第二章エピローグ2 幸先不安な移動
クリスティーナ、リオ、エリアス、オリヴィエの四人は舗装された道を馬車の荷台に乗って移動していた。
馬車に揺られながら各々が体を休めている中、リオが御者へ声を掛ける。
「ご同行させてくださり、ありがとうございます」
御者台に座るのは中年の小太りの男性。
徒歩で移動していた一行はその途中、首都で品を卸した帰りだという彼の馬車を見掛け、リオの交渉によって同行を受け入れて貰ったのだった。
リオの丁寧な礼に商人は明るく笑う。
「なぁに。向かう方角は同じなんだ。それに最近は魔物の動きが読めなくなってきているって話だからな、こちらとしても戦い慣れてる若者がいてくれれば安心して帰路に就けるってものさ」
クリスティーナ達を乗せた馬車は小さな村を横切っていく。
人里とは言え、首都に比べて随分と人口の減った地。その周辺には小さな森も広がっていて魔物も生息しているという。
「オレが首都にいた時、丁度フロンティエールの辺りが騒ぎになったみたいでな。魔物が街の近くまで出てきてたって話だ。こっち側は大丈夫だって話だが、そうは言っても不安なもんは不安だろう? だから丁度良かったよ」
周辺の様子を窺ったところ、霧が濃いわけでもなさそうだ。
フロンティエールの問題はミロワールの森から流れてきた霧が問題であったことを考えれば、クリスティーナ達の進路に何かしらの影響があるとは考えにくい。
しかしそれでも直近の事件であったこともあり、万一の可能性が頭にちらつき、保身に走りたい心理が商人の中で働いていたのだろう。
そのおかげで快く了承してもらえている為、クリスティーナ達としても都合がよかった。
馬車は小さな森の中を進んでいく。
暫くは何事もなく順調に進んでいた馬車だが、突如として馬が鳴き声を発しながら立ち止まる。
急停車した馬車に一行が顔を上げると、商人が苦々しい声を漏らす。
「ったく、今日はついてないな……!」
彼が取り出したのは魔導具の一種。長距離移動を必要とする商人が自衛の為に持ち歩いている、巷でそれなりに普及した魔導具だ。
組みこまれている魔晶石の魔力を消費することで電流を発し、敵を失神させることが出来る。
そして馬車の前には二体の魔物の姿があった。
「俺が行きますよ。魔晶石も勿体ないでしょうし」
商人は魔導具の使用を試みるが、それより先にリオが馬車を飛び降りる。
少し遅れてエリアスも腰を浮かせるが、それにはリオが首を横に振る。
「怪我が悪化したらどうするんです」
「じっとしてるの落ち着かないんだよ……!」
「長時間座ってられない幼子みたいなこと言わないでください」
ベルフェゴールとの戦いでナイフを二本失ったリオだが、革袋の中にはスペアがいくつも収納されている。
事前に袖口に忍ばせていたそれを一本ずつ握りながら彼はオリヴィエを見やる。
「オリヴィエ様は動けますか? であればあちらの一体をお願いしたいのですが……」
「断る」
「おや」
魔物の存在に気付いても腰を浮かそうとしないオリヴィエは肘をついた姿勢のまま、リオの頼みを切り捨てた。
オリヴィエの実力であれば一体の魔物を殲滅することなど容易いことだろう。故に断られることを想定していなかったリオは目を丸くする。
「あれ程度ならお前一人でもなんとかなるだろう。僕がわざわざ戦う必要を感じない」
「まあ、その通りではあるんですけど……」
「うわっ! お、おい、何とかしてくれるなら早くしてくれ!」
オリヴィエの返答にリオが首を傾げていると、前方から商人の悲鳴が聞こえる。
悠長に話をしている暇はないだろう。
そう判断したリオは話しを切り上げ、その場から姿を消す。
一刹那の後に響くのは魔物の断末魔が二つ。
瞬く間に惨殺され、倒れ伏す魔物に驚く商人の声を聞きながらクリスティーナはオリヴィエを観察した。
「何だ」
「怪我の調子でも悪いのかと思って」
「怪我?」
見たところ体のどこかを庇っているような様子はないが、骨が折れていようが平気で剣を振るおうとする脳筋騎士という例がすぐ傍にいるのだ。
本人に直接確認をとるのが確実だろうとクリスティーナは判断した。
しかし当の本人はクリスティーナと視線を合わせないように気を付けることに手一杯のようでクリスティーナの言葉の意図までは理解していないようである。
故にクリスティーナは言葉を付け足す。
「今、魔物との戦いを避けたでしょう」
「ああ」
意味を理解したらしいオリヴィエは納得したと言うように頷く。
「怪我は関係ない。完治はしていないがそっちと違って骨がいってるわけでもないしな」
