3話 ヨーマン様とトンカチ。そしてデメテル
下山後の3日目である。
何だかんだいって、うまく行っている方だろう。
兵士の死体から取り上げた折れた槍は、山中で獣に襲われた時用だったが、結局使わなかった。
得体のしれないキノコや木の実、動物も食べずに済んだ。
これまでのところ、素晴らしい幸運といって差し支えないだろう。
さて、今日はじいさんの、ヤゼフさんのご主人様にご挨拶して、跡取り認定を受けなければならない。
と言っても、結構適当な感じで、じいさんと俺が親子だって合意してれば、あとはどうでもいい感じらしい。
一応書類っぽいのは作るみたいだが、じいさんは読み書きはできず、全部ご主人様に丸投げらしい(キリッ)。
問題はそのあとどうするかなんだが、やっぱり街に行きたい。
元ホームレスだからじゃないけど、密集した建物の空間が落ち着くのだ。
そこですみっこぐらしを楽しむのだ。
しかも今度は、ゴミ漁り以外の仕事もしたいのだ。
というわけで、サクサクっと事務処理は終わらせて、旅立ちの準備をしたい(街は近くに見た気がしたが、実際にはまだ5〜6時間歩かないと着かないらしい)。
我々は、ご主人様のご邸宅を訪れた。
ご主人様のお名前はヨーマン様。
堂々たる自作農民(庶民)のお立場である。
ん?大したことないな。
日本で言えば、田舎の農家のおっちゃんということになるのかな?
俺は随分と気が楽になった。コンビニバイトの面接感覚である。
「おお、ヤゼフ。息子が戻ったのか、よかったな。」
「そうですじゃ、これで今後も安泰ですじゃ。ヨーマン様、どうぞよろしくお願いいたします。」
「そうかそうか。 んー、ヤゼフ。ちょっと言いづらいんだがなぁ・・・」
おや、なんか変な雰囲気になってきたぞ。
俺の詐称がバレたのかな?
ここは、だんまりを決めておこう。
「先の戦で、ナザロが大打撃を受けただろう。」
「大変な戦でございましたじゃ。」
「うむ。それでご領主様が増税を決めてな。」
「ほう」
「つい一昨日のことだったが、俺の農地をいくつかまとめて売っぱらったんだよ。」
「はあ」
「その中に、お前のところも入っちゃいってんだな。いや、悪い。もう息子さんが亡くなったと思ってな、どうせバラされるなら集団農場の方がお前も寂しくないかと思ってさ。いや悪い悪い。先に言うべきだったわ。」
「・・・」
じいさん、静かに怒ってんな。
にしても、ヨーマンは軽いなー。
さすがご庶民様だわ。
本当にそこら辺の農家のおっちゃんと変わらんわ。
「ヨーマン様。」
「お、おう。」
「ご領主様にすでに献上なされたと言うことであれば、これは致し方ないでしょう。」
「悪いな。分かってくれて助かる。俺も大へ・・」
「ヨーマン様。」
「は、はい。」
「しかし、このヤゼフ。先祖代々、歴とした農奴でございました。集団農場は嫌でございます。」
なんかよくわからんが、農奴プライドみたいのがあんのね。
まあ、農奴は気楽だーなんて昨日散々言ってたもんな。
「ですので、ヨーマン様から補償金をいただきまして、わしは街で大工になろうかと思いますじゃ。」
「え、あ、おう。え、おま、大工なんてできんの?いやいや。てか金なんてないぜ。本当。そこは申し訳ないんだけど、マジでさ。」
「現金をいただこうと言うのではございませんですじゃ。わしはわしを買い取り、自由民になります。」
「あ、そうゆうことね。なるほどな・・・。いいぜ。でも、餞別とかもないぜ?」
「結構でございます。息子ヨシュアと街で暮らしていきたいと思いますじゃ。」
おお?話がトントン拍子で進んでいってるけど・・・・え。
何?俺、このじいさんと街で暮らしていくの?
なんか思ってたやつと全然違う展開じゃない?
美少女的要素皆無だけど、大丈夫か、俺?
「なあ、息子さんよ。」
ヨーマン様、いやヨーマンがこっちに話しかけてきた。
「はい、ヨーマン様。」
「悪りぃんだけど、そうゆうことだから。親父の面倒、街で見てくれる?いや、ほら、こうゆうの雑に処理したってバレると面倒なことになんだよな。だからお前さんたちセットで自由民ってことで。色々配慮した上でってことにしていい?」
「もちろんでございます。ヨーマン様のご立場もさぞかし大変でございましょう。父のことはご心配なさらないよう、お願い致します。」
「おお、なんか悪いな。助かるわ。じゃあさ、書類ちゃちゃっとつくっから、ちょっと待っててな。水飲むか?」
水かよ。
俺とじいさんは赤茶けた水の入った木の椀を啜りながら会話もせず、じっと待った。
「いやー、できたできた。な、立派なもんだろ?確認してくれ。」
そこら辺の木からはいだような分厚い紙?皮?に、木炭みたいなもので殴り書きがされている。
字が汚い。
お、俺は読めるぞ。
「ヨーマン様。恥ずかしながら、わしは字が読めないですじゃ。」
「そうだった、わりわり。えーとな。『ヨゼフとその息子、ヨーマンの農奴を辞め、自由民である』って書いてある。どうだ?」
ふむ。俺もそう読める。
え?
