僕
僕木漏れ日が風に合わせて揺れる。
八月が残した暑さも既に和らぎ、機械による調整も要らなくなった九月半ば、六時間目を迎えた教室は緩い雰囲気の中で、なだらかな時間を送っていた。
黒板と真面目に向かい合う教師は丁度右下までをチョークで埋めてようやく向き直る。
見計らったように鳴ったチャイムに、見計らっていた教師はいつも通りに授業を終えた。
ホームルームを終えると教室の時間は加速する。
一方向だった時間がそれぞれのベクトルを持ち始める。
掃除の当番はのろのろと掃除用具入れに向かいその横を部活鞄を持った生徒が駆け抜ける。
机に座りお喋りを楽しむ生徒は掃除が始まることにまだ気づかない。
鞄に荷物を詰め終えた僕は、すれ違うクラスメイトに軽く挨拶をしつつ教室を出る。
時刻は三時十分、授業を時間外まで長引かせないのはあの教師の唯一の美点だ。
だから木曜日のシフトは早くから入れることが出来る。
四時間きっちり働いたバイト先を後にし、僕はまっすぐ家に帰る。
築十年の少し古びた扉の鍵を開け真っ暗な部屋に電気を灯す。
六畳一間のこの部屋に僕は一人で住んでいる。
親は僕が中学生の時に死んでしまった。
医師は過労が原因だと言っていたが僕は働いている母と言うものを見たことが無かった。
いつも家に帰れば母が待っていて、この家で二人の時間を長く過ごした。
食卓には毎日十分な量のおかずが並んでおり、幼いながらも働いていない母のお金の出処を不思議に思ったのを覚えている。
でも、それはなんだか聞いてはいけない事の様な気がして、子供には分からないこともあるのだろうと自分を納得させて、答えを聞かないまま母は死んでしまい手元には僕が大学を二回は卒業できる大金の入った母の通帳だけが残った。
親戚もいなかったから、それを僕は一人で全て相続した。
だから本当は、アルバイトなんかしなくても生きていけるけれどやっぱり少し怖くて通帳は仏壇の奥にしまったままだ。
部屋の隅に鞄をおろし、手を洗った僕は制服のままバイト先で貰った魚を箸でつつく。
母は優しかったが躾には厳しい人だった。
特に礼儀作法にうるさく、常に人から見られる立ち振舞を教え込まれた。
そのおかげで僕の食べ終えた魚は生前が想像出来るほどに綺麗な骨が残る。
夕食を食べ終えた僕は手早く風呂を済ませ布団をひいた。
寝る前に、毎日の習慣として仏壇の前で手を合わせる。
仏壇には、生前明るく元気だった母を象徴するかのように、綺麗な笑顔の母の写真があり、僕は母に今日一日のことを簡潔に報告する。
母の時間が僕に追いつき、僕は布団に入って目を閉じる。
僕の母は僕が十四歳の時に死んでしまった。
そして、僕に父はいない。
目の前に知らない男が立っていた。
いや、僕はこの男を知っている…父だ。
違う、私のお父様。
私は泣いている、私の頭をそっと撫でたお父様は笑顔で家を出て、そのまま帰ってくることは無かった。
私のお父様は居なくなり、あなたのお母様もいなくなった。
泣いて、泣いて、、気付けば眠っていて、どれくらい時間が経ったのかも分からないけれど、美味しそうなご飯の匂いで目を覚ました。
あなたの姿がお母様の様に見えたものだから、思わず飛びついて、あんなに悲しんでいたはずなのに食欲は衰えなくて、自分の悲しみがこんなにも薄っぺらいのかなんて考える時間も無かった。
私に飛びつかれたあなたは驚きもせず、お父様みたいに私の頭を撫でてそれから、ご飯にしましょうと言った。
私は少し泣いて、それから頷いて口新しいシチューを食べた。
食べている途中もたびたび泣いて、そんな私にあなたは言った。
「私たちはあの二人の様になってはなりません、失敗から学び、同じ過ちを繰り返さない様にしなければなりません。ですからどうか、私にあなたを護る力を与えてはくださりませんか?」
私はすごく疲れていて、頭なんかちっとも働いてなくて、でもあなたに頼まれたのだからとそれだけの理由で頷いて、あなたに手を伸ばす。
私の伸ばした手を見て、あなたは嬉しそうに笑って私の手を取って、そして…
