ぬるぬる 少しづつ前進
「が…ぐぁ…ぐあ…」
「あ…あ…あ…」
「ぐ…あ…」
「うんうん、その調子その調子」
勉強も一通り終えた今は発声練習中。
「あ…ぅぁ…ぐあ…」
「んー、惜しい、もうちょっとこう口を開けて、あ」
「が!」
「ちょっと力み過ぎかな?」
「何してるんですか?」
「ロザリアの発声練習」
「世界初の人と言葉で会話できる熊にでもする気ですか?」
「あ、あ、が、ぐあ」
「そこはロザリアの頑張り次第かな?」
「一昨日テレビ局などに抗議のメールを送っていませんでしたっけ?」
「駄目だったらしい」
「がうがう」
「メールで駄目ならやはり直接話すしかない、見世物にされている母の無念を晴らす、だって」
「そう言えば少し前にテレビで公開されていましたね、現代に蘇った某所の羆か!?って」
「あー、なんか居たらしいねぇ、ロザリアが熱心に読んでたよ」
冬眠に失敗した熊が民家などを襲って食料にしていたって言う。
「そう言えば今も冬ですけど、ロザリアの母熊は冬眠していませんでしたね」
「身籠っていてタイミングが悪かったのと、寿命が近くてロザリアが生きていけるだけの食料を集めようとしてたのと、食料を貯め込めて安全に過ごせる場所が見つかっていなかった。
これらが重なった結果だね、狩られなくても2ヵ月後位には寿命でお迎えが来ていた感じかな?」
「ぐるる、がう」
「母はあんな野蛮な熊などではない、理性的で優しい熊だった、母と過ごせたのはわずか半日だけだったが、私は母の様な熊になりたい、だって」
「まあ…言葉を理解していますし、暴れたり何かを襲っているわけではないので、大人しいとは思いますが…」
「がうがう、ぐるる」
「だから私は暴力などと言う手段では解決しない、ちゃんと話し合い、非を認めさせて正式に謝罪をして貰う、見世物にされている母もちゃんと弔ってやりたい」
「がうっ、ぐるっ」
「そのためにはまずこの国の言葉を話せるようになり、再度抗議の電話、受け入れなければネットワークを使い、真実を広く周知させていく」
「そうですか…止めませんが、直接乗り込む、と言う事は止めてくださいね。
許可は得ていますけど、この家の人が近くにいないと即射殺、なんてことも無くは無いので」
「がう」
「そのくらいは分かっている、なので散歩以外では敷地外からでず、ここから相手の非と嘘が認められるまで抗議を続ける、だそうで」
「まあ頑張ってください、相手が逆に名誉棄損だ何だと訴えそうになったらお手伝いはしますので」
「がうがう」
「ありがとう葵さん、だって」
「話せるようになったらもっと意思疎通が楽になるんでしょうけどね、所で」
「うん?」
「あ、だけではなく、あいうえおと連続して発声位する練習の方が良いかと、どういった練習が良いかは人それぞれですが」
「なるほど」
「がう」
「頑張る、って言ってるね」
葵さん監修のもと発声練習の再開、あはぼちぼち、いは微妙、うもぼちぼち、えとおはまだまだ。
先は長いね。
「チャット機能で通訳なしで会話できない物かと思いましたが、タイピングは流石に遅いですね…」
「がう…」
「そもそも手の形が違うしねぇ、短期間でここまで出来るようになっただけ十分かと」
今日の発声練習終了後、どうにか通訳なしで意思の疎通ができないかなと、メールが送れるのでそれを利用して会話ができるのでは?
と考え、早速実験してみたのだが、熊の手に合わせて作られた物ではないので、爪先で慎重にポチポチと押している。
「抗議文も2時間くらいかけてたからなぁ、ひらがなだけならまだしも、変換するときとか、間違えた所を直すのが大変だって言ってた」
「上手くいかない物ですねぇ」
「ぐるぅ…」
ロザリアは現在頑張って文字を打ちこんでいる、一言一言変換しては打ち間違えた所を削除し、送信する頃には3分くらい経過している。
「なんにせよ一歩前進…には違いないので、後は要練習ですね、喋るようになるのとどちらが早いかは分かりませんが、出来るのであればどちらも出来た方が良いですね」
「がふ」
「頑張る、だって」
発声練習に練習くわえ、ゆっくりとではあるか文字を打ちこむ練習も加わった。
私には扱えないし、意思の疎通は問題ないので触らないことにした。
午前中のお勉強、練習などが終わったのでお昼の時間が来る前にお買物。
家事手伝いの仕事は何所へやら、今では料理位しかしていないような気もする。
何度目かになるおなじみとなったスーパー、肉はもう初めてのお買い物以降買っていない。
もやしはほぼ毎回買っているが…
茹でで良し、炒めて良し、漬けて良し、実に便利。
汁物にも揚げ物にもなっちゃう、隙の無いやつよ…
今日はどう調理してくれようか、浅漬け、ナムル…豆板醤などで漬けるのも良いな。
ただもやしだけ漬けるのもなんだし、他にも何か…
「おう、嬢ちゃん、今日は何を買って行ってくれるんだい?」
