新人さんとの顔合わせ 思考放棄編
見切り発車甘口―深夜のテンションを添えて―
「おはよう御座います、ご主人様」
「おはようです、ご主人様ー」
目覚めと同時に隣にいる猫人族の女性と少女から挨拶をされる。
「…おはよう御座います」
と、半分寝ぼけながらも挨拶を返す。
はて…何かおかしいような、というか何もかもがおかしいような、寝ぼけた頭を覚ましながら整理していくことにした。
「少し質問があるんだけど良いかな?」
猫耳の女性に質問を投げかける。
「はい、なんでしょうかご主人様」
「まず一つ目、君達は何所から来たのか。二つ目、君達は何故裸で隣で寝ているのか。三つ目、先ほどからやたらと風通しが良いのは何故か?」
「まず一つ目の質問ですが、これは受けた恩を返すために姉妹共々雇っていただきました。二つ目に関しては、これはメイド長から「ご主人様は既成事実さえ作ってしまえばチョロい」とアドバイスを頂いたからです」
何やってんのメイド長…もうこれ以上増やさないでって言ったよね、姉妹共々?後でしっかりと話し合いをしておかないといかんね。
後、チョロいってなんだ、チョロいって…確かに手を出したメイド達には甘いけどさぁ…なんかこうね…?言い方がね?
「三つ目の質問ですが、これは扉や窓が全て壊れているからです」
それで風通しがよくなっていたのか、でもこれ誰が直すんだろうねー、カンガエタクナイナー。
「最後の質問」
嫌な予感がしつつもこのまま置いておくわけにもいかないので質問をする。
「既成事実ってなぁに?後寝る前からの記憶がすっぽり抜け落ちてるんだけど」
「記憶が抜け落ちてるのは薬による物だとメイド長は言っていました」
ぇ?記憶が飛ぶ薬盛られたの?何それ怖い。
「これはご主人様が悪いのですよ?」
と、隣に現れたメイド長は言い始めた。
「覚悟を決めてきた女性に手を出さず部屋から追い出して一人で寝ようとするからです、ですので強行策として魅了に掛けた上で薬を盛らせて頂きました」
そういえば昨日寝ようとしたときにすでにベッドに誰か潜り込んでいたから追い出したような…?
「で、扉や窓が全部壊れているのは?」
「逃げられるのを防ぐために突入し拘束した結果です、覚悟を決めた一人の女性のためにメイド達が協力するのは当然でしょう?」
そして手を出すように仕向けるために薬を盛ったと…
うちで雇っているメイド達はメイド長の命令には素直に従う、でも主人の命令はほぼほぼ聞いてもらえないんだよねぇ…どうしてこうなったのか…
「まあ…うん…ソウダネ、キョウリョクスルノハステキダネ」
若干魚が死んだような目になりつつも言葉を返す。
「そうです、ご主人様と一緒に寝たいという方達はまだまだいるのです、それでも逃げようとするのであれば…首輪をつけてどこにも行けないように繋いでおくのもいいかもしれませんね?」
と、メイド長は極上の笑顔で脅しをかけるようなことを言ってきた。
「メイド長、もうこれ以上メイドを増やさないでって前に言ったよね?」
「メイド長なんて他人行儀な…まあいいでしょう、今ご主人様の隣にいる姉妹は庭師という名目で雇っています、ですので書類上はメイドでは有りません」
「はい、私たち姉妹は庭師として雇われました」
名目って…書類上はって…
「取りあえず扉や窓が壊れている上にベッドの上で裸のままじゃ恰好が付かないから着替えてから場所を変えて話そうか…」
「私達は腰が抜けて起き上がれないのでお構いなく」
「お構いなくー」
姉妹はベッドから起き上がってこれないようなのでメイドを呼んで任せることにした。
「それで、他に新しく雇ったのは…?」
「龍人族の料理人が一人、有翼人族の掃除人が一人、狼人族の門番が三人、後は天人族の魔王が一人と魔族の勇者が一人ですね」
書類上はメイドとして雇ってないからって最後の二人は明らかに悪ふざけではなかろうか…このまま放置すると変な役職でどんどん雇われそうな気がする…
「取りあえず暫くは人を増やすのやめてくれませんか?最後の二人は明らかに悪ふざけだよね?」
