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2話 農奴のじいさんとエートスとかいうの99.9%カット

一夜が明けた。


猛烈に腹が減った。

山の中を探すか、街に出るか。二択である。


火は手に入った。

エウリ・デウス様、サンキュー。


言葉にして、暗いだの寒いだの火よ出ろなど言えば、チョロっとしたものが出る。

ガス切れ寸前のライター程度、ではある。

文句を言ったらバチがあたる。


したがって、山の中で食い物を探すことも一案である。

まあ、大体のものは焼けば食えるのだ。


そしていろんなものをちょっとずつ食べれば、そうそう死にはしない、だろう(多分)。


しかし俺は、エウリ・デウス様との会話で、人(?)との接触に飢えてしまった。


誰かと話したいし、人間の食い物が欲しい。

寂しいし、腹が減った。


およそ10年ぶりにたっぷりと会話してしまった。

もちろんよく分からん内容ではあったが、そんなことは瑣末なことである。


人というのは、人と関わり合いながら生きていきたいのである。


したがって、俺は、街に行くのである。


目指すところは、昨日黒い煙が出ていたあの不吉な街である。

他に街が見当たらないし、心当たりもないのだ。


確かにリスクも高い。

状況は未だ不明である。


もっと言えば、俺は自分が誰なのかさえサッパリ分からないのである(昨日、エウリ・デウス様に聞いておくべきだった)。



街は思っていたよりも遠かった。


3時間程度歩いてもまだ着かない。足が痛い。

合わないサンダルにボコボコの土路。喉も渇いてきた。

日も徐々に傾き始めていた。


俺は空腹のあまり道端にへたり込んでしまった。



「おや、兵隊さんかな?大丈夫ですかな?」


俺は顔を上げた。


ヨボヨボのじいさんが話しかけてくれていた。


ん?言葉が理解できるぞ。

おお、これは嬉しい!さすがはエウリ・デウス様(ご都合主義)


「はい。傷を受けて敵の捕虜になりましたが、なんとか逃げ出すことができました。しかし、疲労と空腹のため動くことができなくなってしまったのです。」


「おお、それは大変でしたな。ナザロの兵隊さんでしたか。お陰様でナザロの街は守られました。クルファ軍は撤退しましたじゃ。少しですが、水とパンがあります。よければ召し上がってくだされ。」


よく分からないが、俺はナザロの兵隊さんであり、クルファ軍を退けたらしい。

素晴らしいじゃないか。


そんなことより、パンである。

この世界で初めての食べ物である。


「ありがたい。いただきます。」


そういって、石と紙の合いの子のようなパンに齧りついた。


決して美味しくはなかった。

いや、はっきり言って不味い。

日本のパン屋がこれを出したら、このパンでどつきまわしたいくらいである。


それでも身体全体が歓喜した。

染み渡る。


小麦のほのかな甘みが体の隅々まで駆け巡り、噛みしめるたびにすべての細胞が息を吹き返すようだった。


「う、うまい」


つい口をついて出た言葉であったが、紛れもない本心であった。


「おお。そのように喜んでいただけるとは、わしまで嬉しくなりますな。」


ヨボヨボのじいさんは、年甲斐もなくはしゃぎ、俺の背中を叩いた。


「兵隊さんは、ナザロまで戻られるのですかな?お見かけしたところ、身体中傷だらけで、疲弊しきっている様子。どうですか、わしの家で少し休まれたら?もう少しマシな食べ物もありますぞ。」


よく分からんが、じいさんは大変喜んでくれたようで、先を急ぐわけでもなくお言葉に甘えることにした。


「ありがたい。お言葉に甘えさせていただいてよろしいですか?」


「もちろんですともじゃ。ささっ、わしについて来られよ。家はすぐそこじゃ。ところで兵隊さんのお名前はなんと申される?わしはヤゼフと申します。」


忘れていた。

名前を決めていなかったな。


とりあえず日本名はヨシアキなのだが、それでいいかな?

