83話 ダヴィドの正義とマリーの煽り、視認する二酸化炭素
〜ダヴィド〜
ここまでくれば、追っ手も辿れまい。
私たちは、人里離れた森の中、自然にできた洞窟の入り口にキャンプを作った。
マリー、と呼ばれた女性は、毛布に包まれ寝かされている。
スピエルドの対応には、脱帽だ。
丁寧で、繊細である。
「スピエルド。すまなかった。」
私は、テキパキと野営の準備するスピエルドに聞かせるともなく呟いた。
「君を危険な状況に晒してしまった。あまりのことで、深く考える事ができなかったのだ・・・・」
そう、このマリーを救出するべきだったのか、それを判断できるほど十分な情報はなかった。
ただ、教会による公開裁判、ご神託、そして聖火の取り扱い、これらの誤った行いが私を突き動かしたのだ。
神を語り、民を虐殺するなど、聖職者にあるまじき行いである。
スピエルドは作業の手を休め、マリーを抱え起こした。
どうやら目を覚ましたらしい。
「・・・・あ、あの・・・ここは?」
スピエルドは、フードを深く被り、水袋を持って、その場を立ち去った。
「状況は、どこまで覚えておられますか?」
私は、できるだけ穏やかな声でマリーに語りかけた。
「は! あ、ああ、私は、夫の、ウィリアムに騙されて魔女裁判に・・・あなた様が助けてくれたのですね?」
ふむ。
記憶は確からしい。
夫に騙された、か。
「私は、ダヴィドという旅のものです。たまたまサバトに立ち寄りましてね・・・ 事情をお聞かせ願えますか?」
マリーは、不思議そうに私をみつめ、ため息をつきながら言った。
「事情? そんなものありませんわ。ご承知でしょう? 教皇様の御下知で、この帝国に暗躍する魔女を一掃しろと。疑わしきものは魔女裁判にかけろと。」
ゲラシウスが?
暗躍する魔女??
どういうことだ??
「容疑をかけられれば、火にかけられるのです。守ってくれる男性がいなければ、この国から女性はいなくなりますわ・・・はあ」
驚く私を横目に、深くため息をつくマリー。
こ、この様な事が、神聖帝国全土で行われているのか?
馬鹿な。
「はじめは、司祭様も、男たちもこの街にその様な邪な存在はいないなどと嘯いていました。でも、最初の犠牲者、そうサラが火あぶりにされてから、皆、悪魔に取り憑かれました。」
「・・・・」
「複数の男性に求婚されていたサラが、そのうちの一人に魔女の疑いがあると糾弾されたのです。」
「・・・・」
「そうですわ。はじめは、みんな相手にもしませんでした。でも司祭様が、教皇様から授かった魔女裁判の手続きは無視できないとして、公開裁判を行ったのです。」
「な、あの様な、めちゃくちゃな処刑をか!?」
「もちろんサラは、焼け死にました。そして司祭様は高らかに宣言されたのです。サラは魔女であったと」
「ば、馬鹿な!」
「それからというもの、2日とおかず公開裁判はなされました。そして男たちはどんどん横柄になっていきました。誰彼構わず関係を迫ってきたり、断れば告発するぞと・・・私の場合は、夫が・・・」
「そ、そうか・・・す、すまない・・・思い出させてしまったな・・・」
「いえ、いいんです。・・・ただ、もう私に帰る場所はありません。どうか、ダヴィド様の従女としてご保護ください」
「もちろんだとも。君を放ってはおけない。・・・ただ・・・条件があるのだが・・・」
「はい」
「もう一人、私の旅の友であるスピエルドという男がいる。今は、水を汲みに行っているが。彼は、酷い病気を患っていてね。いやいや、人にうつる様なものではない。だが、口がきけないし、顔にも大きな影響が出ているのだ。なので、彼には詮索しないでほしい。」
「もちろんですわ。命の恩人のみなさまです。お言葉に従います。」
どうやら、スピエルドの素顔の記憶はないらしい。
気絶の原因がスピエルドかと思い、予防線を張ったが、どうやら思い違いだったか。
とにかく、素直にいうことを聞いてくれるのであれば、都合がいいというものだ。
この様な悪夢がこの帝国のあちこちでおきているのか・・・
一刻も早く、ヴァティクーンに帰還するか。それとも、この馬鹿げた混乱を鎮めて回るべきか・・・
しかし、私だけでは力不足だ。かといって、今後も素通りできだろうか? ヴァティクーンまで、まだまだ遠いのだ。
私が、ため息をついていると、マリーが話しかけてきた。
「ダヴィド様。今、この国は地獄です。私は救われましたが、私と同じ様に酷い目にあっている女性は多くいますわ。このまま、放置していいのでしょうか? すみません、出過ぎたことを申し上げまして・・・」
マリーの言う通りだ。
この魔女裁判というものは、まったく荒唐無稽なものだが、それで命を奪われる多くの女性たちがいる。
それも、教会の名の下でだ。
勇者として、洗礼を受けた私が何もしないというわけにはいかんだろう。
ただ、ではどうするというのだ?
