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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第121話 虚弱な少女

 クリスティーナ一行はオリヴィエに先導されながら街の南へ向かって歩き出した。

 道中は周囲に人の姿が見えないことを確認したオリヴィエが魔法を使って時間短縮を行い、人通りの多い場所ではわざと徒歩で移動をする。

 そうしてクリスティーナ達が連れてこられたのは広々とした敷地を取り囲む立派な塀の前だった。


 ニュイに立ち並ぶ建物達とは明らかに違う規模の敷地、そして大きな建物。

 そこに住まうものが特別な地位を有していることは一目瞭然であった。


 にも拘らず、オリヴィエは動じた様子一つ見せず、リオとエリアスの肩に軽く触れた。

 それは彼が魔法を使う前兆だ。


「っ、少し待って頂戴。まさかここに入るつもりじゃ――」

「早く掴まらないと置いていくぞ」

「お嬢様、失礼します」


 クリスティーナの制止を聞くことなくオリヴィエは宙へ浮かぶ。

 次いで自身にも訪れた変化に気付いたリオは主人の身が取り残される状況を回避すべく即座にクリスティーナを抱き上げた。

 四人の体は地面を離れ、悠々と塀の上を飛び越えた。

 塀の向こう岸――つまりは何者かの敷地内へ侵入したところでオリヴィエは全員を地面へ降ろした。


 そして更に建物へと向かって歩いていく。


「ちょっと……!」

「騒ぐな。見つかったら厄介だろう」


 見つかったら厄介な状況に立たせているのは自分だというのに、彼はそれを詫びる様子もなくさっさと歩いて行ってしまう。

 どうするべきかと主人の指示を仰ぐリオとエリアスを交互に見やってからクリスティーナはため息を吐いた。


「……行きましょう」




 オリヴィエは建物の正面ではなく側面へ回り込む。

 そして一階角部屋に通じる窓を三度ノックした。

 すると暫し間が空いてから窓が開かれる。


「今日は少し遅かったね……あれ?」


 部屋の中から顔を覗かせたのはシャルロット。彼女はオリヴィエの後方に佇むクリスティーナ達を見て目を丸くした。

 彼女が不思議そうな顔をする理由が明らかだからだろう。シャルロットに問い質されるよりも先にオリヴィエはクリスティーナ達を紹介した。


「本を欲しがっていただろ。僕では役不足だからな。代わりを連れて来た」

「本に疎いから詳しそうな人をわざわざ連れて来たって事……?」


 シャルロットは瞬きを数度繰り返す。

 そして数秒黙りこくった後、込み上げた笑いを隠すことなく吹き出した。


「ふふっ、あはははっ! オリヴィエってほんっとうに馬鹿だなぁ!」

「馬鹿ではない」

「本を選んでもらう為だけに不法侵入の共犯者を増やしてまで助っ人を連れて来るなんて、普通はやらないよ」

「……彼女の言うことは尤もだわ」


 おかしそうに笑い続ける少女と、その態度を不服そうに眺めるオリヴィエ。その姿を眺めながら、クリスティーナはシャルロットの言葉を肯定した。


 それが口を挟むような形になってしまったからだろう。

 声のした方へ視線を移したシャルロットとクリスティーナの視線が交わった。


 幸い、館に住んでいるらしい令嬢はクリスティーナ達の不躾な侵入にも気を悪くした様子はない。

 そのことに安心をしつつ、せめて悪意があって忍び込んだわけでわない意図が伝わるようにとクリスティーナは頭を下げた。


「彼に面白い本を選ぶ為に手を貸して欲しいと頼まれた者よ。まさか人の敷地へ連れて来られるとは思ってなかったけれど」

「驚いたでしょ。オリヴィエはいつも言葉が足りない上に滅茶苦茶な行動をするからね」


 この街ではオリヴィエの名として浸透しているはずの『ニコラ』ではなく『オリヴィエ』と相手を呼ぶシャルロット。

 そして彼の性格を知っている故に推測できる現在の状況。それを言葉に含ませながら、クリスティーナ達を咎めるつもりはないと彼女は困ったように笑った。


 オリヴィエの言動が滅茶苦茶であることについては肯定する要素しかない為、クリスティーナは聞き流す。

 だがその代わりにと、不本意ながら不法侵入という無礼を働いた詫びを述べるべく自分達の呼び名を明かした。


「私はクリス。こちらはリオとエリアス。しがない旅人よ」

「自己紹介どうもありがとう。私はシャルロット。学友からはシャリーって呼ばれたりすることもあるかな。呼びやすいように呼んで」

「シャリー……」


 明るい表情と声で自身について語るシャルロット。彼女が自身の愛称を口にした時、それは妙にクリスティーナの耳へ馴染んだ。

 どこかで聞いたことのある愛称。最近耳にした気がしたクリスティーナは彼女の愛称を反芻しながら記憶を遡る。

 そしてすぐに思い至った。


「……ノアが話していたわね」


 迷宮『エシェル』を進んでいた時のことだ。今後の立ち回りを相談する際、魔法学院への転移に対して異を唱えたオリヴィエを説得する為にノアが出した名があった。

 それがシェリーと呼ばれる人物であったことをクリスティーナは思い出す。


 そして彼女の声をきっかけにリオやエリアスも遅れて思い至ったようだ。

 彼らは合点がいったように頷いた。


「ノア? 貴女達、ノアに会ったんだ」

「おい、また落ちる気か」


 一方でシャルロットは自身が知っている人物の名が出された途端に身を乗り出す。

 それをオリヴィエが宥める傍で尚、彼女は目を輝かせる。


「旅の人とこうして話せる機会は今までなかったなぁ。もしよかったら色々聞かせてくれない? それに友人が今どんな様子なのかも知りたいな」


 その勢いに驚き、一歩身を引こうとしたクリスティーナはしかし、すぐに別のことへ気付いてその足を止めた。


 窓の縁を掴む手はあまりにも細く、頼りない。

 本人があまりにも明るく振る舞うせいで目立たなかったが、その顔色は良いとは言えない青白さで、やつれていた。

 目の前の少女がどう見ても健康ではないことは明らかであった。


 それでも館の外を夢描き、好奇心から目を輝かせる純粋な眼差しはとても眩しい物であった。


(もしかしたら、あまり外に出られない体なのかもしれないわね)


 部屋に籠りがちであった母が思い出されるからか、思いを馳せる外に出ることが出来ない少女の境遇を哀れと思ったからかはクリスティーナ自身にもわからない。


「……大した話は出来ないけれど」

「ありがとう!」


 ただ、複雑な感情を抱きながらクリスティーナは小さく頷いたのだった。

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