「ならどうして?」
「どうしてと言われても」
言葉に迷ったのか、彼は小首を傾げ乍ら視線を彷徨わせる。
しかしすぐに探していた回答が見つかったらしい。
「魔法を使いたくないから」
「んなぁ……?」
たった今一人働いた者がいる傍で、彼は何の悪びれもなくそんなことを言ってのけた。
拍子抜けしたあまり、間抜けな声を出したのはエリアスだ。そしてクリスティーナも彼のような無様を晒すようなことはなかったが、その返答には目を剥いてしまう。
「面倒なことはしたくないんだ」
更に吐き出される自分本位な発言にクリスティーナは目を白黒とさせる。
「……その面倒なことを一人で担っている人物がいるのだけれど」
「みたいだな」
「みたいって、貴方……」
厚顔無恥な態度に対し、思わず批判をしそうになった時。
その様を見たオリヴィエは無関心そうに顔を背けて森の景色を眺めながら鼻で笑う。
「僕に思うことがあるようだが、働いていないという点に於いてはお前も人のことは言えないと思うけどな」
「な……っ」
「ひ、ひぇ……」
視線の一つも寄越さずに吐き出された言葉。陰口や悪評が独り歩きすることはあれど、未だかつて真正面からここまで侮辱されたことはなかった。
故にクリスティーナは思わず返す言葉を失う。
二人のやり取りを見守っていたエリアスはクリスティーナの身分と悪評を知っていることもあってか、凍り付いた空気に小さな悲鳴を上げた。
間違っても主人の地雷を踏むことがない様にと顔を青くさせながら息を呑むエリアスだったが、今のクリスティーナの眼中に彼の存在はない。
「お前だってあの程度の魔物を倒すことくらい出来るだろう。どれだけ大層なご身分かは知らないが、自分は働かなくて当然という態度を取っている時点で僕に指図できる立場ではないんじゃないか」
押し黙るクリスティーナへとオリヴィエは言葉による猛攻を更に続ける。
そこで二人が言い合いを繰り広げている間、道を塞いでいた魔物の死骸を移動させたり商人の安否を確認していたリオが途中で自分へ向けられている視線に気付き、馬車の荷台へと顔を向けた。
「……何事ですか」
一目見てわかる程凍えた空気と、今にも泣きだしそうなエリアスが助けを求めるように向ける視線。
ハンカチで返り血を拭っていたリオは速足で荷台へと戻り、状況を窺う。
しかしオリヴィエはそっぽを向いたまま口を閉ざしており、エリアスはあまりの狼狽具合に冷静に説明できる状況ではなさそうだ。
クリスティーナはというと口を引き結んだまま俯いており、その両手はきつく握りしめられている。
「……お嬢様?」
どうしたのかとクリスティーナの顔を覗き込んだリオはそこで目を見開いたまま固まってしまう。
「お、お嬢様……」
「次は私が出るわ」
「はい?」
クリスティーナは肩を小刻みに震わせながら呟く。
先程までの話の流れを知らないリオは何の話をしているのかと聞き返す。
「次、魔物が現れたら私が出るわ」
「え? どうして急にそんな話に……?」
言い直されたことで漸く主人の言葉を理解するも、今度は予想外の話題の方向性に狼狽えてしまう。
困惑を隠せない従者が再び聞き返すも、クリスティーナはそれ以上話そうとしない。
「え、駄目ですよ? ……お嬢様? 聞いてますか……!?」
何とか諭そうと声を掛けようとも耳を傾けようとしない主人の態度にリオはほとほと困り果てる。
今は何を言っても聞いてくれないだろうことを悟ったリオは仕方なくエリアスへと近づくとこっそり耳打ちした。
「何がどうしてこんな流れになったんですか。お嬢様が滅多になさらない形相をしていらっしゃるのですが」
「ひぇ……っ、やっぱめちゃくちゃ怒ってるのか……!?」
未だ飛び火に怯えて縮こまる騎士が同じく耳打ちを返す。
リオはエリアスの問いにどう答えたものかと考えつつ、主人の様子をこっそりと盗み見る。
「激昂というよりは……そうですね……」
困ったように眉を下げ、リオはため息を吐く。
「五歳くらいを境に見られなくなった、怒りと羞恥で泣きたくなっている複雑な感情を無理矢理堪えているようなお顔をなさってます」
「予想の数倍は具体的な例えでビビったんだけど。ってかそんな時の気持ち冷静に分析されたくねーよ」
冷え切った空気の中、口を閉ざす二人と主人の様子を窺いながらひそひそと相談をする護衛達。
そんな四人を乗せて、馬車は再び動き始めた。
旅の再開は最悪な空気を伴って幕を開ける。
あまりにも不安な幸先に、護衛の二人は小さく息を吐いたのであった。




