第125話 束の間の休息
シャルロットに会い、仮面舞踏会の会場となるホールの位置を確認した後はまだ訪れていなかった魔導具店を虱潰しに回る。
途中から悟っていた事ではあるが、街中の魔導具店を回ろうとも目的の物はやはり見つからなかった。
いよいよ残された選択肢が限られ、客室で今後の予定について話し合いをしたものの、そこまで実りのある話には発展しなかった。
結局入場が容易い昨晩の様なオークションが開催される日は護衛の内一人が様子を窺いに行くという方向で話が纏まり、翌日以降の数日は長旅に必要なものを揃えることで帰結する。
話し合いを終え、就寝したクリスティーナの身の安全を確保すべく、リオとエリアスは交代で睡眠を取る。
そしてグレースの好意で用意された二つ目の布団を床に広げ、先に眠りについていたリオは真夜中に目を覚まし、体を起こした。
物音を立てぬよう布団から出た彼は扉の傍で壁にもたれかかって腰を下ろすエリアスへ近づく。
きちんと見張りとしての役目を全うしていたエリアスはすぐさま布団から動いた気配に気付き、リオの動きを視線で追う。
「そろそろ交代ですよね」
「そうだな」
リオが傍に腰を下ろすと同時にエリアスは立ち上がり、脇に置いていた武器を手に取った。
そして彼はそのまま布団へ向かうことなくドアノブに手を掛ける。
「……今日も鍛錬ですか?」
「ああ。ちょっと落ち着かなくてな」
「程々にしてくださいね。休める時に休むことも大切でしょうから」
「わかってる。少しだけだって」
怪我が完治してからというもの、エリアスは自身の就寝時間を削って外へ繰り出ては剣を振るって戻る日々を送っていた。
それを知っているリオはやんわりと忠告をし、それに対してはエリアスも素直に頷く。
軽く手を挙げてリオの言葉に応じたエリアスはドアノブを捻って静かに部屋を後にした。
その背中を見送り、戸が閉められたのを確認してからリオは苦笑いを浮かべる。
「……わかっている人の顔ではないと思いますよ」
自身の責務へ対する義務感と敗北の悔しさと強さへの執念。
去り際、素直に返事をしながらもそれら強い思いに瞳を燃やすエリアスの表情を思い返しながらリオは静かに肩を竦めたのだった。
翌日、昨日同様にグレースに昼食を持たされた一行は街で長旅に備えた買い物を済ませていた。
日持ちが気掛かりな保存食などは出来るだけ出立前に買うこととし、それ以外の消耗品や旅路で役立つ道具などを見て回る。
ニュイは魔導具店や骨董品店の多い街だが、遠方からやって来る貴族やその護衛への需要を考慮した旅の必需品を売る店も少なくはない。
そういった店が比較的固まって並んでいる箇所で買い物を済ませていると、クリスティーナはふと本棚の並ぶ店を見つける。
昨日の今日だからだろう。本屋を見れば思い出すのは昨日のオリヴィエとのやり取りやシャルロットの姿だ。
弱った体を持ちながら気丈に振る舞う快活な女性。その姿がどうしても幼い頃の母親と重なる。
「シャルロット様が気掛かりですか?」
視線が本屋へ向けられていたからだろう。隣を歩いていたリオから声が掛けられ、クリスティーナは我に返る。
彼の声掛けに何と答えたものかと悩むが、主人の性格や生い立ちを知っている従者には今の気持ちをどんな言葉で取り繕ったとしても本心がバレてしまうような気がして、クリスティーナは素直に頷くことにした。
「……気掛かりじゃないと言えば嘘になるわ。少なからずお母様と重ねてしまっているのね」
「そうですか」
「気になるなら全然寄り道してもいいですよ、オレは」
「え?」
「え? そういう話じゃないんですか?」
エリアスの提案にクリスティーナが聞き返せば相手は不思議そうに首を傾げた。
「まあ、まだ買いたい物があるとか、二人が他に優先すべき事があるってなら別ですけど。そうじゃないなら別にいいんじゃないかなーって思いますよ。時間も余る訳だし」
「そうですね。俺も数が減っていた武器の予備も調達出来ましたし、必要な物は食料以外殆ど買い揃えられたと思いますよ」
リオもエリアスの言葉に同意するように時間が余っていることを強調する。
そうした上でクリスティーナの顔を覗き込んで揶揄うように笑みを浮かべる。
「それに、お嬢様は学園に通っていた時からお友達と呼べる方も殆どいらっしゃいませんでしたから。これを機に同性のご友人を作ることも良い経験になるのでは?」
「……不快だわ」
友達がいないという負の状態を表現する言葉を堂々と使用する従者を一瞥しながらクリスティーナは文句を零す。
だが護衛二人が主人の望むよう動けるよう気を遣っていることは容易に理解できた。故にクリスティーナはそれに甘えることにした。
「……良いわ。そこまで護衛としての仕事を増やしたいというのなら、お望み通りにしてあげる」
一言吐き捨ててからクリスティーナは本屋へ向かって歩いていく。
嫌味の混じった素直でない言葉遣いや、気を遣われることに対し気恥ずかしさを感じるとすぐにその場を去ろうとする癖。主人の通常運転を目の当たりにした護衛二人は苦笑しながらその背中を追ったのだった。