「いえ、最後のお二方はちゃんと魔王と勇者として雇用しましたので問題ありません」
「あぁ…そう…」
屋敷の管理に魔王と勇者が必要とか聞いたことないんですが…このメイド長は何を考えているのだろうか…主人に通さず何所からともなく雇用してくる時点でもう何を言っても無駄かもしれない。
「ところでご主人様本日のお仕事内容ですが、目の前にいる愛しの狐人族メイドの尻尾をグルーミングする、料理人に料理を教える、掃除人に掃除を教える、門番に訓練をつける、魔王と勇者に」
「まてまてまてまて、欲望丸出しなのはもう何時もの事なので良しとしよう、料理人や掃除人に料理や掃除を教えるってなんだ?今いる料理や掃除などを専門にしているメイド達に教えてもらうのは駄目なのか?」
「いえ、駄目ではないのですが、まだこちらに来て間もないためご主人様とあっておられません、ですので顔合わせの機会を作るのが目的ですね」
「顔合わせをするためというのはわかった、でも料理も掃除も人並みにしかできないぞ?」
「基礎を教えれば後は専門にしているメイド達が教えますので大丈夫です、基礎を手取り足取り教えてあげてください、これが午前中のお仕事です」
「わかった、それで、午後からは?」
「午後からは門番三人の訓練、こちらは準備運動の後、軽いお遊び程度の組手で結構です、普通にやるとご主人様が怪我をした上に負けるのは確実なので」
悲しいけどぐうの音も出ない、基本的に自分の身を守る必要がなく、趣味の一つが料理という家庭的?な主人故に…
「魔王と勇者は午前中は各国から依頼を受けて屋敷には不在ですで午後以降となります」
各国から依頼を受けるような人を魔王とか勇者として雇用しているこの狐さんは何者なんだろうね…
「夕食前には帰ってこられると思いますので、帰ってきたら頭を撫でたり抱きしめたりしてあげてください」
「まだ名前も知らない人の頭を撫でるって難しくない?後いきなり抱きしめるとかただの変態だよね、殴られたりしない?」
「大丈夫です、雇った方たちは皆ご主人様の事はほぼ全て知っていますので問題ありません」
相手はこっちのほぼ全てを知っていてこちらは何も知らない、その事を考えると恐怖心しか沸いてこないんですが…
うん、あまり深く考えないようにしよう、なるようになるさ!
「午後の仕事はその二つで終わりかな?」
「はい、門番と軽い組手後は疲労で動けないと思われますので長時間休憩、夕食前に魔王と勇者のお出迎え、この二つになります」
本日の仕事?の内容が確定したので
「よし、それじゃあ仕事を始める―」
「はい、まずは愛しの狐メイドの尻尾を…」
と言い頬を染めながらながら狐さんが尻尾をぶんぶん振りながら近寄ってきた、が。
「―前に取りあえず部屋の片づけと修理からな、扉も窓も吹き飛んだ部屋をそのままにはしておけん…」
「扉も窓もないままで良いじゃないですかご主人様、どうせ鍵を閉めたらまた壊すことになりますし」
壊さない方向で物事を進める気はないのだろうかこの狐は…
「次の扉と窓は鍵が付いてない物でお願いしますね、そうすれば蹴破って突入することも扉と窓を壊すことも無くなりますので」
鍵をつけたらまた次も壊すとそう仰っておられる。
「逃げようとした場合も実力行使に出ますので」
そう言って笑顔でどこからか首輪と鎖、後何か怪しい色の液体の入った瓶を取り出す狐さん。
「はい…」
と答えることしかできない私、私はこの館の主で一番偉いんだぞ!と言う度胸もない、言ったところでこの狐さんには通用しない。
そもそもこの狐さん以外のメイドも言う事にあまり従ってはくれない、雇用主が私じゃなくてメイド長になっているからだろうか…
狐さんと別れ部屋に戻り片づけを開始する。
昔はこんなんじゃなかった気がするのになー、いや…昔からだっけ?どこで間違ったんだろうなー、そもそも件の狐さんはなんでメイド長になってるんだ?とか。
雇用費をどこから捻出しているのか、そもそもどこから新しいメイドを雇ってきているのか、でも狐さんだしなーとか。
