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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第109話 穏やかな日常の鱗片

 店の下準備を手伝っていたオリヴィエは一階の掃除を行う。

 途中、客室で一休み終えたらしいクリスティーナ達がニュイ散策の為に店を出ていく所を静かに見送ったが、その後は特に予想外の出来事が起こることもなく順調に仕事が進む。


「そろそろ休憩に入ってもいいわよ」

「はーい」


 キッチンで料理人である旦那を手伝っていたグレースがホールに顔を出す。

 その声に顔を上げたオリヴィエは掃除道具を定位置へ戻しながらふと思い出したようにグレースへと視線を向けた。


「そうだ、母さん。さっきのお客さんに余計な事言ったでしょ」

「余計なこと?」

「宿が決まってた客をわざわざ呼び込んだりだよ。普段は客の引き抜きなんてしない癖にさ」

「ふふ、だって貴方と同じくらいの歳の子が来るのは珍しいでしょう? なんだか嬉しくって」


 悪びれもなく微笑むグレースの様子に、呆れたようにオリヴィエはため息を吐く。

 そこへキッチンから更にグレースの夫であるドミニクが姿を見せた。


「グレースのやり方は多少強引かもしれないが、交友関係を広げることは何も悪いことではないだろ」

「父さんまで」


 話が面倒な方向へ進んでいることを悟ったオリヴィエはその場から退散すべく出入り口の扉へと向かう。

 しかしオリヴィエの背中が遠ざかろうとドミニクは掛ける声を止めなかった。


「お前がいる事で助かっている事実はある。けど、いつまでもうちに付き合う必要はないんだからな」


 扉に手を掛けたオリヴィエは、一度だけドミニクを振り返る。

 彼は厳しい印象を受ける釣り目を細め、はっきりとした物言いで言い聞かせた。


「やりたいことが見つかったら、そっちを優先するんだぞ」


 その目には僅かな後ろめたさと心配する様で揺らいでいた。



***



 街へ繰り出したオリヴィエは迷いを見せない足取りで道を歩いていく。

 何人もの通行人の脇をすり抜け、進んだ先、彼を迎えたのはその敷地を策で囲った大きな館だ。

 高貴な身分の者が住まう場であることをその見た目から明らかにした建物は、平民の出入りを許さないとでも言うように高い柵と固く閉ざされた門で他者を締め出している。


 しかしそれらはオリヴィエにとって障害にすらなり得ない。

 彼は軽く地面を蹴り上げると同時に浮遊し、重力に逆らって軽々と柵を飛び越えた。


 そして館の敷地内へと足を踏み入れると、堂々と建物へ向かって足を進めた。



 建物の裏に回ったオリヴィエは足を止める。

 一階のとある窓の前。そこで移動を止めた彼は窓を小さくノックした。

 そして少しの間待つ。

 そうすれば小刻みな揺れを伴いながら窓が開かれた。


「こんにちは、オリヴィエ」


 開けられた窓のすぐ傍に備えられたのは一つのベッド。物の少ない一室で上半身を起こした女性は色素が薄いブロンドの長髪を風に揺らしながら微笑む。

 その顔色は青白く、窓を開ける為に持ち上げられた腕はとても細い。

 健康的とは言えない風貌ではありながらも、身だしなみには気を付けているらしい彼女からは小綺麗さが、その顔に湛えられる笑みからは快活さが感じられる。


「久しぶりだな、シャルロット」


 ベッドの上に座る女性、シャルロットの姿が見える位置で壁に背を預けながらオリヴィエは挨拶に答える。

 そんな彼の言葉に、シャルロットはやれやれと肩を竦めた。


「本当よ。馬鹿の一つ覚えのように毎日姿を見せてたと思ったら急にぱったり来なくなるし。てっきり学院に出も戻ったのかと思ったわ」

「まさか。所用でフロンティエールまで行っていたんだ」


 拗ねるような口調で咎めるシャルロットの声に、オリヴィエは肩を竦めた。

 そして施された端的な説明にはシャルロットが目を剥いた。


「フロンティエール? あそこは最近霧で大変だったと小耳に挟んだけど。大丈夫だったの?」

「丁度騒ぎになっていた時だが僕自身は別に何ともない。魔導師がすぐに駆け付けたことや、霧の不自然な拡大も突如鳴りを潜めたことで事件自体も収束したらしい。今は落ち着いているだろうさ」

「そう」


 シャルロットは胸を撫で下ろす。

 その様子を横目に捉えながらオリヴィエは小さく呟いた。


「僕が学院に戻る日が来るとすれば、お前が復帰してからだろうな」

「全く……。そう言ってる内にもう一年経ってるんだけど」

「僕としては一向に構わないんだけどな。学院に戻りたいと思っている訳でもないし」

「学校をさぼる言い訳に私が使われてるのが納得いかないんだけど!」

「文句があるならさっさと回復しろ」


 またもや臍を曲げたようにそっぽを向く相手の様子にオリヴィエは喉の奥で笑う。

 そんな二人の間を風が吹き抜けて行き、近くの木々は木の葉同士を擦り合わせながらさわさわと音を立てた。


 シャルロットはオリヴィエの言葉に対し、静かに微笑むだけで何か言葉を返したりはしない。

 その行動に孕まれた意図に気付かないオリヴィエではなかったが、彼は敢えて気付かないふりをして目を瞑ることにした。


 僅かな間の後にオリヴィエは再び口を開く。

 しかしそこから紡がれるのはあまりにも他愛もない話題だ。

 それを受けたシャルロットもまた、くすくすと品の良い笑いを零しながらその会話を受ける。

 昼過ぎの強い日差しを受けながらも二人は暫くの間、何気ない会話を楽しむのであった。

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