9話 ナザロからの旅立ちとメフォスト
燃えた俺は、最終的に燃え尽きていた。
いや、もちろん精神的に。
虚しい。
一体、何が間違っていたのだろうか?
俺は、俺のやるべきことをやった、つもりでいた。
まわり人びとも褒めてくれた。
確かに、不純な動機だったけど、ちゃんと神様も讃えた。
アズラ=イルもなんとなく説得できたし、協力もしてくれた。
なのになんだ?
あのババア。
デメテルはやっぱ悪魔なのか?
ウラノスとかいうのは、悪魔の聖典か何かか?
でも、おかしいな。
アズラ=イルは、その見た目も、慈悲深さからしても、まず間違いなく天使系だろう。
天使が悪魔の命令を聞くか?
いや、聞かない。
じゃあ何?
ババア、天使系なの?しかも、アズラ=イルの上司?
ないわー。
アイツ真っ黒じゃん。
神様何やってんだよ、あんなの放置してんじゃねーよ。
もしそうだとしたら、完全なブラック企業だね。
クソ上司。
社長は無能、と言わせてもらうよ。
まあ、ともかく俺は目立ちすぎた。
愚かな免罪符売りも、もう廃業だ。
ヤゼフのお父さんも死んじゃったし、俺、この街を出る。
ヨハン様も、マルコ兄やんも兄弟達も俺の出立を惜しんでくれた。
けど、誰も止めなかった。
そらそうだ、俺、悪目立ちし過ぎだし。
あんまり聞こえていないだろうけど、免罪符のことデスったしなぁ。
そんな俺の神様に対する根深い不信感が、伝わったのでしょうね。
そして、ヨハン様から選別がわりに「使徒」の職をいただいた。
よくわからんが、神様の特使的なポジションらしい。
新しい指導者を育成する人、ということになっているみたいだ。
まあ、他所でやってね、ということだろう。
確かに、俺がここにとどまったら、ヨハン様やマルコ兄やんの立場がおかしくなるよね。
こんなもんいらんが、ヨハン様がしたためてくれた任命書を持ってきた頭陀袋に詰め込み、俺は教会を後にした。
地味に嬉しかったのは、貸与制服だった詰襟は持っていっていいとのことだった。
あとマルコ兄やんがパンをいっぱいくれた。なんかおずおずしてたけど、大丈夫、クソ堅いパンでも、超嬉しいぜ。
だって紙切れは食えないからね。
俺、パンにかじりついてでも生き延びるぜ。
あんがと、マルコ兄やん。
〜マルコ視点〜
彼は、そもそも異常だった。
神学校を出たわけでもなく、どこかの修道院で修行したわけでもないという。
事実、神学や教会組織に関する知識は皆無に近かった。それは話せばすぐにわかった。
ナザロの教会に流れ着いた経緯も判然としないものであった。
しかし、彼の布教に対する熱意だけはただならぬものがあった。
布教は、我々の基本的な努めである。ただその行為への教会の評価は低い。
教会組織の中で生きていく、つまりのし上がるためには、神学の知識と組織からの信任が全てである。
誰もが、そのことを理解している。
そして我々はどうしても、それを優先してしまう。
しかし彼は、神学や教会には全く興味を示さず、ただひたすら布教を行なっていた。
その祈りは、熱心で、深く、高潔であった。
神の威信を心から信じていなければできない、そんな祈りであった。
私の勤めも、忙しさを増した。
我々は、彼の野心を恐れた。
ヨハン様も、彼の鬼気迫る布教活動のモチベーションが一体どこから来るのか、不安に思っていたようだ。
寝食も忘れ、ただただ人びとのために祈り続けることがどれほど難しいか、我々が一番よく分かっている。
そして、その理由が明らかとなった。
彼は、聖人だったのだ。
あのような衆人環視の中、堂々と行われた天使の召喚と悪魔払い。
たとえ教皇であっても、そのような奇跡をお示しになったことはない。
私は堕落していた。
本当の意味で、信じていなかったのだ、神を。そして、それに類する現象の全てを。
そんなものは、心の弱い人間の作り出した紛い物だと思っていたのだ。
しかし、教会の窓から目撃したあの日の全ては、私の信仰心を深く突き刺し、仕事と出世のためだけに「神」を利用した本当の心を暴き出すことになった。
私は見せつけられた。
天使は彼の呼びかけに応じ降臨し、悪魔は地から這い出てきた。
そして彼は、それらと堂々と対峙したのである。
もう、我々は彼と共にあることはできない、これは明白な現実である。
ヨハン様は、彼に使徒という聖人を表す職をお示しになった。
これは、地位や役職ではない。伝説上の概念である。
使徒が身を落ち着けることのできる教会などない。
使徒自体が、今や信仰の対象だからである。
我々は、彼を追い払った。
現実の生活において、彼は不要なのだ。
私は、持てるだけの衣料や食料を差し出す以外にできることはなかった。
教会は堕落していたのだ。
私は心から恥じ入った。
〜ヨシュア視点〜
俺は、街を出た。
なんか居心地が悪い感じだったのだ。
街の人びとの視線が、尊敬や敬愛といったものから、畏怖に変わっていた感じだ。
俺が、神様に向ける感情に近い、のかな?
あんたは凄いよ、でもできれば会いたくない、そんな感じ。
とぼとぼと街道を歩くが、暇だし、寂しい。
話し相手とか、相談相手とか、愚痴こぼす相手とか、冗談言い合う相手が欲しい。
あ、俺、誰か呼び出せるかな?