長く生きていると忘れてることも多いなーと考えつつも片づけをする手は止めない。
「あーあーあー…蝶番とか捻じ曲がってるし、枠にも抉れた傷が…もう使えんな…」
なぜ開錠する前にぶち破って突入なんて言う思考になるのだろうか…
「うーん…これはどうにもならんね」
散らかったものを片付けつつまだ使えそうなものを探すが綺麗なまま残っているのは何故かベッドのみ、枕やシーツなどは無くなっているが。
衣類の入った箪笥も壊れて中身が全て無くなっているがそこは些細なことなので置いておく、2.3着程度の着換えしか入ってないし、夜までには洗濯された物が補充されているからだと思考を放棄する。
「ここまで酷いともう修繕するより建て直す方が速いんじゃないかなぁ…」
そう呟きながら淡々と片づけを進め…
「よし、何とか片付けは終わった…修理は…もうお任せコースでいいや…」
修理まで一人でやっていると午前中に割り振られた仕事?どころか午後の分も間に合いそうにないので丸投げする事にする。
時折というか頻繁に駄狐になるけど付き合いが長いだけあり好みも分かってるし、本当に嫌がることはしない、ここは信頼して狐さんにお任せしよう。
壊れて扉のなくなった部屋の前に後はお任せと書置きを残しておく、ついでに近くで掃除をしていたメイドにも伝言を頼んでおく。
「これで夜には部屋はほぼ元通りになっているだろうし、特に問題はないな!」
何か別の問題を先送りにしたような気もするが考えないようにしておく、ほぼであって完璧に元通りにはならない事は分かっていたから。
もうどうにでもなーれーと頭をお花畑状態にして考えるのをやめて次の場所へ向かうのだった。
頭お花畑タイム終了。
「君が新しく料理人として狐さんに雇われた龍人族のー、龍人族のー…」
名前がわからないので名前を呼べない、狐さんからも名前を聞いてないので全然わからない。
「龍人族のコウと申します」
「コウ…ね、コウ」
反芻しながら名前を覚える、覚えやすい名前でよかった。
「で、コウは料理人として雇われたわけだけど、どの位まで出来るの?」
「料理はした事がありませんので何所まで出来るかは…」
これは前途多難…おお狐さんよ…どうして料理経験ゼロの人を料理人として雇ったのですか…
「料理経験は無しと、味覚に異常があったりは?」
「味覚に問題はないですね、美味しい不味いの区別はちゃんとつきます」
味覚に問題は無しと、味覚に問題がないのであればまだ何とかなる、はず。
取りあえずは手本に軽く一品簡単なものを作ることにする。
「個人的な考えではあるんだけど、レシピの有る物はまずレシピ通りに作ってから大元の味を知る、アレンジを加える場合大元の味を知らず適当にやると大抵の場合失敗するから」
と説明しながらまずは包丁を使わなくても簡単に作れるものを準備する。
「いきなり包丁使って指を切りましたーってなると大変だからまずは包丁を使わなくても作れる物からね、まあこれが終わった後は包丁使うのに慣れるために皮むきやらいろいろやってもらう必要があるけど」
説明しながら周りにいたメイドに材料を用意してもらう。
「お菓子つくりの基本は分量を間違えない事、焼き時間などを間違えない事」
用意された材料の分量を量り混ぜていく、コウはふんふんと頷きながらメモを取りながら見ていた。
「しっかり混ざったら冷蔵で生地を寝かせるんだけど、ちょっと時短でインチキをします、1時間寝かせた生地を麺棒なんかを使って生地を5mm位の厚さにする、後は型抜きでポンポンと型を抜いていって170度にしたオーブンで15分焼いて出来上がり」
メモを取りながら見ていたコウがインチキの部分で「え?」ってなっていた、後オーブンに入れたばかりの生地がなぜもう焼けて出来上がっているのを見て「なんで?」とか言ってるのも気にしてはいけない。
少しくらいは見逃してほしい、真面目にやると生地を寝かせるのに約1時間、オーブンで焼くのに約15分、前日から用意した物を使おうにも雇ったことを知ったのは今朝、ならインチキしたって許されるよね?
