くうーまーん オイル漬け
「あ、い、う、え、お」
「あ、い、う、え、お」
「か、き、く、け、こ」
「か、き、く、け、こ」
「おはようございます」
「おはようございます」
「17952掛ける87421は?」
「15億6938万1792」
「良く出来ました」
「有難う御座います」
ロザリアはついに喋る事が出来る様になり、目標だった5桁の掛け算もできるようになった。
うんうん、これならロザリアを残し、旅立った母熊も誇らしい事だろう…
「冗談で言ったのに本当に喋るようになりましたね」
「そこはロザリアが頑張ったからね」
「頑張りました」
熊なので人の声程は聞き取りやすくはないが、そこは喉や体のつくりが違うので仕方なし。
それでもちゃんとわかるし、会話も可能。
後は以前からこつこつと準備を進めてきていたことを実行するだけ。
「どうしますか?今すぐ行きますか?」
「行きましょう」
車に乗り込み、いざ目的地へ!
「ロザリアちゃーん、西野ロザリアちゃーん」
「行きますよ」
「はい」
まずは動物病院にて検診、念には念を入れて血液検査やらなにやら。
結果が出るまでの間に櫛で梳いて毛並みを整えておく。
「検査結果は問題なし、健康そのものですね、随分大切にされているようで」
「がう」
一応まだ人前では普通の熊の振り、慣れている葵さん達は兎も角、普通の人に聞かれると面倒臭い事になる、と言う事で大人しくしている。
検査結果は良好、特に病気をした様子も無く大丈夫だろうとの事。
「有難う御座いました」
病院での検査を終えたので、次は服屋へ。
おなじみの服屋でロザリア用の服を仕立てる。
「熊の採寸は流石に初めてですね…」
「下は無しで上だけでいいです、きっちりとした物よりは少し余裕を持った大き目で」
「ネクタイはどうします?」
「リボンタイで」
採寸している間にデザインなどを決め注文、ついでに私のスーツの注文。
母熊と話をしていた時は男だったんだが…女性物のスーツでいいのだろうか…
「配信されていた映像には座っている後ろ姿しか映っていません、ですので後姿が同じなら問題ないです。
映像は荒いとはいえそんな綺麗な髪の人は早々居ませんしね」
「そういう物かねぇ」
「そういう物です、それに現場に実際居たのですから、何が有ったかはちゃんと覚えていますでしょう?」
「まあねぇ」
下山中できた道を戻っていただけで、記録してなかったので映像はないけどちゃんと覚えてはいる。
採寸が終われば次の場所へ。
「此方になります」
「どうも」
封筒に入った書類と現場を写したものが数枚。
封筒を開け書類と渡された写真を確認。
「どう、ここで有ってる?」
「此処だね」
親熊と話し合いをしていた場所の現在の写真が手渡される。
「周囲の木に数発、後は現場を弄るわけにはいかないからよく分からないけど、この様子だと地面にも数発。
人が居るにもかかわらず乱射したという証拠にはなりそうね」
「あー、ばら撒いた物を慌てて詰めては、を何度も繰り返してたねぇ」
「未使用の弾を地面にばら撒いたんですか…」
「拾って無かったら今も雪の中に埋もれてるんじゃない?」
「それはそれで突いてやれそうですね」
ロザリアも写真や書類の確認中、あれからまだ1ヶ月も立ってないからなぁ。
今できる事をやった後は家に戻り、報道局に何時もの抗議文を送信。
親熊を撃った猟師の連絡先も入手したので剥製の引き渡し要請、悪戯電話として処理されて直ぐ切られたみたいだが。
それとは別に、違う報道局に対して人が居る状態で銃を乱射、撃った弾はほぼ全て外れていたという情報を流したり。
集めた情報を個人で公開し、裁判を起こす準備をしていると発信。
当然ながら今すぐ証拠を出せとか、これこそが嘘じゃないのとか、名誉棄損に当たるんじゃね?などと突っかかって来る人もいるが全て無視。
一部報道局が乗っかり、流した情報を元に各局独自で調査や、検証などが行われている。
現地に行った報道局のカメラマンなどは木にある弾痕を見つけ、また、放送中に雪に埋もれていた銃弾を発見。
猟師の言っていたことは本当に正しかったのかと疑問が上がり始め、特番などが組まれ始めた。
その間にも名誉棄損で訴えるぞ、早く公開している物を削除しろ、と言った文章が送られてきている、毎回アドレスが違うらしいが全て保存してある。
はて、ロザリアのやってることは上手くいくのかねぇ…?