アズラ=イルは、多分呼び出せる。
でもあいつ、話し下手すぎるな。
久しぶりにエウリ・デウス?悪くない。
エクス・マキナ?ははは、いいね。あのガキからかうのも。
デメテル? ない。
パパ? いや、無理。 無理。
んー、エクス・マキナかな、デメテルの件もあるし。
ヤゼフのお父さんの件は、誰かに落とし前つけてもらわないと気が済まん。
「エクス・マキナ様。声が届きますか?」
俺はそこらへんの岩に腰を下ろし、眩しいと嫌なので、目をつぶって声に出した。
あれ、そんなに眩しくないぞ。
でも、目前に発光体が出現しているのがわかる。
お、ご降臨かな?
「なんだよ。人間。」
不機嫌だねー。
ここは、ひとつ本当の大人の駆け引きというのを教えてやるか。漏らすなよガキンチョ。
「エクス・マキナ! 正体を現せ!!」
「なっ!? なに!!」
ふふっ、ビビってるな。
「もうわかっている。この悪魔め!!」
俺の仮説はこうだ。
デメテルは、完全にパワハラ上司か上位悪魔か毒お局。
そのデメテルを知っているこのアホは、天使だったとしても使いパシリの小僧ということ。
その使いパシリの小僧が人間ごときに、悪魔め、と言われたら?そりゃ怒る。
でも、デメテルの名前を出して、「お前、ウラノス的に問題あるみたいよ」と問い詰めてみよう。
このバカは、パパを出すね。
パパに聞くからいいもんとか、パパがいいっていうもん、とかね。
そこが問題なのだが、俺が思うに、神は絶対、話聞かない。
このタコは、何らかの理由で神に利用されているだけか、ともあれ適当に使われているだけだろう。
ボケごときにどうこう出来る代物じゃあない。
その辺を突きつけてやる。そうすれば、幾らかの情報は手に入るだろう。
「ななな。なななにをいう」
ん?バグったか?
予想以上に動揺しているぞ?
俺は、カッと目を見開いてもう一度言った。
「正体を示せと言ったのだ! この悪魔!!」
「がーん!」
俺は、岩から転げ落ちそうになったね。
お前、昭和か?
まさか衝撃音を口で言うとはね。
「お、恐ろしいやつだな、お前は。」
え?
まだ何にも始まっていませんけど?
発光体は、漫画の悪魔に姿を変えた。
「・・・。」
「お見通しの通り、俺は悪魔だ、メフォストだ。」
ちょっとまて、じゃあなんで、神と連絡とれんだ?お前。
あ。そうか、あの神なら目的のためならなんでも使うか。
納得。
俺の仮説、だいたいあってるのかな?
「神に利用されし、哀れな者よ。」
言ってやりました。
「お、お前に何がわかる!?」
なーんもわかっていませんが?
「俺は、今は堕落しているが、神の遣いをこなして、もう一度天国に召されるのだ。」
なるほどなるほど、餌ぶら下げられて必死な人ね。
神は酷いね。
俺が思うに、救済とかそうゆうのは一切するタイプじゃないよ、メフォストくん。
散々使いっぱされ、ぽいっよ。
「おい!お前、神を疑うのか?」
必死だね。
疑う?冗談じゃない。これっぽっちも疑ってない。
確信しかないね。
「メフォスト。神を疑っているのはお前だ。」
「・・・・」
お、絶句ですか。
「メフォストよ。何を恐れているのだ? お前の打算も、お前の卑怯さも、お前の誠実さも、神はすべてを見通しておられる。言い訳などいらないはずではないか。なぜ私に問うのだ。」
「・・・・・・」
通信が途絶えたかな?
「今も、見ているのだろう。」
悪魔(笑)は、ペタッと座り込んでしまった。
「人間。俺は天使に戻れないのかい?」
知らんよ。
「神のみぞ知る。」
「俺、神の声が聞こえているうちは、チャンスがあると思って、結構一生懸命やったんだぜ。」
まあ、そうだろうな。
怖い上に、餌までぶら下げられていれば、そりゃ頑張るだろうね。
俺なんて怖いだけでも必死だったもん。
「お前、神のご加護が欲しくないのかよ?」
ははは。本当にバカだな、お前。
あれが、俺らのようなちっぽけなもんに、いちいち贔屓とか保護とかすると思うか?
しねーよ。
邪魔くさいと思ったら除去、面白いと思ったらじろっと見るくらいだろうぜ。
お前は、部屋の埃やチリに贔屓や保護するか?
「メフォスト。神を前に、傲慢な心は捨てよ。」
もはや神なんぞどうにもならんのよ。
放っておきなさい。それより、デメテルだよデメテル。
「メフォスト。デメテルのことだが。」
「デ、デメテルだと。俺は関係ねーぞ。」
あるみたいだな。
「これ以上、放置はできぬだろう。」
「な、お、え、く、ま、そ、いや、いやいやいや」
テンパリ過ぎだから。
「メフォスト。デメテルはお前を許さないだろう。」
「・・・・・、かもしれねーけど、神は?俺、一応、今は神の御使だぜ?手出しできねーだろ?な?」
だから知らんよ。
「お前の任務は、私の堕落だな?」
「んなななななー!? お、お前、どこまでお見通しなんだよ!??」
まあ、正体が悪魔なんだから仕事はこれくらいしかないよな。
運命弄るしね。
あれ、そうなるとエウリ・デウスもそっち系なの?
そこらへんがよくわからないなー。
「俺、どうしたらいいんだ?」
「私とともにあれ」
俺、このアホをしばらく連れて、遊ぶことにした。