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Prologue

「ーー初めまして」


そんな奇妙な挨拶から始める書店があるという。これは、そこにまつわる話である。


それはイタリアのとある路地に面した店。古びた看板を下げる小さな店だ。幾何学模様が印象的な、色とりどりのステンドグラスが埋め込まれた窓と木製のドア。来訪者である貴方がそのドアを開けると、件の妙な挨拶が聞けるそうな。


いらっしゃいませではなく、初めまして。そう言った店主は外装や内装と比べればいやに若く、いつも必ず読んでいる何かしらの本を閉じて顔を上げることだろう。


髪と目はまるでラディッシュを思い出す配色だ。髪は太陽をよく受け育った葉物のグリーン、瞳は熟した赤を見せつける丸い実と例えるに相応しい。それに惹かれたかのように頬に浮かぶ蝶のタトゥは、豊穣を伝えているようでやけに似合っている。一方の服装はワイシャツにベスト、ズボンという三点をモノトーンで整えており、首から上と下のカラーリングはまるでアンバランスとなっている。


そんな風貌の店主を守るように壁に立ち並ぶのは、ダークブラウンの本棚とこれまた色とりどりの本達だ。サイズや厚さ、終いには言語さえバラバラなそれらを前に店主は問う。


「何かお探しですか?」


今度こそ店のものとして正しい質問をしたその存在へ、貴方にはこう答えてもらおう。



『蝶は、天国まで飛べない』と。



奇人の返答だと思うだろう? だとしても、今はこれが正解なのだ。何故って、店主がひとつ頷いて「わかりました」と返すのだから。


立ち上がった店主は本を自身の事務机に置き、背後の壁へ向き直る。それはこれでもかというほど本が詰め込まれた本棚だが、彼が右側に触れると同時に大きな音を立て自らスライドを始めた。重さを伝える這いずり音と、湧き立つ埃を撒き散らしながら。


そうして現れるのは、一本の地下へ繋ぐ階段だ。


何も言わずに降りて行く店主を、君は戸惑いの目で見るのだろう。だが躊躇している暇はない。店主と客を区切る古びたテーブルを乗り越え、君はそれを追いかけるのだ。


二度は言わない、追いかけるしかないのだ。


ーーさて、決心のついた君が階段を降り始めれば、背後で本棚が閉まる音がすることだろう。もう戻ることはできない。電灯が埋められたランタンに釣られて、店主の後を追うしかない。


「……ここは、墓を作れない人達の墓場です」


前を行く店主が静かに呟く。石造の壁を指先でなぞり、戸惑いなく降りていきながら。


「裏社会に生きているとか、表に出せない理由で亡くなったとか。そういう、墓を建てられない人を埋葬する場所」


一足先に開けた場所に降りた店主は、上と同じような本だらけの空間に落ち着いた。そのまま、壁際から何の名も刻まれていない本を手に取る。


「僕はこの本に記すために、裏社会の話を欲しています。小さな話も大きな話も。僕が、正しくその人を理解して埋葬するために」


本を徐に開くと、中を貴方へ見せてきた。小さな四角に切り抜かれた空間には小瓶がひとつ収まっており、それに目を奪われている中店主は言う。火葬した遺灰、或いは遺品をここに埋めるのだと。


「貴方は何故此処に辿り着きましたか? 此処に埋葬される人が気になりましたか?」


ラディッシュの瞳がじっと貴方を射抜き


「気になったなら好きなだけお読みください。今を生きている彼等の様々な話。たくさん取り揃えていますので、飽きはないと思います」


ストロベリーの様な甘い甘い誘惑を滲ませながら、どうしますかと静かに本を差し出た。


それを手に取るか否かは、貴方次第だ。



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