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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第二章エピローグ 取捨選択の先延ばし2

 『あの一行』が指すのはクリスティーナ達のことだ。

 ノア自身も、彼女達のことが話題に上げられることを察していたのだろう。特に動じることなくアレットの言葉に耳を傾けていた。


「ベルフェゴールから襲撃を受けたのは彼女達と共にいた時だろう。お前は優秀だが、それでも何者かに狙われる程魔導の極地へ至った訳ではない。今はまだな」

「……彼女の狙いがクリス達だったんじゃないか、って言いたいんでしょ。先生は」

「ああ。これはほぼ確定だろう」


 誤魔化せる範疇の話ではないことを悟っているのだろう。これについては潔く認めたノアの言葉にアレットは頷きを返す。


「彼女達は普通じゃない。特に規格外の魔力量を持つ二人はな。……そしてお前は短くはない期間、彼女達を観察していたはずだ」


 オリヴィエの件についてはアレットの黙認できる範疇にある。だが彼女達のことについてはそれが難しいだろうことをアレットは悟っていた。

 そして恐らくはノアもそれをわかっているはずだ。


「彼女達が何者であるのか、お前なら見当がついているんじゃないのか」


 規格外の魔力を持ちながら旅をする謎の一行。彼女達が魔族から狙われた理由。

 クリスティーナ達との関りが薄いアレットでは見えていないこともノアであるならば見抜けているのではないか。そんな疑問を投げかける。


「国内で魔族が発見されたという問題の大きさがわからないお前じゃないはずだ。そしてその要因が彼女達にあるのだとすれば、彼女達に対しても何かしらの対処する必要性が出てくる可能性についても」


 ここまで取り繕っていたノアの表情はここで漸く変化を見せる。

 思い悩むように泳ぐ視線。

 考え込む彼の頭を過るのはクリスティーナの姿だ。


 凄まじい魔力を伴っていた姿、魔力制御の訓練を乗り越えた姿。

 俯きそうになった自分を叱責し、同時に元気付けてくれた姿。

 魔法を行使して戦闘の支援を全うする姿、氷の剣で相手に一撃を与えた姿。


 そして自分を庇うように前に立ち、その身を光に包んだ姿。


 彼女が普通ではないのだろうという事はとっくに悟っていた。だがそこから導かれた結論は自身の持ち得る知識からを引っ張り出してきただけの安直な回答。確信できる程のものでは到底ない。


 それでも話しておくべきなのだろうか。

 これはアレットから呼び出しを受けた時点でクリスティーナ達の話題が出ることを悟ったノアが、研究室へ辿り着くまでの間考えてきた悩みだった。


 ノアはこの国が好きだ。この国で知り合った人々も、この国で築いた思い出も大切だ。

 だから自分はこの国の魔導師としてこの国を守る存在で在りたいと常々思っていた。


 ここで自身の憶測を話すことが国を守ることに繋がる、もしくは話さないことによって国が危機を抱える可能性があるのならば話すべきなのかもしれない。

 そしてノアが導いた結論が正しいのだとすれば、これは個人の、それも一介の学生でしかない自分の身には余る問題であることもわかっていた。


 だがノアの考えが正しいのだと仮定すれば、それをアレットへ打ち明けることが正体を隠し続けてきたクリスティーナ達の望まぬ結果を招くことになるということもわかっている。


 ――国を守る為に友を売るか、友情を重んじる信条の為魔導師としての責務から目を逸らすか。


 フォルトゥナで出会った人々の顔と、クリスティーナ達の顔が交互に浮かんでは消えていく。


 ――ええ、また。


 そして彼が言葉を紡ぐ直前に浮かんだのは今朝の光景だ。

 別れ際、背を向けたクリスティーナの姿と、彼女が残した優しい声。


 様々な思いや考えに板挟みにされながらも、彼は悩み抜いた。

 正しい選択とは一体何か。


「……わかりません」


 ノアは静かに目を閉じる。


「一つの仮説はありますが、まだ、確信が持てていません。……そしてこれに関して、憶測で語るにはあまりにも軽率であると、俺は思います」


 彼が選んだのは『選ばない』ということであった。


(例えいつか選ばなければならない選択であったとしても、それは今じゃない)


 ノアにとってはフォルトゥナという国も、クリスティーナ達の友も大切な存在だ。

 出来る事ならば、『どちらも大切』という結論を揺るがしたくはない。

 どちらを選んでも、望まぬ結果が待っていた時にきっと自分は後悔してしまうから。


 故の自身の心の防衛策。彼はこの回答を出来る限り先延ばしにする手段として、ここで選択することを放棄した。


「……そうか」


 アレットの声が研究室内へ静かに響く。

 先よりも暗く重い声音で答える弟子を見据えながらも彼女は淡々と話す。


「なら現時点では一つだけ問おう。お前の仮説が正しいものであることがわかり、それを共有することが国の安寧を左右することになった時。お前は国の為に動くことは出来るのか」