「出来上がったばかりのクッキーをどうぞ、周りにいる皆も手を止めて休憩がてら食べようか」
と言うや否や、屋敷中のメイドが調理場に押し寄せ、焼きあがったばかりのクッキーを持ち去っていった、調理場にいる皆にしか聞こえない程度だった気がするんだけどなぁ…
そして狐さんが他のメイドより速くそして多く持って行ったような気がするが、気のせいだろう、今は部屋の修繕をしているはずだしな、ここには来ていない、私は何も見ていない。
押し寄せながらもキッチリと列を作って一人づつ持っていくので行儀は悪くないんだよねぇ…ちゃんと袋に包んで持ち帰ってるし。
なお、コウは1枚だけ残されたクッキーを見ながら呆然としていた。
「それじゃあコウもクッキーを作ってみようか?」
「はっ?えっ?あっはい」
ビクッとしながらも返事は返してきたので材料を渡し、午後の休憩時間に出す物の用意をする。
「えっと、分量をきっちりと計って、しっかりと混ぜて、混ざったら1時間冷蔵庫で寝かせる…」
メモを見ながらクッキーを作り始めるコウを見ながら。
「休憩時間が来る怖いなぁ…でも作らないと狐さんがなぁ…」
と呟きながら手早く休憩時間に出す間食の仕込みをするのであった。
包丁の扱い方?ちゃんと手取り足取り教えましたとも、手を放すと残念そうにしていたが、後ろから手を握って包丁を振るい続けるとか危ないにもほどがあるからね、ビクンビクンしてたし。
やましい事?こちらからは何もしていませんよ、こちらからは…
後は周りのメイドさんが懇切丁寧に教えるはずなので次に行く事にする、メモもしっかり取ったりしていたし、きっと立派な料理人になってくれるであろう。
つーぎーはー…有翼人族の掃除人、何所にいるか分からないので屋敷内をぶらぶらしながら探すことにした。
んー、いつみても私の屋敷にしてはずいぶんと綺麗なものであると思う、経年劣化も見られないし、古いものばかりかと言えばそうでもなく所々最新のものが使われたりもしている。
屋敷全体は狐さんが管理しているから当然と言えば当然か、と考えている内に見知らぬ有翼人族を見つける。
「あら、ご主人様、先ほどのクッキーは美味しく頂かせて貰いましたわ」
「あー、うん、美味しかったのなら何より、それでー…君がー」
やはり名前を聞いてないので何と呼べばいいのかがわからない。
「有翼人族のフレールと申しますわ」
「フレールね」
と返しながら頭に叩き込む。
「掃除人として雇われたという事らしいけど、何を教えればいいのかな?」
フレールは何かを教えるまでもなく問題なくできているように見える。
「掃除人と言うよりは害虫の駆除人ですわ、そうですねぇ、ここで今現在やっている害虫の駆除方法とかかしら?」
「あー、害虫かぁ、黒いのとか一匹見たら三十匹は居ると思えって言うしなぁ」
気をつけてはいるが調理場なんか黒いの一匹出るだけでも大騒ぎである、でも少し前に狐さんが屋敷内にいたのは撲滅した様な?またどこかから入り込んだのかな?