「……っ!!」
僕は一気に起き上がる。
なんて悪夢だ。
体中から冷や汗がわきでてくる。
肩で息をしている。
僕は落ち着こうとゆっくり息を吐いて、
「おはようございます、築城アカシ様。」
横から唐突に声をかけられてまた呼吸が跳ねる。
慌てて自分の左側を見ると、そこにはメイド服に身を包んだ女性が座っていて、その顔を見て僕は耐えられずに嘔吐く。
さっきまで見ていた夢、その最後で、僕の手を取りそして、全身が膨張し破裂、血と臓物、自身の全てを撒き散らしたあなたがそこにいた。
「アカシ様!大丈夫ですか?」
僕の様子に慌てて彼女は近づいてきて、背中をさすってくれる。
それでもさっきまで見てた衝撃的な夢の光景が、そっくりな彼女がすぐ近くにいる現実を基軸に強く記憶にへばりつく。
今、僕の背中をさすってくれてる手が、次の瞬間には爆発し彼女の体ごと鮮血を撒き散らすのではないかという妄想に取り憑かれる。
呼吸は荒く、強い吐き気はあるのに、まるで胃の中に何も無いかのように吐いて楽になることも出来ない。
その時、扉がキィと軋むような音をたてた。
僕は何とか、目だけを音のした方に向ける。
ゆっくりと開かれる扉、そこから栗色の髪をした女の子が現れる。
「おはよう、よく眠れた?」
そう言って女の子は、綺麗に笑う。
気がつけば僕の呼吸は落ち着いていて、さっきまで僕を苦しめていた夢は、忘れたわけじゃないけど、まるではるか昔にあったことのようで、とっくに自分の中で折り合いがついているような気がした。
もうメイド服の女性を見ても呼吸が乱れることはない。
僕の様子を見て、メイド服の女性は立ち上がると、新しく入ってきた女の子の後ろに下がる。
その後ろ姿を見ながら僕はようやく、自分の現状の異質さに気がついた。
ふかふかのベットに高級そうな掛け時計、それらに反して部屋は、扉の開け閉めでいちいち音が鳴る程度には古びて見える。
当然のことながらこの部屋は、僕が昨夜寝付いたはずの自室ではないし、目の前二人にも見覚えはない。
「はい、あの…お二人は?」
僕の随分と間の空いた返事に、女の子は驚いたように少しだけ目を見開く。
「おかしいなぁ」
そう言って小首を傾げる女の子に合わせて栗色の髪が揺れる。
その髪が揺れ戻るより先に女の子は話し始める。
「それじゃあ、自己紹介からはじめよっか。私はステラ・カタストロ、カタストロ家の十三代目当主。そしてこっちが、」
ステラの手振りに合わせ、メイド服の女性がスカートの裾をつまみ上げて恭しく頭を下げる。
「代々カタストロ家に仕えさせて頂いております、デミーア家のラナと申します。」
二人に合わせて僕も自己紹介をする。
「築城アカシです。それでステラさん、ラナさん…」
「ステラでいいよ、アカシ。」
「私もラナとお呼びください。」
僕の言葉を遮ってステラがそう言い、ラナもそれに続いた。
僕と同じか少し下に見えるステラはともかく、明らかに年上のラナを呼び捨てにすることは少し躊躇われたけど、本人の意向を尊重して進める。
「ステラ、ラナ…ここは?」
「私の家だよ」
僕の質問にステラが答える。
ラナは変わらず、ステラの一歩後ろに居て、あまり積極的に会話には参加してこない。
僕はその様子を見て本物のメイドなんだなと感じた。
ステラが続ける。
「でも、多分アカシの聞きたいことってそういうことじゃないよね」
そう言ってステラはいたずらっ子みたいに笑う。
その表情はステラをより幼く見せた。
僕は頷いて答える。
「ここがステラ達の家なのはなんとなく分かってた。問題はこの家のある場所だよ。」
僕がいるベッドの横には大きな窓が備え付けられている。
おそらく、朝日が差し込むように設計されたであろう窓は、時計の針が二時を指している今は日が差し込むことはないが、代わりに外の景色を克明に映し出していた。
外の景色、すなわち街の景観は明らかに僕が住んでいた場所では無かった。
白を基調とした壁面に押し開くタイプの窓、道はにはレンガが敷き詰められている。
雰囲気としては西洋の国に近いものがあるだろう。
