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【異世界恋愛2】独立した短編・中編・長編

シンデレラ、いません!!

 ──私は好きにした。君たちも好きにしろ。


 書き置きを手にして、ミカはしばし呆然とそこに記された文字を見つめていた。

「ええ……好きに……好きにしちゃだめでしょう……!?」 


 魔法学校高等科の実技試験。

 物語の中のシンデレラの元を訪れ、魔法で着飾らせて仕上げにガラスの靴を進呈。かぼちゃを馬車に変えてお城の舞踏会へと送り出す。

 誰もが知るその筋書きをなぞるべく、やってきたのであるが。

 義理の姉たちに虐げられながらも、王子様と舞踏会に憧れを募らせているはずのシンデレラは、そこにいなかった。

 いつも彼女が灰にまみれて寝ていたはずの暖炉の前には書き置きが一枚。


(家出? 失踪? マジで? 思い切り過ぎてないかな、シンデレラ。お城に行って王子様に見初められながらも時間切れでガラスの靴を落としてきちゃって「この靴にぴったりの足の女性を探せ」っていういつものアレは?)


 予定狂うんだけどな~~~~~~。

 魔法使い見習いのミカは、わしゃわしゃと茶色の猫っ毛をかきむしって書き置きから顔を上げた。


「どうしよ」

 試験をクリアできないと、卒業できない。

 ぼさっと辺りを見回す。

 シンデレラに奇跡を起こして王子様と結び付けてくれば試験終了。めでたしめでたし。

 の、はずなのに。


(これ、手ぶらで帰ったら失格だよな。だけどシンデレラがいない。王子様……、王子様は? シンデレラがいなければ誰かと結ばれる? その時点でこのシンデレラ不在の話は「めでたしめでたし」か? それとも……何らかのバグで、終われなくなる?)

 その場合どうなのだろう。

 顎に軽く握りしめた拳をあてて考え込む。そのとき、ふっと視界が影った。

 小さなコウモリが窓から飛び込んできて、暖炉の前で瞬く間に人間の形になる。黒衣に長身、黒髪の男。


「困ってるようだな」

「お師匠さま……!」

 整った容貌に、苦笑を浮かべている。担当教官のハリス。ホッとしすぎて気が緩みかけたミカであったが、ハリスは両方の手のひらを前に突っ張るように突き出し、それ以上近寄るな、という態度。

「不測の事態らしいから、助言しに来た。とりあえず、シンデレラが王子と結ばれない限り、この物語は終わらない。最悪、お前閉じ込められるぞ」

「シンデレラ、いません!!」

 勢いよく言うと、「うん」と安らかな表情で頷かれる。


「どうにかしろ」

 そのようなことを言われましても。


「王子、欲深すぎじゃないですか……。そんな……、運命の人に出会えないからってヤンデレ化しなくても良いじゃないですか。二番めくらいの相手で満足してくれればいいのに。たぶん今晩の舞踏会にもいるでしょ『運命か運命じゃないかでいえば第二志望って感じ。前世の家族か友達かな~。親近感はあるけどこう、ちょっと違う』みたいな相手。今生はそのへんで満足してトゥルーエンドにしてもらえないですかね……」 

 誰も彼も運命の相手に巡り合えるだなんて、都合よく考えすぎでは。

 きわめて現実的に一般小市民としての意見を述べると、ハリスに変な顔をされた。


「やけに具体的だけど、お前心当たりでもいるのか? 誰だ? ナーガか?」

 ときどき行動を一緒にしている男子の名前を出されて、ミカはいえいえ、と顔の前で手を振る仕草をする。

「ナーガはただの幼馴染です。腐れ縁。ほんとそれ以外の何ものでもないです」 

 家が近所で、同じ魔法学校に進学して初等科から高等科までずーっと一緒だっただけ。

 仲が悪いわけではないので、話はするし、何かと近しい存在ではあるが、運命を感じたことはない。卒業して就職したら疎遠になって、そのうち結婚式に呼んだり呼ばれたりするかなぁ、くらい。

 差し当たりミカにその予定も心当たりも一切ないが。

 ナーガは、見た目は良いし成績も良いし、卒業も就職も問題なくできそうだし、そのまま結婚して順風満帆に生きそうだ。


「それじゃあ、まあ……。ヒントというほどでもないが、王子とシンデレラは現時点では面識がない。つまり、身代わりを立てることも可能だ。どうにかこうにか王子を落として『めでたしめでたし』までこぎつければこの話は終わりだ。試験も及第点のはず」

