5話 入国審査と就活
朝は気持ちがいい。
新しい人生の幕開けのようだ。
少し離れたところに、じいさんがすやすや寝ている。
微笑ましい。
いや〜、俺は生きている。この事実がありがたいな。
昨日の? いや、さっきのパパとの邂逅は俺を変えたね。
全てがありがたいや。
俺が俺でいられること、景色が見えて、匂いが嗅げる。
腹空いている事実ですら、嬉しい。
あんな圧倒的なもんに、芥子粒みたいに押しつぶされるなんて、なかなかできない経験ですぜ。
いやー、清々しい!
よし!!
今日も1日頑張るぞ!
俺は、妙にハイテンションだった。
普通な自分であることに、マジで心から感謝した。
光分解していない自分が嬉しかった。
心なしか服が臭くない?? 光消毒の効果かな?
ともあれ、俺はじいさんを起こした。
「ヤゼフ様。そろそろ開門のようです。周りが騒がしくなってきました。」
むにゃむにゃとじいさんが目を開けた。
「はっ! ヨヨ、ヨシュア様!!」
じいさん、寝ぼけてるのかな?
「ヨシュア様。後光が射しておりますぞ!」
そうか、ついにボケたか。
確かに色々あった。
息子は死んだ(仮)し、農奴は解雇され、訳のわからない男を息子にするし、酒は飲みすぎるし、大工なんてやるって言い出すし。
いや、多分すでにボケがかなり進行してたんだね。可哀想に。
大丈夫、しばらくは俺が面倒を見るから。
全然美少女じゃないし、あれだけど、こうゆう縁というのは、大切だからね。
「あ。消えました。。。」
どうやら正気に戻ったらしい。
じゃあ、寝ぼけてただけか。一安心だ。
「ははは、ヤゼフ様。お疲れのご様子ですね。ささっ、街が開門するようです。参りましょう。」
キョトンとするじいさんを急かし、俺は門に並ぶことにした。
ぐずぐずしていると、どんどん行列が伸びてしまう。
入国(?)審査の列はかなりのものだった。
おそらくだが、戦争の影響で、身元チェックが厳しいのであろう。
やばい。
ドキドキする。
すっかり忘れていたけど、俺、敵兵かもしれないんだよね。
大丈夫かな?
あー、こいつ敵だー、なんて俺の顔知っている奴がいたら、アウトだね。
あとは、神に祈るしかないかな。
ちょっと不謹慎かな?
ごめんなさい。
全然舐めてません。
今でもちょっと思い出すだけで、震えが止まりません。
ナンマイダーナンマイダーとお唱えをしていたら、俺たちの番になった。
「名と身分を言え。」
何だろうね。お役人というのは、どうしてこうも高圧的なんだろう。
俺たちは犯罪者か?
なんか悪いことしたか?
まったく。
確かに後ろ暗いが、気分が悪いね。
「わしはヤゼフですじゃ。そしてこちらが息子のヨシュアでございますじゃ。わしらは自由民として、このナザロに職を求めて移住してきましたじゃ。これがその証明書でございますじゃ。」
え。あれ出すの?
逆効果とかにならない?
「ふむ。確かにヨーマン殿のものだな。では、職は?」
え。いいの?
あれで?
雑だねぇ。
「わしは大工ですじゃ。トンカチも持参しております。これでございます。」
「ふむ。わかった。ヤゼフ…大工、と。で、そちらのヨシュアは?」
俺?
あれ?何すんだっけ?讃えるの?
喜び組みたいなもんだな。
やべ、どうしよう。
「ヨシュアは教導者でございます。」
キョードーシャ?
何それ?
「ふむ、神職の方か。洗礼は受けたのか?」
「ナザロにて。」
「わかった。ヨシュア…教導者、と。行ってよし!」
俺は、一言も発しなかったな。
じいさん、ナイス。
さて、この後はどうしたらいいのかな?