まあ、よぼよぼのじいさんだし、怪しまれたとしても何とかなるだろう。


「ヨシアキと申します。」


「え?ヨシュアさんですかな?すみませんな、少し耳が遠くて。どうぞよろしくお願いします。ヨシュア様」


キが消えた。

イントネーションが完全に間違ってる。

前の方にイントネーションを強く持っていくとキが消えるんだね。


まあいいや。ヨシュアで。

偽名よりかはマシだ。


「ヤゼフ様。お世話になります。どうぞ宜しくお願い致します。」


俺はじいさんの、ヤゼフさんの家に行った。


このパターンでは、俺の知っている異世界ものだと、じいさんの家には、凄い美人の娘さんなり孫娘さんなりがいて、どういうわけか一緒に旅をすることなるんだけど。


実際のところは、家にじいさん一人だった。

現実は厳しい。


それも()()()()()貧しい。

かなり厳しい。


お楽しみの食事であるが、カッチカチの干し肉とよく分からん雑穀を煮たやつを頂いた。


問答無用の塩味が唯一の味と言えそうなもので、食事というより、何かの材料といったほうが正しいだろう。

これを料理だの、食事だのいうやつがいたら全力で説教してやる。

食文化というものを軽んじすぎである。


そもそも肉が硬すぎて歯が立たない。

しかもしょっぱい。ものすごく。

雑穀はごわごわでぼそぼそである。味もないに等しい。

謎肉を奥歯でガシガシしながら、口をしょっぱくさせ、ごわぼその雑穀を流し込んだ。まずい。


胃に落ちた食物は、体中を駆け巡った。

血と肉が躍動する。


これもまた全身体が歓喜である。


細胞レベルで栄養を吸収し、その全てが復活していくのがわかる。


力が湧いてくる。


痛かった関節が和らぐ。


ぼやけた脳がはっきりし、視界がクリアになった。


何より心が和らいでいく。嬉しい。俺は生きている。


「ありがたい」


また、口をついて出てしまった。


ホームレスの独り言は、時として命取りになるのでかなり気をつけている。

気味の悪いホームレスは、時として狩の対象になることがあるのだ。


しかし、どういう訳かぽろっと出てしまった。俺の意思じゃない。


まあ、じいさんが喜んでいるのでいいとしよう。


とりあえず、本当に粗末な夕食をいただき、俺は藁を敷いた床に横になった。


少しウトウトっとしたところで、じいさんが話しかけてきた。


「ヨシュア様は、ナザロにお家族がいらっしゃるのですかな?」


もちろんいない。

日本にいる本当の家族にもさっぱりと絶縁され、もう10年である。


「いえ。なくしました。」


「申し訳ないですじゃ。悪いことを聞きました。今回の戦は激しく長かったですからな。その被害を受けましたかな?」


「いえいえ。なくしたのはもう10年も前になります。」

ほぼ顔も思い出せない。ろくな会話もしていない気がする。


「そうでしたか。てっきり今回の戦いで失くされたと思いましたじゃ。わしの息子は今回の戦に出ましてな、まだ帰ってこんのです。」


「・・・」


「もうクルファ軍が撤退して3日になりますから、生きていればそろそろ帰ってきてもいい頃ですがな。それで、街道のあたりを見て回ったりしていた訳ですじゃ。」


「そうでしたか。。」


なんか暗くなってしまった。


空気が重い。


これはなんか気の利いたことでも言わねばなるまい。会話とはそういうものだ。


「ナザロは勇敢に戦いました。ご子息も立派に戦われたことでしょう。きっと帰ってきますよ。」


適当なことを言って胸が痛むが、とりあえずこの場を乗り切って、ぐっすり寝たい。



じいさんは静かに泣いていた。


大事な息子だったのだろう。過去形にするのは失礼か。


大事な息子なのだろうな。


でも、随分と歳じゃないのかな?


そういえば、じいさんは一体いくつなんだろう?


いろいろ疑問がわくが、さほどの興味もないので、じいさんを、ヤゼフさんを放っておいて寝ることにした。



しばらく目を閉じて休んでいると、じいさんがやおら立ち上がり、床板を外し始めた。


驚きながらも見守っていると、古びた壺を掘り出した。


「ヨシュア様、今夜ひとつ付き合って頂けませんかな?」


ぽかーんとしていると、


「ヨシュア様。酒でございます。ご禁制ものですが、今宵はお目瞑り頂きたいですじゃ」


さっきまでメソメソしていたのに、随分と元気になった。


まあ、付き合ってみよう。


しかし酒自体あまり飲んだことがない。

こんなボロ家で作った自家製酒など飲んでも平気なのだろうか?


