ただ肉で巻いただけ 実は遊んで暮らせる人が多い
「店長、これなんです?」
「ミートロール」
「ローフじゃなくて?」
「ローフじゃなくてロール、シスターから聞いた地方の郷土料理、簡単に言えば肉巻きおにぎり」
「あぁ…なるほど、でもご飯は炊いてないですよね?」
「炊いてないね、一番シンプルなのはおにぎりを肉で巻くミートロールなんだけど、肉で巻いてれば何でもいいらしくて、焼いても蒸しても煮ても揚げてもいいっていう肉で巻く以外の決まりはない結構大雑把な郷土料理、冬場なんかで狩猟が出来ない時に肉を分厚く大きく見せるために出来た物だとかなんとか」
「だから野菜が大量に並んでるんですね」
「そそ、包むための薄切り肉と野菜と野菜に混ぜるための少量の挽肉、それと繋ぎに使う小麦粉と調味料、ロールキャベツが逆になったような物かな?」
「でー…それは焼肉屋の方で出すんですか?」
「いや?出すのはお隣のパスタ屋さんかパン屋さん、お肉も食べたいけど野菜も一緒に食べたい、っていう花街の人が多くてねぇ、別々に食べれば解決といえば解決するけど、花街の人はまあ見た目はお嬢様っぽかったり、どこか気品のある身なりをしてはいるんだけど、アレで中身は結構豪快というか、お客さんの前では猫を被ってるだけで食事は豪快な事が多いというか…
まあアレだね、丼とかラーメンとかの1つの器に全部纏まっている物を好んで食べるとかそういう人が8割くらい、だから1つに纏めてあって簡単に食べれる様な物はないー?って感じでして、それで何かいいのがないかなーとシスターに聞いて出てきたのがこちらでございます」
「なるほど…言っちゃなんですけどガサツな人が多いって感じですかね…?会った事が無いですけど…」
「んー…まあそうねぇ、私生活は結構ガサツといえばガサツだね、仕事中はかなり気を使うからその反動だと思うけど、仕事が終わった直後の部屋は割と散らかり放題、個人であろうと共用であろうと関係なく服も下着もその辺に散らかってる。
仕事に出ている間とかお昼頃起きて食事をしている間に小間使いが部屋の掃除と洗濯と…って感じよ、自分でやっている嬢も居るけどそれは少数、食事もガツガツガツーっと食べてレモンとかライム、最近追加した柚子ドリンクで流し込み、止めにげっぷと…お客さんの前で見せたら次から指名が入らなくなるだろうね」
「止めようがない物ではありますが…なんというか…人を見た目で判断してはいけないってのが当てはまりますねぇ…ダメな方向に…」
「だから辞めずに続ける人もいるのよね、そこで働いている限りは掃除も洗濯もお店の小間使いがしてくれる、お金が貯まって余裕で暮らしていけるなってなったら小間使いを雇って後はだらだらと日々を過ごす感じ。
何かを始める人もいるにはいるけど、家事は壊滅的なままってのが多いね、だから家庭的だなーって見た目と雰囲気だけで判断して身請けしようと先走る人もしばしば。
北西地区だとまあ割と裕福な人が多いし、身請けにしても愛人とかそういう目的だから家事目的ではないから返品とかそういうトラブルはないけど、南東とか南西地区でお嫁さんにーって先走って身請けした場合は喧嘩別れというか、場合によってはまた奴隷商に売られてー…ってのも無くはない、どういう条件で身請けしたかにもよるけどね」
「見た目だけで判断した人が悪いとしか言えませんが…内面を出さなかった側にも問題はあるんですかねぇ?」
「嬢と客でしかない関係の間は猫を被ったままだろうね、もっと踏み込んで私的にも交流が出来るようになったら猫を被ってない状態で相手にしてくれるからわかるだろうけど。
はい、試作品の完成、パンに挟むのを前提という事でカツにしてみました、包んでるのはキャベツ玉ねぎ人参」
「それはもう肉を巻いてるだけのキャベツメンチでは…?」
「そうともいう、こっちは芋と玉ねぎと人参、こっちが玉ねぎと人参とホワイトソース、それと一番オーソドックスな物と言われてる薄切り肉とキャベツと玉ねぎを交互に挟んで巻いたミルフィーユミートロール。
一応パンに挟むのを想定してある程度薄く表面積を広くしてるけど、実際のロールはミルフィーユ状にして塊にするのよー?それで火を通して切り分けて食べる、野菜も肉も細かくしたのを一纏めにして混ぜるのはステーキとかハンバーグくらいの大きさかな?肉を巻きつけるのは見た目の問題とかそういうの」
「見栄とかそういうのを重視した食文化ですかねぇ?」
「見た目は大事だからね、少ない量でも他の材料を1つに纏めて肉で包んでしまえばそれだけでちょっと豪華に見えてしまう、でもそれだけじゃなくて野菜には肉の旨味を、肉には野菜の旨味を…って感じで悪くはないのよ?