少なくとも僕が住んでいた場所の近くにこのような景観の場所は無かったはずだ。
僕はステラを見つめ答えをじっと待つ。
いつの間にかステラの顔から人好きのする笑みは消えていた。
「ここはメドリナ王国三番地区、フィレット。アカシのいた世界から見れば異世界ってことになるのかな」
「異世界…」
「アカシに力を貸して欲しくて、この世界に呼び出させて貰ったの。」
「呼び出すって、どうやって?」
「この世界にはね、魔法があるんだよ。と言ってもなんでもできるってわけじゃないけどね。アカシの想像するような火とか、氷とか出したりってことは、私には出来ないの。でも研究が進んでてね、アカシの常識で考えられないことが少しだけ、出来たりするんだ。」
「魔法…」
あまりにも突飛な話に、僕は印象的な単語を繰り返すことで何とか脳を追いつかせようとする。
ステラの話は一体どこまで信じて良いのだろう。
夢のある話ではある。
人が一度は夢想するような事が、現実に起きたのではないか、そう胸が沸き立つ。
一方で何もかもデタラメだと警告する自分も居る。
警告している感情は決して理性ではない。
この家、周りの景色、目の前の二人、明らかに異質なこの状況を僕を騙すためだけに作りあげたとして、そんなことをする人と理由が、僕には想像出来ない。
論理的に考えれば、あらゆる可能性が破綻する。
既に理性の指針は役にたってはいなかった。
僕は少しでも情報を集めようとする。
「僕に力を貸して欲しいと言いましたが、具体的には何をすれば?」
動揺もあるが、それ以上にステラの雰囲気の変化が理由に僕の語調は定まらない。
「カタストロ家は貴族の家系なの、そして今、このメドリナ王国の王様が死んじゃって次の王様を決める戦いが始まろうとしてる。私が王様になるためにアカシに協力して欲しい。」
「王様…協力って僕に何が、」
「さっき私は火や氷を出すことは出来ないって言ったよね。でもね、アカシならできるんだよ。正確に言うと私の魔力をアカシを媒介にして使うことができるんだ。アカシ、自分の左手を見てみて。」
僕はステラに言われた通り左手を見る。
そこにはいつの間にか、タンジーを模したイラストが刺青の様に彫り込まれていた。
「それは契約紋だよ。私の魔力がアカシに流れてる証。」
「こんな…いつの間に?」
「アカシをこっちの世界に読んだ時にね。契約紋は便利でね、色々と恩恵があるんだけど、その一つが翻訳。全く違う世界で育った私たちがこうして意思疎通が図れるのは私たちの喋った言葉を契約紋が直ぐに翻訳してくれるからなんだよ。本当はある程度の共通認識も図れるんだけどそっちはなんでか上手くいってないみたい。」
ステラは続ける。
「王戦は基本的には、武力勝負。私の魔力を使って、とっても強くなったアカシなら勝てると思ってる。」
ステラは真剣な表情でまっすぐに僕を見る。
僕は目線を逸らして答える。
「少し考える時間が欲しいです。それにステラの言ったことを全て信じられる訳でもない」
「…そう、だよね。それなら外に出ない?アカシにはこの国のことを少しでも知って欲しいよ。」
ステラの提案に僕は頷く。
それを見てステラは部屋を出ていき、僕も後に続く。
居間を抜け玄関に行く。
「靴はそれを使って。」
ステラが言う。
玄関には男物の靴が一足あり、履いてみるとそれは僕の足にピッタリとあった。
僕はステラに続いて外に出る。
外の景色は窓から見た通りで、やはり自分の住んでいた場所じゃないんだなと感じた。
ステラの家は大通りに面していて、たくさんの人とすれ違う。
街ゆく人達は皆、日本語を話していて、それがこの街の雰囲気と合わなくて、そうした違和感がステラの言葉の信ぴょう性を少し上げる。
「ステラ様、こんにちは」
前方から歩いてきた乳母車を押した女性がステラに挨拶をする。
「ええ、こんにちは、ナンシー。」
ステラもそれに応え、それから乳母車を覗き込む。
中にいた赤子が「すてぁ、すてぁ」と声を上げながら手を伸ばす。
