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ドラマごっこ 生身で突入

 屋敷に居るメイド達は基本的に皆仲はいい。

 ちょっと揉め事が有ったとしても次の日には元に戻っているか、以前よりさらに親密になっているか。

 仲が良くなりすぎて…という事もよくある、のだが…

「今日という今日はもう許しません、愛想が尽きました、もうここで別れさせていただきます。

今までお世話になりました!」

「そんな事言わずに、ね?

ほら落ち着いて」

「駄目です、もう決めました、多分もう合う事は無いでしょう、ではさようなら」

「まっ…」

 そして着の身着のまま屋敷から放り出される私と…

 さて…どうすっべや…


 追い出されたのは良いとして、まずは現在地の確認、現在収納に仕舞ってある物の確認、所持金の確認。

 一つ一つ確認して行かない事には何も始まらない、現在地は村なり町なりを見つけないとどうにもならないので後回し。

 収納してある物を引っ張り出して何を入れていたかの確認開始。

 何時ものキャンプ用品に机と椅子、バーベキューコンロに炭大量、釣り竿にスカリなどの釣り用品、長靴にジャケットに麦わら、危険な鉱石セットに何時もの砂山、足が折れている何時か直そうと思っていたベッド、洗ってない食器、空のボトル…

 乾物とかお米とかが無いな…水とお湯はいくらでも出せる水筒とポットはあるけど…

 所持金は…お財布は持ち歩かないので財布は無し、寝間着のまま放り出された上に、衣類は基本的には全部狐さんが管理してるので銅貨1枚すら入っていない。

 ジャケットには…あった、金貨は無いけど銀貨が2枚と銅貨が4枚、食材とかが安い所に飛ばされていれば暫くはこれで食いつないでいけるな。

 とりあえずジャケットを着て、長靴も履いて…これで寝間着には見えないだろう、多分…


 広げた物を仕舞った後は周囲の確認、森の中ではなく平原、見渡す限りでは木が点々と生えているくらいで道はない。

 川も見える範囲にはない、遠くに山は見えるが…山と逆方向に歩くか、もしくは山に向かって歩くか。

 どうした物かね…こういう時枝の一本でも落ちていればいいのだが落ちてない。

 見える範囲で一番近い木の所にでも行って見るか、枝くらいは落ちているだろう。

 一番近い所にある木の下まで行き、枝が落ちていないかの確認、するとすぐに見つかったので一本程拾う。

 二股に別れているので片方を折り、出来るだけ真っ直ぐに近い状態にして、建てるのではなく適当に上に投げる。

 真っ直ぐな枝でもなく、バランスはそれほど良くない枝なので立てて自然に倒れるのを待ったとしても、風も吹いてないし重い方を向いて倒れるよねって…

 縦方向に回転をかけて上に投げ、落ちてきた枝は枝先が一回折れたが、何度か地面を跳ね、枝先が方向を示す。

 枝先の指し示す方向は…山でもなく、山の逆方向でもなく…

「空かぁ…その発想は無かったな…」

 何度か跳ねた枝は空いていた穴にすっぽりとはまり、枝先は天を指していた。


 空を目指すと決めたら後は行動あるのみ、着ていたジャケットを脱ぎ、履いていた長靴と被っていた麦わらを収納。

 久々にがっつりと身体を弄り、精霊と妖精の特性を兼ね備えた身体に作り替え、後はふわふわと空を目指して飛んでいくだけ。

 飛ぶというよりは浮いているので速度はそれほどでないが、メイドもおらず、周りに人もいないので気にせずそのままゆっくり景色を堪能しつつ、ただひたすらに上を目指す。

 浮き上がり始めて10分少々、高度が上がるにつれて風が出てきて少々流され始めたが、特に流れに逆らうことも無く流されるままただ浮き上がり続ける。

 そのまましばらく風に流され、雲の中に突入、景色は見えなくなったがそのまま雲と一緒に流される。

 雲を抜ける頃には遠くに見えていたはずの山に近づいており、このままのペースだと山に当たるなーと思いながらもペースは上げずに維持。

 5分も立つ頃には山に着陸、身体を元に戻して着陸した場所から辺りを見渡す。

