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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第122話 虚弱な少女2

 クリスティーナが自身の正体を隠して旅路の話をするのは難しい。立場上しがない旅人と名乗ったものの、彼女達が歩んで来た道は既に常識からは外れるようなイレギュラーが重なっていたからだ。

 自身が聖女故に遭遇してきた危機について話すことは出来ない。しかしそれを取り除けば、本当に当たり障りのない、面白みに欠ける話になってしまう。

 故に目を輝かせるシャルロットの気を満足させることは難しいとクリスティーナは踏んでいた。


 だが実際にはその予想は外れた。

 旅をしてすぐの頃は野宿が思いの外辛かった話、態度が不敬でも仕事が出来る従者の作る料理は道具や食材が足りなくとも称賛に値する出来であること、仲間と逸れた騎士が合流後に返り血塗れの主人を見て失神したことなど。


 華のある話は殆どできなかったが、それでもシャルロットは嬉々とした笑顔を浮かべたままクリスティーナの話に耳を傾けていた。

 そして口下手なクリスティーナがこれ以上話題を探すことが難しいと感じ始め、口を噤んだところでシャルロットが礼を述べる。


「ありがとう。とても興味深かったよ」

「……大した話じゃないでしょう」

「別に大それた話を期待していた訳じゃないもの。冒険譚では語られない旅の側面について聞くことは私にとって喜ばしいことだし、何よりこうしてオリヴィエ以外の外の人と話すことは久しぶりだから、すごく嬉しいんだよ」


 はにかむシャルロットの表情には嘘偽りがない。

 話すことが上手くはないと自覚しているクリスティーナはその様子に安堵した。

 だがそれ以上自身について語れる気もせず、代わりの話題を探すように今までのシャルロットとの会話を思い返す。

 そしてふと思い至った。


「貴女は彼と同じ学校の生徒、なのかしら」


 彼、と視線で示したのはオリヴィエ。

 シャルロットが学友について触れたこと、オリヴィエとそれなりの関係を築いていること、ノアを知っていることなどを鑑みれば彼女がオーケアヌス魔法学院の生徒なのではないかという予測は自ずと浮かび上がる者であった。

 そしてシャルロットもその問いに対してあっさりと頷きを返す。


「うん。オーケアヌスの生徒だよ。……まあ、体を壊しちゃってからは休学中だけど」


 大袈裟に肩を竦めるシャルロットは自身の体調が良くはないことを明かしながらも、場の空気が重くならないような明るさで振る舞う。

 だが人の心情を読むことに長けているクリスティーナは気付いてしまう。

 明るく気丈に振る舞うシャルロットの瞳が悲しみに揺らぎ、自身の体について触れる瞬間、その声がほんの一瞬だけ震えていたことに。


 だが彼女の気遣いをなかったことにしてまでそれを指摘する必要性を感じられない。

 故にクリスティーナはシャルロットの真意について触れることはしなかった。


「……話していて平気なの?」

「うん。というか、人と話すことすらできなくなったらそれこそ退屈で死んじゃうよ!」

「お前はいつだって喋りたがりだからな」


 シャルロットの冗談に、オリヴィエが肩を竦めて口を挟む。

 そんな彼が苦々しくも微笑を浮かべている様が少々珍しく感じ、クリスティーナは思わずその表情を見つめてしまう。


 暫し彼の表情の動きを観察してしまう形になったが、その間、女性と目を合わせたがらないオリヴィエがクリスティーナの視線に気付いて振り向くことはなかったことが幸いであった。


(……そういえば)


 笑いながらシャルロットと会話を続けるオリヴィエを見ながらふとクリスティーナは思う。


(彼女とは普通に話せるのね)


 クリスティーナからは常に逸らされる視線はシャルロットへと真っ直ぐ向けられている。

 その最中、オリヴィエは途中で動揺することも言動が不自然に変化することもなく、至って自然体といった振る舞いだ。

 思い返してみれば、ノアやレミが傍にいた時も笑う機会こそ少なけれども砕けたやり取りは多かったように思える。

 仏頂面と棘のある物言いが強い印象の青年だが、そうではない一面もあるらしいことをクリスティーナは悟ったのだった。




 シャルロットから投げかけられる問いに答え、時折本の好みなどを探りながら談笑を繰り広げて暫くすると、ふとオリヴィエが口を開いた。


「そろそろ戻る」

「あ、もう時間か」


 シャルロットの声に小さく頷きを返してからオリヴィエはクリスティーナ達へ向き直る。

 オリヴィエの魔法の性質上、他者を移動させる為には事前に対象へ触れておかなければならない。彼がクリスティーナ一行を見やったのはその下準備の為だろう。


 オリヴィエがリオとエリアスの体へ軽く触れる様を窓から眺めていたシャルロットはクリスティーナ達を見ながら目を細めて微笑んだ。


「良かったらまた来て欲しいな。正門で名乗ってくれれば案内してもらえるように話は通しておくからさ」

「貴女の一存で何とかなるものなの? 私達は出自も地位も明かしていない怪しい者だと思うけど」

「大丈夫大丈夫。友達が来るって言えば使用人の皆は喜んでくれるだろうし……親は私が誰を招こうが興味も示さないだろうから」


 静かに睫毛を伏せて苦笑するシャルロットの言葉に気になる部分はあったが、それを言及出来るような雰囲気はない。

 故にそれについて触れることはせず、代わりにオリヴィエを見やる。


 もしシャルロットの言葉が真実だとするならば、オリヴィエがわざわざ塀を飛び越えて不当な侵入を繰り返す理由がわからない。

 クリスティーナの言わんとしていることを察したのだろう。シャルロットは大きく息を吐いて笑った。


「オリヴィエにも言ってるんだよ。どうしてだか頑なに嫌がるんだけど」

「……行くぞ」

「あ、ほらまた。都合の悪い話になるとすぐ逃げる」

「逃げてはいない。本当に予定があるだけだ」


 シャルロットから受けた指摘に対し、眉間に皺を寄せながらオリヴィエは浮遊する。

 数秒程遅れてからリオと彼に抱き上げられるクリスティーナ、エリアスの体も浮かび上がり、本人らの意思とは関係なしにシャルロットから離れていく。


「考えておいてね! バイバイ!」


 口元に手を当てて少しだけ張り上げられる声。

 元気に振られる手と見送られる笑顔はやがて飛び越えた塀に阻まれて見えなくなった。

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