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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第116話 心の探り合い

 殺伐とした空気感でも普段通り微笑むリオ。長い銀髪を揺らしながらその背後に立つのは勿論クリスティーナだ。

 見覚えのある顔を確認したオリヴィエはげんなりとしながら呻く。


「やっぱり悪質な付き纏いだろう」

「偶然俺達が居たところで貴方が突飛な行動を始めたんですよ」

「こうも偶然が重なってたまるか」

「事実よ」

「……待った。知り合いか?」


 言葉の応酬を始める三人へすかさず口を挟んだのは先程までオリヴィエと話していた男だ。

 男の問いにリオとクリスティーナはオリヴィエを見やる。オリヴィエも同じように二人を見たが、クリスティーナと目が合うと逃げるようにして即座に視線を男へと戻してしまう。


「知り合い……まあ、知り合いだな」

「そうですね」

「そうか」


 付き合い自体は浅いが共通の知人を介して知り合ったという意味では間違いなく知人であると言えるだろう。

 双方が頷いたのを確認してから男は警戒を緩めた。

 とはいえ、疑念を孕んだ視線は未だクリスティーナとリオへ向けられている。


「なら質問を変えようか。どうして知人を尾行するような真似を?」

「それは……」


 問われた立場であるリオは言葉を濁す。

 彼はクリスティーナの命を受けて動いたものの、その詳細を聞かされてはいなかった。故にどう返答したものかとクリスティーナへ視線を向ければ彼女が代わりに口を開く。


「それが気になったの」


 クリスティーナは男の手に握られた懐中時計を指し示す。

 しかしそれ以降の言葉は上手く出てこない。

 今も感じる、不快感。それは間違いなく懐中時計から漂っているものであるとクリスティーナは確信している。

 だがそれを話せば自身の正体を仄めかす行為に繋がってしまうのではないか。そんな不安が彼女の頭を過った。


(……とはいえ、相手は警戒している。適当な理由を並べても納得してもらえるかはわからない)


 だが口を閉ざして悩んでいる間にも、それ以上の詳細を語ろうとしないクリスティーナの様子を見た男が話題を掘り下げるべく更に問いを投げた。


「それはお前のお眼鏡にかなう代物であったからということか?」

「いいえ」

「……ほう。なら何故?」


 男の表情が僅かに変わったのをクリスティーナは見逃さない。

 警戒一色であった顔にはクリスティーナへ対する興味が滲み始めていた。

 懐中時計を求めている訳ではないが気になり、追いかけてしまった理由。目の前の男はその返答へ興味を持つと同時に、相手の返答へ僅かな期待を抱いている。

 人の心理を見抜くことに長けているクリスティーナにはそれがわかった。


(もしかしたら彼は私以上にあれについて詳しいのかもしれない)


 相手の返答に期待を抱くという事は彼の中には既に彼自身の求める答えがあるという事だ。

 そして警戒の緩んだ今であれば多少の誤魔化しは見逃されるかもしれない。逆に大きな嘘を吐いたことで墓穴を掘れば今度こそ相手は警戒を強め、聞く耳を持たなくなってしまうかもしれない。

 そう判断したクリスティーナは小さく深呼吸をしてから口を開いた。


「それが良くない物のような気がしたのよ」


 彼女の返答には男だけではなくオリヴィエも驚きを見せる。

 黄緑の瞳が見開かれたのを視界の端に捉えながら、クリスティーナは男を見据えて話を続けた。

 ここで詳細を尋ねられれば言い逃れが難しくなるかもしれない。故にクリスティーナは話題の手綱を握り続けることを選択する。


「私達は偶然それが盗まれる瞬間を見た。けれどそれを盗んだのが知人であったこと、そしてその時計が良くない物のように思えたことが気掛かりで彼を追った。それだけよ」

「その、嫌な予感ってのは具体的には?」


 話題を進めようが、クリスティーナが避けたかった部分に対して男は言及をする。

 だがこの時既に彼からは警戒という言葉は殆ど感じられなくなっており、クリスティーナの返答に対する興味に気持ちは傾いているようであった。

 どんな返答であっても面白いと期待するような眼差し。クリスティーナはそれに賭けることにした。


「……勘よ」

「勘?」


 不確定要素に頼ることを嫌うクリスティーナであれば絶対に口にはしない言葉にはリオですら動揺を見せそうになる。しかし場を乱さないよう気を遣っていた彼は何とか表情を取り繕い、僅かに身動ぎをするだけに留めた。

 その変化に気付いたのはクリスティーナくらいだろう。


 一方で突拍子のない発言に対し、オリヴィエと男は目を瞬かせ、息を呑む。

 自身の返答がどう転んだのかわからない反応に鼓動が早くなるのを感じつつも、後押しとしてクリスティーナは更に言葉を付け足した。


「自分の直感は信じるようにしているの。今回もそれに従っただけよ」


 嘘を誤魔化すように無理矢理口角を上げる。

 そしてこの返答は相手が満足するに値するものであるか様子を窺った。


 相手を興味と愉悦を満たすことが出来れば言い逃れることが出来るかもしれない。

 一方で相手が興ざめするような返答であった場合には切り抜けることが難しくなるだろう。

 クリスティーナと男。二人は互いの表情とその裏に隠された心情を窺うように見つめ合った。


 そして沈黙が訪れ、その場を満たした次の瞬間。


「――はっ、ははははっ!」


 男は豪快に笑い出し、オリヴィエの背中を数回に渡って叩きつけた。


「いいねぇ! 面白い奴を連れて来やがったな、ニコラ!」


 未だ溢れる笑いを堪えきれず肩を揺らす男。

 どうやら相手を満足させるような返答が出来たらしい。彼の反応を見てそう判断したクリスティーナは内心で胸を撫で下ろしたのだった。

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