 植物などはほぼ生えておらず、岩から木がまばらに生えている程度、切り立った崖のような場所なので歩いて散策などという事は出来そうにない。

 気持ち広めの場所にテントを建て、茶葉などは無いのでただの御湯を飲み一服、流石に無対策で流され続けたのでちょっと身体が…

 寝袋も取出し、寝袋に入りお湯を飲んで体を温める、食べ物は無くお腹は空くが、死にはしないので身体を温めてからどうするかを考える事にする。


 テントの中で風を凌ぎつつ、寝袋とお湯で温まり、これからどうするかと考え始める。

 枝の指し示すまま空を目指して山に流れ着いた、ここまでは良しとして。

 さらに上を目指して浮き上がり続けるか、山の頂上を目指すか。

 もしくは目標は達成したとして下山を試みるか。

 この場に留まるという選択肢は…無くは無いので4つか。

 程よく体も温まったので行動を開始するのにはいい頃合い、寝袋から抜け出し、テントから頭を出して再度周囲の確認。

 後方には切り立った崖、前方も切り立った崖、生身で下山する場合は滑空するか、その都度長いロープを設置していくしかないだろう。

 頂上を目指すのであれば飛ぶか浮いていく方が確実だろう、それ以外の方法だと岩肌に穴を空けながら登るしかないなぁこれは…

 テントの中に頭をひっこめ考える事1分半、再び体を弄り浮遊できるように。

 位置的には山頂に近い所のようだし、ここまで来たら山の頂上に行ってみようか。


 浮遊しているので崖登りも楽々、ちょっとした引っ掛かりに手をかけ、ぐっと引っ張ればスーッと上に登って行く。

 寝間着のままだと少々肌寒いのでジャケットも追加で着こんではあるが…あまり効果は無いな…

 崖をスイスイと登って行き、30分ほど登り続けた所で山頂に到着。

 山頂から下を見渡そうとするが…

 雲より高い場所なので雲と登ってきた崖しか見えない…

 さて、ここからどうするか、登ってみたはいいが何もない、休めるようなところもないし…

 うーん…

 ここまで来たら選択肢は二つ、下山か空を目指すか。

 かなり流されてきたので下山すれば何かがあるかもしれないし何もないかも知れない。

 もしくは初志貫徹で枝の指し示した方向、ただひたすらに空を目指す。

 でも見渡す限り周りは何もなく、空も特に何もない、少々早めにお星様が輝いているくらい。

 二つしかないが故に悩む選択肢、再びポットを取り出してちょっと冷えた体を温める。

 が、結構な強風が吹いているのでお湯は直ぐに冷めるし、ほとんどコップに注ぎこまれず風に飛ばされていくので諦め、風よけは出した瞬間飛ばされるだろうなぁ…

 下山するにしても風に流されて何所に飛ばされるかもわからない、下手したら海上と言う可能性も無くはない。

「…よし、考えるのを止めよう」

 もう何も考えずただそのまま浮き上がり続け、風の赴くまま流されることにした。


 山頂から離れ、風に流され続け、高度もさらに上がり、各大陸と青い海に白い雲が良く見える所までやってきた。

 もう風の流れも無く、ただ空間を漂い続けているだけの状態になり、さらには空気も無い。

 まあだからと言って別に死にはしないし、戻ろうと思えばいつでも戻れるのでそのまま漂い続ける。

 段々元居た星から離れて行っているが、そこも気にしない、暫く漂い続け例れば何処かに流れ着くだろう。

 なので暫しの間お休み、やる事も無く出来ることも無く、ただ寝るくらいしかない。

 朝か昼か夜かもわからない状態で漂い続けること暫く、何処かにある星に突入していたらしい。

 目を開けると少なくとも最初に飛ばされた所とは違うところであることはよく分かる。

 どこかの街中に落ちたらしく、周囲には人が集まってきているし、衣類は兎も角として、周囲にある建物も高層の物が多い。

 そのまま寝ているわけにも行かないので起き上がり状況確認、周囲に居る人は此方を撮影しているのは分かる、後何やら白い乗り物やら白黒の乗り物やら。

 どうした物かと考えている間に白黒の乗り物から人が下りて此方にやってくる。

「君、そんな恰好で何をしているのかね?