「それは……」


 彼女はノアが可能な限りどちらも守れる立場にありたいという意志を持っていることを悟っている。

 だからこそ国を守る魔導師として、彼の取った選択の問題をはっきりとさせておかなければならなかった。


 国か友か。その取捨選択を先延ばしにした先で、それでも選択せざる得ない状況がやってきた時。国を守る選択を取ることが出来るのか。


 そもそもクリスティーナ達はフォルトゥナを去るつもりでいる。魔族と何かしらの関係にあったとしても今後フォルトゥナに脅威をまき散らす存在になる可能性は薄い。それに加えてノアの報告にあったベルフェゴールの不吉な発言に関する調査で手一杯になることを考えれば、彼女達の正体に関する情報は重要度が低い。

 故に現時点では追及から目を瞑ることも出来よう。


 だが、万一の時。そんな予測を破り、クリスティーナ達の存在を明かすことが国の存亡にかかわるような事態が起こった時。アレットはきっと同じ問いをノアへ投げかけなければならない。

 そして一刻を争うだろうその時に悩んでいるようでは遅いのだ。


 今すぐにどちらかを捨てる必要はない。選ぶ覚悟はして貰わなければ困る。

 それが『選ばない』という彼の選択をアレットが許容する条件だった。


 ノアは僅かに言葉を詰まらせる。

 それは今まさに悩んでいるからという訳ではない。

 壮大な規模の話。事の大きさに、撤回の利かない選択を言葉にすることに対する僅かな躊躇いだ。

 それでも瞳には既に一つの決意と覚悟があった。


 アレットの問いは聊か極端なものではある。しかしそんな未来がやって来ないとも限らない。魔族という異端分子が齎す結果が想定内の範疇に留まってくれると限らないことはノア自身が良く知っている。

 だからこそ想定できることは全て考えておかなければならない。可能性から目を背けてはならない。


 ノアは大きく息を吸った。


 自分の決断で国の運命が左右されることが確定した未来。自分の知る人も知らない人の運命も背負うことになる時が来たらその時は――


「…………出来ます」


 彼は小さく頷いた。


 現時点では不確定要素が多く言い逃れが出来る場面であっても、国を背負うことが確定してしまった場面に於いてその運命を左右する選択に私情を挟むことは出来ない。

 ノアの中で、自身が魔導師であり続けるという事はそういうことだった。


(昔だったら、もっと悩んだんだろうなぁ)


 捨てるという選択肢しかない場面……世間の不条理さも理不尽さも知らない子供。全てを守れるものだと信じて疑わなかった時期。

 そんな純粋で愚かな過去を頭の片隅で振り返り、ノアは自重するように目を細めた。

 何も知らなかった頃の自分がほんの少しだけ羨ましいと感じた。


 願わくば、このままどちらも大切にできる立場でありたい。そう在れるように最善は尽くすつもりだ。

 だがそれが通用しなくなったのならばその時は、私情ではなく使命を取るだろう。


 そんな彼の答えにアレットは納得したらしい。静かに頷きを返した。


「……ならばその言葉を信じよう。結論が出るその時まで悩めばいいさ」


 話は終わりだという言葉と共に会話を締めくくるアレット。

 緊張感から解放されたノアは深く息を吐いた。


「はぁぁ……疲れた。真面目な話って空気悪くなるから嫌なんだよねぇ」

「邪魔だ。私の用は済んだ。さっさと出ろ」

「んんー……」


 ノアはアレットの机に突っ伏して泣き言を零す。

 アレットは彼の頭を杖で小突きながら文句を言った。

 しかしこつこつと硬いものが当たる感覚を覚えながらもノアはアレットの言葉を無視して考え込み始めた。


 彼が思い浮かべるのはベルフェゴールと対峙した時の二つの場面。

 少人数でも何とか相手を押さえることが出来た戦闘。そこに彼は違和感を覚えていた。


「ねえ、先生」

「なんだ」

「魔族ってのは、五人前後の人間で押さえ込めるもんなの?」


(皆が強かったから何とかなったってのもあるだろうけど。文献に記された魔族の力は一体が国を亡ぼすことのできる力を誇る程強力だとされていた。それを考えるとまだ何か隠しているのではと疑ってしまうな……)