そんなことを考えているうちに、じいさんはボロボロの木の碗に赤黒い液体を注ぎ終えた。


それはワインのように見えなくもないが、こんなドロッとしているものなのか?

ワインに失礼なので、謎の酒ということにしておこう。


「ささっ。どうぞ召し上がって下さい。息子の弔いですじゃ」


いつのまにか息子は死んだことになったらしい。

切り替えが予想以上に早いな。


まあ、そこまで言われちゃ飲まないわけにはいかないだろう。


グイッと飲んでみた。


渋い。


えぐみと渋味が前面に出ている。

喉越しが最悪である。

しかもアルコール発酵による苦味と酸っぱ味が鼻を襲う。

ほぼ毒物である。


喉が締る。

生物として本能的に飲み込むことを拒否している。

しかし気合入れてゴックンと飲み込んだ。


身体に電撃が走った。


謎の飲料は、食道から胃を貫き、そこから体中に弾けた。


指先から爪先まで、そして脳に直撃した。


「プッハー!」


これは独り言ではない、若干音量が大きいが。


「おお!大した飲みっぷりですな。お見事ですじゃ」


じいさんも喜んでいる。

こうして2人は次々と杯を空け、かなり酔っ払ってきた。



「息子が帰らなければ、この先祖代々の畑も取り上げられてしまいますじゃ。ご先祖様に顔向けができませんですじゃ。」


「じゃあ誰か信頼できる人に売ったらどうすかぁ」


俺は酔っ払って、結構適当に答えてしまった。


「わしらは農奴でございますじゃ。土地の売り買いなどとんでも無い。農奴は土地と共にあるもの。農奴が途絶えれば土地も消え、土地がなくなれば農奴も消えますじゃ。都市市民のヨシュア様はご存知ありませんでしたかな?」


全然知らなかった。


農奴って何だ?


なんか知らんけど奴隷の一種なんだろうな。

大変だなー、跡取りがいないと追い払われるのかー。かわいそーに。どうすんの?


「無知を晒してしまい、お恥ずかしい限りです。しかも私は都市市民というわけでもなく・・・。」


「ということは、奴隷兵ということですかな?なるほどなるほど、それで、捕虜から逃げたはよいが途方に暮れられていたという訳ですな。そうなると些か厄介なことになりましたな」


じいさんが、ヤゼフさんが一人納得をして、ウンウンと頷いている。何がなるほどなのだ?


「といいますと?」


「奴隷兵は捕虜にされますと捕虜にした者が主人となりますな。その主人から解放されるには、自らを買い取ることが必要ですじゃ。さもないと基本的には御身は国に没収されてしまいますぞ。これは国法に定められている奴隷の扱いですじゃ。奴隷兵は軍に、農奴は土地に縛られていなければならないということですじゃ。兵隊さんは命がけで大変でしょうが、まあ農奴は気楽なもんですじゃ。」


これはやばい。


酔っ払っている場合じゃない。

知らん間に奴隷兵になっており、所有者不在の野良奴隷兵ときた。


見つかったら保健所行きじゃないか。

おちおち外も歩けないぞ。


「ど、どうしたらよいでしょう?」



じいさんはじっくりと目を瞑り、一頻り思案したのち口を開いた。


「わしには帰ってくるはずの息子がおらんですじゃ。」


早く帰ってくるといいね。

ちょっとフライングで弔っちゃったけど。


「ヨシュア様には所在がない」


まあそのとおり。

約10年、所在はありませんでしたなー。


「ならばヨシュア様はわしの息子であるとして、農奴の登録をなされたらいかがですかな?」


おお名案って、どっちも奴隷じゃないの。

うーん。


俺はしばらく渋い顔をしていた。


「ままま、そのように悩まなくてもよろしいですぞ。農奴と言っても一年間の割り当て分の小麦を納めれば後は自由。跡継ぎさえしっかりしていれば、なんの文句も言われませんですじゃ。ヨシュア様は、自由人のごとく振る舞ってもらってかまわんでずぞ。まあ、わしが死んだ後は野となれ山となれですがな。がははは」


なんかキャラ変わったかな?