後その耳と尻尾、コスプレならそう言う所に行ってやりなさい。

道路の真ん中で倒れていたらしいから、救急車を呼んであるのでそれに乗って一度病院で検査。

その後に事情を聴くからね」

「はぁ…」

 言葉は通じるので問題なし、取りあえず担架に乗り、救急車に乗せられ、そのまま病院へ搬送されていった。


「検査の結果ですが、まず外傷は無し、骨にも異常はなく、頭を打った形跡も有りませんね。

それと耳と尻尾が本物、頭蓋の形も普通の人とは違う。

言葉は通じる様ですが、名前は無いそうです、昔はあったけど今は無いと言っていますね」

「耳と尻尾が本物ねぇ…長く生きてると不思議な事も有るもんだ」

「野次馬が撮影などをしていましたが、こちらは公表しなければ作り物のコスプレなどとして認識されるので騒ぎにはならないでしょう」

「まあそこは大した問題ではなく、名前が分からないのと何所から来たのか、という事だな。

目撃者によると空から降ってきた、との事だが。

降ってきたにせよただそこで寝ていただけにせよ、身元が分からないことにはなぁ…」

「至って健康体なので患者…という事も無いですが、今は病室に留めていますので。

直接本人から事情を聴いては?」

「そう…だな、そうするか」

「では早速病室に向かいましょう」


「…でね、どうしようかなーって考えてたんだけど、最終的にもう何も考えなくていいやーって。

そんな感じで漂って寝てたらここに来た感じかな」

「へぇー、そうなんですかー、所でそのお耳と尻尾は触ってみても?」

「いいよー、減るもんじゃないし」

「で…では…」

 看護師さんとやらが恐る恐る耳と尻尾に手を伸ばし触ってくる。

「ふわぁ…凄い…耳はコリコリしてるし尻尾も骨が通ってるし…ピコピコパタパタ動いてるし…手触りも凄い…」

「手入れには気を使ってるからねー」

「耳だけじゃなく髪もサラサラで絹みたい」

「何なら御嬢さんたちの髪の手入れもここでする?」

「え?あ…今は仕事中なので何とも…」

「じゃあ私!私はして貰う!」

「はい、じゃあそこに座って後ろを向いてねー」

「ちょっと!今仕事中ですよ!?」

「ふふーん、いいのいいの、あなたが黙っていれば誰にもばれません。

それにあなたもして貰えばいいのでは?」

「くぅ…」

 仕事中だと髪の手入れとかしちゃいけない決まりとか有るんだねぇ此処は、うちとは大違いだ。

「んー…大分痛んでるなぁ…」

「え?うそ!?結構色々やってるのに!?」

「髪質とかに合ってないんじゃないかなぁ?

見た目はツヤツヤしてても実際は痛んでる部分を覆って隠してるだけだねこれ」

 櫛で梳かし、髪を一旦真っ直ぐに、髪の状態を確かめ、湿らせたタオルで髪を拭き、髪も軽く湿らせる。

 洗髪剤で軽く汚れや傷んだ髪を覆って隠している物を落とし、髪にあった物を選びお手入れ。

 最後に香油を塗りタオルでふき取れば軽いお手入れ完了。

「とりあえず簡単にだけどこんな物で」

「鏡!鏡ある!?」

「はい、どうぞ」

「うわぁ…全然違うね…」

「そんなに?早く早く!」

 鏡をひったくるように手に取り、見える範囲で髪の確認を始める看護師さん。

「え、マジ?こんなに変わるの?」

「これは…ぜひ私もお願いします…」

「はいはい、ではこちらにどうぞ」

 1人の手入れが終わり、鏡を見て自分の髪をずーっと確かめている間にもう1人も同じようにお手入れ。

 先程の看護師さんほど傷んではいないが、それでも所々痛んでボロボロになっていた。

 お手入れが終了後此方にも鏡を渡す。

「うわ、うわ、うわ…」

 まともにしゃべれなくなっていた…


「失礼する…って何がどうなってんだこれは…?」

 室内には生まれ変わった自分の髪を見て悦に入っている看護師2人。

 我関せずとお湯を飲んでる私。

 そこに入ってきたスーツ姿の男性が2人、自分でもよく分からんね。

「あー、コホン。

君にはいくつか聴きたい事が有るんだが…いいかな?」

「あ、はい」

「まず言葉は通じる様だが、何所でこの国の言葉を?」

「さぁ…最初から通じたとしか、後口元を見ればわかるかもしれませんが、通じているだけで同じ言葉ではないかと」

「んん?言ってることがよく分からんな」

「ああ、なるほど」

「何か分かったのか?」

「私達が発している時の口の動きと、私達の口の動き、同じ言葉でも動きが違うんですよ、ちょっとした不思議ですね、あの口の動きでは全く別の発音などになるはずです」

「なるほどなぁ…確かに良く見れば違うな…

では次に、何所から来たのか、そしてその目的は?」

「何所から来たのか…と言えば空からとしか、目的は何もないかなぁ?

