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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第114話 It's show time!

 男は片手にステッキを持ち、もう片方の掌へ転がすように南京錠を乗せる。そしてステッキで南京錠を指し示す。


「ワン、ツー」


 杖の先を揺り動かしてからその動きをぴたりと止める。

 そして杖の先が南京錠と触れると同時、彼はカウントを一進めた。


「スリー」


 刹那、パキンという何かが割れる軽い音を伴って南京錠が外れる。

 それは男の足元を転がり落ちた。


 開錠を確認し、男は鉄格子に巻き付いた鎖に手を掛ける。

 だが次の瞬間。その鎖は意思を持っている蛇の如く、伸ばされた腕へ巻き付き、男を鉄格子と縫い留めてしまう。


「……おや。これまた随分な歓迎だ」


 鎖に寄って動きを制限された男へ追い打ちを掛けるように、舞台袖から何人ものスタッフが現れ、魔導具を構える。

 客観的に見れば男にとっては絶望的状況。だが当の本人は尚も余裕を見せた。


「全く、困ったものだ」


 そう呟かれた瞬間。

 男へ纏わりついていた鎖はその身へ無数の罅を刻み込まれ、細かな破片となって飛び散った。宙を舞う鉄片は舞台照明を反射し、まるで舞台中央に立つ男こそがこの場の主役であるとでも言うようにその場を彩った。


「まさかこの程度で押さえ込める相手であると見縊られていたとは」


 厳重に閉ざされていたケースを開ける手。それを阻む物は最早存在しない。

 男は手早くケースの中の懐中時計を手に取る。それと同時に男を囲むように舞台袖から距離を詰めていたスタッフの一人が小型の魔導具を彼へ向かって放り投げる。

 だがそれをいち早く察知した男は半身でそれを避け、魔導具の行方を横目に追う。


 床に激突した魔導具。それは破裂音を伴っていくつもの電流を炸裂させたかと思えばそのまま動かなくなる。魔物遭遇時に良く用いられる魔導具の一つ、電撃による麻痺効果を利用して相手の動きを止める代物だ。


 投げられたものの正体に気付いた男は容赦のない攻撃に男は肩を竦めつつ、素早く舞台の手前まで移動をする。


「多少の乱暴は許容するが、貴方方の大切な客人を傷付けるような事だけはないようにしたまえよ」


 男は観客に背を向けたまま、大仰な素振りでスタッフへ頭を下げる。


「それでは諸君、良い夜を」

「待て――」


 男の次の動きを予測したようにスタッフの一人が声を荒げる。

 だがそんな声は見向きもされず、男は舞台の床を軽やかに蹴り上げた。


 刹那、重力に逆らって観客席まで落ちるはずであった体はふわりと浮かび上がる。

 それは観客の遥か頭上を飛び越えながら一回転し、ゆっくりと空席の背凭れへ着地する。その動き一つで舞台と男との距離は明確な程に広がった。

 驚異的なバランス感覚を見せつけながら、更に男は現在の着地点を蹴り上げて、別の空席へと飛び移る。


 まるで地面も空中も関係がないと言うように、ワルツでも踊っているかのような優雅且つ軽やかな動きを以て彼は確実に出口である扉へと向かっていく。

 最初は息を呑んで男とスタッフらのやり取りを観察していた観客も、気が付けばワッと湧き立ち、男の逃亡の様に拍手喝采を起こす。


 盗みの瞬間を目撃した者達とは到底思えない反応。一変した会場の空気。それらに呑まれながら、一瞬にして全ての人の視線を奪い去った男の行方をクリスティーナも目で追った。


 追手をものともせず、天井の高いホールの中を自由に飛び回るその様は、この場にいる誰よりも自由という言葉が似合っていた。


 揺れる金髪、余裕を崩さない不敵な笑み。

 窃盗という罪を背負いながらもその罪状に対する汚らわしい印象を一切感じさせない凛とした姿。一連の流れに躊躇いはなく、追手をものともせず、目指す先へ向かう為ならば天と地という制約すら虫をして突き進む姿。

 それが再び宙を舞い、ホールの眩い照明と重なる。


 男の姿を目で追っていたクリスティーナの目は眩み、その眩しさから目を細めた。

 数秒の後、照明の眩さに視界を奪われたクリスティーナの耳が捉えたのは踵が床を叩く音。


 ホールの端まで辿り着いた男は出入口である扉へ手を掛けると、観客へ向かって大きく一礼する。

 より大きく掻き鳴らされる拍手。それに見送られるように、男は扉の奥へと姿を消した。


 その後数秒は男の去った方向を見たまま誰もが動かなかった。

 しかし次の瞬間、観客たちは歓喜の表情を見せながら突如出入口へ向かって押し寄せた。


「なんだあれ……ってか、あいつ……!」

「なるほど、インソール……」


 男を追いかけるように押し合う観客たち。エリアスはその歓声に紛れないように声を張り上げながら混沌としたホールの様子に対する感想と自身の気付きを共有しようとする。

 一方でリオは何やら納得したように独り言を呟くが、クリスティーナには二人の声に反応する余裕がなかった。


「っ、リオ! 彼を追って」

「お嬢様?」


 クリスティーナはリオの袖を引き、彼の顔を覗き込む。

 自身へ向けられた言葉の意図を問うようにリオはクリスティーナへと聞き返す。だが自分を見つめるクリスティーナの顔に浮かぶ僅かな焦りと話している時間が惜しいことを訴えるような強い眼光に気付いた彼は言及することなく頷いた。


「畏まりました。失礼します」

「えっ、ちょ……おい!」

「すみません、後程外で合流しましょう」


 リオはクリスティーナを抱き上げると混み合っているホールの出入口へと向かって走り出す。

 一人だけ理解の追いついていないエリアスが遅れて腰を浮かすが、その頃にはリオの脚力によって距離が離れてしまっていた。

 そのまま二人は人と人との間を器用にすり抜け、人混みの遥か彼方へと姿を消す。


「う、嘘だろぉ……!」


 騒ぎの渦中に置いて行かれてしまった騎士は自身の状況を嘆くように声を漏らすが、それは大勢の興奮した声によって簡単に掻き消されてしまった。

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