ざっ、ざっ、ざっ
スピエルドが大きな水袋を抱えて戻ってきた。
そうだな、彼の助力が必要だ。
よし、決めた。
残念ながら、すべての間違いを正すことはできないが、ヴァティクーンまでの道中、出来るだけ町を経由し、魔女狩りの様なことが横行していれば、それを正していこう。
スピエルドにはかなり活躍してもらわねばならないから、仮面の様なものをつけてもらう。
そうすれば、勇者の威光を存分に使えるというものだ。
私は、スピエルドに熱い視線を投げかけた。
〜ヨシュア〜
「ヨシュア様。少しよろしいですか?」
俺様が、高尚な思索に更けっている(ぼーっと虚空を眺めている)とカルミラが話しかけてきた。
もう少しで、窒素を粒として視認できそうなところまできていたのだが、カルミラから話しかけてくるというのは大概重要な案件なので、あきらめた。
「お、おう。どうした? カルミラよ」
「お忙しいところ、申し訳ございません。ヨシュア様のご意見とご判断をいただきたくて・・・」
ふむ。
お忙しいところ申し訳ございません、か・・・
嫌味なの? ふん、嫌味だな。
俺さあ、それ嫌い。
本当に俺が忙しいと信じているのなら、どれだけ重要案件だって、遠慮して持ち込まんよね?
てか、部下なら、俺が忙しく取り組んでいる案件を手伝うよね?
例えばさ、俺が今まさに溺れ死にそうになっているときに、お忙しいところ申し訳ないがここに印鑑ついてください、って聞く?
聞かんよね?
溺れる俺を助けるよね?
そうゆうことよ。
俺が言いたいことはさ、どうせ暇だろ、って思っているよね?ってことだ。
俺はさ、コミュ障だから、そうゆうのでいちいち傷つくわけ。
「魔女狩り・・・」
え?
「について、どの様にお考えでしょうか?」
ほ、ほらな。
俺のことなんて置き去りじゃない。
なに? なんだって?
魔女狩り?
「今、この国のあちこちで行われている魔女狩り・・・いかがいたしましょうか?」
ご決断を! みたいな感じで言われても・・・
全然、状況とか事情とか知らんし・・・
「魔女狩り、・・・か。 世が乱れている証左だな。情報が欲しい。」
俺もさ、聖人だ奇跡だとかもてはやされているけど、普通の中年予備軍だかんね? なんでも聞かないで?
まずは、情報だよ情報。そして、それらを整理してから教えてくれぃ。
「・・・情報。 流石です、ヨシュア様。 では、少し人を使って情報を集め、広めていきますわ」
優秀すぎる部下を持つと、こうゆうことになる。
奴らは勝手に自己完結して、俺が全てを把握している気になって、勝手に物事を進めてしまう。
流石です、みたいなこと言われて、俺の言論は封殺されるのだ。
ねぇ、ローランはぁ?
俺の声なき声は圧殺され、またもや窒素や二酸化炭素を視認しようという人類の挑戦に立ち向かうことになるのだ。
ああ、暇だ。