これ書類なの?契約書でしょ?
メモ?片言?てか、なんかもうちょっと、具体的なこと書かなくていいの?バカにしてんの?
「ははぁ、ヨーマン様。ありがとうございます。長きにわたり、お世話になりましたじゃ。」
「いやいや、そんななぁ。2〜3年の付き合いで、大げさだぜ。」
え?
2〜3年?そんな感じなの?
結構、入れ替えが激しい感じ?
いや、てか、こんなもんでいいのか?マジで、バイト感覚だな。
「あ、あとさ。なんもないってのは、さすがに悪いからさ、ほら、トンカチやるよ。大事に使ってくれな。」
「な、なんと、トンカチを。ありがたき幸せでございますじゃ。これで、大工として生きる道筋がたちました。」
立ったの?
じいさん、ヤゼフさんは先祖代々農奴だったんでしょ?
しかも誇り高き。
よくまあ、トンカチひとつで前向きになれるよなー。
よく言えばポジティブ、だけどさ。
しかしまあ、お二人とも美談みたいな感じになっているので、ここはひとつお調子を合わせておきますか。
「ヨーマン様、ヤゼフお父様、お二人の親愛と絆に素晴らしき神の祝福を感じました。」
あれ?
神?
なんかふと口に出たけど、俺って神様なんか信じてたっけ?
まああれか、エウリ・デウス様とかぽっと出てくる火とか、信心深くなったのかなー。
ヨーマンとじいさん、ヤゼフさんは俺の言葉を聞いて、しんみりとした感じになり、なんか固い握手をして別れた。
かなり適当なこと言ったけど、いい幕引きになったらしい。
こうして俺たちは、話の流れで一緒にナザロを目指すことになった。
旅の準備だが、じいさんの私財はほぼゼロだった。
農具みたいのは全部レンタルらしい。見事な素寒貧というやつだ。
主だったものは、さっきもらったトンカチと木の皮みたいな書類で、日用品みたいのは、しょぼいお椀と秘蔵の壺(空)くらいである。頭陀袋に詰めたら終わり、である。
服の着替えなんか考えたら俺の方が多いくらいだった(死体から剥ぎ取ったやつ)。
かなり引いたのは、現金というのはほぼ見たことがないそうだ。
したがって我々は、手持ち現金ゼロ、である。
まあ、RPG的に言えば、俺は折れた槍を装備しており、じいさんはもらったトンカチを装備しているとも言えるだろう。
防具はお互いボロボロの布、である。
どんな前向きに考えても、ナザロについたとて、すぐに職にありつけるわけでもなく、金もなく、知り合いもいないのだからどうにもならないのだが、そこは我々筋金入りの奴隷コンビ(俺は元ホームレスで、今は二人とも自由民だが)、なんとかなるだろうの一点張りで街を目指すことにした。
道中、じいさんがくれた石みたいなパンを齧りながら、小川の泥水を木の椀ですくって飲みながら、2人とぼとぼとナザロへと向かった。
とっぷりと日も暮れ、気温も下がりきったところで、俺たちはナザロの街の前までたどり着いた。
「ヨシュア様。今日はここで野宿しましょう。」とじいさんが提案してきた。
え。
街は目の前だよ?なんで、と思っていると。
「(ご承知の通り)夜間の街の出入りは禁じられておりますからなぁ。火でも起こしましょう。」
(全然ご承知じゃないけど)確かに、街をぐるりと囲む外壁に沿うように、転々と焚き火の跡がある。
街をめざしてきた旅人たちが、開門時間までそこで過ごしていたのだろう。
俺たちも、そのひとつに陣取り、荷物を下ろした。
2人で枯葉と小枝を集め、焚き火を起こそうとしたのだが、じいさんの使っている火打石がかなりしみったれており、なかなか火がつかなかった。
カッチカッチといつまで経っても火がつく気配がないので、俺がつけることにした。
ただし、あの能力は一応隠しておくことにした。
「ヤゼフ様、私が代わりましょう。」
そういって火打石を受け取り、自然な感じで「火よ(カチッ)、付け(カチッ)」と言った。
俺の予想では、ちょうどいい感じのマッチを擦った時くらいの火が出ると思っていた。
ボウッ!!
