56話 腐臭と捕獲、そして自爆
〜ジャン〜
な、あ、あの集団は、話にあったカルミラ様たちか?
神々しい女神の如く美しいとの噂であったが、何があったのだ?
夜通し、戦闘をしていたのだろうか?
と、とにかく締め出すわけにはいかん。
「友軍だ!! 開門しろ!!!」
裏手城門防備隊は、城門の閂を上げた。
ブブブブーーブブブーーーー!!
不吉な虫の羽鳴りが辺りに響き渡る。
そして、血と肉の腐敗臭が立ち込める。
「うっ!」
その様相と匂いは、生きとし生けるもののそれではなかった。
明らかに死者のものだ。
友軍として入城を許可された彼らの目は、黒く濁っており、思考を読み取ることができない。
しかし、隊長であるジャンは果敢にも声をかけた。
「カルミラ様ですね? 初めまして、ジャンと申します。夜通しの行軍、ご苦労様でした。 どうかお体をお清めください。」
カルミラは、ジャンと名乗る人物をギロリと睥睨すると言葉を発した。
「ジャン? 城内で戦闘が行われているわね? 案内しなさい。加勢します」
その様相とは異なり、きちんとした言葉遣いで、はっきりと継戦の意思を告げた。
ジャンは、混乱した。
どう見ても戦える状態には見えない。
いや、そもそも彼らはほぼ手ぶらだ。
ボロボロで、目も虚ろ、しかも武装していないのに戦うことなどできるのだろうか?
しかし、彼女はハッキリと指示を下したのだから、これを断る理由はない。
「はっ。案内をさせます。私は、引き続き裏手城門を守備しますので、同行できませんが、どうかご無事で!」
カルミラは、小さな笑みを湛えてジャンを一瞥した。
恐ろしく不吉な匂いと音と様相であったが、その言葉と表情にはえも言えない魅力と迫力がある。
ジャンは、その奇妙な仲間に無自覚に心を惹かれていた。
〜カイロン〜
や、やべえ。
一瞬の油断で、数名の兵士がやられちまった。
しかも相手は一体だ。
どうやら城門を開けることばかりに気を取られているみたいだが、それでもその力は半端じゃねー。
2人や3人の力じゃ抑え込めねー。
4・5人が上手く連携してやっとだ。
問題は、開門が遅れれば、追加のクルファ兵が投げ込まれるってことだ。
4体は、あのナザロの援軍様が抑え込んでくれているが、これ以上増えたら総崩れだ。
現状でもジリ貧だっつーのに、参ったぜ。
「戦列を乱すな! 敵の狙いは城門だ。 早い動きに惑わされるなよ!」
とにかくオイは、兵士たちの意識が途切れないよう、声を掛けつつ、勝機をまった。
その時だった。
ドン!!
ドン!!
っと2体、敵が空から降ってきやがった。
絶望とはことのことだ。
オイは、人間との戦にゃそれなりの経験がある。
しかし、こんなのはねーぜ。
しかも、悪いことは続くのかね?
信じられねーほどの悪臭と羽鳴りが聞こえ、そちらを見遣るとアンデッド(?)の一群が向かって来やがる。
絶体絶命とはこのことだ。
最悪は、火でも放って退却するしかねー。
「カイロン殿、援軍であります!!」
は?
アンデッド(?)の一群の方から声が聞こえた。
ありゃ、ジャンのとこの部下だ。
てことは、本当に味方なのか?
「みんないい子ね。 あの落ちたのを捕まえなさい」
女の声だ。
え、あれ、カルミラか?
ボー然としていると、カルミラ軍が落ちて来たクルファ兵にワラワラと飛びかかっていった。
馬鹿力では、類を見ねーと思ったクルファ兵だったが、カルミラ軍も全く引けを取らねー。
クルファ一体に4・5人がかりだが、素手で完全に押さえ込んじまった。
こうなると、戦況は一変だ。
城外に残る敵はおよそ数名。
城内の敵兵はほぼ制圧できそうだ。
よし、このまま体制を立て直すぞ。
そう思った時だった。
「オルテガ、アブラム。 引くぞ」
ロトが、短いがはっきりとした声でそういった。
「・・・・」
「はっ」
2人の部下がそれに応じ、まさに影のようにその場を去った。
お、おい。
どうしたってんだ?
いや、何かあったのは理解できるが、そいつらをどうするんだ?
