76話 ダヴィドの目覚めとスピエルドの忠誠
〜勇者ダヴィド〜
ここは、どこだ?
私は、何をしているのだ?
記憶が断片的で、色々なことが思い出せない。
・・・・
宗教都市ヴァティクーンの大聖堂において行われた勇者聖別の儀式・・・
ダヴィド=メシアとして天啓を受けたあの奇跡以降、私は燃えるような怒りに精神も思考も白く塗りつぶされた・・・
私は、突き動かされるように正義を実行した。
禍々しい悪魔どもを打ち払った。
そしてその度に、心が洗われ、迷いは消えていった。
ああそうだ、あの男・・・
ザラム討伐で道連れにした男・・・
私は、あの男に執着した・・・なぜか
マステマはどこだ? マステマ?
私は一体・・・
ふと気配を感じて上を見上げると、皮と骨だけの異形の魔物が、目をギラつかせてこちらを見つめていた。
ダヴィドは、ナザロの中心にそびえる教会の地下、強固な牢に囚われている。
ナザロ防衛戦から数週間、意識不明のまま捕らえられていたダヴィドの意識が回復した。
地下牢を守るものたちは、人の形をした人ならざるもの、カルミラの手の者たちである。
今、その主人は、至上の任務につき、不在である。
その留守を守るのが、カルミラ第一のアンデッド・スピエルドである。
スピエルドは、もともと“旧教”第二次遠征軍の将軍であった。
第二次遠征軍の戦力は、第一次遠征軍に比べかなり低い。
そもそも第一次遠征軍が全滅するなど、誰も予想しなかったのだ。
しかしザラム王国へと遠征し、結果として、勇者ダヴィドとマステマの2人だけが帰還した。
第一次遠征軍は、帝国内の選りすぐりの武人によって結成された。
神聖帝国皇帝カルロス5世は、知る人ぞ知る戦闘狂である。
今は、教皇ゲラシウスの助言を聞き入れているが、いつまた暴走するかわからない。
そのため、勇者による異端者・異教徒の討伐を口実に、帝国内の武闘派をまとめ上げたのが、第一次遠征軍である。
第一次遠征軍の全滅は、ある意味で教皇ゲラシウスすれば朗報であった。
しかし同時に、ザラム王国には歯がたたないという事実も突きつけられた。
しかも、こちらが先に喧嘩を売ったのである。
事態を重く見た教皇ゲラシウスは、ザラム王国への警戒を最大限引き上げたのだ。
しかし、ザラム王国は沈黙を守ったため、改めて第二次遠征軍が結成された。
目ぼしい武闘派の将軍たちは一掃されてしまった。
しかし、あまりにも弱くては“教会”の面目が保てない。
そこで勇者ダヴィドとマステマに次ぐ将軍として、古老の武人スピエルドが抜擢されたのだ。
彼の第一の任務は、勇者ダヴィドの危機管理である。
スピエルドは、高い身体能力と深い見識で、数多の戦線を切り抜けてきたくせ者である。
今回の任務は、スピエルドにとって適任であり、第二次遠征軍の目標ナザロ制圧においても、まったく問題はないはずであった。
しかし今回の遠征は、彼にとって未知のことばかりであった。
その最たるものが、カルミラという圧倒的な存在である。
マステマの怪しい儀式で仲間たちに異変が起きていたことは、早くから気づいていた・・・
第二次遠征軍は、ひとつふたつと、異端者が幅をきかす街々を陥とすたびにおかしくなっていった。
その勇敢さは、もはや蛮勇というべきほどまで極まり、戦闘技術はそのままに、身体能力だけが格段に上がっていった。
負傷は、兵士にとってもっとも警戒すべきことだが、彼らは自らそれを望むかのような無茶苦茶な戦い方をするようになっていく。
ダヴィドの檄とマステマの甘い誘惑が、兵士たちの何かを蝕んでいることは明らかだった。
しかし忠誠心が高く、冷静なスピエルドは、任務だけに集中することにした。
そして現れた怪しいまでの美女。カルミラと名乗るその人物は、明らかに人間離れをしていた。
やはり人間離れしていると思っていたマステマが、見事な奇襲をかけた。
心のどこかで嫌悪していた、そのマステマの右手が捥ぎ取られた。一瞬で、あまりにも優雅に。
ただ事ではない。
マステマは、これまでの戦闘で髪の毛一筋ほどの傷すら受けたことがない。
人知を超えた防御能力を持っているのだ。
そのマステマが、一瞬にしてほぼ戦闘不能状態に陥るなど、とんでもない状況である。
スピエルドは、最大限警戒し、その人物の動向を見守った。
その次の瞬間、スピエルドは人生における最高の甘美を経験することとなる。
体を巡る圧倒的な充実感。
鼻から脳へと駆け抜ける痺れにも似た甘い香り。
頭のてっぺんからつま先までが、一瞬にして溶けてしまったかのような、完全な開放感があった。
そしてその新しい主人は、スピエルドの全てを上書きすべく、最初の命令を下した。
「貴方。仲間を増やしましょう。お一人では寂しいでしょう?」
知能と忠誠心、そして狡猾なまでの社会性を有したアンデッドが誕生したのである。
そして、このアンデッド・スピエルドが見下ろす先に、旧教のメシア・勇者ダヴィドが横たわり、今意識を取り戻したのだった。