「ええ、あの黒いのです、いくら処理しても次から次へと湧いて出てきますの、それで何か有効な手がないかと思いまして」
「世代交代が速い分進化速度も速いからなぁ、トリモチか見つけ次第凍らせてしまうのがいいんじゃないかな?」
「トリモチなら気軽に設置出来ますし拘束も容易、トリモチから逃れたもの凍結してしまえば動けなくなりますし、なかなかいいですわね、対策はしてきそうですがまず問題はないでしょう」
対策?まあ黒いやつの進化は早いし多少の知能は持っててもおかしくはないか。
「黒いやつ、居なくならないかなぁ…」
「ええ、黒いやつ、居なくなるといいですわねぇ…」
何かかみ合っているようなかみ合っていないような、そんな会話をしながら一緒にトリモチを各所に設置していくのであった。
途中フレールが黒いやつが捕まっているトリモチを見て悲鳴を上げ飛びついてきたが、君、黒いやつの駆除で雇われたんじゃなかったっけ?
取りあえず黒いやつが出たと昼食の後にでも狐さんに報告しておこう。
平和な昼食後に黒いやつが出たことを報告した、狐さんニコニコとした笑顔を凍りつかせたままどこか絵と消えていった。
あと数分もすればこの屋敷から黒いやつは卵も含め全て駆除されるであろう、でも狐さんが全て駆除するのであれば掃除人は雇わなくてもよかったのでは?
食後休憩の暫し後、門にいる三人の所へ向かう事にする。
今度は食事中にちゃんと名前を聞いたから呼び方がわからずに困ることも無いな!
そう思っていた時もあった、目の前にいる三人を見るまでは。
「えーっと…んー…あー…」
「「「?」」」
第一印象、ちっこい、ちんまい、ちんちくりん
第二印象、近づいてきてパタパタと振っている尻尾が愛らしい
第三印象、なになに?ご主人様一緒に遊ぶの?と言った視線がかわいい
そして何より、見分けが全くつかない、え?三つ子?
見分けは付かないが名前で呼んで確認してみよう。
「まずは…カミラ、手を上げて」
「はい!」
と元気よく手を上げる、えーとこっちがカミラと…持っていた紙に名前を書いて簡易的な名札にする
「次は、カーラ」
「ん!」
えー、こっちがカーラと…
「最後にカルラ」
「あい!」
最後に残ったのがカルラと…
うん、名札無いと見分け付かんわ、後名前も紛らわしいわ、見分けのつかない情けない主人を許しておくれ…と思いつつ名札の着用を義務付けることにした。
なお悪戯心を出されて名札交換された際には見分けは付かないのでできるのならばやめてほしい所である。
「名前の確認が済んだところで、軽い組手という事だけど、一対一?それとも一対三?」
一対一でも負ける自信があるのに三人で来られたら玩具にされるのは確定―
「「「私達は三人で一人なの!」」」
―玩具になることが確定した瞬間である、見た目幼女な三人に玩具にされる大の大人、屋敷の方を振り向いて恨みがましく見てみるが狐さんが楽しそうに素敵な笑顔でこちらを見ていたので諦める事にした。
急に動いて怪我をしないように三人と一緒に軽く体を解してランニングをする、が、ランニングで一周走り切る前に三人は十五周ほど走りまだかまだかと期待の目を向けてくる。
一周走り切るころにはもう十周位してた、私の体力のなさがよくわかるね。
ランニングで走り回ったせいか三人の頬が上気しているが、体温が上がった事によるものだろう、たった一周とはいえ汗だくになったこちらを見て顔を赤く染めている気がするがきっと体温によるものだ、そうに違いない。
そう思いクールダウンしようとしていると。
「ご主人様」「もう我慢」「できないの!」
と三人が一斉に飛びかかってきた、当然抵抗できる力も手段も無く玩具にされた。
いつの間にか近くまで来ていた狐さんは三人の幼女に玩具にされている私を見て楽しそうに笑っていた。