お昼からお茶を飲みつつテレビ鑑賞。
内容は百発百中の凄腕、と言うのが本当かどうかの検証、猟師の言っていた距離は15メートルから20メートル。
対象は親熊と同じ大きさの置物、その時仕留めた箇所に当てれるのかどうか、と言うシンプルな物。
しかし猟師は体調を崩したらしく実演は無し、ただ熊の大きさ、猟師の言っていた現場の状況を説明するだけで終了した。
「逃げてますねぇ」
「そお?本当に体調を崩したとかは?」
「無いんじゃないですかね?つい先ほどまで得意げに語っていて、サプライズで実演となると急に体調不良、実演がお流れになった後の猟師は明らかにホッとしていますし、大きさや現場の話となるとまた得意気になっています」
「ほーん」
「そもそも言っている距離が本当に15メートルもあったら、銃弾は道路を挟んだ向かい側に落ちてないとおかしいです、ですが出てきたのは…
自分を凄く見せようとして言っている事がおかしい事に気が付いてませんね。
まあ、未使用の埋もれた弾などを発見した番組を見ていないのかもしれませんが」
「まあ、大体何所の番組にも出てるしなぁ」
「それも今だけですね、これからどんどん追及されていってボロが出ますよ。
自滅が先か裁判が先か、と言った所ですね」
「ふーん、裁判が何時になるかは知らないけど」
「近いうち出頭命令が行くようになっていますので、そこから開始ですね、そう直には終わらないので少々長丁場になるかもしれませんが」
色々とめんどいなぁ…手続きやらなにやらと…
好評だった牡蠣をまた仕込み、出来上がる頃には仕立てたスーツを着てお出かけする事に。
はて、ロザリアの主張はどうなるかね…
まず喋る熊として着ぐるみじゃないのかという声、何やら記憶にない証拠を持ち出す相手。
百発百中ではなかったとはいえ熊は仕留めたという弁護士、そもそも襲われてすらおらず、ただ話し合いをしていただけと答弁。
記憶にない証拠を持ち出したことに反論する此方の弁護士、相手の弁護士も引かずそちらの証拠が偽物と反論。
まあ長引くこと長引くこと…
実際に出ている証拠が、気や地面にめり込んでいる10発の銃弾、空の薬莢1個、雪から掘り起こされた未使用の銃弾と空の薬莢13個。
相手には熊から人を守ったという大義名分が有るので、こちらが不利な事には変わりなし。
まあ人が座って話してる後ろから親熊を撃ち、その後乱射したという事は言ってあるが、猟師はその人と熊の位置はこうだったと嘘を述べ始めた。
これはいかんねぇ…正直に話すところで嘘の証拠だけでなく、嘘を言ってはいかんねぇ…
相手何気切れると余裕たっぷりだし、名誉棄損がどうのとか言い始めてるし。
「はて、どうしたもんかね?」
「このままだとまあ負けでしょうね、言っていたことが嘘とは言え、相手は熊、仕留めた所で基本罰則は有りません。
ロザリアちゃんには悪いですが、これも勉強ですね。
実際に人の真後ろから乱射していたり、親熊が何もしていなかったという映像などが残っていれば違ったのでしょうが…」
「んー、まあ今は仕方ないね、今は」
その後も送られてきていたメールなどを開示するも効果は無く、敗訴、逆に名誉棄損で訴えられ罰金を支払う事となった。
ただ今までテレビなどで言っていたことは、全て嘘であったという事が白日の下にさらされたので、猟師は一時の金は得たが、これから風当たりは強くなっていくだろう。
「まけたぁ…」
「まあ最初からわかってましたけどね」
「がるぅ…」
まあそもそも熊だしな、人と違って権利は持っていない、裁判に持ち込んだだけでも十分凄い。
「取り敢えず家に付いたら公開していた情報はすべて削除、一応命令には従いませんとね」
「せっかく集めたのに」
「大丈夫です、うちで公開している情報を削除するだけで、他の方が個人で転載して後悔している物は対象外です、なのでそこから勝手に広がります。
怖いですよねー、情報社会って。
一度公開したら何処かの物好きが保存してこっそりと転載して別の所で公開するんですよ。
なので流れた物は余程の事が無い限りもう二度と消える事は有りません」
「つまり?」
