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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第120話 贈り物に関する議論

「面白い本を探している……?」


 自身の告げた言葉を反芻するクリスティーナの声にオリヴィエは頷きを返す。


「僕は生憎と読書を好まない。だからそういったことには疎いんだ」


 オリヴィエはため息を吐きながら眼鏡を押し上げる。

 自身の不得手なことを晒すことが苦手なのだろう。堂々とした振る舞いが印象的な彼は今現在、視線を泳がせて居心地悪そうにしていた。


「だから助言が欲しい、と」

「可能であれば。少なくともお前達は僕よりも本を読むんじゃないかと踏んだ」


 クリスティーナは少し考えを巡らせる。

 その最中に護衛二人へ視線を移せば、エリアスは何度も首を横に振り、リオは肩を竦めて苦笑を返した。


「オレは本とか全然わからないですよ。剣のことしか頭にないんで」

「俺はよく読む方ではありますが、あくまで知識を蓄える手段の一つであって、娯楽の対象として見たことはないですね」

「だと思ったわ」


 二人の反応は予想の範疇だ。

 彼らの返答を確認してからクリスティーナはオリヴィエが漁っていた本棚を覗き込む。

 幸い探索時間に余裕はあるし、読書はクリスティーナが好むものの一つだ。面白そうな本を探すという行為に割かれる労力は少ない上に、読んだことのない他国の本というのはクリスティーナの興味をそそる対象でもあった。


「いいのか? 見返りはやれそうにないが」

「構わないわ。時間に余裕はあるし、本を選ぶのは嫌いじゃないもの」


 棚に並ぶ多様な本の背表紙を眺めながら頷いたクリスティーナであったが、ふと思い至ることがあった。

 彼女は探す手を止めて、オリヴィエを見やった。


「面白い本と言っても色々あると思うのだけれど。私が探せば私の趣味嗜好に偏ってしまうけれど、それでも構わないのかしら」

「まあ……問題ないだろう。僕が適当に探すよりはマシなはずだ」

「……もしかして、貴方が探しているのは自分以外の誰かの為の物?」


 女性であるクリスティーナからの視線を察知したオリヴィエはいち早く顔を逸らしながら問いに答える。

 その物言いが曖昧なことが引っ掛かり、そこから導き出された予測をクリスティーナが口にすれば、彼はあっさりと頷いた。


「ああ。知人から頼まれて見繕わないといけなくなったんだ」

「……贈り物なら、尚更慎重になるべきだわ」

「まあ、送り主の勧めならまだしも、見ず知らずの人間の好みを押し付けられても困ってしまうでしょうね」

「プレゼントとかの話は疎いけど、相手の好みくらいは大まかにでも把握してた方が楽なもんなんじゃね? わかんねぇけど」


 オリヴィエの返答にクリスティーナは眉を顰め、リオやエリアスが駄目出しをする。

 だが当の本人は納得のいかない様子で顔を顰めている。


「人に勧められる程本を読んでいないから困っているんだが」

「なら相手の本の好みは? 本の購入の代行を頼まれるくらいならそういった話を聞いたことくらいあるでしょう」

「あればこうはなってな――」


 クリスティーナの指摘に対する反論は途中で途切れる。

 オリヴィエは言葉の途中で我に返ったように目を見開き、考える素振りを見せた。


「……いや、あるな。気に入った本の話はしょっちゅう聞かされていた気がする」

「そう。なら手を貸してあげることくらい出来るわ」


 早く話せとクリスティーナは詳細を求める。

 だが目の前の青年は神妙な面持ちで呟いた。


「覚えていない」

「……は?」


 思わず漏れる鋭い声音。

 それを聞きながら男は深刻そうに眉間の皺を深く刻んだ。


「小難しい話は全て聞き流していたから一切覚えてない」

「少しくらい覚えといてやれよ……」

「そういえばこの人浅慮でしたね」

「よくよく考えれば人を気遣うという発想もなさそうね……仕方ないわ」

「それ、お嬢様が言いますか? あいたっ」


 相手を気遣うどころか雑すぎる扱いをしているらしいオリヴィエの告白に、一行は次々と批判を入れる。

 その際、どさくさに紛れて主人を侮辱したリオが脛を蹴られてクリスティーナの視界から消える。

 脛を押さえたまま静かに蹲る従者を静かに見下ろしてからクリスティーナはオリヴィエへと視線を戻した。


「感性というのは個人差があるでしょう。私が面白いと感じた物が必ずしも万人受けするとは限らないわ。それに、今のままだと相手が既に読んだことのある本を誤って勝ってしまう可能性もあるでしょう」

「……それは確かにそうだな」

「だから、現状で貴方に本を依頼した相手を満足させる手伝いは出来そうにないわ」

「なるほど。了解した」


 会話に区切りがつき、クリスティーナとオリヴィエの双方は口を噤む。

 だが一度頼みを請け負った身で結局何の手助けも出来なかったという結果に対し、クリスティーナは聊か無責任さを覚えてしまう。

 元より完璧主義に近く自身の欠点を良しとしないクリスティーナにとって、一度承諾した物をなかったことにするという選択はどうにも悶々とした心地を覚えさせるものだ。


 故にせめて言葉による助言でもと思いはしたが、そこまで考えが至ろうとも実際に掛けられるような言葉は見つからない。だからこそクリスティーナは口を閉ざしてしまったわけなのだが、そうして流れた気まずい空気は数秒ほどで晴らされることになる。


 オリヴィエは暫し黙りこくった後、何かを思いついたように顔を上げた。


「つまり、本人から直接話を聞ければ問題ないんだな」

「聞いても覚えていられないなら意味はないのよ……」

「なら僕以外の奴が覚えておけばいいだろう。お前達がいるなら話が早い」


 オリヴィエは本屋の出入口を顎で指しながら言った。


「付いてきてくれ。案内する」

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