79話 末っ子の苦難と夢、そして敵意
〜ローラン〜
私は、取り立てて特徴のない男であった。
砂漠の民であれば、その多くが商人であり、この私もご多分に漏れず、しがない商家の出であった。
上の2人の兄は、力を合わせて実家を継ぐこととなり、年が離れた末っ子の私は早々に独り立ちをすることを勧められた。私の実家では両親を含め、全ての家族を食べさせるほどの余裕がなかったからだ。
私はなけなしの手切れ金をもらい、ラクダ一頭を相棒に13歳で家を出た。
金になることはなんでもやった。
一番簡単なのが、水を売ることだ。
ラクダと皮袋が2つあれば、準備は完璧である。
オアシスから湧き出る清涼な水を皮袋に詰め、出来るだけオアシスから遠いところに出向けばいい。
大抵、キャラバンを見つけることができる。
彼らに売るのだ。
もちろんまだ小僧の私は足元を見られるが、元手はタダみたいなものだ。
それに帰りには、彼らから二束三文で買ったものを持ち帰れば一石二鳥だ。
もちろん砂漠の世界だから、命懸けというリスクはある・・・
2日に一往復というペースで水を売り、ガラクタを持ち帰る。
それなりの貯金もできた。
ラクダをもう一頭手に入れるか、それとも違う商材に手を出すか・・・
つまり、商人として最初の分岐点に立つことができたのである。
私は、迷う事なく、本を売ることにした。
なぜか?
それは、本が好きだからだ。
元々、私には商売人の素質はない。
タダで汲める水を困っている人に大金で売りつけたり、口汚く罵り、値切ったり、嘘をついたり・・・
いい商売人とはすなわち嘘つきの裏切り者だ。
正直者は、つまり馬鹿者である。
私の両親も兄達も、私のそれを見抜いていた。
私が家を追い出されたのは、家計が苦しいからじゃない。
結局、私が出て行きたかったからなのだ。
私は、本を買った。
本は大変高価だし、貴重品である。
だが、売れない。
当たり前だ。
砂漠という世界で生きる上で、知識や情報といったものは何においても優先される重要なものである。
だが、いやだからこそ、本を読まねば得ることのできない知識や情報など、誰も必要としていないだ。
砂漠の民は、明日どころか、今日を、今この一瞬を生きることが全てである。
知識とは生きるための情報のことであり、そのために使えない情報は全て無価値である。
そして、そのような知識や情報を持たないものは、すぐさま死ぬ。
また、彼らは何も先送りにしないし、「約束」ですら概念からして他の民族のそれとは違う。
しかしどうゆうわけか、この私は違った。
本を読むことが好きだし、何よりも生きる方法よりも、生きる意味に興味があった。
当然ながら商売は行き詰まった。
しかし、水売りを兼ねれば生きていくことだけはできた。
そして、少しでも余分に設けることができれば、新しい本も買うことができた。
18になることには、それなりの量の本が在庫としてたまっていた。
それらの本は、私の住処である石の洞窟に保管していたが、減ることは少なく、増えていく一方であった。
「ローラン。 ザラムの商人がどうやら古い本に興味があるらしいぞ。 お前、あの大量の売れ残りをさばいたらどうだ? チャンスだぞ」
お節介焼きの商人仲間に唆され、私はザラムの商人に全ての本を売ることにした。
大変金払いのいい商人だった。私も吹っかけたりの駆け引きは嫌いだから、きっぱりと全てを手放せた。
後悔や躊躇いはなかった、それら全ての本の内容は、私の頭の中に入っていたからだ。
さて、全ての商材は片付いた。
この5年余り、私は商人として一体何を成したと言えるだろう?
手元には、老いたラクダが2頭とまとまった金、そしてかなりの量の知識と情報が残った。
恐らくこれだけの金があれば、丸々一年間は何もしないで暮らせる。
やっとだ。
やっと、本当にしたかったことができる。
そう、私はこの幸運によって得られた一年間を使って、本を書くことにした。
洞窟にこもり、ひたすら執筆するのだ、生きる目的について。
〜マステマ 〜
ぐ、ぐぐぐぅ〜
か、カルミラめぇ〜〜
熾火による傷は、霊体であっても深く残る。
本来であれば、肉体から十分距離を取ってから、肉体を燃料に熾火を起こすのが普通である。
しかし、あの時は時間がなかった。
少しでも躊躇えば、肉体ごと霊魂が引き裂かれていただろう。
肉体というものは、実に有用だが、同時に厄介だ。
霊体であれば、肉体のもつ固有の問題とは無関係だが、実物に対する力が出せない。
極論をすれば、概念だけだ。
しかし、肉体に宿れば宿ったで、痛みを感じるし、肉体に引き摺られて霊魂が破壊されることすらある。
しかもあの時は、仮初めの肉体だった。
ジューダスに与えられた肉体は、一度燃やしてしまったのだ。
とにかく、このままではいけない。
おめおめとジューダスに許しを乞うか、それとも・・・
恐らくジューダスは赦しはしないだろう。
あれにそんな選択肢はない。
ゲラシウスに仲介させたとしても、だ。
何か取引材料がなければ、あっさりと呑まれてしまう。
ならば、いっそ悪魔王に泣きつくか・・・
ただ、カルミラの飼い主が誰の庇護を受けているかが問題。
ジューダスではないことは明らかだが、まさかモレ・ク?
いや、あのカイロンがついているのだ、ペテロ?
誰であれ、ヨシュアのバックにいるのは、ジューダスの宿敵には間違いないだろう。
・・・ふん。
そうか・・・
これを土産にすれば、ジューダスも聞く耳を持つかもしれないわね ふふふ。
私ったら、何を血迷っているのかしら。そうよ、焦る必要なんてないわ。
私は、マステマなんだから。




