おべんきょうのじかん 紙切れ1枚
ロザリアと始めた全国を回るドライブは5日目で終了した。
急いで回ったと言うわけでもなく、車が壊れたというわけでもなく…
『取り敢えず一回帰ってきなさい、無計画なのは構いませんが、カードも無ければお金もそれほど持って行って無いでしょう』
ロザリアのお財布の中身がすっからかんになったのだ…
「すみませんお母様…」
「ルシフから貰って来たお金もあるから大丈夫と言えば大丈夫だけどねぇ?」
「あのカードを使いますと大体無料になりますし、その後至れり尽くせりで旅をしているという感じも有りませんし、お金もずっと借りっぱなしと言うのは…」
「使える物は使えばいいと思うけどね」
「いえ、連れて行ってもらうのではなく、着いて来てもらうのですから、支払いなどは私が」
「まあ、ロザリアがそう言うのであれば」
こういったやり取りが有り今は帰宅して屋敷で待機中。
ロザリアは現在葵さんのお手伝いをしてお金を貯めているらしい。
余裕を持って5年は何もしなくても大丈夫なだけ貯めると言っていたが、どれくらいかかるかねぇ…?
またロザリアからお呼びがかかるまでは屋敷でじっと待っていよう。
「それで屋敷に帰って来たと」
「だねぇ」
「葵さんの所ならお給金もそこそこ良いだろうし、まあ2年くらいで1周旅行行けるんじゃないかな?」
「そお?そこまでかからない気もするけど」
「んー…そうだねぇ…、ちょっとお勉強しようか」
「なぜに?」
「こっちとあっちだと物価が全然違うからね。
例えばご主人様が売った首飾り、あれはこっちだと銀貨50枚程度、あっちだと150万程度。
食べ物に関しては向こうでちょっと贅沢して1食1500円物を頼めばこっちでは銅貨10枚くらい。
ご主人様が良く買ってた一番安いお米10キロで2980円だっけ、あれもこっちなら銅貨10枚くらい。
こんな感じで、こっちなら同じ値段でもあっちだと値段が変わるんよね。
で、貨幣の価値を無理やり当て嵌めようとすると、銅貨が10円、銀貨で1000円、金貨で10万、白金貨で1000万」
「銅貨10枚だと100円程度だからお米とか買えなくない?」
「そこがこっちとあっちの差でもあるねぇ。
まずあっちの世界に住んでいる人口はこっちの数百倍以上、大体80億人以上。
こっちは2000万位、で、土地の広さもあっちの数十倍はあるのね?
それで今は大小どの国も国土の3割は農地になっているので、食料は常に安定して供給されています。
一度の収穫量も桁違い、食肉に関しても安定していますし、安定していないのは漁業位ですかね?天候に左右されますので。
それと1人辺りにかかる人件費ですね、あちらでは1人8時間でやる作業、こちらでは不慣れな人でも30分も掛からず終わらせる事が出来るほどには、能力の差がかなり有ります。
ですのであっちでは数百人で同じ物を作ったりする物を、こっちでは10人くらいいればできるので人件費がさほどかからない分、物価が下がるんですよね。
鉱石、宝石類に関しても鉱人族以外採掘を認めていませんし、彼らは掘った所を蘇らせる術を持っていますので、鉱石毎の鉱山が1つずつ有れば資源が尽きる事は有りません。
溢れたり廃棄された物を回収して自然に返す種族も居ますし、大気の汚染をするような技術も有りませんし、必要も有りません、税金も無いに等しいですし、光熱費なんかもほぼタダですよ。
何より一番大きいのが人口の差、人口が少ないと言う事はそれだけ食料も住む土地もお金の量も必要ないんですよ。
無理に当てはめると銅貨1枚10円ですが、流通している貨幣の量はあっちと比べても数万分の1以下とかそんなのです。
ですので銅貨1枚10円としても、実際には銅貨1枚で数百円にも数千円にもなるし、あっちと価値も同じ物も有るので、それを基準にどうにか無理に当てはめた結果が10円ですね」
「その当て嵌めた物って?」
「もやしとか駄菓子とか、あれならこっちも銅貨1枚くらいだし、あっちも1袋とか1個10円だし?