「ヨシュア様。わしは大工ギルドに参ります。ヨシュア様は、教会に行かれたらよいでしょう。しばしのお別れですな。」
あれ、別行動?
まあ、就活はそれぞれ自力で、ということか。
「ヨシュア様。わしは大工ギルドにて寝食を得るでしょう。会いにきてくだされ。」
ん?一緒に暮らすんじゃなかったの?
どうやら、別居になるようだ。
じいさん、昨晩のファイヤーと今朝の後光?でなんか、腹を括ったみたいだな。
そうか、急にお別れか、なんか寂しいな。
でもまあ、同じ街にいるんだもんな。
俺の方の寝床が決まったら、知らせに会いに行けばいいか。
「ヤゼフ様。ありがとうございました。短い間でしたが、神のお導きを得ました。必ずまた伺います。どうぞお元気で。」
じいさんは、ぐっと頷き。
(おそらく)大工ギルドのある方へと歩いて行った。
あっけないもんだな。
いや、もちろん会いに行くけど、こうゆうのってなかなか機会を見つけられないもんなんだよね。
日常に忙殺されるっていうの?
今振り返ると、じいさんには本当に世話になったな。
行き倒れた時、パンと水をくれなかったら、俺、本当に死んでたかもしれないもんな。
(自己保身のためとはいえ、結果)ちゃんとした身分もくれたし、職もなんかよくわからんが、一応決めてくれた。
俺、日本にいるはずの両親なんか、本当どうでもいいのに。というか、ほぼ忘れているし。ろくな思い出もない。なんかしてもらった記憶が、ない。そりゃ世話にはなっただろうけど、感謝とか親愛とか、そうゆうのは皆無だ。
でも、じいさんは、なんか、たった2日くらいの付き合いだったが、すごくよくしてくれた。寄り添ってくれた。
心から感謝している。出会えてよかった。ただただ優しくしてくれた、こんな俺に。
もっとちゃんと話してもよかった気がする。
なんかかしこまりすぎて、ぎこちない会話だった気がする。
そんな後悔も湧き上がってきたが、それ以上に心から感謝の感情が溢れてくる。
これからも、本当の父親と思いたい。
「ありがとう、お父さん。」
俺は、お父さんの後ろ姿を見送りながら、そう呟いた。
心が満たされていく。
暖かく、そして力強いものが、身体の隅々まで満ちていった。
これが感謝の念なのか、お父さんには心から幸せになって欲しい、と思う。
俺はただ静かに祈った。
お父さんの姿が、完全に雑踏に消えた。
俺は俺のやるべきことを始めなければならない。
なんだっけ、キョードーシャ?として就職するのだ。
まずは、教会を目指そう。
教会に行くのは、すごく簡単である。
めちゃくちゃ目立つ建物がある。あれが、間違いなく教会である。金ピカの鐘もついてる。
ちょっと違うが、ゆく年くる年のアレである。
あの偉そうな建物を目指して、とにかく歩いていけばいいのだ。
人が多い。
そして、壊れた建物も多い。もちろん戦争の影響だろう。
でっかい石でも投げ込まれたようだ。危ないね、本当。
これなら、新人大工のお父さんも職にあぶれることはないだろう。
でも、随分お歳だから無理はしないでほしい。
みんな忙しそうだ。
なんかして働いている。
活気があっていいね。
お。うまそうなリンゴが売っている。
食べたい。
しかし、俺はまだこの世界の金を見たことすらない。
前世も今世も、俺はお金には縁がなさそうだ。でもリンゴ、食べたいな。
などとぐずぐず考えていると、アホほどデカイ建物の前に着いた。
間違いなく教会っぽい外観だ。そして、デカイ。
どこをどう考えても、かなりの資金が投入されているだろう。
外壁ひとつとっても、キラキラしている。
そこらへんのレンガ建物と比べたら、確かに神がかっている。
こんなところに就職したら、いっぱいお金もらえるのだろうか?
というか、俺、こんなボロ布まとって、人生(前世、今世通算)初めての就活するの?