今ここに出してるオーソドックスなもの以外は正直キャベツメンチとかコロッケの肉巻きだけど」
「ホワイトソースを巻いたのも美味しいですけど肉が噛み切れませんね、噛み千切ろうとしたらずるーっと出てきますし」
「あ、やっぱり?」
「わかっててなんで作ったんですかね…」
「なんとなくいけるかなーって?まあホワイトソースの方は今まで通りクリームコロッケのままにしておいて、ちょっと価格を上げたチキン入りを追加するくらいにしておこうかな、エビ入りクリームコロッケの方がここだとメジャーだけど」
「そう言えばホワイトソースを使う物といえばエビが多いですね?使用人さんが作ってくれたグラタンもエビが基本で鶏とかが入ってこないですし」
「ここだとちょっと鶏が高いのと、川エビ漁が盛んってのがあるね、後ナマズもよく獲れてナマズのフライとかフリット、ムニエルのホワイトソース掛けってのもあるし、鶏よりはそっちの方が多いのよね。
それともう1つ、卵を産まなくなった廃鶏、つまり肉がかなり硬くなった親鶏が食肉として市場に並ぶから、グラタンとかそういうのには向いてないってのもある。
逆に廃鶏を使ったローストチキンは結構美味しいんだけどね、薄切りにしてかつしっかり噛まないと飲み込めないけど」
「あ、それは食べた事あります、しっとりと仕上げているので食べやすいんですけど、薄く切ってあるのをさらにナイフで切って食べるんですよね、それでも結構噛まないとダメですけど」
「そんな感じで若鳥は地味に高級品なのでここで唐揚げを作ろう物なら1キロで万からは取らないとダメなのですよ、だからチキン入りクリームコロッケは欠片が数個入って1個大銅貨1枚になるね、エビだと1個中銅貨5枚だけど」
「2倍の値段と考えると結構高いですねぇ…それも欠片で…となるとほぼわからないでしょうし…」
「1袋50円くらいのレトルトのビーフカレーに入ってるビーフくらいにはわかる感じ」
「あの1袋で3つ4つかけらが入ってるかどうかのやつですか…」
「だってそうでもしないと1羽で小銀貨6枚とか7枚するから採算が取れなくなるし、骨はがっつり煮込んで出汁を取るにしてもねぇ?
ちなみに巻いたりするのに使ってるお肉は市場でキロ大銅貨5枚のやすいやつ、パスタ屋さんとかパン屋さんが買ってるのと同じやつだね、だからメンチとかコロッケ、ミルフィーユミートロール自体の値段は普通のカツと比べて大して上がらないか変わらないくらいに抑えられる。
まあ…花街の人はお金を持ってないってわけじゃないし、ちょっと高くなっても問題無いといえば無いんだけどね、奴隷の場合でも稼ぎの一部は返済一部は報酬一部は家賃って感じでちゃんと貯金とかあるわけだし、返済が終わって解放されてもそのまま勤め続けてる人が多いし、食事でちょーっと贅沢をするくらいなら何てことはないのよね、たまにお店に勤めてる嬢総出で焼肉屋に来て特上とか頼んで食べたりしてるし」
「そうなんですか?」
「そうなのですよ?他の地区に比べて料金がちょっと高いってのもあるけど、お店を辞めたらもう適当に小間使いとか使用人を雇ってのんびり暮らせるってくらいに稼いでる嬢もいるね。
私がしばらく間借りしてたとお店の嬢の人達は結構貯め込んでたよ、店を畳んだのは釣銭機なんかで臨時収入があったってのもあるけど、それを抜きにしてもここだと暮らしていくのに十分なお金は稼いでたかな?何人かは身請けされたりこの街に残ってお店を開いたりしてるけど、その時より利用者も増えて稼ぎも増えてだから、お金を持ってる嬢は多いよ?