ご先祖様代々の大切な土地はじいさん亡き後、野か山になるらしい。

先祖への顔向けとかはいいのかな?


人間ってのは、結局自分がよければそれでいいのね。


ともかく、俺が帰ってきた息子として領主的な人に顔つなぎすれば、後は勝手にじいさん、ヤゼフさんがうまくやってくれるらしい。


自由人とやらがどんなものかしらんが、日本でいうフリーターとかだと微妙だな。


でもま、落とし所としては、とりあえずそんなもんかね?


それにまあそれほどまでに跡継ぎってのが重要なら、名義貸しくらいなんでもないしさ。

一泊の恩義もあるますからな。


「ありがたいお申し出です。よろしくお願いします。」


そんなこんなで、酒盛りは盛り上がり、結局それなりの量が入っていた壺の謎酒を2人で空けてしまった。


俺はベロベロになり、深く深く眠り込んでしまった。



ふと気がつくと、光の世界にいた。


「あれ?エウリ・デウス、様?」


俺は寝っ転がっているオッサンに声をかけた。

もちろん確信はなかったが、光に包まれたこの世界での知り合いは1人しかいないのだ。


「む。なぜ人間がここにおるのだ?」


「いやわかりません。飲みつぶれて、寝込んだらここにいたのです。またお会いできまして光栄でございます。エウリ・デウス様。あと、大変素晴らしい能力を与えてくださいましてありがとうございました。」


俺は一応一通りのお礼をすませた。

やばい感じの、根本的に話の通じないオッサンだが、確実に何かの力をもっている。

怒らせてはいけないだろう。


「ふむ、そうであるか。私の能力が役立ったのであればなによりである。ん?お前、エートスがおかしいのではないか?」


また訳のわからん話が始まったようだ。

ここは謙虚に話を聞こう。


「何か不具合でもありましたか?」


「うーむ。おかしいぞ。お前、セイベツなどしたわけではあるまいな。どれこの石を持ってパンにしてみよ。」


いよいよやばい展開になってきた。

わけのわからない絡み方をされたぞ。


はいパンになりましたとか調子こいたら、じゃあそれ食べてみろなんていうツッコミが来るわけで、タチの悪いヤンキーみたいなもんである。


ここは慎重に対応する必要がありますな。


まず、セイベツがどうこういっていたな。

神様的な方だとそうゆうのが曖昧なのかな?

見た感じ完全なオッサンだが。。


「エウリ・デウス様。私一応、男でございます。また、石をパンになど、そのような(マジシャン的な)ことはとてもできません。」


「ふむ、お前は男であるか、見ればわかる。いやしかし、ますますおかしい。セイベツもできんで、そのエートスとはな。一体何があったのだ。私のせいか?場合によってはデメテルにうるさく言われるのー」


言語明瞭意味不明。


なまじお力をお持ちの神様的な方なので、逆らうこともツッコム事もできない。大人しくしていよう。


「私の不徳の致すところでございます。」


「不徳だと!?このエートスでなにをいう!!」


やべ、なんか怒らせた。ポイントが分からん。


「しかし、このままというわけにもいかんだろう。ペースが早すぎる。私が少し預かろう、それでいいな?」


なにを預けたらいいのかさっぱりわからないが、結構怒っているみたいだし、俺の方から押しかけたみたいだし、素直に従おう。


「ははっ、仰せのままにお願い致します。」


「うむ。その9割9分9厘を預かる。しかと精進せいよ」


なんかを99.9%カットされるわけね。


よく分からんが、満足してるみたいだしよしとしよう。


「今回の処置は取り引きではないぞ。私が一時的に預かっただけなのだから、お主に与えるものはない。さらばだ」


光が収束する。

行ってしまわれた。。。



こうして山から下りた怒涛の一日目は終了した。


俺は異世界で、じいさんの、ヤゼフさんの(義理の)息子になった。


どうやら身分は今は奴隷兵で、明日から農奴。

エートスとかいうのは99.9%カットされている。

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