それどころか「私も混ぜてもらっていいかしら?」と言っていた、止めてください死んでしまいます、主に心が。
いやー、犬にしゃぶりつくされる骨ってああいう感じなんだなぁ…と思いながら涎塗れになった体を洗うためにお風呂に入ることにする。
汗まみれになっていた衣服は途中で混ざってきた狐さんが回収し、タオル一枚だけ残して去っていった。
取りあえずタオルを腰に巻いて近くにいたメイドに新しい服をお風呂場に持ってくるように伝えるがメイドの目が若干怪しいのでそそくさとお風呂場に移動し涎と汗を流すことにした。
そんなこんなしている内に長めの休憩時間、この時間のために午前中仕込んでおいた物の仕上げにかかる。
コウはもう周りのメイド達と仲良くなったのか談笑しながらお茶を飲んでいる、皮をむいた芋と一緒に折れた包丁が何本か見えるが指は切ってないようなので良しとしよう。
仕込んでおいた物の仕上げが終わったので調理場を後にし狐さんの部屋を目指す。
「狐さん出来ましたよー」
声をかけつつノックをして扉が開くのを待つ、ノックをしたからと言って扉を開いて入ってはいけない。
「お待たせしましたご主人様」
扉が開かれたので部屋に入り、持ってきたものを配膳する、こちらを手伝う気は一切ないらしい。
配膳が終わるのをまだかまだかと尻尾をパタパタさせつつみている姿は大変かわいいのだが…
「それじゃあ食べようか」
配膳し終わったのでそう声をかけると。
「頂きます」
言うや否やあっという間に平らげてしまった、そしてまだ物欲しげにこちらを見てきて…
「ご主人様、あーん…」
小さな口を開けて食べさせてくれるのを待つ狐さん、苦笑しつつ食べさせてあげる。
もっともっと頂戴とおねだりをしてくるが、稲荷寿司二人前はさすがに食べすぎだと思います。
ぷくーと頬を膨らませながら狐さんが言う。
「主人様のケチ」
二人前を平らげておいてまだ食べたいとか、我が家の狐さんは大変食いしん坊である…
「後メイド長とか狐さんとか言わないでコノハとちゃんと名前で呼んで下さいませ」
「それは断る」
この狐さん名前で呼ぶと何かが振り切れるのか周りの事が一切見えなくなるので名前で呼ばないようにしている。
名前で呼ぶときは…うん、最低でも三日は覚悟しようね?狐さん謹製の怪しい薬によって疲れと衰え知らずで頑張れるから大丈夫!
名前で呼んで下さいだの、断るだのと言い合いながら狐さんと長めの休憩時間を過ごした。
さて、残る問題は魔王の子と勇者の子のお出迎え。
お帰りを言った後名前を呼びつつ頭を撫で、最後に労いつつ軽く抱きしめて終わり。
実に簡単な事、だったはずなんだけどなぁ…初対面であるという事を除けば。
帰ってきた二人に対して、お帰りと言いながら頭を撫でたまではよかった。
何やら高揚していたらしく目がギラギラとしており、頭を撫でた時点で息遣いが荒くなり、二人を軽く抱きしめようとした途端押し倒され衣服を破かれた。
即座にすっ飛んでくる狐さん、蹴散らされる魔王の子と勇者の子、半泣きになって狐さんに抱き着く主人、私達はご主人様を泣かせましたと言うプラカードを首から掛け正座をさせ、屋敷中のメイドを呼び出し二人が何をしようとしたか説明、その後二人に説教を始める狐さん。
暫しの間混沌とした空間になっていたが、少し落ち着きを取り戻してきたのか。
「そこの二人、今更ではありますがご主人様に自己紹介を」
笑顔で青筋を立てたまま自己紹介を促す狐さん。
「はっ、はひぃ!」「ひゃい!」
「わっ、私は天人族のベリスです!」
「私は魔族のシュリエルです!」
「よろしい、お二人はもう部屋に戻ってもらって結構です、罰は追って伝えます」
「「はっ、はいぃ!失礼します!」」
と二人は怯えた様子で返事を返し、足が痺れたのか足をぴょこぴょこさせながら部屋に帰っていった。