「裁判を起こしたことでかなり注目を集めました、それにより彼の言っていた事は全て嘘、公開されていた情報は正しかったんじゃないか?と情報を集め始める者が出ます。
報道局やマスコミなんかは特にそうですね、ご飯の種になりますから。
彼は裁判で勝利し、逆に名誉棄損で訴え勝利しました、ただし代わりに信用は失い、これからは真実や憶測が飛び交う事になります。
もう彼が今後表舞台に出てくることは無いでしょうね、猟銃も取り上げられ、狩猟免許などもはく奪されるでしょう。
正面に人が居るにもかかわらず、人に当たる可能性がある位置から何度も何度も発砲していますので。
事実、彼が嘘で証言した位置でも当たる可能性があるんですよね、というか貫通してます。
彼はあなたの横から撃ったと言いましたが、猟師が来た時にその場から動いていましたか?」
「動いてないね、ずーっと座って話し合いをしてたし」
「座ったままお互い動いていないのは配信されていた動画にも残ってますね。
ですので、猟師が言うように横から撃ったのであれば、木に残っている弾痕の位置がおかしい事になるんですよね、後発見された薬莢や銃弾の場所も。
極めつけは彼の言っていた熊とあなたの位置、そこにあなたが座り込んでいたとしても、弾痕の位置から計算すると綺麗にあなたの頭に当たってるんですよ。
多分と言うかこれも確実に検証などで特番が組まれますよ、どうなるか楽しみですね?」
「ぐるぅ…」
「見世物にされた母の奪還だけでもしたかった、だって」
「あぁ、それは問題ありません、こちらで交渉して買い取って置きました。
限界近くまで値切って買い叩いたので、骨と剥製、合わせても罰金で支払った額の十分の一以下ですね。
明日には此方に届きますよ」
「がう」
「ありがとう葵さんだって」
「こういう時は喋らないんですね…」
何はともあれ、試合では負けたけど勝負には勝った、と言う事らしい。
翌日、朝から大きな荷物を積んで帰ってくる恵里香さん。
3日くらい前からいないと思ったら、親熊の所まで行っていたのか。
「所有権を手放していたのが幸いでしたね、これを置いておくとこれから悪評が建つと仄めかしたら、今の所有者は直ぐに手放すことを決心してくれましたよ」
軽トラックより大きなトラックから降ろされる親熊の剥製、それと一緒に展示されていた骨。
ロザリアはじーっと剥製を見つめている。
「さて、この熊の剥製と骨どうします?家の中にでも飾ります?」
スパーンと叩かれる恵里香さん。
「どうするかはロザリア次第ですね、埋葬するか、家の中で飾っておくか」
「人と同じように埋葬したい…」
「そうですか…
では骨壺と墓石の用意、後は棺桶と火葬場の手配ですね」
剥製にするために詰められた物を全て取出し、骨と皮を一時保管。
後日届いた棺桶に丁寧に入れ、花や生前欲しがっていた海産物を一緒に入れてやる、二度目だけどまあいいか、後若干生臭いけど…
拝んだ後は棺桶の蓋を締め、火葬場へ持って行き焼却。
残った骨を崩し骨壺の中に入れ閉じる。
遠く離れた場所ではあるが、家の一角に墓石を建てたのでそこに祀る。
ロザリアは悲しそうにしていたが、今回の事でようやく張りつめていた物が解け、お墓の中に遺骨を仕舞い、拝んだ後に倒れるように眠っていった…
「いやー、何所の番組も喋る熊と元猟師の話題で持ちきりですねぇ」
有名人の裁判と言う事で中継されていたというのも有り、喋る熊が全国デビュー、を果たしたらしい。
「元猟師の証言を元に検証している映像も中々笑えますねぇ、これどう見ても熊とか人を貫通しているじゃないですか」
「でしょう?その場で思いついた嘘の証言みたいですし、おかしい事に全く気が付いていなかったのでしょう」
映し出されている映像による検証では、綺麗に親熊の胴体と人の頭を貫通している予測映像が流れている。
「親熊に当たったのは耳、掌の肉球、喉元の3発だけです」
「まぐれ当たりしてなかったらどうなってたんでしょうねえ?」
「少なくともロザリアは此処に居ませんでしたし、親熊も天寿を全うしていたんじゃないでしょうかね?」
余りにもの大きさに恐怖していた、などとフォローが入りはするも、お粗末な射撃の腕前、人に当たっていてもおかしくなかった、などと報道されている。