ステラは赤子にも「こんにちは」と言いながらその手を優しく握る。
「随分と大きくなりましたね。」
「ええ、おかげさまで。この子が今、こんなに元気でいられるのもステラ様のおかげです。」
「大したことは何もしてませんよ。」
ステラは握っていた赤子の手を離す。赤子は名残惜しそうに二度、三度手で空中をかいた。
「何かあったら遠慮なく私を頼ってください。」
そう言ってステラは女性と別れた。
僕はそのやり取りをずっと、黙って後ろで見ていた。
歩き始めたステラに肩を並べて聞く。
「随分と雰囲気が違いましたね。」
僕の質問にステラはおどけたようにかえす。
「カタストロ家の人間として相応しい振る舞いというのがありますから。でも、タクヤには正しく私を知って欲しいから、素で接してるんだよ。」
僕はステラの言葉に違和感を感じて、でもそれを指摘することも無く、また一歩下がった。
しばらくステラとこの街を歩いていて分かったことがいくつかある。
まず、この世界の科学技術は僕が元いた世界からは遅れているということ。
道行く人達は皆歩きで、どの店の扉にも自動ドアなんてものはなく、そして全体的に建物が低い。
街並みは中世ヨーロッパを感じさせるので科学技術もその辺なのだろう。
次に、ステラの人気がとても高い。
街ゆく人達が皆ステラを見かけると挨拶をしにくる。
しかも一人一人と単なる儀礼にとどまらず、短くない言葉を交わしている。
驚く程に顔が広い。
そして、違和感。
ステラは貴族だと言っていた。
街の人達との様子を見ていても、ステラの身分が高いのは疑いの余地がない。
年配のご老人も、2、3人を従えた男性も、果ては小学生位の少年少女達に至るまで、ステラに対して敬意を持って接していた。
にもかかわらず、ステラの住む場所は彼や彼女らと横一線の、特別大きいとも豪華とも言えない家だ。
内装の調度品もそれほど高価なものは見えなかった。
この世界では僕のいた世界と価値観が大きく異なり、貴族であろうとそうじゃない人達と分け隔てなく暮らすのかとも思ったが、ステラに街の案内をしてもらいながら
この国大凡の形を聞いた限りそういうわけでもなさそうだ。
このメドリナ王国は楕円に近い形をしていて、その焦点の片方が軽い傾斜の頂点になっていて、そこに王城が立っているらしい。
開けた通りに出た時に、遠目からその様子が見れたが、王城までには2重の囲いがありその間にある家々は明らかにこの付近の家とは趣が異なっていた。
僕の価値観では正しく貴族達が住むに相応しいそこに、なぜステラは住んでいないのだろうか。
一通り街を歩いて僕達はステラの家に戻ってきた。
「どうだった?」
向かいに座った、ステラが聞いてくる。
ラナは僕たちにお茶を出したっきり、この部屋には入ってきてない。
「いい街に見えましたよ。
街の住人は皆明るく活気があり、生活レベルもそれなり高そうでした。
そしてステラの人気もよく分かりました。
随分と好かれているようですね。」
ステラは、はにかんで笑う。
「皆いい人たちなんだよ。
私なんて未熟なのに、皆が優しく接してくれるの。」
「それは良かった。でも、」
「ん?」
途中で言葉を切った僕に、ステラは軽く首を傾げる。
その動作が、でもきっとステラが計算して作ったもので、突然呼び出されて、でも街を歩いて時間をくれて。
ステラの言動に一々心を解されて、胸の奥の1番大事なとこで彼女に賛同して、でも理性で苛立って僕は言葉続ける。
「なんで僕を呼んだんですか?」
語気は荒げず、でもまっすぐステラを見つめて言う。
「この世界は十分幸せです。ステラは十分満たされているはずです。王になりたいのは別にいいです。それを目指す事を悪とは言いません。でも、そのための犠牲に僕がならなければいけないことには、納得できません。」
「犠牲…」
ステラの引き込まれる程に綺麗な黒い瞳は、僕の目を捉え続ける。
今一度彼女をよく見れば、その精緻さに驚かされる。
肌は白くキメ細かく、まつ毛は軽やかに長く上を向き、
髪は毛先の1本に至るまで撫でつけられ乱れがない。