家から追い出されて、投げた枝の指し示すまま空を目指して、考えるのを止めて寝ていたら此処に流れ着いた、としか」

「そうか…家から追い出されたのか…」

「先輩先輩、追い出された後に空を目指して寝ていたってかなりおかしいでしょう!」

「あ?ああ、そうだな、家から追い出された…と言うのにちょっとな…」

「君はどうやって空を目指したのかな?それに宇宙空間でも眠れると?」

「空を目指すのはこうやって…」

 適当に体を弄ってその場で浮き上がり、天井に頭をぶつけてその後着陸。

「なるほど、よくわからんな」

「少なくとも幻覚の類では内容ですが、かなり怪しいですね」

「怪しい、怪しいが…娘や息子の見ている漫画やゲームにはよく出てきているぞ、それと同じような存在が実在していたという可能性もあるのでは?」

「先輩って年の割に意外と柔軟な頭をしてますよね…」

「年は関係…あるか?

昔は人ならざる者の話とか祖父母からよくされていたしなぁ…今は違うのか?」

「少なくとも昔話位かと、妖怪やその類の話はありませんでしたね」

「まあ少なくとも普通の人ではないのは確かだろう…

では3つ目、これからどうするのかね?お金も無ければ戸籍も無い、いわば不法入国している状態だ」

「どうしようね…お金は…銀貨と銅貨なら」

 銀貨と銅貨を出してみるが…

「これ見たことがあるかね?」

「無いですね、掘られている人物も誰か分かりませんが、好事家などは高値で買い取るのでは?」

「あー、君、これを売る気があるのであればいくらかお金は用意できるかもしれないが、どうするかね?」

「売るのはちょっとまずいかな、後で怒られる…」

「そうか…何か他に換金できそうな物は?」

「んー、此処での価値は分からないけど宝石や金属の類なら腐るほど?」

「っ!?」

 看護師さんの耳がピクリと動いたと思ったら2人ともすごい勢いでこっちを見たな…

「どんな物があるのかね?」

「何なら問題なくいけますかねぇ?」

「それは…見てみない事にはわからんな」

「ですね、そちらの言う宝石とこちらの認識している宝石が全く違う可能性もありますし」

「それもそうだね、じゃあとりあえず…この辺かな?」

 特に差しさわりも無く、宝石と認識しやすい物と言えばダイヤモンド辺りだろう。

「まずはこれ、ダイヤモンドの塊」

「…これ本物?」

「ダイヤモンドは高度が高く傷がつきにくいので引っ掻いてみればよろしいかと、衝撃には弱いので叩くと砕けますが」

「では遠慮なく…」

 何やら金属で引っ掻いたりしているが傷がつくことはない。

「硬いですね、ここからさらに分析して本物かどうか調べたい所ですが…」

「流石にそんな時間は無いし、本物だとわかれば値段もつけれなければ盗もうとする輩も出てくるな、もう仕舞っていただいて結構です。

これよりもう少しましな物は有りませんか?」

 んー、流石に大きすぎたか…価値が分からんとどうしようもないんだよなぁ…

「じゃあこれ、昔創って肥やしになってたやつ」

「指輪…ですか、パッと見は宝石が散りばめられた…」

「リングと台座の部分がミスリル、使ってる宝石がレインボーダイヤ」

「ミ…ミスリル?聞いたことある?ゲームや漫画に出てくるのは知っているんだが…」

「少なくともこの世界には存在しない金属かと、この世界にある金属の別の呼び方という可能性もありますが」

「この指輪は絶対に壊れないし汚れないし、指に合わせて大きさも変わるから結構便利」

 看護師さんを呼んで親指から小指に至るまで何度か嵌めてみる。

「不思議ですねぇ、きつくもなく、抜くときも指が引っ張られる感覚も無く…

所でこれは貰っても?」

「いいよー、どうせ金貨3枚程度の物だし、売れ残りだし…」

「やった!ラッキー!」

「っちょ!ずるい!私にも何か!」

「じゃあ同じ奴だけど、はい」

「やったぁ!」

 不良在庫が2個も捌けた!

