俺から彼女を寝取った勇者が捨てられて、代理出産するらしい
「なあ、会わないか?」
通信用魔法器具の向こうから言ってきたのは勇者だった。
即切りした。
「待て待て待て!お前いきなりーー」
またかかって来たので即切りした。
「だから人の話をーー」
即切りした。
大体、人の彼女を寝取っておいてどういう了見なのか。どうせろくでもない事に違いない。
夜もふけて来たので寝る事にした。
魔法器具がうるさいので、線を抜いた。静かになったのでよく眠れた。
翌日
「よう!久しぶりだな」
勇者がいた。
仕事帰り、ウチまで来てやがった。
無視して家に入ろうとするが、
「まあまあまあまあ、ちょっと待ってて!」
俺には待つことはない。
「あの時の事も謝ろうと思ってさ」
別に謝って欲しくもないが。
ーーそういえば、
「何で彼女がいないんだ?」
あの時、勇者にべっとりくっついて俺を見下しながら去って行った女がいない。
その事を聞くと、勇者は非常に大きいため息をついた。
「ーー別れた?」
立ち話もなんだと、結局二人で居酒屋で飲む事になった。おごりでいいから、と言われたのだが、何かあるなと流石に感じる。
その原因はこれである。
「ーーああ、あの後上手くいってたんだけどな……」
勇者がつまみを運びながらぽつりぽつりと漏らす。
「仕事も上手くいってたし、そろそろ結婚どうかなって思ってたんだよ。
けどな、その日見ちゃったんだよ。アイツと王子がキスしてた所を」
勇者はぐいっと酒をあおる。
「そん時さ、その場で怒り狂いてぇ!とか思ったんだよ。けどな、相手は王子だろ?
もしそんな事したら俺の方が悪くなっちまう」
「……それで」
「結局さ、川辺で一人泣いてたよ。何でこんな惨めな目に合わなきゃならないんだって。
そん時思いだしたのがお前だったんだよ」
彼は空けた杯をとん、とテーブルに置くとこちらに向き直り、
「ーー済まなかった」
丁寧に頭を下げた。
そんなに謝られるとこちらも許さない訳にはいかない。
「ーー別にいいよ。あいつとは確かに仲は良かったけど、婚約とかそういうのをしていたわけじゃないし」
そう言えば単なる痴情の縺れに過ぎない。それ以上、何かをいう事は出来ないのだ。
「だけど、俺が如何に人を傷つけたのか、自分の身になってはっきり分かったんだ。
本当に、悪い事をした」
と再び頭を下げた。
参ったな。これでこれ以上こいつを憎めなくなった。
「いいよ、もう」
と今度ははにかんでいった。
そして、勇者もようやく表情を和らげ顔を上げた。
「しかし、どうするんだ?」
少し酔いも回ってきたのか、俺はふと気になる事を聞いてみる。
「何を?」
「子供だよ」
「……それなんだよなぁ」
はあ、と息をつく勇者。
「結局さ、結婚しても子供が王子とか他の奴の子供だと困るんだよな、人類的に」
「まあ、一応、勇者は血統主義だもんな」
「お前みたいに、たまに突然変異的に強いのが出てくるってのを待つのもいいらしいけど、一応、保険的に血統主義を守らなきゃなんねーのよ」
「意外と大変だな」
「でも、子供は出来ましたは全然勇者の血を引いてませんでは話にならねーのよ」
「確かにな」
「昔なら側室抱えて子供産ませるって事が出来たけど、今はそんな事出来ねーし」
「人権ってのを振り回し過ぎたな」
「だからこの先どうしたものかと……」
意外と勇者も大変である。子供は出来たは血を引いてないわ、おまけにそれを確かめるのも母親の許可がないといけないわ。
そもそも思う伏しのある奴がそんなのに同意するわけがない。
さりとて確実に血を引く子供も必要な訳である。
「なら、代理出産ってのはどうだ?」
「代理出産?」
「ああ、新しい魔法でな、何でも他の国では女王がこれで世継ぎをもうけたらしい」
「へえー、そんな便利魔法が」
「だが、まだまだ認知されてない魔法だけどな」
「何で?」
さあ、と俺は言うが、勇者は何か得た事があったのか、うんうんと頷いている。
その後もだらだら喋りながら、夜がふけていった。
それから一年後、勇者は無事に子供を授かった。
国民上げて祝福し、俺もその場に呼ばれたのだ。
勇者に似て微妙にひねた感じだが、まあ、何にしても目出度い事だった。
母親がいない分、しっかりと愛情を注ぎたいとでれでれした顔で言っていた。人から女を寝取った奴とは思えない台詞だった。
「お前も早くしたらどうだ?」
「それもそうなんだが、中々、男の一人親には支援が少なくて……」
「女にはあるのにな。差別だよな」
勇者も育休取るみたいだし、そういう支援が広げないとな。
そんな中、未来の勇者はすやすやとベッドの中で寝息を立てていた。
おわり