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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第138話 疑念と企て

 整った身なりと高価な装身具。明らかに使用人ではない出で立ちに、堂々たる振る舞い。それは彼がこの館の主人であることを告げていた。


 クリスティーナは姿勢を正すと一歩前へ踏み出し、ワンピースの裾を持ち上げて頭を下げる。


「お初お目に掛かります。ご病気でいらっしゃるシャルロット様へ面会に来ました、クリスと言います。こちらは側仕えのリオです」

「シャリーの……。ああ、そう言えば友人が来ると使用人づてに伝えてきていたな。君達の事だったのか」


 クリスティーナの品のある仕草と一挙に滲む気品の高さ。

 それに気付いたらしい男は静々と頭を下げている彼女を見据えたまま目を細める。


「その所作……。貴族としての教養を身に着けているとお見受けした。どこぞの御令嬢かな」

「少々込み入った事情がございまして。今はただの旅人としてこの地を訪れた位なき身にすぎません」

「ふむ」


 身柄が明かせない以上、クリスティーナは自身の身分を誤魔化す外ない。

 一介の令嬢が身分を隠して旅をしているとなれば遠くへの身売りや勘当が真っ先に連想されることだろう。そのどれもが良い印象を与え辛いものではあるが、それは逆に他者からのあからさまな深入りを避けることにも繋がる。


 心証は下がるだろうが、詳しい話を求められる可能性を下げることが出来る。

 事実、目の前の男はクリスティーナを品定めするような目でねめつけていたが、暫くすると小さく頷いただけでそれ以上言及することはなかった。


「おっと、すまない。申し遅れたな。私はジョゼフ・ド・オリオール。このニュイの地を統括している家系の者だ」

「お会いできて光栄です」

「それで……。娘の客人が何故こちらへ? あの子が今いるのは反対の部屋だと思ったが」

「それが、お恥ずかしいことに手洗いから部屋へ戻る際に迷ってしまったようで。帰りが遅い私を探しに来た彼と漸く合流を果たしたところなのです」


 当然来るであろうと構えていた問いに、予め用意していた回答を告げる。

 それが通用する相手であることを願いつつジョゼフの反応を窺う。

 ジョゼフは目を瞬かせ、クリスティーナの真意を探るように彼女を注視する。


 だがそれもほんの僅かな間であった。

 彼はやがて大きく笑い、クリスティーナの言い分を認めた。


「はははっ、その振る舞いから聡明そうな方だと思ったのですが、まさかそのような可愛らしい失敗をするお嬢さんだったとは。なるほど」

「このような姿を晒してしまい、本当に恥ずかしい限りです」


 ジョゼフは暫し豪快に笑う。その視線にはただの愉悦以外の思想――疑念の色が含まれていることにクリスティーナは気付いていたが、それでも構わなかった。

 求めているのはその疑念を指摘し、企みを追及されない事。疑念を抱きながらもこの場から見逃してくれるというのであれば今後の彼との接触に気を配るだけで済むのだ。


 ジョゼフの気が変わるうちに彼の作った緊張の緩みに乗じるのが吉とクリスティーナは話しを切り上げに出る。


「迎えも来ましたし、私達はここで失礼致します」


 再度頭を下げ、ジョゼフの脇をすり抜ける。

 次の瞬間、彼は制止の声を漏らした。


「――待ちたまえ」

「……っ」


 すぐ傍で声を掛けられれば足を止めないわけにはいかない。

 クリスティーナは嫌な予感を感じながらも足を止めてジョゼフを見やった。


「何でしょう」

「いいや、何。こうして会えたのも折角の縁だからね。可愛らしい旅人さんともう少し話をする機会でも頂けないかと思ったまでだよ」


 穏やかに微笑む反面、どこか冷たさを与えるような瞳がクリスティーナを見据える。

 いくら物腰柔らかに振る舞おうとも、クリスティーナ達を警戒しているだろうことはその目付きから明らかであった。


 警戒しているはずの相手を引き留める行動の裏には何かしらの企みがあるはずである。そしてそれはクリスティーナ達にとって好ましくないものでもあるだろう。


(お断りね)


「お誘いは嬉しいのですが――」

「何、そこまで時間は取らせないさ」


 即座に判断するとクリスティーナは口を開く。

 だが、それを許さないと言うようにジョゼフは彼女の言葉を遮った。

 声音は至って穏やかなもの。しかしそこから有無を言わせない圧力を感じさせられる。


「実は最近、娘と話す時間がなかなか取れなくてね。だからあの子のことを思って来てくれる友達がいて嬉しいのさ。是非最近のシャリーの様子も聞かせて欲しい。……ああ、そうだ。立ち話もなんだからあそこで話すのはどうかな」


 彼のペースに呑まれてはならないと再度断りの言葉を告げようとしたクリスティーナはジョゼフが指し示す方角へ視線を向けて口を噤んだ。

 彼が示していたのは正しくクリスティーナが探りを入れようとしていた部屋――黒い靄が向かっている先であったのだ。


「あそこは私の書斎でね。私はいくつか部屋を持っているが、最近はあそこで仕事を熟すことが多いんだ」


 ジョゼフの提案を受け入れれば強行せずとも中を窺うことが出来る。それはクリスティーナにとって都合の良いことだ。

 だが、一抹の不安が過る。


(……頷いてしまってもいいのかしら)


 それは相手の誘いが何かしらの意図を以て行われていることであると悟っているからか、それともその先に待ち構える物が非常に悍ましく感じるからか。


「どうかな、お嬢さん」


 クリスティーナはリオへ視線を向ける。彼はどちらを選択しても従うと言うように静かに視線を返した。


(ここで離れれば、今後この先にある物を確認することが出来る保証はない……。リオがいればある程度のイレギュラーには対処もできるでしょう)


 悩んだ末、クリスティーナはジョゼフへと頷きを返した。

 未だ不安は消えないが、それでも動ける内に可能な限り動いておくべきだと判断を下す。


「わかりました。少しだけであれば」

「ありがとう、嬉しいよ。ではこちらへ……」


 ジョゼフは微笑を浮かべたまま扉へ近づく。

 そしてドアノブを捻るとゆっくりと開けていく。


 扉が開き、その先の空間が廊下に晒されるにつれて、クリスティーナの不安感は広がっていった。

 この先に在るものが何か確かめなければ。そう思う一方で、それに近づいてしまってもいいのだろうかという躊躇い、肥大する嫌悪感から成る恐怖がクリスティーナの判断を鈍らせる。

 そしてそれらは扉が完全に開かれるよりも前に限界を迎えた。


「待っ――――」


 クリスティーナは震える唇で待って欲しいと懇願を告げようとする。

 だが扉の動きは止まらない。

 全ての動きが、時の流れがやけに緩慢に感じられる。


 その先に待ち構える物に身構え、思わず目を硬く閉じる。

 そこへ――


「クリス様、リオ様!」


 廊下の先から声が飛んだ。

 それは扉の動きをも止め、クリスティーナとリオ、ジョゼフはその声がする方角へ視線を向けたのだった。

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