「価値の判らない物をホイホイと人に上げないでほしいのだが…

それよりもっと、もっと安い小粒なのは無いかね?」

「んー…そうだなぁ…」

 収納を漁り何か何かと探す。

「所でずっと気にしない様にしていましたけど、明らかに腕が何処かへ消えていますよね、ここじゃないどこかへ突っ込んでいるような…」

「…細かい事を気にしたらダメだ、世の中には不思議なことが一杯ある、そう祖父母から教えられたからな…」

「そうですか…」

 スーツを着た二人は窓から遠くを見つめ、看護師さん2人は指輪で大はしゃぎ中。

 こちらは収納から小粒でマシなものを選別中。


「これならいけるかも」

「何かあったかね?」

「プラチナを使ったチェーンに小粒のダイヤを3つほど使っただけのネックレス」

「んー、まあこれなら…こちら売り払っても大丈夫ですか?」

「それも不良在庫だから大丈夫だね」

「未使用っぽいし、これなら質屋と言わずちょっとした宝飾店に持ち込めば良い値段で買い取ってもらえるかもしれません、ただ身分を証明するものがないので…」

「査定だけして貰えばいいだろう、その額で私が買い取るさ」

「よろしいのですか?」

「ああ、そろそろ妻の誕生日だし、たまには贅沢も良いだろう」

「わかりました、では査定をして貰いに行ってきます」

「その間に此方も聴取を進めて置こう」

 スーツの男性が1人退室し何処かへ去って行った。

「お金の問題は一旦これで片付いたとして。

では次に、病院から出た後何所に行くかだね、ホテルや民宿に泊まろうにも名前が無いのではどうにもならない」

 キャンプセットは有るので空き地があれば其処でどうとでもなるが…看護師2人はチラチラとこちらを見ている…

「んー…いざとなれば海や川、山でキャンプかなぁ?」

「キャンプは無理だな、不審者として通報される、海は違いが山は遠い。

暫くは此処の病室を借りて過ごす、もしくは誰かの家に転がり込む、最終手段としては身分の名前も必要としないところに行くか、だな」

「暫くここを借りるとしていくらくらいですかねぇ…?」

「そこは交渉次第になるな、どのみち何時かは出て行かなければならんが」

 うーん、どうしようねぇ…

 その後もどうするかを話し合うこと暫し、何処かへ行っていた男性が帰ってきた。

「ただいま戻りました」

「おかえり、それで査定額は?」

「ざっと150万ほどですね、先輩では買えないと思いましたのでその場で現金にしてきました」

「おまっ…まあ確かに響くから買えんが…」

「こちらをお受け取りください、これが当面の生活資金になります」

「どうも」

 渡された紙を確認、紙には1万と印刷されており、ざっと150枚ある。

「これが一番価値の高い紙幣だ、その下に5000.1000の紙幣が有り、500.100.50.10.5.1の硬貨がある」

「ふんふん」

 並べられていくお金を見て種類を覚える。

「大体食費はここいらだと、外食を安い所で済ませると1食300~500円、高い所だと1万はするな、味も量もピンキリだし、何時尽きるともわからんお金だ、安い所で食べるのに越したことはない」

