50話 蠱毒
〜カルミラ〜
の、・・・の、のど が かわ く・・・・
ちょっと出し過ぎたわね。
神々しいまでの美貌を持つカルミラであったが、今は目の下に大きな隈を作り、背筋も曲がった老婆のようであった。
そのようなチグハグな主人を、100体近くの下僕たちが濁った目で見守る。
だめ、だめよ。
こんな姿をヨシュア様にお見せできないわ。
私だって、お会いしてしまったら我慢できる自信ないもの・・・
ああ〜〜血が欲しい〜〜〜〜
〜ヴァルマ導師〜
私は、生きたまま地獄に堕ちたのだろうか?
いや、我らの教義に地獄という考え方はない。
それでもだ、これは地獄としか表現のしようがない。
この女は、蠱毒といった。
聞いたことのない単語であるが、戦士を強化するという。
それは、今の我らにとって最も欲しいもの。
否応もない。
私は、その申し出を受け入れた。いや、そもそもそれこそがこの戦いの目的であったのだから。
マステマは、妖艶な笑みを湛え、火を放った。
その火は戦士たちを取り囲む大きな輪を描いたのだ。
なんだ?何が始まるのだ。
「さて、ヴァルマ様。きっかけはどういたします?」
きっかけだと?
なんのことだ?
「ふふふ。あまり時間もないことですし、馬を使いましょう。」
私は、悪い夢でも見ているのだろうか?
どこからか凶々しいオーラを纏った馬が現れ、火の輪の中を暴れ始めた。
あまりの突然の出来事に、マステマの引き連れて来た兵士と我らの戦士を合わせておよそ300が混乱の中、馬を捉えようとし始めた。
「ヒヒヒヒーン!! ギギギギャギャギャーーーー!!」
馬とは思えない嗎きが鳴り響く。
私は信じられない光景を目の当たりにした。
殺し合いをしている。
あの精悍で、聡明、勇敢な戦士たちが、辺り構わず攻撃を仕掛け、敵も味方もなく暴れまわっている。
クルファの戦士は、個としては優秀である。
それは、冷静な判断力と厳しい山の環境で鍛えられた肉体と精神があるからである。
それがどうだ?
明らかに己を見失った眼差しで、敵味方関係なく近くにいるものに力任せに襲いかかっている。
これは一体なんなのだ?
私は、マステマ を見た。
「ふふふ。ヴァルマ様。今暫く、ご辛抱くださいませ。これは真の力を引き出すための儀式」
儀式だと?
次々に兵士や戦士が倒れていく。
明日の戦闘は一体どうなるのだ?
「あら?流石ですわね。うちのは全滅。ヴァルマ様の兵が残り20というところかしら?」
なんだと?
この短い乱闘で双方の戦力が十分の一以下になってしまったのか?
「あと、もう少し煮詰めましょうかね?」
マステマ はそういうと、左手を大きく振った。
火の輪と馬が搔き消え、呆然と立ち尽くす戦士たちの姿がそこにあった。
「生き残りし、勇敢な兵どものよ。目の前の男をあと一人屠るのだ!!さすれば、絶対の強者にならん!!」
マステマ の怒号が放たれる。
「「「「おおっ!!」」」」
二人一組になった戦士たちは、お互いの生死を賭けた一騎打ちを始めたのだ。
「あ、あなたは一体何をしようというのだ?」
私は、堪らずマステマに問いかけた。
「ヴァルマ様。これが蠱毒の秘儀でございます。この最後の儀式に生き残りし兵に、祝福をすることで、あの勇者に迫るほどの力を持つことができるでしょう。私の見立て通り、勇者軍は元々が弱すぎましたわ。多少の小細工でどうこうなるものではありませんでした。それにひきかえ、クルファの皆様の頼もしいこと・・・うふふ」
背中に悪寒が走った。
この女、普通ではない。
一騎打ちにさほどの時間はかからなかった。
圧倒的な暴力によって惨殺された多くの屍の中、10体の戦士が血に濡れて立っている。
マステマ は労うような笑みを湛え、赤黒く血に染まった10名の戦士ひとりひとりに祝福という名の熱い接吻を行なった。
戦士たちは、最早我々の伝承にある鬼を体現したかのような表情でマステマ を熱く見つめている。
まさに地獄だ。
強くなる、ということはここまで残酷なことなのだろうか?
確かに、私を含め、隷属や搾取の運命に甘んじるのであれば、命を賭してでもその運命を切り拓きたかった。
しかし、どうだこれは?
もはや彼らは人と呼べるのだろうか?
私は、彼らの指導者のままで居られるのだろうか?
そんな自責と後悔の念に取り込まれている私に、マステマがいった。
「では、この10人の兵は私が預かりますね。ヴァルマ様は、私とともに戦いを見守るもよし、勇者とともに戦うもよし、また瞑想に耽られても結構ですわ」
そういってマステマ は、彼らを伴って闇夜に消えていった。
私は、ただ取り残され、このされた屍の山を呆然と見つめることしかできなかった。




