55話 ぶん投げと虫鳴り
〜マステマ 〜
さて、この子たちを、あの堅い城門の内側に入れる。
これで、私はダヴィドを連れて帰れるわ。
ちょっと勿体無い気もするけれど、10体の鬼を制御する力が今の私にはない。
魅了によって、“敵”とは認識されていないけれど、餌として見られることはある。
食欲は厄介な本能ね、まったく。
とにかく蠱毒の技法は、ほぼマスターした。
純粋で、強靭な肉体であればあるほど、その数が多ければ多いほど、強いモノが産まれる。
ただし、理性のコントロールという課題は残る・・・。
さて、終わらせちゃいましょう。
「みなのもの。 城壁を越えますよ。 二組になって投げなさい。」
最初からこうすればよかったのだけれど、性能のチェックも必要なのよね。
鬼と化したクルファの戦士は、二人一組となり、相手の両手を掴むとグルグルとジャイアントスイングのように振り回し、城壁内へと投げた。
〜カイロン〜
!!!んな!?
なんだと!?
あれをぶん投げるだと!!?
い、いや確かに、2〜30kgはある岩をライナーで投げれるんだ。
遠心力を利用すれば不可能ではないかもしれん。
しかし、奴らはどう見ても100kgは超えてるぞ。
ともあれヤバイ。
「槍隊!! 取り囲め! 網と縄で縛り上げるぞ!! 急げ!!!!」
オイは、ロトを見た。
ロトは、状況を理解しているようだが、いまだに一言も発していない。
そして重い口を開いた。
「・・・・オルテガ、アブラム。一体ずつ抑えろ」
オルテガは、上司であるロトを見ながら力強く頷いた。
「ロト様。承知致しました。」
アブラムは、薄ら笑みを湛えて、快諾した。
「ロトさんは、どうするんだい?」
オイは、尋ねた。
「・・・2体」
3人は、音も無くその場を後にした。
電光石火、しかも無駄がない。
あっという間に、クフファ兵の落下地点に3人はそれぞれ到達し、攻撃を仕掛けている。
しかし、ロトのヤツは2体、なーんて言ってやがったが、どうする気だ?
目を疑うとはことのだな。
一体にあっという間に鎖を括り付け、もう一体にも繋ぎ合わせた。
その鎖に悪戦苦闘している隙を見て、両方に攻撃を仕掛けている。
考え方は、確かに合理的だが、そうそう簡単にいく戦法とは思えねぇ。
ともかく、落下してきた5体のうち、4体はどうにかなりそうだ。
もう一体だが、これをどうにかしねーと城門を開けられちまう。
〜城内守備隊〜
む、無理だ。
網で絡め、槍や盾で抑え込もうとするが、信じられない力で押し戻されてしまう。
そもそも、刃が通らない。
一体これはなんなんだ?
しかも、こいつの目。人間のものとは到底思えない。
敵意というより、獲物を見る目で俺を見ている。
勝てっこないんだ。
ああ、逃げたい。
ふと、他の戦いに目をやると、さらに信じられない光景が広がっていた。
この化け物を、一人で抑え込んでいるのだ。
一人は、様々な道具を持ち出し、搦手を駆使して動けなくしている。
もう一人は、長剣一本だけを使って力尽くで抑え込もうとしている。
さらに一人は、鎖で繋がれたこの化け物2体をやはり長剣一本で、完全に封じ込めている。
なんなんだ?
これが戦士というものなのか?
俺らとはまったく次元の違う生き物なのか?
無力感しかない。
その一瞬だった。
確かに油断をした。
化け物とはいえ、こっちは20人近くで一人を抑え込んでいるのだ。
網を絡め、槍で突いて、盾隊も十分に取り囲んでいる。
仲間の首が飛んだ。
血飛沫が俺の顔にかかり、その生温かさと匂いで、自分がとんでもない窮地に追い込まれていることに気が付いた。
取り囲んでいたはずの化け物が、後ろに立っていたのだ。
どういう訳か、囲みを抜け、後ろに回られたらしい。
ああ、ダメだ。
俺はここで死ぬ。
この素手で人の首を引きちぎることのできる化け物に殺されるのだ・・・。
〜裏手城門守備隊、ジャン〜
正門では、敵の攻撃が始まったらしい。
こちらも裏手からの攻撃に備えなければならない。
昨日のクルファの攻城は、山の民らしい正確な弓射による防備兵へのアプローチであった。
カイロン殿の的確な指示がなければ、登壁を許していたやもしれん。
そして今日は、カイロン殿はいない。
私が責任を持って、この裏門を守らねばならんのだ。
ん! なんだ、この匂いは?
あとこの虫鳴り。 蝿か?
風上に現れた十数名の敵軍。遠目にもその異様さが際立つ。
血と腐った内臓の匂いが入り混じり、無数の蝿が飛び回る羽根音が響く。
明らかにただ事ではない。
この不吉な匂いと音は、死を連想させるものだ。
ま、まさか、昨日正門に現れたという化け物のような兵士達か?
敵うはずもないが…い、いかん、指揮官が動揺しては勝てる戦も勝てない。
カイロン殿のお話では、奴らは闇雲に登壁を試みてくるらしい。
「敵影!! 奴らは登壁してくるぞ!! 準備しろ!」
こちらの防壁戦法は至って単純だ。
敵の弓射を警戒しながら、登ってくる敵兵に岩を落とすのだ。
しかも弓射がないとなれば、迎撃もより簡単というもの。
その血と蝿に塗れた不吉な軍団は、まっすぐ城門の前に到達し、はっきりとした女の声で言った。
「疲れたわ。 開けなさい」