「泊まる所と食材が有れば自炊は出来るんだがなぁ…」

「それならば誰かの家で保護してもらうのが良いだろうな、見返りに何を要求されるかはわからんが。

手持ちのお金で生活費や食費などを出して家事をすれば文句は言われないだろう」

 看護師2人の目が更にぎらついた感じになってるなぁ…

「とりあえず誰かの家で保護してもらうのが一番…ですかねぇ?」

「だな、まあ誰の家に行くかはお前さん次第だ、うちは無理だからな?妻に娘と息子もいる」

「私も無理ですね、1人暮らしですが借りている部屋はほぼ寝るだけで狭いので」

「私が!」

「いえ私が!」

 おおう…看護師さん目が血走ってて怖いよ…

「ま…まあ、こっちは酔っぱらったコスプレイヤーが屋根から落ちただけで、奇跡的に怪我は無かった、と報告しておくから。

後はそちらで話し合ってくれ、では帰るぞ」

「わかりました、では失礼いたします」

 スーツ姿の男性二人は退室し、部屋に残るは3人。

 鼻息の荒い看護師2人にどうした物かと考える私にと…ほんとどうしようね…


 看護師2人のうちどちらかに御世話になる、という事も無く。

 2人は男性が退室した後に入ってきた女性に引っ張られていった。

 此処に辿り着いた感じといい、体感で経過してる時間といい…狐さんが途中で此処に飛ばしてきたのは間違いない。

 でなければまだお空を漂ってるはずだし…

 暫くは此処で生活しろという事だろうなぁ…

 親切な人のおかげで生活費は出来た、後は寝泊りする場所。

 ただ借りには身分証が必要らしいし、どうにかならんかねぇ…

「失礼します、お加減はどうですか?」

「怪我はないので特に何も?」

「そうですか、食欲はありますか?」

「お腹は…空いてるかな?朝から何も食べてないし」

「ではお食事を用意しますので暫しお待ちください」

 そういうと退室し、10分も立たないうちに料理を持って戻ってきた。

「お箸の使い方は分かりますか?スプーンも用意してありますが」

「あ、お箸は使えるので大丈夫です」

「そうですか、では食べ終わったらそこのボタンを押してお呼びください」

 そして退室していく看護師さん…の同僚かな?

 とりあえず用意された料理を食べて落ち着こう。


 …涙が出るほど不味かった、それでも何とか食べ終え、ボタンを押して呼び出して食器を下げて貰う。

「失礼します…ってどうなされました?泣いているようですが?」

「いや…ね…泣くほど不味かったの…」

「そうですか?他の患者さん達にも出されている食事ですし、味は問題ないはずですが…」

「うん…多分味覚の問題かな…気にしなくていいよ…」

「はぁ…では失礼させて頂きますね、また何かあればお呼びください」

 食器を片付け去っていく看護師さんを見送り、早急に此処を出なければ、と密かに誓った…


 翌日、布団から抜け出し髪や耳、尻尾のお手入れ。

 これを欠かすわけにはいかない、お風呂が無いのがつらい所だけど…

 手入れを終えたらポットからお湯を出し、飲みつつこれからどうやって此処を出るかを考える。

 最有力候補は昨日の2人の看護師のどちらかの家に転がり込む、ただなぁ…怖いんだよなぁ…

 見た目云々ではなくあのぎらついた目が…どうした物か…

「失礼します…あら、もう起きていましたか」

「あ、はい、おはようございます」

「おはようございます、今日はどうなさいますか?」

「あー、どうしようね、できれば此処を出たいけど当てが無くてねぇ…」

「そうですか、ではうちに来ますか?

1人暮らしですが一軒家なのでそこそこ広いですし、家事位はして貰いますが」

「んー、家事をするくらいでいいのなら…」

「では退院手続きをしに行きましょうか、保険等はないようなので少々出費は嵩みますが」

「あー、これで足りる?」

 昨日受け取ったお金をポンと渡し、足りるか聴いてみる。

「この十分の一も要りません、それに必要なお代は後から出ますのでその時に。

ではついて来て下さい」

 看護師さんについて行き、退院手続きとやらを済ませ、無事病院から脱出、泣くほど不味いご飯とおさらばだ!