利用者が減ってたのは勇者一同が原因ね、絡まれると碌な事にならないからって利用者が思いっきり減ってたみたいだし、店を畳んで隣の国に移住ってのはそのせいでもある」
「その節は元クラスメイトが大変ご迷惑を…」
「ま、もう済んだ事だからいいんだけどね、今は北西地区も豊かになってスラムはあれど本当にスラム?ってくらいに綺麗だし、理不尽な略奪とか暴力とかも無いし、自警団なんかもしっかりしてるからかなり平和で安全だね」
「こちらで出歩く事はほぼないのでどうなってるかはわかりませんが、いわゆるバラックとかそういうのがないんですかね?」
「無い、バラックは全部潰して長屋を建ててそこに移り住んでもらってる、ゴミ捨て場も作ったし、井戸も新しく何ヶ所か掘ったし、花街の自警団をやってる人達が見回りもしてるし、結構治安はいいよ?
その分ちょっと排他的になっちゃってたりもするけど、身を守るための方法だから仕方がないといえば仕方がないかな?ちょっと前の戦争の時にスラムでも一悶着あったし、来る者拒まずとはいかなくなるよねって」
「そう言えばスラムの主な収入ってなんです?ただだらだら過ごしてるだけだとどうにもならないと思いますが」
「主な仕事は北勢地区の清掃、花街で小間使い、求人を出してるお店で日雇い、夜は花街で客引き、カジノでサービスドリンクを持って行ったり、気に入られたらお客さんについて勝ったら煽てて負けても次は勝てると煽てて気分をよくさせたり、まあいろいろあるよ?
パスタ屋さんとかパン屋さんもスラムの子を雇って働かせてるしね、スラムに住んでる人は住んでる人で生活になくてはならない存在よ、タカミヤちゃんやタマキちゃん達が毎日馬車で通ってる道やその脇の水が流れてる側溝もスラムの子が毎日清掃して綺麗にしてるのよ?」
「いろんなところで活躍する何でも屋みたいな感じですね、場所の窓から見る道はいつも綺麗だとは思っていましたが」
「でもだからって施しはダメよ?スラムに住んでる人達はそれで生計を立てているわけだし、何もしてないのにお金を渡すと味を占めて乞食になるし、スラムの人達に対してやるべき事は出来る仕事を教える事、それとバラックじゃない家を建てて常に身の回りを綺麗にさせる事、井戸も掘って水回りの苦労を無くさせる事。
ここだとこれが一番効果的で確実、何せ働き手を募集してるところは沢山あるわけだし、募集しているところは街の清掃なんかをする暇はないわけだし、そういう時いつでもどこにでも働きに行けるスラムの人は何でも屋として最適。
言っちゃアレだけど排他的になってるとはいえスラムに入ってくる人って居なくなる事はないのよ、お金を貯めて出ていく人や住み込みで働くようになって出ていく人もいるけど、借金まで行かず奴隷でもないけどお金がなくて済むところがない人、そういう人が流れ込んでくるからまず居なくなる事はない、そしてだからこそスラムは綺麗にはすれど潰すのはダメ、潰しちゃったらその辺の路地裏とかに住み着いちゃうし、1ヶ所に纏まってくれてる方が何かと都合がいいのよね、治安の面でも。
この世界とは違うけど少なからず選民思想を持っててトイレ掃除やら清掃やらそういう仕事をしているを見下す人がいるじゃない?」
「居ますね、元クラスメイトの半分以上は間違いなくそれでしたよ、王城でお世話になっていた頃にトイレ掃除をしていた人を見下してましたし」
「でも掃除をしてくれる人が居なくなったらどうなるか、後はもう汚れていくだけだよね、居なくなって初めて分かる生きていくために必要な人達。
そういう仕事をしてくれてる人達に施しをしちゃうと掃除をしなくなるのはもちろん、住む場所を奪っても同じ事になるし、散り散りになると1ヶ所に纏めて自警団が警備権監視をして保たれていた治安が悪くなっちゃう、その1ヶ所に纏まっている間はそことその周辺だけでいいけど、散り散りになったら各地の路地裏から何まで警備しなきゃいけなくなるし、そうなると人員も足りないし、住むところがなければ清潔も保てないから日雇いで働くのも厳しくなって…とかいろいろあるのよ?
ま、スラムの話はここまでにしておいて、今が一番治安のいい状態でスラムを含む北西地区全体は潤ってるって事だね、だから嬢の人達もお金に困ってるって事はないし、奴隷商で買われてきて嬢と働いてる人達も地味に小金持ち。
今の環境のほうが安定して暮らせるからと返済を渋ってるケースもあるし、返済して解放されても違う店に行って働いてるケースもあるくらいには稼げる。
北西地区でお給金が高いのはカジノと花街で、カジノは給仕が日雇いで中銀貨2枚から、花街は表で5人くらい客を取れれば最大で1日大銀貨1枚いける、カジノの方が安定して稼げるけど花街は爆発力がある感じかな?