「なるほど……? 身代わり……?」

 そんな都合よく? と首を傾げたミカを、ハリスはじっと見つめていた。


「ん……んんんん!? もしかして、私ですか!?」

「それが一番簡単じゃないか。時間もないわけだし」

 そうだった。ただでさえ、姉たちはもう舞踏会に出発したあとの時間。ここでぐずぐずしていたら勝負の舞台にさえ立てない。

「ほら、自分に魔法かけて。ドレスと髪型と……。シンデレラ用にデザインしてきたのがあるんだろ」

 言われるがままに、渋々ながら魔法を行使していく。

 制服のローブはふんわりとした水色のドレスになり、短い猫っ毛も結い上げられてドレスと同系色の花を織り込んだ髪型に。それなりの見栄えだ。

 次々と変化させていく中、ハリスにじっと見つめられていることに気付いて、ミカはうなだれた。


「あの……。シンデレラは磨けば光る系のヒロインのはずで、顔の改変とかは考えてなかったんですよ。私がどうにかできるのは衣装だけといいますか」

 いくら飾り立てても、こんなの、舞踏会にはいくらでもいる平凡顔ではないだろうか。

(どうやって王子様落とすんだろ……)

 不安になったところで、ハリスがローブの懐からきらきらと光るものを取り出した。

「ドレス似合うぞ。悪くない」

 言いながら、跪いてミカの足元にガラスの靴を並べる。


「これは……」

「シンデレラがいないというアクシデントがあったわけだし、師匠としてこのくらいは。履いてみろ」

 レースの靴下を履いた足を、そっとガラスの靴に差し入れてみた。


「……履き心地ものすごく悪いです」

 これはかなり気を付けていないと、すぐに脱げる。

 跪いた位置から見上げてきて、ハリスは口の端を吊り上げて笑った。


「ガラスだからな。しっかり落としてこいよ。あと、割るなよ」


 * * *


 場違い感。

 かぼちゃの馬車で王宮に向かい、「招待されていますの」と衛兵に言い張って大広間までたどり着いたはいいものの。

 およそ、庶民の入りこんで良い世界ではない。


(壁に張り付いていたい~。歩くのもしんどいし~。だけど王子様を落とさなきゃいけない~)

 シンデレラは王子様の運命の相手だったので、状況の後押しがあるだろうが、ミカはまがいものだ。その他大勢と変わらないのである。王子様の寵を競う……。無理。

 どうしてできるなんて考えちゃったんだろうと気が遠くなる。

 そんな場合ではないのだが。

 王子様をどうにかこうにか納得させて結婚まではこぎつけないと、物語の中に閉じ込められてしまう。


「行くか」

 自分を鼓舞するために呟く。そのとき、ふと違和感を覚えた。

 さっと目の前の人の壁がひいていき、道ができている。その向こうには。


(ナーガ!?)


 亜麻色の髪に、琥珀の瞳。すらりと背が高く、肌は健康的に浅く焼けた青年。

 服装はどう見ても王子様然としているのだが、その顔は幼馴染によく似ていた。


「なんて綺麗なひとだろう。僕と踊ってはいただけないだろうか」

 決められたようなセリフを口にして、ナーガに似た王子は歩いて来る。

「綺麗……。綺麗といえば綺麗だけど、突出して綺麗とは言い難いです」

 つい、ミカは理屈っぽい調子で呟いてしまったが、王子は気にした様子もない。


「そのふにゃふにゃの猫みたいな癖っ毛も、くるくるよくうごく瞳も猫みたいで実に魅力的だよ」

(それはつまり猫が好きなだけでは?)

 私じゃなくても猫で良くないですか? とつっこみそうになったのを、ぐっとこらえる。

「光栄です王子様。でも踊りは大の不得意なので遠慮します」

「ん?」

 目を見開いて、にこりと笑って聞き返される。


(しまった。本音が。だけど踊ったら確実に今この場でガラスの靴脱げるぞ~)

 どうしよう。いっそ脱ぐか? 裸足で踊るか?

 悩んでいると、さらに距離を詰めてきた王子に、他の人には聞こえない音量で囁かれた。


「ミカだよね?」

「あ、やっぱりナーガ?」

 奇遇~!! ということは、まずないだろう。

「なんで?」

 扇子を開いて口元を隠しつつ、声を潜めて聞き返す。


「いや……。俺はさ、王子様をカエルにするつもりで来ていたんだけど、察知した王子様に逃げられていたんだよ」

 あ、なるほど。ナーガはそっちの物語に入っていたのか。

「王子様に逃げられたら、自分がカエルになったりしなかったの? カエルになってお姫様と一緒にご飯食べたい~とか、一緒のベッドで寝たい~って言ったあげくに、壁に叩き付けられて人間に戻るんじゃなかった?」

 うろ覚えのストーリーを言ったら、ナーガは周りの目を意識して輝くばかりの笑顔を浮かべたまま頷いた。


「うん。叩き付けられて人間に戻ったのは良いんだけど、ちょっとこのお姫様怖いな~と思って帰ってきちゃった。そのせいで、たぶん物語が完結しないで閉じ込められたあげくに何か違うのに巻き込まれている。ミカは何?」

 言われて、ドレスの裾からちょこんと足を出して見せた。ガラスの靴。


 ああ、そういうことか。


 ナーガの呟きが耳をかすった。

 なんだろうと思ったところで、ナーガはその場にしゃがみ込み、ミカの足からガラスの靴を抜き取った。

 慌てたところでもう片足を掴まれて、両方奪われてしまう。


「ナーガ?」

 え、なに!? と思ったところで、立ち上がったナーガににこりと微笑まれた。


「俺が王子でミカがシンデレラなら、話が早い。ガラスの靴を落としていく必要なんかないよ。今ここで俺は君にプロポーズする」

端折(はしょ)ろうとしてますー!?)