まあやっぱり量は違うけど」
「参考になる様なならないような…」
「まあ、物価が違いすぎるからね、あまり深く考えない事だね。
あっちも国によって貨幣の価値が違うから、違う国に行くだけで全く違う価格になったりするし、それを毎秒監視したり価値を決めたりする所もある。
こっちと違ってあっちは常に価値が変動してるから、絶対にこれだ、これが正しいって言う事にはならないんだよね。
国それぞれ違うお金が有って、それが毎秒価値が変動、それとは別にそのお金を使える国でも地域によっては価値がまた変わる、とにかく不安定なんだよ。
だから私は存在するほぼ全ての国で根を張ったし、経済から何まで自由に動かせるようにしたわけですよ。
これもひとえに愛のなせる業ってやつだね!」
「そう…」
「なんにせよ、銅貨1枚は10円である、でもそれは数百円にも数千円にもなるし、10円かも知れないとだけ覚え置けば」
「よく分からんねぇ…」
「同じ世界の一つの国の通貨ですらその国の中で価値が変動してるんだもん、どうあがいても価値を合わせる事は無理だね。
国家主導で世界に隠してこっそりお札を大量に刷れば、価値は変動せず、でもなぜか流通している量が多い、でも偽札ではないので外の国のお金と両替できる、なんてことも起りえるからね。
実際にやっている所もあるんじゃないかなぁ…?」
「そんな事やったらマーキュリーとメルクリウスがブチ切れて海に沈めそう…」
「ははは、そうだねぇ。
彼女達はここの貨幣の生みの親で、価値が変わらないように常に監視してるし、貨幣を作ってるのも彼女達で流通してる枚数は全部把握してる。
以前の失敗を反省して偽造防止もして信用を損なわないようにしたし、産み出した貨幣の信用を損なうようなことをしたら間違いなく沈めるだろうね。
それと同時に彼女達の作りだした貨幣より信用のある対価はないからね、国毎に新しい貨幣を作るって事も無いから価値も安定してる」
「なるほどねー、それで、ロザリアがお金を貯めるのに2年と言うのは?」
「お給料から税金やらなんやら色々引いて…葵さんの所なら手取り120万位かな?
で、国内1周、1年間各地を寄り道しつつ遊んだり良い物を食べたり良い所に泊まるとなると、場所によっては1泊30万、食事代も5万とか超えるから3日滞在するだけで1月分がほとんど飛ぶね。
全部が全部そうでないとは言え、遊びつつたまに贅沢しつつだと多めに見積もって2000万は欲しい所だね、それで2年」
「ふむ…」
「まあ…車両保険とかは兎も角、国民健康保険とかは要らない気もするけどねぇ…」
「なにそれ?」
「車両保険は事故をした時に下りてくるお金、健康保険も似た様な物だね、治療費とかを国がある程度負担してくれる制度だね。
葵さんの家に住んでいる人はもう一生無縁の物、怪我してもすぐ治るし病気にもならないしねぇ。
立場上入っておかないと駄目だから払い続けてるって感じだね」
「ほーん」
「車両保険も車両保険で所有者以外が事故を起こした場合、過失の無い状態での事故でもない限り保険が効かなかったりもするけど。
譲渡した車は所有者は葵さん、保険の契約内容も、所有者以外が運転して事故に有っても所有者に全額保険金が下りる、そういう内容にしてあるから誰が乗っても大丈夫だね。
盗難にあった場合の保険もあるしね、そもそも鍵が無い車だし、登録者以外運転できないけど、ははは」
「凄いのか凄くないのかわかんないや」
「こっちの物を使ってるし、あっちの物だけだと再現不可能だね」
「ふーん、まあなんにせよ2年かかるという事で?」
「だね、言えることはただ一つ」
「なんて言えるの?」
「ご主人様はお金の事は気にしなくてよろしい、何所でも快適に過ごせるように私が稼いでるんだから」
「なるほどねぇ…
その割にはいつも無一文で放り出されるけど」
「そこは…ね?