 その後看護師さんは家に帰る様なので、車とやらに同乗して一緒に帰宅。

 1時間程揺られていたのでそこそこ離れた位置にあるようだ。

 車で門を潜り、家の扉の前で降り、出てきた人が車に乗り込む。

「何をしているの?早く降りて付いてきなさい」

「あ、はい」

 言われた通りに車から降りてついて行く、一軒家ってこんなもんだっけ?うちの屋敷よりは狭いけど。

「親兄弟は居ないから好きな部屋で寝泊まりしていいわよ、それと、少し仮眠してくるから後で御買い物ね、服をどうにかしないと」

「あー、そうね」

 いまだに寝巻のままだもんなぁ、あ、その前にやる事が有った。

「お風呂と調理場は何所?」

「お風呂は…案内するついでに一緒に入りましょうか、見た感じ裸を見た空って襲ってくるようなタイプではなさそうだし」

「どちらかといえば襲われてばかりかなぁ…」

「そうね、それっぽいわ」

 看護師さんの後をついて行き、お風呂場に到着、服を脱いでいざ湯船へ。


「髪や体を洗って下さる?」

「んー、いいよー」

 髪を手早く洗い、水を切った後髪を纏め、身体も軽くマッサージも兼ねて洗う。

「んっ…結構慣れているのね」

「あー…屋敷だと毎日やってることだしなぁ…」

「屋敷住まい…ねぇ…一体何所から来た人なのやら…」

「あー…えーと…」

「どうしました?」

「どう呼べばいいかなーって」

「そう言えば自己紹介がまだでしたね、葵と申します。

西野 葵、これが私の苗字と名前ですね、あなたは…名前が無いんでしたわね」

「んー、昔は有ったけど今は無いねぇ…

あっ、だからって付けようとしちゃ駄目だよ、普通の人だと間違いなく死ぬから」

「名前を付けるだけで死ぬって、流石にそれは盛り過ぎでは?」

「あー…ねぇ…

ちょっとこれを指に填めて適当に名前を付けてみて?」

「この指輪は?」

「死にそうな時に身代わりになってくれるやつ」

「そうですか…信じられませんが一応…

では、---っ!?」

 嵌めた指輪が砕け散り、葵さんが膝から崩れ落ちる。

「はぁ…はぁ…これは…?」

「名前を付けようとした代償だねぇ、身代りが有れば死ななくて済むけど、それなりには疲れる。

名前を付けられる人も存在しないからずーっと名無しのままだね」

「わかり…ました…はぁ…

取りあえず疲れたので部屋に連れて行ってもらえません?

部屋には2回に有り、ネームプレートが付けてあるのですぐわかると思います」

「はいはい」

 体を拭き、着替えさせ、後は抱きかかえてお部屋まで。

 抱きかかえると相当疲労が来ていたのか直ぐに眠り始めていた。

 これは…今日はもう起きないな…

 …調理場はまた明日だなぁ…


「で、今回の趣旨は?」

「ズバリ、昼ドラ」

「ご主人様には?」

「当然伝えていません」

「なるほどねぇ…だからあんな突拍子もない事を…」

「単身生身で宇宙空間を漂うとか、まずご主人様や私達以外じゃできませんよね」

「うん、それは確かにそうなんだけど、何で宇宙に旅立ったよ…」

「さぁ…適当に投げた棒が空を挿したんじゃないですか?」

「そんな事…有りえるから行ったんだろうねぇ…それで、何百年漂流コース?」

「推定500年、なので500年後に辿り着くであろう星に直接飛ばしておきました」

「場所は分かってるんだね…ならいいや」

「いつでも迎えに行く事は可能ですね」

「昼ドラという事はまあ大体浮気とかそんな感じなわけだけど、浮気も何もないからご主人様はいきなりただ追い出されただけって言うね」

「行きついた先で間違いなく女の人と良い感じになるはずです、そこで乗り込んでこういえばいいのですよ、あなた!やっぱり浮気してたのね!?と」

「うわぁ…相手の女の人も完全にとばっちりだよねえ…」

「もちろん屋敷のメイド全員で押しかけて言うので迫力も満点ですね」

「もう浮気以前に昼ドラの前提覆してんじゃん」

 狐さんの昼ドラごっこは続く…

昼ドラごっこ

何時ものごっこ遊び、今回のテーマは昼ドラ

家から追い出される夫、追い出された夫は愛人の元へ…そこへ妻が駆けつけこの泥棒猫!と…

女性の知り合いが多い北ならまだしも、ただ飛ばされた場所は何もない平原だったし、当てもないので行先を棒切れに任せた結果、単身生身で宇宙へ旅立った


先輩じゃ買えない

先輩の月のお小遣い2万円

月に1.2回2000円のランチを食べるのがたまの贅沢

嫁さんは嫁さんで節制して一人当たり1食高くても200円くらいに抑えて貯金に回してる


看護師さん2人

光物大好き

見た目がかなり良い、髪の手入れもできる、宝石類を貯め込んでいるという高物件が目の前に現れた


泣くほど不味い

栄養を重視して味を二の次どころか三とか四にした結果

味のない漬物や、一口目にして脳が吐きだせと命令してくるほど苦くて塩が極端に薄いメザシ、匂いだけで無味の汁物など

キャベツの千切りも吐きそうな位苦くて泣いた


西野 葵

ご主人様をさりげなくお持ち帰りした看護師?

名前を付けると死ぬ?ハハハ、そんな馬鹿なと、保険をかけて貰った上で付けようとして死にかけた

狐さんが望んだ浮気相手が此処に…?


名前

つけちゃダーメ

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