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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

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第143話 尽くされる忠義

 三人へ深々と頭を下げたまま、返答を待たずに彼は懇願する。


「先程、私がディオン様にお渡ししている情報は何かとエリアス様は問われましたね」


 落ち着いた声。相手が聞きやすいようにと配慮された速度で彼は話す。

 だがその裏に隠された感情の揺らぎに、クリスティーナは気付き始めていた。


「私がお渡ししていたのは館の情報……魔導具の影響を受けたと考えられる不審な事象の数々、そして旦那様の行動についてです」


 怒り、悲しみ、やるせなさ、怯え……。

 一言で形容しがたい程に複雑に入り混じった感情。それら全てを可能な限り押し留めた彼は発せられる声にすら感情を滲ませることはない。

 僅かな間に行われる息継ぎの時のみに感じられる些細な呼吸の震え。それに気付いたのは恐らくクリスティーナだけであっただろう。


「この館では不可解な出来事が相次いでいる。……シャルロット様の容態もその一つです。そして、ディオン様の見解ではそれらが魔導具によって齎されたものである可能性が高いと」


 クリスティーナは彼の中に渦巻く感情に気付き、目を細める。

 相手は未だ頭を下げたままの姿勢を保っていた。


「私は魔導具に精通している訳ではない。ディオン様の仰ることが正しいとして、問題となっている魔導具が近くにあるのだとしても、それを見極めることすらできない。自分一人で出来ることがあまりにも限られている」


 本当に館の中に問題があるのだとすれば、館の使用人であるジルベールの立場は貴重だ。だが、その原因を突き止める技量がないのであれば自身の立場を利用した調査もままならないだろう。


「ディオン様の使命は危険な魔導具の排除。館にそれがあるというのならば関係者の情報は重要なものとなり得る。そして私はシャルロット様をお守りし、館の安全を取り戻したい。互いの利害が一致している状況なのです。ですから私は彼らと互いに協力する立場を選びました」


 自分一人では自身の立場を利用しきれない。そんなデメリットを補い、指示を出し、魔導具の特定に必要な情報を集めさせる……そんな役割を担っているのがディオンという男であるらしかった。


「しかしディオン様の力を以てしても、館に潜んでいるという魔導具が齎す具体的な影響や形状を特定することは出来ていません」

「だから貴方は焦っている。……シャルロットの体調が芳しくないから。そうね?」


 粗方の事情を把握したクリスティーナは静かに口を開いた。

 ジルベールの顔が僅かに持ち上げられ、彼の視線がクリスティーナへと向けられる。


「……その通りです」


 静かに返されたのは肯定の言葉。

 自分へ投げられた視線と問いを受けながらジルベールは僅かに眉根を寄せた。


「私一人では件の魔導具の正体を辿ることが難しい。そしてディオン様方が館へ潜伏することも。今の状況では遠回りな手段で時間をかけて調べていくことしかできません」


 ディオンが魔導具に精通しているとしても、実際に現場を見ることが出来ない状況では取れる手段が限られて来るようだ。そして現在、彼らは時間を要する工程でしか館の謎を追究できずにいる。


「ですから、もしクリス様に魔導具の危険性を感じ取ることのできる才があるのであれば……それを私の身勝手な望みの為に使っていただけるのであれば、状況が一転する可能性もあるのではないかと思ったのです」


 自信が抱く無力感ややるせなさ。弱っていく主人を見て焦る心。一刻も早い解決を願い、精神的に追い詰められたジルベールにとって、クリスティーナの存在は状況を好転する可能性を秘めた新たな要素に映ったのだろう。


「そして先程もお伝えした通り、私では皆様に説明できる程魔導具に関する知識を持ち合わせていない。……詳細を知るにはその道に精通している方から聞いていただくのが最も早く、正確でしょう」

「そしてジルベール様の中で魔導具に一番お詳しい方がディオン様であると。そういうことですね」

「……はい」


 ディオンに会って欲しいというジルベールの言葉の意味を三人は正確に理解する。

 彼の言葉に矛盾はない。だが、リオとエリアスはディオンという男に対しどのような選択を取るべきか決めあぐねているようだった。

 そしてクリスティーナ自身も、先程ディオンに対する疑念を態度に出したばかりである。


「皆様がディオン様を……そして、あの方と接点のある私のことも信用しきれていないことは理解しています」


 それらを感じてのことだろう。

 ジルベールは三人の考えを理解していることを示し、それでも尚と再び頭を下げた。


「ですが、どうか……どうか、力をお貸しいただけませんか。私の頼みのせいで危険な目に遭わせることはないと誓います。それでも身の危険を感じればいつだって退いていただいて構いません。それでも一度だけ、皆様のお力をお借りする機会を頂きたいのです」


 目を硬く閉じ、唇を噛みしめて彼は深く腰を折る。

 いつの間にか膝の上で固く握られていた拳は更に力み、彼の肩は小さく震える。


 彼の一連の言動、そして振る舞いをクリスティーナは注意深く観察していた。


(彼は嘘を吐いていない。……その忠誠は本物だわ)


 だからこそ彼に嘘を吐く余裕などないことはとっくにわかっていた。

 クリスティーナはゆっくりと瞬きを繰り返す。

 沈黙を貫くその脳裏で思い浮かべたのは笑顔を浮かべるシャルロットの姿と彼女が語ったいくつかの言葉。そして――彼女へ魔法を使った際に見たとある光景だ。


「貴方の忠心は良く理解したわ。……頭を上げなさい」


 声量自体は大袈裟なものではないが、凛とした覇気のある声が部屋に響く。

 クリスティーナは堂々たる佇まいのまま、ジルベールの頼みの返答を淡々と告げる。


「貴方の尽くした言葉と……彼女からの手土産に免じて一仕事付き合ってあげても良いわ」


 シャルロットの本は土産の礼であったはずだがと、主人の素直ではない言い訳に呆れた視線を向けるリオを睨みつけた後、クリスティーナはジルベールを見やる。

 そして顔を上げ、目を見開くジルベールへとクリスティーナは不敵に深めた笑みを向けた。


「勿論案内役くらいは買って出てくれるのよね。忠実で真摯な従者さん?」

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