狐の気分次第だから…温泉街旅行の時はそうでも無かったでしょ?」
「まあ…うん…温泉の時はね…」
あれは旅行で皆いたし、買い食いする費用も有ったけど、放り出されるときは無一文なんだよねぇ…
今度こそはと金貨とかを隠してたら使えない所に辿り着いたし…
「狐さんの気分次第か…」
「だね…狐次第だね…」
どこかでくちっと言うくしゃみが聞こえた気もするが多分気のせいだろう。
特に意味のなかったちょっとしたお勉強を終え、何をして過ごそうかなーと考えていた所、珍しく葵さんがやってきた。
遊びにー…と言うわけでもなさそうだが、なんだろね。
「ルシフさんは居ますか?」
「んー?部屋に戻って行ったから寝てるんじゃない?」
「そう…ですか、では明日また改めてきます」
「何なら起こしてくるけど?」
「お願いできますか?」
「はいはい」
部屋に引っ込んでいったルシフはベッドに潜ったばかりで、まだ寝てはいなかったので引っ張り出す。
「なにー?」
「葵さんが用が有るんだって」
「んー?なんだろうね?」
「さぁ…?」
何の用が有るかは聞いてないからわからないや。
「少々お尋ねしたいことが有りまして」
「はいはい、なになに?」
「宝石などを幾つか融通して頂くことは可能ですか?
出来れば加工済みの、装飾品で有ればなおよいのですが」
「んー、どの程度の物かによるねぇ」
「そうですね…注文が誰も見たことが無いような宝石を使った装飾品、と言う事なので、見たことの無いような宝石か、宝石を使った見たことが無いような装飾品かで悩んでいまして」
「なしてまたそう言った事に?」
「何やら知り合いがパーティーに行ったときに、見たことも無い宝石をつけた指輪をつけた2人を見たそうで、それに対抗して…だそうです。
用は見栄ですね見栄」
「ははぁ…なるほどねぇ、どんな指輪だったか分かる?」
「確か…虹色に輝く宝石と」
「虹色かぁ…レインボーダイヤかな?」
「レインボーダイヤって、あの作り物のですか?」
「天然でもあり人工でもある物なら用意できるね」
「見せて頂く事は?」
「はいはい、ご主人様、レインボーダイヤ一個だしてー、これ位のでいいから」
「んー?」
収納から指定された大きさの物を取り出し机の上に置く。
「特に虹と言うわけでは無いようですが…?」
「加工前だとこんな物だね、これをこうちょちょいと弄ると…はいできた」
手早くカットし、光を軽く当てると綺麗な虹色に輝く宝石の出来上がり。
「なるほど…普通のダイヤとは明らかに違いますね…」
「そっちだとこれは出回って無いはずなんだけどねえ、何所で手に入れたんだろ」
「それで、これを指輪のサイズにした場合は一体おいくらほどに?」
「金貨3枚位じゃない?」
「高いのか安いのかよく分かりません」
「ご主人様の作ったのならそれくらい、他の人が扱えば金貨90枚かな?」
「さらに分からなくなりました」
「素直で宜しい、まあそっち風に言えば原産国だから安い、と思えばいいね。
まあそっちの価格に無理に合わせるなら…単純価格なら4000、希少性やデザインなど込み込みにすると2億位?」
「流石に高いですねぇ…」
「まあここだと石ころとは言わないけど、お土産で買っていくようなものだよ」
「そうなると何が良いですかねぇ…」
「ご主人様何か良いの無い?」
「んー…そうだねぇ…
珍しいという方向性で行けば…青く染まったヒヒイロカネとか、赤熱しているのに熱くない鉄とか?」
「何でそういう危険な物しか出てこないの…」
「そお?」
珍しくていいと思うけどなあ…
「危険なのですか?」
「まず赤熱しているのに熱くない鉄、これ完全に摂理を無視してるんだよね。
赤く輝くほど熱せられているのに熱を発散しない、また触れても熱くない、今貯めている熱より高い温度にさらせばそれと同じ温度を貯め込む。
簡単に言えば太陽の中に放りこんだら太陽と同じ熱を蓄えている鉄になるね、でもなぜか触っても熱くないし火傷もしない、ただ何かの拍子に熱が漏れ始めると…」
「危険ですね…辺り一面火の海で済みそうにはないです」
「でしょー?