 ベルフェゴールの反応を鑑みるに手を抜いている様子はなかった。彼女は心の底から腹立たしさを見せていたし、動揺もしていたように見える。

 それに歴史書や伝記などは誇張して物事が記されていたりすることも珍しくはないはずだ。

 未知数の存在に対する警戒心で考え過ぎているだけだろうかと思いつつも、彼の中で不安は拭えない。


「……私も実際に対峙したことがある訳ではないからわからないが。普通に考えれば難しいだろうな」


 ノアの言わんとしていることを悟ったのか、彼の頭を叩く手を止めたアレットは真面目な声音で答える。


「お前の報告にあった、ベルフェゴールの発言についても気になる。関係がないとは言い切れない。調査の際はその辺りも考慮するよう伝えておこう」

「杞憂で済むと……いいんだけどなぁ」

「警戒しておくに越したことはないからな。情報提供感謝する。……それと」


 突っ伏していたノアのフードが優しく持ち上げられる。

 それにつられるように彼が顔を上げれば、至近距離から覗き込む碧眼と視線が交わった。


「……顔色も問題ないな」

「元気だよ」

「無事ならそれでいい」

「わぁ、アレット先生がデレるなんてめっずらし……あいたっ」


 フードが目元まで戻され、視界を遮られながら相手を揶揄うように笑う。

 その言葉は硬いもので頭を殴られたことによって遮られ、ノアは叩かれた箇所を擦りながら口を尖らせる。


 先程までの緊張した空気もすっかり解れた頃合い。他愛もない話を投げかけるノアとそれを雑に聞き流すアレットの会話の途中で研究室の戸が叩かれる。


「入れ」

「失礼します」


 許可を得て入ってきたのはレミだ。


「ノアが戻ってきているかと思ってお邪魔したんですけど……」

「丁度良かった。この煩わしい生物を持って行ってくれ」

「え、俺のこと!? ひどっ!」


 あんまりな言われように異を唱えるノアだが、それに対してはアレットだけではなくレミまでもが冷たい眼差しを向けていた。


「どうせまた先生にうざ絡みしてたんだろ。迷惑を掛けるな」

「俺の言い分聞いてすらくれないの!?」

「あと、レベッカが生徒会室まで来て欲しいって。引継ぎ関係で聞きたいことがあるらしい」

「はーい、行きます行きますぅ」


 不服そうなノアの言葉に無視を決め込み、レミは必要な伝達事項だけを淡々と述べる。

 その素っ気なさに対し、不貞腐れた様を隠そうともせず口を尖らせている。


 移動を急かしながら戸に手を掛けるレミへ続くようにノアは彼の後ろに立つ。

 早く行けと蠅でも追い払うかのような仕草で退室を促していたアレットは、二人の弟子が扉を潜る姿を見送った。


 しかしその最中、ふと過った考えに対しアレットは思わず鼻で笑う。

 その気配に気付いたからだろう。不思議そうな顔をしながら二人が振り返った。


「いや、何。ノアがここまで一人の女子に入れ込むのも珍しいなと思ってな。漸く春でも来たのかと感慨深くなったのさ」


 これは長い付き合いだからこそ交わすことのできる冗談の一つだ。先程揶揄われたことの意趣返しにと、アレットは些細な揶揄をノアへと投げた。

 女子から寄せられる好意は数多くあるにもかかわらず浮いた話の一つもないノアへ対する軽い皮肉。

 その意図を察してか、レミもつられるように笑った。


「先生、ノアが魔法一筋なのは今に始まったことじゃないでしょう。最早魔法が恋人かってくらいそういう話には興味ないし……な?」


 こういったやりとりは今までも何度かあった。その度に「煩いなー!」と子供っぽく拗ねる姿を見てきたレミとアレットは今回も同じ様な反応を見せるものだと思いながら喉の奥で笑う。

 そしてノアの様子を窺ったのだが、そこで二人の笑い声はぴたりと止まった。


 アレットの方を振り返ったままの姿勢で固まるノア。

 目を丸くし、数度瞬きを繰り返した彼は少々の時差を伴ってからその顔を赤らめる。


 それを合図に、彼の顔は急激に紅潮する。

 あっという間に熟れた果実のように赤くなった彼は自分でもどんな顔をしているのかわからないと言うようにぎこちなく口角を引き攣らせて笑った。


「……え?」

「「え……?」」


 自分ですら考えが追い付いていないらしく、顔に熱が帯びる現象に困惑するノア。

 一方で予想外且つあまりにもわかりやすい反応示されて驚愕のまま呆けてしまうレミとアレット。

 三人の声が重なる。


 途轍もなく気まずい沈黙がその場を暫く満たしたのだった。


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