 短気だなー、と思いながらミカもまた笑みを浮かべて声を潜めながら言った。


「たぶんそういう、大切なエピソード飛ばしちゃうと、物語の中に閉じ込められちゃうよ?」

 次の機会が巡って来るまで。

 ナーガは笑ったまま。

「構わないよ。物語の中でずっと暮らそう。この先も。物語を終わらせようとする魔法使いが来たら全部抹殺して、ミカと添い遂げたい」


 やばい。

 ヤンデレ化している。


「なんで? 王子様暮らしそんなに性に合っちゃった!? 私はきちっとやることやって戻って卒業したいけど!?」

 もはや周りのことなどどうでも良くなり声を張り上げたが、ナーガはガラスの靴を持ったままかたちの良い唇を開いて言った。

「やだ」


 広間に、澄んだ鐘の音が鳴り響く。

(十二時の鐘)

 鳴り終わるまでに出て行かないと。

 物語を端折ったナーガに囚われてしまう。

 ミカはナーガの横をすり抜けて走り出した。

 幸い、ガラスの靴はもうナーガの手の中。逃げ出してしまえば、ガラスの靴を使ってミカを探すしかなくなる。そうして再会して、結ばれて、めでたしめでたし……。


(そう、うまく行くかな。めでたしになるときに何かとんでもない仕掛けをして、物語から逃げられないようにしてくるんじゃないだろうか)

 もしナーガがこの世界に住み続けるつもりなら、めでたしの直後にミカが物語の外に帰っていくのを許さない気がする。

 今のうちに手を打った方がいい。


(……ヘンゼルとグレーテルなら魔法使いを倒す筋書きにできるけど)

 ここからそこに持って行くには、お菓子の家や、痩せ細った兄その他色々足りていない。


 もしくはもっとダイレクトに王子を倒す童話って何かある?

(だめだ思いつかない)


「もういいや、とりあえずナーガ倒す!!」

「そんなことしたら、『シンデレラ』を終われないぞ!!」

「バッドエンドもエンドには変わらない……!!」

 とりあえず完走してから考える! と、手の中に魔力を集めて、閃光を炸裂させた!!


 わああああ、とまともに目撃して目を眩まされた人々の悲鳴が上がる中。


「ミカ、落第」

 無情なハリスの声が響き渡った。


 * * *


「一度撤退して、ガラスの靴を落とした令嬢探しの巡回がくるまでに、本物のシンデレラを見つけるとか、だな……。やりようはあるはずだったんだが」


 強制的に物語から引きずり出され、魔法学校に帰る。

 ハリスの研究室にて、ミカはこんこんと説教を受ける羽目になった。


「そうは言いますけど、相手はナーガですよ。何を仕掛けてくるかわかりません。やれるときにやっておかないと」

 私よりよほど優秀なんですから、と言い募ると、渋面だったハリスがしまいに苦笑した。


「なんだお前ら、見た目ほど仲が良いわけじゃないんだな。というか、あいつの片思いか、なるほど」


 ぶつぶつと言いながら、明後日の方を見上げ、思い出したように今一度噴き出す。


「お師匠さま」

 何を一人で楽しそうに、とミカは陰々滅々とした声で呼びかける。

 採点者の介入を招いたことで、ミカの落第は決まってしまった後だった。

(「シンデレラ」がまずかったかなあ。何なら良かったんだろう。「白雪姫」?だけどまた失踪されていたら毒リンゴだってわかっていながら食べて死ななきゃいけないんじゃない? 怖いよー)

 後悔しきりで頭を抱えるミカに、ハリスは「シンデレラ」の本を差し出して言った。


「しかしまあ、この本、とんでもないところで終わっている。王子に呼び止められたシンデレラが魔法を使ってすべてを焼き払おうと」

「ただの目潰しですし、一定時間で後遺症もなく回復する魔法ですってば!!」

 訂正してはみたものの、ハリスはため息をついて首を振る。


「追試しに行くか。今度は俺が王子で待っているから。きちんと踊って、ガラスの靴落として、俺に見つけられろよ? で、結ばれるエンディングまできっちり終えてくるぞ」

「そもそもシンデレラが失踪していなければこういうことにならなかったはずなんだけどなぁ……。やっぱりまたシンデレラいないのかなぁ」


 ぶつぶつ言いたくはなるものの、追試、それ自体はありがたい。

 落第を覚悟していた身には魅力的な響き。

 誘うように、ハリスが手を差し出している。


 ──追試は嬉しいんですけど、あの靴じゃ踊れないですよ。落としやすいとは思いますが。


 ──踊れないのは靴の問題だけか?


 憎まれ口を叩きながら、魔法使いの弟子は師匠の手に自分の手をのせた。







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