前髪が焦げた。
アルコールランプをひっくり返したみたいな、それなりにでかい青白い炎が立ち上がり、俺の前髪と枯葉と小枝に引火した。
「な、なんと!」
じいさんにパタパタされ、前髪の被害は最小限に抑えることができたが、じいさんの俺を見る目が尋常ではなかった。
「こ、これは。ヨシュア様!このヤゼフ、奇跡を目撃しましたぞ!!」
なるほど、少なくともこの異世界に魔法のような超常現象は一般的でないらしいな。
まずはラッキーということで。
しかし、どうしよう。
とぼけるか。
「ヤゼフ様。一体何がおきたのでしょう?私には何が何やら・・・」
「祝福でございますじゃ。我ら自由人の新たなる門出に、神の祝福がなされたのでしょうな。」
このしみったれた2人に、どうやら神の祝福がなされたらしい。
前髪は焦げたが。
「ヤゼフ様。今宵はこの焚火に感謝し、ゆっくりと休みましょう。」
興奮するじいさんを放置し、俺はさっさと横になった。
じいさんはごにょごにょと祈りのようなものを捧げている。
そういえばこの世界の宗教ってどんな感じなんだろう?
エウリ・デウスも私は神様ではない、みたいなことをいってたし、ともあれ神様っていう概念はあるみたいだね。
仏様はいるのかな?
なんてことを考えていたら、途端に眠くなってきた。
俺は深い眠りについた。
意識が戻った。
目を開けてみたが、真っ暗である。
いつもと違うな。エウリ・デウスの電池が切れたか?
閉じても開けても全くの闇。完全な暗闇である。怖い。
あれ?物凄い存在感を感じる。
何かがいる。
しかもそれは俺をみている?かなり近い。
全く何も見えないが、それは俺を隈なく点検しているようだ。
「腹が減ったかえ?」
女の声だ。
この世界に来て初めての異性?との遭遇?であるが、今までの誰よりも威圧感がある。
体が硬直し、声も出ない。
「怯えなくてもよいぞ。お前さんがマキナに肩入れされている人間だね?」
勘弁して欲しい。
また知らん単語が出てきた。だれ?マキナって?
エウリ・デウス様、おたすけください。
引き続き体は硬直している。肯定も否定も質問もできない。
「このエートスはマキナの仕業かえ?」
質問ですか?
ならばこの硬直を解いて欲しいのですが。。
「図星のようだね。いいかい、それは間違っている。妾は慈悲深いから、今回だけは見逃すよ。だけれど、次に掟に背くようなことがあれば、罰を与えるよ。」
ウラノス?
また知らん間に話が進む。
エウリ・デウスに99.9%カットされたエートスとやらが、また問題視されているみたいである。
俺は、うんもすんも言えない状況なので、とりあえず硬く目をつぶった。
「まあいいさ。今回は、そのエートスを消しておくから、マキナには事を急かないよう言っておくんだよ。」
あれ?今回は見逃してくれるんじゃないの?
エウリ・デウスは99.9%カットだったけど、今回は綺麗さっぱり0にしていただけるようですな。
エートスとやらは見逃せないのね。
まあ、こっちとしてはエートスとやらがなんなのか全く知らないので、増えただ消えただは関係がない。
ともかくこんな怖いお方が満足されるならなんだっていい。
存在感が消えた。
しかし、迫力のある女神的な方だった。
地の底からせり上がるような、圧倒的な存在感だった。
あれに比べれば、エウリ・デウスなんぞ明るいだけの蛍光灯(昼光色)である。
思い返せば、会話ではなかった。
体が硬直していたからもあるが、そうでなくても多分何もいえない。
まあ、間違いなく女神様か、悪魔系の上の方でしょうな。
一方的な問いかけ、決めつけ、エートス100%カットの措置。
もちろん対等なんて期待もしていないが、ちょっとくらい説明して欲しい。
ヒントでもいい。
マキナさんが誰か知らないが、俺の肩入れをしてくれているんなら、出てきて説明してください。
本当に。あと、ウラノスって何?
文句ばっかり言いたかないけど、この異世界、説明がなさすぎやしませんか?
俺の現実の行動としては、山降りてきて街の前まで来た以上、だよ。
その間に、なんだかよくわからん謎のカタカナがどんどん出てきて。
知らんちゅーねん!
マキナ!!お前誰やねん!
出てこんかい!!
俺はよっぽど怖かったのだろう。
おっかない女神の存在感が消え、暗闇の中で体の硬直が解けた途端、心の中で毒づいた。
そのことでかなりリラックスし、パッと目を覚ますことができた。
寝汗びっしり。
目の前には、チョロチョロと燃える焚き火が見え、辺りはしーんと静まり返っていた。
俺は体を起こし、何の気なしに、
「マキナかぁ。お前誰なの?」と、独り言を呟いた。