裏のお店はまあ…ちょっとわけありだったり、高いお酒を飲ませてその歩合で…ではないから、1日に取れる客の人数とか時間の問題もあって1日で小銀貨2枚行くかどうかなーって感じ、裏は主に奴隷が働いてるから稼ぎの9割以上がお店のオーナーに持って行かれる仕組みで手取りがほぼない、でも結構稼いでる方といえば稼いでる方よ?南東地区とか朝から夜まで店が開いてて20人とか30人とって大銅貨1枚が基本だし」
「それはそれでかなりえぐいですが…北西地区の場合はつまり店長の懐に収まっていると」
「いつの間にかねー…気が付いたらマスター代理が全部お店を買収しちゃってるんだもん…花街の稼ぎが多いから買収したんだろうけど…花街で働いてた奴隷の所有権も全部私になってるし…
まあ、お給金とかそういうのは以前のオーナーよりさらによくなってるから、働いている嬢から文句が出た事は一切ないかな?身体を売るのが好きな嬢は裏のお店へ、売りたくなかったけどここしかなかったという嬢は表のお店へ、お酒も飲みたいしどっちもやりたい嬢もとりあえず表で後はお互いの合意があれば裏のお店へっていう形態。
それに表はお酒だけじゃなく軽食とかソフトドリンクも出してるし、シスターみたいに勉学を教える事が出来る人も働いてるから貴族の学生さん達が通い詰めて、まずお店が儲かって良し、次に教えてる嬢が儲かって良し、学生さんは踏み込んだ勉強が出来て良し、さらにちょっとスッキリしたくなったら裏のお店へいって裏のお店も儲かって良しの四方良し」
「なんというか…んー…いいんですかねぇ?学生が入り浸るのは…」
「いいんじゃない?別にお酒の年齢制限があるわけじゃないし、貴族だと早い子は10歳くらいで愛人を抱えてるし、愛人を相手に経験を積んで婚約者に恥をかかせないようリードするとかもあるのよ?だから大体の貴族は遅くても14か15くらいで愛人を1人は抱えてる感じ。
まあ中には暴走して手当たり次第手を出して余計なトラブルを引き起こすのもいるけど、焼肉屋を潰し掛けた貴族の面々とかね…主犯はもう二度と日の当たるところには出てこないし、それ以外も返済のために全員奴隷として売られていったから会う事は早々無いだろうけど」
「貴族でも何か間違えたら簡単に奴隷落ちするのはなかなかに怖いですね、キャベツメンチの追加ください」
「はいはい、ま、愛人を持つ持たないは家訓によるところもあるし、初々しい婚約者同士もそれなりに居るみたいよ?」
「私も出来れば初めてはそういうのが良かったんですけどねー…お互いをもっと知ってからとか…」
「ま、過ぎた物はどうしようもないということだよタマキ、皆仲良くクソどもに初めてを持っていかれて玩具にされた、もう乗り越えたとはいえそこだけはどうしようもないんだよ、クリームコロッケプリーズ、食べにくい肉は抜きで」
「男性恐怖症だけは残りましたけどね、でもあいつらなら男でも容赦なく近づいて殴り飛ばせると思います」
「別に無理をして覚えてなくてもそこの記憶だけを消し飛ばしてもいいのよ?」
「いえ、大丈夫です、殺すと決定を下したのは私達ですからね、その責任は取りませんと」
「私の場合はもうどうって事ないけどねー、スポーツにゲームに漫画にと毎日が充実!だからお休みをください!」
「ペーストを後300本作ったらね?はい、おかわりのキャベツメンチとクリームコロッケ、ほかにお代わりがいる娘はー?」
「ミルフィーユをくださーい」
「私もミルフィーユで」
「肉巻きコロッケをください」
「はいはい、まあ、今のペースなら来週には作り終わるだろうし、それまでは頑張ってね?」
「うへぇーい…」
ミートロール
冬場で猟へいけない時にお肉を大きく見せるために作る料理、巻く物は何でもいい
食べ盛りの子供は兎に角お肉を求めるので少しでも大きく見せようと誕生した料理、家庭によって巻く物は違うので嫁ぎ先でここのミートロールはこうなんだーとなる事もしばしば




