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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

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第115話 希望を賭ける者達

 ホールに取り残されたエリアスは慌ててクリスティーナとリオを追いかけようとするが、出入口でごった返す人々に寄って進行を阻まれてしまう。

 落ち着くようにと呼びかけるスタッフの声はどの観客にも届かず、人々は我先にと外へと溢れ出す。

 その波に呑まれたエリアスがホールの外へ引きずり出され、何とか自由を取り返した時には既に彼は息も絶え絶えとなっていた。


「な、何なんだ……ほんとに……」


 膝に手を当て、腰を下りながら肩で息をする。

 ホールの外へと駆け出した観客達は仮面の男の行方を探している様だが、その行動の意図は捕まえる為というよりもただその姿を視認したいだけという願望によるもののようだ。

 その様はさながら有名人を目の当たりにした者の在り方である。


(クリスティーナ様とリオは……いないよなぁ)


 エリアスは念の為と視線を巡らせて主人と仲間の姿を探すも、見覚えのある姿は確認できない。

 その状況に対し、冷や汗を滲ませながら彼はため息を吐いた。

 そこへ周りで騒ぎ立てていた観客らしき男が満足そうな笑みでエリアスへと話し掛ける。


「いやぁ、良いもんが見れたなぁ」

「……え? はい?」


 男の風姿は至って普通の平民だと見て取れる。貴族や裕福な育ちではないだろうことだけは確かだ。

 急に話を振られたエリアスが目を白黒とさせながら反射的に聞き返せば、今度は男が目を丸くした。


「ん? なんだぁ? てっきりお前も俺と似たもん同士かと思ったんだが」

「似た……? 何が?」


 男の話題について行けないエリアスが更に問うたことで相手はあてが外れたらしいことを察したのだろう。

 彼は納得したように頷いてから大きく笑った。


「俺みたいな奴は必死こいて貯めた金で希望を賭けに来るのさ」

「希望?」

「そう。何も物珍しい品が欲しいわけじゃない。この街一番の怪盗を見られる可能性を買いに来てるって訳だ」


 『この街一番の怪盗』が誰を指すのか。

 その解は自ずとエリアスの中で導き出される。


「金とプライドに溺れた奴ら。そいつらへ溜まった不満をぶつけることが出来ない俺達の気持ちを代弁するかのような存在だよ、あいつは」


 男の歳はエリアスより一回りも二回りも上だろう。

 だが、先の盗人について語るその瞳は子どものような無邪気さで輝いていた。


「楽しみを踏みにじり、横から掻っ攫っていく。その手際の良さも、魅せる逃亡劇も、まるでお伽噺の中から出てきた登場人物のような華麗さで俺達凡人に夢を与えて去っていく」


 興奮したように語る男は、自分達を見下ろしている星空へ視線を向けた。

 そして先の光景を思い出すように目を細めながら笑みを深める。


「世間の風潮に囚われず、我が道を行くその様。そしてまるで空を飛ぶように舞う姿は目に見えない翼を有しているようだ、なんて比喩されるくらいだ」


 男の言葉へ耳を傾けつつもエリアスは再び周囲を見回す。

 灰色の瞳が捉える人々。外へ出て、喜びを顕わにする者の殆どが高価なものを身に着けていない平民であった。


「――『遊翼の怪盗』。それがこの街で一番名を轟かせている奴の通り名だ」

「遊翼の、怪盗……」


 男が口にした名をエリアスは反芻する。

 その胸中に過るのは新たな波乱の予感。幾度と積まれた戦場の経験と持ち前の鋭い直感が、この先で待つ何かをいち早く感じ取っていた。



***



 広がる歓声、呼び止める怒号。それらから逃れるように男は屋根の上を駆け、着実にホールから距離をとる。

 宵闇に紛れる金髪がいつしか色を変えていることに気付く者もおらず。地面で騒ぎ立てている追手を高い位置から観察しては確実な逃亡ルートを把握して移動する。


 そしてホールでの喧騒が随分と遠ざかったところで男は地面へ降り立った。

 重力に逆らった緩やかな落下速度。とある路地裏へ静かに着地した男は闇に紛れて立つ一人を横目で見やる。


「よぉ、お疲れさん」


 現れたのはがたいの良い男。夜の薄暗さに紛れるような色合いの服を身に纏った男は仮面の男へ向かって手を差し出す。

 一方、手を差し出された本人は何かを求めるその素振りに従って、ポケットにしまい込んでいた懐中時計を相手へ投げて寄越した。

 時計が手中に収まる、小気味よい音がする。相手が無事に受け取ったことを確認してから仮面の男は深く息を吐いた。


「人使いが荒いですよ、ボス」

「うちはいつも人手不足なもんでね。それにお前に関しては仕事中の報告を怠った件もあったしな。これでチャラってことにしておこう」


 相手の言葉を聞き流しながら、仮面の男は自身の顔を隠していたそれを外す。

 仮面に覆われていた黄緑色の瞳、そしてやや幼い顔が顕わとなる。

 仮面の男――オリヴィエは先程までの大人びた微笑みや丁寧な態度とは一変、仏頂面と不遜な態度で振る舞った。


 だがそんな媚びるような態度一つ見せない彼の可愛げのなさに対しても目の前の男は喉の奥で笑う。

 それを一瞥しながらオリヴィエはやや早口に捲し立てた。


「あの件については後から話しましたよね。霧と魔導具との関連性は確認できなかった上、事の収拾は魔導師によって円滑に行われたと――」

「……待て」


 臍を曲げた小さな子供を見て揶揄うような笑みを浮かべていた男はしかし、オリヴィエの言葉の途中でその顔色を変える。

 突如、彼の顔から笑みは掻き消され、代わりに眉間へ皺を刻む。

 その険しい顔立ちに言葉を止めたオリヴィエは何事かと相手へ視線を投げかけた。

 だが身近の相手の疑問に答えることもなく、男はオリヴィエの後方を睨みつける。


「お前、つけられてやがったな」

「……おや。予想よりも早く気付かれてしまいました」


 男の指摘にこれ以上の隠密行動は不要だと判断した人物は、オリヴィエの後方の物陰から姿を現す。

 隠れていたのは二人。そのどちらもがフードを頭に被ってその顔を隠しており、先に姿を見せた一人が後方に立つもう一人を背に庇うような形で立っている。


「相当な手練れの方だとお見受けしました」

「ハッ、白々しい称賛だな。この距離まで気付かれずに近づいておきながら自身の実力を隠しておけると思うなよ」


 男は左右の腰に携えていた短剣に手を掛けながら唸る。

 一方でその視線の先の一人はフードの下で静かに微笑むだけ。


「何もんだ、お前」

「……こちらから語る必要性が感じられませんね」


 双方は静かな睨み合いを続ける。

 その間に立たされていたオリヴィエは背後を取られていたことに驚き、暫し面食らっていたが、自身を取り巻く空気が凍り付いていることに気付くと目頭を押さえながら深くため息を吐いた。


「……待ってくれ。お前達で殴り合いでもされたら収拾つけられるものもつかなくなる」

「どういうことだ」


 男の問いにオリヴィエが答えるよりも先、二人組の内一人が被っていたフードを取っ払った。

 更にもう一人もそれに続く形でフードを頭から外す。


 そしてフードに隠されていた二つの顔が顕わになるも、オリヴィエが驚く様子はない。

 追手の正体を既に予想していたからである。


「俺としても不要な暴力は勘弁願いたいところですよ」


 頭痛を覚えて再度深くため息を吐くオリヴィエをよそに、リオはただただ穏やかな微笑みを携えて答えた。

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