青いヒヒイロカネも似た様な物で、本来は鮮やかな緋色なんだけど、青…と言う事は属性的に水とか氷だね、それをこれでもかってため込んでるのね。
で、ヒヒイロカネの場合何が問題かって言うと、ちょっとやそっと貯め込んだくらいじゃ色は変わらない。
危ないなーってくらいでも赤と青が混ざって紫になるくらい、それを通り越して完全に青色となると…」
「なると…?」
「あっちだと氷河期なんて目じゃない位の世界が出来上がるね、絶対零度もびっくりな気温になると思うよ、軽く摂理とか物理法則捻じ曲げてくるから」
「そんな危険物要らないです…」
「だよねー、ご主人様もっとまともなものない?」
「そうは言ってもねぇ…」
珍しい物珍しい物…これなんかどうだろうね?
「これ何かどお?危険性は一切ないけど」
「何ですかこれ?金属の…カード?」
「いや?ただの紙」
「紙?」
「紙、火を点けると燃えるよ」
適当に火を点けてカードを近づけると燃え移る。
「燃えてますね、どう見ても金属のような光沢ですし、叩いても金属音しかしませんが」
「かなり昔に作った物だね、ある意味象徴というか、遊んだ結果というか」
「昔と言う事は貴重ではないのですか?」
「いや特には?」
「だねぇ、今も使ってる所は有るけど、古い国ばかりだね、用途は通行手形の刻印」
「なるほど…不要になったら燃やして処分できるというわけですか…」
「密度が凄いから燃え尽きるのに時間がかかるけどね、これ一枚で2時間は燃え続けるよー、火は弱いからまずこれに着火してから薪などに火を点けるって使い方になるけど」
「微妙に使い勝って悪いですね…」
「だから遊びでもあり象徴でもあり、なんでこんな馬鹿なもの作っちゃったんだろうねーっていう」
「仕方ないじゃん、当時金属に変わる何かーって各国が研究した結果、何故か紙を極端に圧縮するって言う方向に進んだんだから、微生物も介在できないほどに圧縮されてるから劣化しないのが利点だけど」
「何というか…オーパーツというか…技術の無駄遣いというか…」
「ただし燃える!ははは。
何ならこれで指輪でも作るかい?世にも珍しい火が付いて燃える指輪ができるよ、水は弾くのに燃えるってもう笑いしか出ないよね」
「そうですね…ではその指輪を3点ほどお願いします、それでお値段は如何程に?」
「そっちに合わせると1個300円くらいじゃない?後見た目より大分重いからね」
適当にカードを加工して指輪に作り替え、見た目だけなら金属なんだよね、この紙…
「有難う御座います、できればカードもいただけますか?」
「はいはい」
加工してない加工済みのカードを渡す。
「ではまた後日、結果を伝えに来ますので」
「はいはいー、また何かあったら気兼ねなくねー。
後ちゃんと火気厳禁って書いておくようにね、一度燃えたらなかなか消えないから」
「はい、では失礼いたします」
葵さんは紙製の指輪とカードを受け取り帰って行った。
宝石ではなくあちらではただ珍しい物になっていたが…それはいいのだろうか?
後日結果を伝えに来たが、燃やした時に出た灰を鑑定するまでは誰も紙と気づかなかったそうな。
燃やしたんだね…あれ出る灰の量も尋常じゃないのに…
すっからかん
出来れば日帰り、遅くても翌日には帰るつもりだったので2万円しか持ってなかった
ホテルなどの支払いは全てルシフ持ち、と言うより無料
快適ではあるけど旅と言う感じはしない
銅貨の価値
無理やり当て嵌めると1枚=10円
銅貨1枚のもやしと駄菓子と10円の駄菓子ともやしを無理やり当て嵌めた
でも一概に10円で有っているともいえない
青いヒヒイロカネ、赤熱した熱くない鉄
物理から摂理まで何もかも捻じ曲げてる
綻びが出来て漏れ始めると前者は氷河期も真っ青な氷河期突入、後者は辺り一面火の海になりつつ石などが溶解し始める
紙製のカード
今でも一部の国では通行手形として使われている
数千年使っても大丈夫、ただし火に弱い
無駄な技術を使った無駄に超硬い紙、見た目より遥かに重い