そう、すなわち彼らが抑え込んでいた4体のクルファ兵が野放しになったのだ。
多少の手負いはあるようだが、遠目にも怒り狂っているのがわかる。
これはマジーぜ。
彼らは、一目散に城門へと駆けつけた。
「ググ、グガー!!」
雄叫びを上げて、城門の閂を取っ払った。
その迫力に、少なくとも人間の兵士たちは竦んじまってる。
ギギギギギーっと、音を立てて、あのマステマと、とても信じられねーが勇者ダヴィドと3体のクルファ兵が入城して来た。
「カイロン様。 お疲れ様でした。 ここはもう結構ですわ。 皆様がいては、無駄に血が流れるだけ… どうか、ヨシュア様の下へお戻りください。」
気がついたら隣に立っていたカルミラがそう語りかけて来た。
「そうはいっても、お前さんも随分消耗しているみてーじゃねーか。大丈夫なのか?」
「・・・そうですね。 かなり減っているようではありますわ。でも、この厄介なのを片付けないとヨシュア様も安心できないでしょう? 問題は、この鬼人を生かすか頂くかということですわね。」
まあ、何言ってんのかよくわからんが、確かにクルファ兵は強すぎて、結局一体も倒せていない。
そもそも槍や刃が全然入らねーんだ。
その力も衰える気配が一切ねー。
ここはこいつのいう通り、任せちまった方が無難だろうな。
「おい!! 引くぞ! カルミラが指揮を執る!! カイロン隊は後衛に回れ!!!」
オイは、バケモン同士の戦いから人間を撤退させた。
「あら、やっぱりあなたね。 邪魔臭い、汚らしい小娘。餌にもならないわ」
マステマが、カルミラを見遣るとそう言った。
「そういうあなたこそ、右手、どうしたの? ふふふ、拾ったのはいいとして、腐り始めているわよ?」
カルミラが嘲笑した。
〜マステマ〜
随分時間がかかるから、何かあったのだとは思ったけど、カルミラがまだ正気を保っているとはね・・・
しかも、街に被害が出ていない様子。
その上、命令を聞く屍鬼まで引き連れている・・・
ありえないわ。
普通に考えて、血が足らなすぎる。
よほどの贄が必要なはず。
もし、人間を潰さずに屍鬼軍が作れたのなら、そして蠱毒を使ってさらに強化できたとしたら・・・
最強だわ。
秘密が知りたい。
でも、あのヴァンピールの始祖は危険すぎる。
ここはやはり、計画通り撤退しましょう。
「勇敢なクルファの戦士たちよ!! 敵は邪悪な神の敵対者、アンデッドどもだ!! その誇りを取り戻すため! いざ成敗せよ!!!」
あらん限りの鼓舞が、鬼人と化したクルファ兵に届いた。
「グオ、グオーー〜〜!!」
10体の鬼人が陣形を組み、カルミラ率いる屍鬼軍と対峙した。
その戦いは、まさに凄惨を極めた。
鬼人クフファ兵の拳は、カルミラ兵の頭蓋を粉砕した。
頭部を失ったカルミラ兵はそれでもクルファ兵にしがみつき、その爪を突き立て、強靭な肉体を引き裂かんとしている。
まともな人間であれば、気を失うか狂ってしまうであろう様相であった。
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ナザロの城門を主戦場にした、人ならざるものたちの戦いが佳境に差し掛かるとき、そこから離れた小高い丘に二人(ともう一人)はいた。
「あら、どちらに行かれるの? まだ、勝負はついていないみたいですけれど?」
カルミラが声を掛ける。
チッ。
まさか主人が直接命令を下さなくても戦えるまでなのか?
完全な誤算だった。
ダヴィドを連れたマステマが振り向く。
「汚らわしい屍人ね。付き合いきれないわ」
ヴァンピールの始祖。
肉体に依るエートスとしては最高位の存在。
ただし、燃費が悪過ぎて、どんな肉体であっても壊してしまう惨めな一族。
もし、ヴァンピールでありながらその肉体を保つ方法があったとするならば、この世界はあっという間に彼らのものになる。
だから、そんな方法はない。
一方で、我々悪魔にとって、肉体は一時的なもの。
逆に言えば、肉体に囚われては、精神体としてのエートスの力を発揮できない。
つまり、この対決は分が悪すぎる。
逃げる方法としては、肉体を捨てるか…
或いは、ダヴィドに取り憑くという方法もあるわね。
「マステマ 。また、悪い事を考えているわね。でも、逃がさないわよ?」
こいつは、私を知っている?
どんな方法で、再誕したのか知らないが、器になる肉体はともかくとして、バイパスが必要なはず。
それが、私の知る悪魔だったというわけか?
馬鹿げてる!
悪魔のような存在が、自ら犠牲なるなどと。
くっ。
しかしグルグルと考えを巡らす時間はないようだ。
カルミラが、戦闘状態に入っている。
「ねぇ。ぼぅっとし過ぎじゃないかしら?」
「ガ!っグッ!!」
右足を付け根から捥ぎ取られた。
速さも力も昨日の比じゃない。
こ、こいつ、強くなっている。
どういう事だ?
どれだけの贄を喰らったというのだ!?
立っていることができない。
も、もはやこれまでだ。
私は、倒れながら肉体を手放した。
「きゃ」
カルミラは、短く叫んだ。
マステマの体が爆ぜ飛んだのだ。
そこには、意識を失った勇者ダヴィドだけが横たわっていた。
「・・・ちょっと、これ、置いていくの?」
赤黒く染み付いた全身に、さらに鮮血を浴びたカルミラが呟いた。




