、クリスティーナは小さく息を吐いてから彼に頷いてやることにした。


「……いいわ、行きましょう。今更退くのも性に合わないし、何かあっても対応してくれるだけの戦力はあるもの」

「えぇ……絶対やばいですよあの子」

「……お嬢様がそう仰るのであれば」

「気苦労をお掛けして本当に申し訳ありません……」


 護衛二人は乗り気ではないものの、主人の選択ならばと頷きを返し、ジルベールは泣きたいような気持ちを抑えて頭を下げる。

 やがてジルベールがヴィートを追いかけるように進み始めるが、先程まで頼もしかった背中は急にしおらしくなり、彼が肩を落としてしまう姿がクリスティーナにはありありとわかった。


 ディオンに会う前から起こった騒動に先を思いやられながらクリスティーナため息を吐いたのだった。

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