「さて、ご主人様の衣服を破いた罰は何がいいでしょうかね」
「えっ?服が破かれたからすっ飛んで来たの?襲われたからじゃなくて?」
「もちろんです、狼人族の三人に玩具にされていた時も衣服を破かず丁寧に脱がせていたでしょう?それにご主人様が襲われるのは何時もの事です」
そこは否定したいが否定できない、特に予定がない限りは休養日となっているメイド達に捕獲される、部屋に籠ってもを開錠または破壊して侵入してくる、隠れていても居場所は直ぐにばれる。
逃げても地力が違いすぎてまず逃げ切れない、捕まった後は天国か地獄か…その日休養日だったメイド達の気分次第である。
「料理長、あの二人の食事にはこの献立を、ご主人様にはこちらの献立を、お風呂番は夕食後二人をお風呂に叩き込んだ後、わかってますね?」
狐さんが料理長と共に何やら悪い顔をして夕食の内容を決め、お風呂番にも怪しい指示を出している。
いったい夕食に何を混入する気だろうか、食べないという選択肢は存在せず食べてしまった後はどうなるのだろうか。
どうすることも出来ないのでもうなるようになるだけか、とか、どうにでもなーれーと思いつつ何時の間にか隣にきていた猫人族の姉妹(ミアとミウと言うらしい)の頭や尻尾を撫でつつ夕食の時間まで過ごすのであった。
夕食後、狐さんと談笑しつつ何を企んでいるのか聞きだそうとしたが失敗。
仕方がないのでお風呂に入ってさっさと寝ようとした所、服を脱いだところでメイド達に捕獲され寝室に連行、脱いだばかりの服は狐さんが回収していった。
扉を開けると寝室は狐さんのリフォームによりとても綺麗になっていた、扉は内側に鍵が無く外鍵だったり窓には鉄格子が嵌ったりしていたがパッと見はお洒落に仕上がっている、何か呻き声が聞こえるが。
メイド達に促され寝室に入ると扉と鍵が閉められた、ベッドの傍らで狐さんが怪しい瓶を手に持ち満面の笑みを浮かべて待っていた。
扉を開けた時から聞こえていた二人分の呻き声の正体は狐さんに一服盛られたベリスとシュリエルの物だった。
「服を破いた罰のお仕置き内容がこれかぁ」
ベッドの上で呻き声を上げつつ焦点の定まらない目でこちらを見ている二人を見る。
「二人に何を盛ったの?」
「夕食には体を弛緩させる心地よい痺れを感じる物を、お風呂では感覚を少し敏感にさせる物を使用しマッサージを」
弛緩させて痺れて動けない所で感覚を敏感にされた上にマッサージってえぐいなぁ…
「仕上げに本能を少し刺激するお薬を投与したものがこちらになります」
そんな出来上がった料理みたいに紹介されても…
「これはお仕置きですので遠慮せずにどうぞ、ああご心配なく、私は基本は監視が目的なので手を出しません、ですが手心を加えたら…」
そういって先程とは違う瓶を取出しベッドの傍らに設置されている椅子に座る狐さん、監視かぁ…監視されてる状態でお仕置きするのか…
「では今から頑張って下さいね」
頑張るのはどっちだろうか、呻き声を上げている二人か、私か、それとも両方か…
その後二人は早々に気絶、手は出さないと言っていた狐さんが参加、突然の事にコノハ待って止めてとうっかり名前を呼ぶ、気絶から復帰した二人を巻き込んで大乱闘、扉が開かれたのは4日後の事だった。
この連戦を見越して献立を指定していたのか…それとも最初から参加するつもりだったのか…
問題の狐さんは巻き込まれた二人に挟まれ、共にすやすやとかわいい寝顔を晒していた。
寝顔をひとしきり堪能した後箪笥を確認、入っていたものを身に付け寝室から退室、中庭にあるベンチに腰掛け空を仰ぎ―
「今日も空が青いなぁ…」
―そう呟いていた。
はたして魔王や勇者と言う役職が屋敷の管理に必要だったのか、あの二人は何のために雇ったのか、どうせ狐さんだしなーともう考えない事にした。
タオル一枚腰に巻いただけの状態で。