「んんー?何が有るか見てみないと何とも?」
「じゃあこれなんかどうだい?今朝仕入れたばかりの生昆布。
煮ても良いし天ぷらにしても良い、生でも行ける」
「じゃあそれを2つほど」
「あいよ」
「それと…オイル漬けに適した牡蠣ある?」
「それならこいつだな」
「じゃそれも4つほど」
「まいど、また寄っとくれ」
昆布はサラダとか佃煮にするとして、牡蠣は全部オイル漬けだな。
サラダ用に長芋も買っておくか、後オクラ。
「恵里香さんは何も買わないの?」
「こういうのは出来る人に任せるのが一番」
「そですか」
それは同意する、出来る人とか知ってる人に任せたり聞いたりするのが一番だよね。
昼食は恵里香さんにお任せ、こちらは漬物作り。
牡蠣は塩水でしっかり洗う、洗い終わったら水分を拭き取り、焼いて中までしっかり火を通す。
日を通したらオイスターソースと絡め、刻んだニンニク、唐辛子を入れ、オリーブオイルに浸したら後は寝かせる。
もやしは軽く下茹で、鶏ガラ、豆板醤、ごま油で和え、こちらも少し寝かせて漬けて置く。
「もやしの漬物…牡蠣のオイル漬けは分かりますが…」
「割と御飯が進むよ、このままピリ辛の炒め物にも使えるし」
「出来上がったものを食べてみない事には何とも、ですねぇ…」
「今すぐ食べる事も出来るけど、まだ味が中に入り切ってないからね、1.2日位は置いておかないと」
「楽しみに取って置きます」
お任せしてできたお昼ご飯は、買ってきたばかりの生昆布と山芋、オクラを使ったサラダ。
刻んだオクラに長芋、茹でて刻んだオクラ、見事にヌルヌル、醤油か出汁入り醤油、またはポン酢で。
後はスズキのカルパッチョにアサリ入りのパスタ。
味付けはペペロンオイルと貝から出た出汁と塩でシンプルに。
お昼が終わった後はちょっと夕食の仕込み。
とはいえ昆布をさっと炊いて味を入れておくだけだが…
昆布を一口くらいの大きさに切り、白出汁と砂糖、薄口醤油を少々入れ、うす味に仕上げる。
沸いたら火を止めて後は置いておくだけ。
うむ、実に簡単で宜しい。
佃煮は…濃い味気分じゃなくなったのでまた今度という事で…
残っているスズキの片身も切り分けて置き、こちらは焼く前に塩を振るだけ。
後は…もう何かをしておく物もないな。
仕込みを終えた後はちょっとお昼寝。
部屋に戻り、ふかふかのベッドへ飛び込み、弾力を少々楽しんだ後は布団に潜り込む。
ロザリアは不在、葵さんに連れていかれたのでそっちでお昼寝中、もしくは勉強中。
ま、何かあったら起こしてくれるだろう…
布団に潜り込んで直ぐ程よい眠気がやってきたのでそのまま眠りについた。
2時間ほど寝た所でもぞもぞと布団から這い出し、身体を伸ばして軽く運動。
目が覚めた所でおやつを作りに厨房へ、皆が皆食べるだけわけではないので、私とロザリアの分を合わせて2人分。
前日から冷やしておいたプリンを器にのせ、生クリーム、その上からカラメルソースをかけただけのシンプルな物。
果物が無いのでせめて見た目だけでもと、生クリームでデコレート、カラメルソースで茶色とほのかな苦みを。
出来上がったものを持って自室ではなく、葵さんの部屋へ。
起きた時にロザリアは戻ってきてなかったのでまだお昼寝中だろう。
「入るよー」
返事は待たない、そのまま部屋に入る。
「何かご用ですか?」
「おやつの時間だからロザリアを引き取りに」
ロザリアは仰向けでだらーっと伸びており、葵さんはその上で寝そべっている。
毎日お風呂も入っているし、毛も手入れしているので常にふわふわでもこもこ、上等なお布団より触り心地が良い、ロザリアの体温も有り、暖かいので寝心地も良い。
伸び縮みできるようになってからは勉強中など以外は、部屋に連れ帰りソファーにしたり、今みたいに寝心地の良い寝具として抱きついて寝ている。
ロザリアも御世話になっているというのを理解しているし、いろいろ教えてくれる葵さんを気に入っているのでなすがままになっている。
「私の分は?」
「要るって聞いてないから用意してない」
「そう、ならそれを頂戴」
ロザリアの分のプリンを持っていかれた。
ロザリアが悲しい目をしている…
仕方がないので私の分をロザリアに上げて解決、ロザリアの分と比べると量は半分以下だが、まあ仕方あるまい。
「ちょっと出かけてきますねー」
「お買物?」
「幌が届いたようなので引き取りに、ついでにスーパーにでも寄って追加の食材でも買ってきます」
「そう、行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はい、では行ってきます」
おやつを食べて終わってすぐ、恵里香さんが部屋にやってきてお出かけのお知らせ。
頼んでいた物が届いたらしい。
こっちはロザリアの毛のお手入れ、布団代わりになっていたせいか毛が飛び跳ねたりしている。
