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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第98話 またね

 黄橡の髪、眼鏡の奥で光る黄緑の瞳。うっすらと鼻の上に散りばめられたそばかす。

 容姿の特徴だけを挙げるのならばその青年からはやや地味で内気な印象を受けるだろう。

 しかしその印象を覆すのは自信に満ち、堂々とした眼光と足取り、彼の振る舞い方であった。


「おはよう、リヴィ」

「ああ」


 ノアの挨拶には雑な返事を返し、オリヴィエはクリスティーナ達三人を見回した。


「もう出られるのか?」

「支度の話であれば疾うに済んでいますね」

「貴方を待っていたのだけれど」


 彼の問いに若干の皮肉を込めた返答が二つ返される。

 しかし当の本人は特に気にした素振りもなく「そうか」と一言漏らすだけだった。


「ならすぐにでも発とう。学院の奴らに出くわすのも面倒だ」

「リヴィ」


 進行方向を見やり、さっさと立ち去ろうと背を向けたオリヴィエへノアが声を投げかける。

 オリヴィエは進めようとした足を止め、静かにノアを見やる。


「君が今どんな立場であるのか、俺は知らない。けどね、あまり心配をかけるようなことはしないでくれよ。君に何かあればシャリーやレミが悲しむ。俺もそうだ」


 黄緑の瞳が静かに細められる。

 オリヴィエは何かを考えるように視線を泳がせた後に眼鏡を押し上げて呟いた。


「落ち着いたら、また顔を見せる。レミにも伝えておいてくれ」

「……全く、君という奴は」


 ノアの言葉にオリヴィエは頷かなかった。

 代わりに用意した答えの意図は『心配をかけないとは断言できないが、また必ず会いに来る』というものであることをノアは悟っていた。

 それは彼が危険なことに首を突っ込んでいる可能性を示唆しているものだと気付いていながらも、ノアは呆れたように肩を竦めるだけに留める。


 友人に嘘を吐かない。その姿勢はノアの願いに頷くことが出来ない彼なりの誠意であるとわかっているからだ。


「気を付けるんだよ」


 話を切り上げたオリヴィエは再び背を向けて先へと進み始めた。

 数歩進んだ先で投げかけられた自身の身を案じた言葉に対し、彼は片手を挙げた。


 しかし足を止めるつもりはないらしい。

 オリヴィエの背は徐々に遠ざかっていき、それを見失わないようにしなければならないクリスティーナ達は自ずと移動を急かされる形となった。


「身勝手ね」

「ははっ、否定はできないな」


 クリスティーナが零した文句には笑い声が返される。

 その後別れ際の言葉に悩むような間が生まれ、数秒の時を経てからノアが三人の姿を順にその視界へと収めた。


「それじゃ、君達も道中には気を付けて」


 短い返事が三つ、ばらばらに返される。

 それに頷きを返してからノアは満面の笑みを浮かべて地面を蹴る。

 彼に狙いを定められたのはリオだ。


「うわっ、ちょっと」

「はははっ」


 明らかに嫌そうな声をリオが漏らす。

 突如突進してきたノアはリオをきつく抱きしめながら、嫌そうな反応が逆に愉快だと笑った。


「別れを惜しむにももっと適任がいるでしょう」

「クリスにやったら君が怒るだろう」

「何勘違いしてるんですか、お嬢様じゃなくてエリアス様の方ですよ」

「オレも別にハグはいらないなぁ」


 押し付けられる顔を引きはがしながら、離れてくださいとリオが文句を零す。

 普段飄々としている彼のげんなりとした顔は珍しく、いいものを見れたとノアは笑みを深めて見せた。


「こういうのは嫌がる相手にやるから面白いのさ。エリーは懐が広いから受け入れてしまうだろう!」

「……良い性格をしてますね。やはり悪さしかしない腕は早い内に切除しておきましょうか」

「うわっ、ジョークだってジョーク!」


 通常時よりも低い声で呟かれた言葉に身の危険を感じ、ノアは素早くリオから飛び退いた。

 賑やかに言い合いを繰り広げる二人をクリスティーナが観察していると、今度はエリアスが焦ったように声を上げる。


「げっ、もうだいぶ離れてるぞ! マジで置いてかれるってあれ!」


 エリアスが指し示したのは先に移動を開始したオリヴィエの背中だ。

 それは既に随分と先まで進んでしまっており、人通りが増えればすぐにでも見失ってしまう程にクリスティーナ達との距離が開いていた。


「うわ、ほんとだ。早く行きな!」

「たった今まで貴方に足止めされていたのですが……。お嬢様、行きましょう」


 急かすノアの声に背を押され、クリスティーナ達はやや駆け足でオリヴィエを追う。


「じゃあな、ノア!」


 先を急ぎながらもエリアスが振り向き様に手を振り、リオも小さく会釈をする。

 そんな彼らにつられるように、クリスティーナも遅れて振り返る。


 柔らかな風に揺れる白いローブと金髪。

 優しい朝日に照らされながら、一人の青年は満面の笑みを浮かべて叫んだ。


「またね!」


 大きく振られる片手。それを真似することに恥じらいを感じ、振り返すことは出来なかったが、代わりにとクリスティーナは小さな微笑みを返す。


「ええ、また」


 その声は彼に届いただろうか。

 前へ向き直り、クリスティーナは地面を踏みしめていく。


 その背中はどんどんと遠ざかり、小さくなっていく。

 それを見届けてから、ノアは上げていた手を静かに下ろした。


「……さて、と」


 微笑みを口元に残しながら、彼もまたクリスティーナ達へと背を向ける。


「帰りますかぁ」


 ほんの少しの侘しさを誤魔化すようにのんびりとした口調で独り言を零す。

 青い空へと向けて両手を突き出して大きく伸びをすると、彼は大きく足を踏み出した。

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