明らかに人から見られることを想定した装い。
「だってそうでしょう。僕には僕の日常があった。それをあなたは、全て壊したんです。この世界に法律なんてものがあるかは知らないですが、それでも人1人攫って置いて、人生壊して、許される倫理観じゃないでしょう?」
こんな言葉まやかしだ。
僕はもうステラに協力する事を決めている。
というか初めて見た瞬間から、僕はステラ守らなければならない、彼女の夢を叶えなてあげたい、と思い続けている。
だから本当は何も聞かずにステラの手を取ってもよかった。
でも、さっき言った言葉は「普通」僕が思うはずのことで、それを今は思ってないんだから、きっと何か騙されているのだろう。
彼女の得体のしれない力で僕はねじ曲げられているのだろう。
だけど、別にそれでもいいのだ。
人智を超えたものか、科学的なものか、それとも彼女の魅力故か、それで僕を騙しきれるのであれば騙されておこうと思う。
これはただの確認だ。
ただ僕は騙しきってくれとお願いしているに過ぎない。
だから自分の言葉に興味はなく、空いた意識でステラを見ていた。
長い沈黙、それでも目を逸らさなかっつたステラが時間を置いたのは、どちらのためなのか。
「この、メドリナ王国のためだよ。」
「…」
「アカシにも人生があって、それを壊してしまうことも理解していて、それでも呼んだのはこの国のため。」
「王戦のために呼んだのでは?」
「確かに、アカシには私のために王戦に出て欲しいと思ってる。でもね、そんなことのために人一人を犠牲には出来ないよ。」
「そんなことですか?」
「うん、 私が王になりたいのは極めて個人的な問題だもん。それは誰かの犠牲の上に成り立つべき事じゃない。それと同時にね、私はこの国のために一人を犠牲にする事は厭わない。その犠牲がどこの誰であれ、ね。」
随分と思い切って来たものだ。
まさか犠牲と明言されるとは思わなかった。
だけど、それだって肯定的に写ってしまう。
「さっきもこの国は十分幸福だと言ったはずです。にもかかわらずなぜ更に求めるのですか?」
「この国を維持するためだよ。アカシはまだ自覚がないかもしれないけど、いずれ自分がどれだけ力があるのか気づくよ。きっとすぐにでも。私たちの国は今までアカシの様な存在に支えられて来たの。隣の大国からの侵攻や災害、国なんて簡単に滅ぶんだよ。」
「それをさせない為に僕を犠牲にすると。」
「そうだよ。でも犠牲では終わらせない。外的要因で人生がねじ曲がることなんてよくある事だよ。私だって生まれた家で大きく人生が変わったもん。でもその変化を肯定する事はできる。私はアカシの人生に責任を持つよ。」
「人は人の人生に責任なんて持てますか?」
「私は持つよ。覚悟はある、義務もある。私はそれを手放さない。」
「そうですか、」
この時、実の所僕は少し不満だった。
そういう話がしたかった訳じゃないのだ。
人生も責任も、そんなものはおためごかしだ。
だからやっぱり、続いたステラの言葉は意外で、まるで僕の心を見透かしていたかのようで、でもそんなことできるはずもないから、ステラは僕の主なのだろう。
ステラの強い瞳が緩む。
「でも、結局そういうことじゃないんだろうね。責任とか義務とか、犠牲とか人生とか、私が言うべきことはそういうことじゃない。」
初めて会った時に見せた作られた笑みとも、街を歩く時に見せた貴族としての顔とも違う、ステラ・カタストロとして自然に微笑んで彼女は言う。
「私を助けて、私を守って、私の、この国の力になって。私の手を取って、アカシ。」
そう言ってステラは手を差し出す。
その表情も仕草も、今までで一番綺麗で、あまりにも身勝手なその要望を僕は喜んで受ける。
「約束するよ、ステラ。僕は君を王にして、この国の力になる。今日から僕はステラの僕だ。」
そう言って僕はステラの手を握る。
これは未熟なアカシと欠点を抱えたステラの困難の物語。
ただ、この物語が終わる時に、主僕の絆が途絶えてないことは、今ここに約束しておこうと思う。