櫛で梳いてやるだけで治る程度なのですぐ終わったが。
手入れが終わったら午後のお勉強。
「知識はもう十分なので、次は簡単な計算などですね」
足し算引き算掛け算割り算、など四則演算のお勉強。
書いたりは出来ないが、文字を打ちこむことはできるのでそれで解答、その後に答え合わせ。
12+7=と言った物から、7×□=42と言ったものなど。
柔軟に考えられるようにいろいろと問題を出していく。
「2桁までは問題なし、3桁は…たまに間違えていますね」
「ぐる」
「3桁の掛け算は辛い、だって」
「2桁だけでも十分凄いですけどね、簡単な計算が出来れば十分ですし、あまりにも桁が多かったり複雑な物は電卓などを使えばいいですからね」
「がう…」
「5桁くらいの計算は直ぐに答えられるようになりたい、らしい」
「少しづつやっていけばできる様になりますよ、それに…
出来るに越したことは有りませんが、本人しかわかっていないのでは意味が有りません。
なので桁が多い時は電卓で計算して突きつける方が良いです。」
「ぐるぅ…」
「なるほどなぁ、だって」
「ですのである程度計算できるようになったら、電卓の扱い方も練習しましょうね」
言葉や決まり事を覚えた次は計算と計算する道具の扱い方のお勉強、先は長いなぁ。
電卓を使ってのお勉強が開始して暫し立った頃、恵里香さんが帰宅。
迎えに行くと荷台がすっかり様変わりしていた。
「ふふーん、どうですかこの幌、かっこいいでしょー」
白い車体に合わせた白い幌、後部だけで無く左右も開くことが可能。
「これならちょっとしたキャンプなどにも使えますよ。
用途に合わせて幌も自作したい所ですねぇ」
頑丈な割に取り外しは簡単、自作もそう難しい事ではないらしい、荷台には材料らしきものが積まれている。
「多すぎません?」
「折れた時の交換用、破れた時の張り替え用、自作用ですね」
今から既に先の事を見据えて買ってきたらしい。
ただ…
「10回くらいは余裕で新品の幌に出来そうですね、自作も5つほどは作れそうです」
明らかに多すぎる…
「そうですか?こんな物じゃないですかねぇ?」
「1.2回目は兎も角、長持ちはしそうですし、その間に錆びたり駄目になったりしますよ」
骨組みは金属製、覆っている物では革でも布でもない物、あまり長時間放置しておくとボロボロになるらしい、まあ革も布も手入れしないとボロボロになるけど。
「明らかに多すぎますので、いくらかは返品、もしくは別の事に使う用に…」
結局自作用は全部、補修1回分だけの材料を残し、返品する事になった。
自作だけは譲れなかったらしい。
夕食は切り身にしておいたスズキの塩焼き、薄味で炊いておいた昆布、油揚げとネギの味噌汁、余っていた長芋の刺身、長芋の皮を揚物に。
ご飯はキノコの炊き込みご飯に。
用意が出来たので運んでいき、夕食開始。
ロザリアはお箸はどう頑張っても使えないのでスプーンなどで。
それでも十分に器用だけど。
朝昼夜はなぜか人と同じように食事をとりたがるんだよねぇ…授乳してる時はそうでも無いけど。
食べる前もちゃんと手を合わせているし。
夕食後はもう恒例というか、葵さんに連れて行かれお風呂へ。
何だかんだでロザリアを一番気に入ってるのは葵さんだよなぁ…
飼い主の登録も葵さんになってるしね、まあそこは戸籍などが無いので仕方のない部分ではあるが。
片づけと洗い物をした後は1人でゆっくりと入浴、お風呂から上がった後は部屋で本を読みつつのんびり過ごす。
そろそろ寝ようかなと言った所で扉が開き、何やらリボンを着けたロザリアが入ってくる。
のんびりしている間にリボンでお洒落していたのか、それともつけられたのか。
「がう」
お人形さんにされていたらしい…
布団に潜り込んできたので灯りを消して就寝。
ここでの生活も慣れてきたなぁ…
「特に動きが無さそうですねー」
「ずーっと察知し続けるよりは暫く放っておいたら?」
「それでは最高のタイミングが…」
「少なくともご主人様から襲う事は絶対にないし、相手がその気じゃないなら当分動きは無いかと」
「もどかしいですねぇ…」
今日も今日とて狐さんは最高のタイミングを窺いつつ何かを受信。
しかしこれと言って動きは無かった。
抗議メール
2時間かけた超大作
ちゃんと読むと5分ほどかかる、斜め読みで十数秒
斜め読みからのゴミ箱へシュート、何が書いてあったかよく確かめないまま削除された
幌
念願の軽トラック用の幌を手に入れたぞ
帰りに工務店で自作用と補修用と大量に買ってきた、テンションが上がりすぎて買いすぎた
自作用合わせても幌が15個は作れる
幌の仕入れと取り付けをやらされたディーラーの心境は如何に…
プリン
ロザリア用は大体5倍くらいの大きさ
葵さんが一人で食べた
リボン
ロザリアも一応女の子




