転生したら名前がえっちしようだった。
ふむ……
わしにしね と いうんだな!
とある世界の、とある田舎の村。
「ねえねえ。えっちしよう。えっちしよう」
銀髪の少年が、栗毛の少女に誘惑されていた。
……わけでは無い。
「……あのさぁ。マロン」
うんざりとした感じで、少年は口を開いた。
「名前じゃなくて、名字で呼んでくれって、何度も言ってるだろ?」
「ええーっ? 名字でなんて、よそよそしいよ。
私たち、友だちじゃないの?」
「そりゃ友だちだけどさ……。
だから、自分の名前が嫌いなんだって」
「どうして? 良い名前なのに。えっちしよう」
(音だけ聞いたら、ひょっとしたら、そうなのかもしれんがな……)
(けど……)
(俺が居た世界だと、いやらしい意味なんだよ。それは)
少年は、異世界からの転生者だった。
彼の名は、エッチシヨウ=スキデス。
元の世界の言葉では、実に卑猥な意味になる。
この名前を気にしているのは、本人だけだ。
この世界の人々にとっては、そうおかしい響きでも無いらしい。
当然だろう。
よほど頭がおかしくなければ、子供に卑猥な名をつけたりはしない。
だから、村の人たちは、平気でエッチシヨウの名前を呼ぶ。
エッチシヨウには、それが嫌だった。
だが、そんな彼の気持ちは、村の人たちには、まったく理解してはもらえなかった。
「俺さ、そのうち村を出るよ」
「ええっ!? どうしてなの!? えっちしよう!」
(馴れ馴れしく名前を呼ばれるのが、嫌だからだよ……)
本音はそれだった。
だが、素直に口に出すのは、格好悪いという気持ちが有った。
「ほら、冒険者とか、男の憧れだろ?」
なので、そう答えた。
「危ないよ?」
「そんなこと言ってたら、夢は叶えられないぜ」
(誰にもファーストネームで呼ばれないという、ささやかな夢がな)
「むぅ……」
……。
やがて、旅立ちの日が来た。
村人たちは総出で、エッチシヨウを見送りに来た。
村人たちの温かい言葉が、次々と、エッチシヨウにかけられた。
「がんばれよ! えっちしよう!」
「えっちしよう! 体に気をつけるんだぞ!」
「えっちしよう! 負けんじゃねえぞ!」
「偉くなって帰ってこいよ! えっちしよう!」
「これは餞別だ。受け取れ。えっちしよう」
「えっちしよう。お前は俺たち夫婦の誇りだ」
「えっちしようおにいちゃん。すぐに帰ってくるよね? 待ってるから」
(帰りたくねぇ~)
「……行ってきます。みんな」
エッチシヨウは、村人たちに背を向けた。
2度と帰らぬ。
そう誓いながら。
村から旅立ち、エッチシヨウは道路を歩いた。
すると……。
「…………」
無言でエッチシヨウのあとを、ついてくる者があった。
「何ついてきてんだよ」
エッチシヨウは、その人物を睨みつけた。
「だって……」
そこに立っていたのは、栗毛の少女だった。
幼馴染みのマロンだ。
いつもの普段着姿ではなく、旅装に身を固めていた。
「えっちしよう1人じゃ不安だから……」
「テメェが居たら、意味がねぇだろうがよ……!」
怒気を全身から漏らしながら、エッチシヨウは呟いた。
「えっ?」
「いや……。
お前が居たら心配で、全力で戦えねえよ。
だから……」
「それなら大丈夫。
私、こう見えて、レアスキル持ちだからね。
あなたよりも戦えると思うよ。えっちしよう」
「ぐっ……」
「私の心配ならいらないから。えっちしよう」
(チクショウ……)
こうしてエッチシヨウの夢は、儚くも敗れ去ったのだった。
そして……。
……。
「くっ……! 参った。
私の負けだ。えっちしよう。すきです」
王都の、冒険者ギルド前の通り。
女冒険者が、膝をついていた。
その冒険者は、騎士のような格好をした、金髪の美少女だった。
「侮ってしまったことを、深く謝罪したい。
すまなかった。えっちしよう。すきです」
「それは良いけどさ……。
俺のこと、フルネームで呼ぶの、止めてもらえるか?」
「どうしてだ?
認めた相手をフルネームで呼ぶのは、騎士の習いだ。
……まあ、今の私はまだ騎士では無いが……」
「俺は、俺の名前が嫌いなんだよ」
「そうなのか?
良い名前だと思うがな。
えっちしよう。すきです」
「人の価値観に、口を挟むな」
「分かった。
だが、認めた相手をフルネームで呼ぶのが、私たちの価値観だ。
口を挟んでくれるなよ? えっちしよう。すきです」
「ぐっ……」
「ところでだ、えっちしよう。すきです」
「何だよ?」
「もし良かったら、私のパーティに入らないか?」
「お前の?」
「私のパーティは、Aランクパーティだ。
もし入ってくれたら、
お前の実力に合ったクエストが、受けられるようになると思うぞ。
それほどの実力が有って、
ネズミ退治なんて、退屈だとは思わないか?
えっちしよう。すきです」
「俺は……」
……。
その日の夜。
宿屋の寝室で、エッチシヨウはマロンと2人きりになっていた。
「ねえ、えっちしよう」
「何だ?」
「昼間の話、どうするつもりなの?」
「……良い話ではあるな」
(まあ、断るつもりだが。
人をフルネームで呼ぶような女と、組むつもりはねーからな)
「綺麗な子だったね。あの冒険者さん」
「ん? そうだな」
「えっちしよう……」
突然に、マロンの手が、エッチシヨウの手首を掴んだ。
「マロン……!?」
エッチシヨウは、宿のベッドに押し倒された。
仰向けに倒れた彼の瞳を、マロンはじっと見ていた。
「私が1番、あなたのことを好きなんだから。
……ねえ。エッチしよう」
……。
その後……。
2人は2人のまま冒険を続け、様々な偉業を成した。
それからしばらくして、2人は冒険者を引退した。
マロンに子供が産まれたからだ。
2人は、20人ほどの子供たちに囲まれ、穏やかに暮らしたという。
めでたしめでたし。