英雄と報道されてから一転、私利私欲の為に嘘を並べまくった詐欺師、救ったと言っていた人は熊と友達だった、現場に残されていた魚などは気を逸らそうとしたのではなく手向けだった、などなど。
親熊とのやり取りを美談にしようとしている所もある。
「まあ、そういう物ですね。
嘘をついた人と対比にして美談にして纏めれば、それだけ視聴者を集める事が出来ますので」
「逞しいというかなんというか、今まで抗議文を送っていた所も、名誉棄損だの貶めているだのと、抗議文を公開して言っていたのに、今じゃ完全にロザリアの味方だもんなぁ…」
「そう言えば、少し前に仕込んでいた物はどうなりました?」
「もう食べ頃だよ」
「では夕食のメインはそれにしましょうか」
「はいはい」
厨房へ向かう前にテレビをチラッと見る。
そこには裁判中の映像、元猟師相手に、流暢に言葉を話し、訴えているロザリアの姿が映っていた。
前回好評で多めに作っておいた牡蠣のオイル漬け。
オリーブオイルだけでなく、豆板醤とラー油にニンニクと長ネギを刻んだ物を混ぜ合わせて漬けた辛い物も作ってみた。
ただ此方は小粒、大きい物を使うと間違いなくあっと言う間に無くなる。
それらをお皿に並べ、彩に茹でたり炒めた野菜を乗せれば2品完成。
後は鮭のムニエルにバターライス、カボチャのポタージュをつけて夕食の出来上がり。
5人分用意できたら食堂へ運んで夕食開始。
「赤っ!あっか!」
「これはこれでお酒が進みそう」
「ビールっ!ビールっ!」
「程々にするように…」
「それだけしかないからあまりがっつかない様にね」
一斉に真っ赤な牡蠣に橋を伸ばす酒飲み3人、そしてじっくり味わってお酒で流し込んでいる。
「しかし今日も5人だけですか」
「だねぇ、まだ寝てるよ」
ロザリアは簡単なお葬式が終わって行こうまだ眠っている、まだ眠り始めて2日目ではあるが。
「お腹すかないんでしょうかねぇ…」
「まあお腹を空かせたら起きてくるさ」
部屋で眠り続けてはいるが健康そのもの、特に心配する事は無い。
「見ているあなたがそう言うのならそうなんでしょうね、では冷める前に頂きましょうか」
葵さんも真っ赤な牡蠣に箸を伸ばし、一粒口に含みじっくり味わっていた。
「思ったほど辛くは有りませんね」
「豆板醤は色と旨みに、ピリッとした部分はラー油を少しだけ、後はごま油だね」
豆板醤やニンニク、ネギの甘みと旨み、ピリッとした辛さはラー油から持ってきて、ごま油で香りを追加。
ラー油のみで漬けると…ね…辛すぎて舌が麻痺して味が分からなくなる…
ムニエルを食べつつ牡蠣のオイル漬けを摘まみ、ポタージュを飲んでいた所で。
「おはようございます、私にも夕食をお願いします」
「はいはい、椅子に座って待っててね」
ロザリアが食堂へやってくる、そして夕食を要求してくる。
皆ロザリアが食堂へやってきて黙り込んだが、まあロザリアの分を持ってこないとね。
「ぐぬぬぬ…」
「何を唸ってるん?」
「まったく…まったく進展が有りません…」
「もう1ヶ月近いし諦める?普通に迎えに行っておしまいにする?」
「まだ、まだです、以前からくっ付いている僅かな雌の気配に全てを賭けます!」
「普通に迎えに行っても良いと思うけどなぁ…」
全てとは言っているが別に何も賭けていない狐さん、ご主人様の明日は…
多分大して変わらない、またオイル漬け用の牡蠣を買っていると思われる。
牡蠣のオイル漬け
おかずとしても肴としても好評だった
もやしも丼物に添えたりで割と好評だったが追加は作っていない
名誉棄損
見ろ、見事なカウンターで返した
謂れのない事で人を貶めちゃダメ
裁判で猟師側が持ってきた証拠
9割偽造、真っ黒
相手が熊だったのも有り、こっちの証拠の方が正しいと採られた
翌日お祭りが始まった
元猟師
更に有名になって地元に居られなくなった
逃げた先でもカメラマンに追いかけられている人気者
証拠を偽造したので現在それをつつかれてる
裁判相手が熊だったのでまだ何とか生きてる状態
墓石
敷地内の出来るだけ日当りの良い隅に建てられた
ローザベルと彫られている
昼ドラごっこ
???「絶対にあきらめない!」
???「もうやめておけば?」




