1話 若年ホームレスの異世界転生
俺はいわゆる転生し、この世界に送り込まれたらしい。
らしいというのは、日本にいた記憶がありありと残ってながら、今ここが明らかにその世界とは異なる状況だからである。
強烈な匂いが鼻をつく。俺は、山積みになった死体の中にいる。
ありえない。
青白く冷え切った肉体に触れている。もちろん気味が悪い。
俺は今、異世界にいる。多分。
俺の周りには、ハエのたかった死体が重なり合っていた。
どの死体も10代から20代の男性で、みな刺し傷や切り傷を負っているようだった。
ほぼ半裸で、身ぐるみを剥がされていたが、恐らく兵士と思われる。彼らの服装はかなり貧相で、ゴワゴワの肌着にボロボロの布を下半身に巻きつけている。
やれやれ、なかなかのオープンニングだね、こりゃ。
多少の匂いには耐性はあるが、これはひどい。
前世?の俺は、青春時代のほとんどが半引きこもり状態だった。
当然のように、高校を中退。
もちろん、定職につかず。
自然の流れとして、両親に絶縁され。
運命に逆らうべく、なけなしの貯金をFXに投資し、やはり失敗。
当たり前のように、サラ金に手を出し。
逃げるように、若年ホームレスとなった。
たまに、小銭があるときはネットカフェで寝たり。
それ以外のほとんどは、橋下や公園などを転々としながら生活をしていた。
そして2019年に、多分28歳で凍死した。
なぜなら、その後の記憶がないからである。
ごみ溜めみたいな暮らしをしていた俺であるが、これはひどい。
初体験である(当たり前のように、そっちの体験はない。プロアマ問わず)。
泣きそうである。
感傷に浸っていると、俺自身も半裸状態であることに気がついた。
大変恐縮だが、心を鬼にして近くに死体から少しでもまともそうなサンダルやボロ布を漁り、それを身につけた。
他にもないかなーと、何枚かの肌着もむしり取り、近くにあった頭陀袋に詰め込んだ。
そして念の為にと、一人の兵士が握りしめていた木製の槍(先が折れていたが)をとり、その場を後にした。
臭い。
体に染み付いた匂いは、ホームレス特有の獣臭ではなく、死臭である。
ちなみにだが、獣臭はある一定レベルを突破すると無臭になる(本人的に)。
これをスター状態という。
5〜6年のホームレスキャリアの中で培った耐性も、この死臭には敵わない。
俺は身体を洗うための水場を求めた。
山道を下りる形で、40〜50分移動すると水が流れる音が聞こえた。
沢が近くにある。
気がつくと喉もかなり乾いており、体も極度に疲弊している。下り坂の疲労は気付きにくいのだ。
本当は山道を外れるのは、危険だ。
でも今はとにかく水を飲み、横になりたい。
水の音のする方に、腰丈を超える草をかき分け入っていった。(本当ならばアウトなので、良い子は真似しちゃダメだ)
10mほど草をかき分けると、緩やかな崖になっており、その下は予想通り沢となっていた。
怪我などしないよう、慎重に崖を降りた。
俺は荷物を降ろし、川の水を飲んだ。うまい。
思っていた以上に体は疲弊していたらしい。頭陀袋を枕に横になった。
服や体の匂いも気にならないほどの強烈な眠気が襲ってきた。
本来であれば、このまま眠りにつくのは良くない。
危険である。
水場の近くの土は夜になると冷え込むし、夜露をしのぐための屋根も欲しい。
季節が分からない以上、できれば火も起こしておきたいところである。
しかし、強烈な眠気は体の自由を奪い、あらがうことができなかった。
さっきまで死体と一緒に寝ていたのだ。
もうどうだっていい。
俺は、ぐっすりと眠り込んだ。
頬にあたる冷たい感覚と閉じた瞼を突き抜ける光の感覚で、俺は目を覚ました。
どうやら無事だったらしい。
もちろん体は冷え切り、石のように固くなっていた。
しかし、朝の木漏れ日が暖かく、このまま気温が上昇することが予想できた。
俺はゆっくりと時間をかけ、ボロ布を使って体、顔、頭を川の水で洗った。
川の水は冷たく、汚れもなかなか落ちなかったが、顔と頭を洗い終わったところでやっと一息つくことができた。
ここで一旦、自分の置かれた状況を整理する。
いったい俺はどうなってしまったのだろう?
山積みにされていた死体は、日本人ではなかった。
はっきりとは分からないが、西アジアか中東の人のような顔つきに思えた。
洋服や靴もあまりにも原始的である。ただのボロボロであるとも言えるが、文明の兆しがない。
もちろんまだ、生きた人間と会っていないので分からないことだらけである。
しかも、もう半日以上水しか飲んでいない。まあ、これについては多少慣れている。
ホームレス時代には、コンビニやスーパーなどのゴミ収集場を漁ればなんとかなった。
飲み残しのタピオカミルクティーなどは完全なご飯である。
しかし、この山でのサバイバルはかなり厳しい気がする。
俺は、さっさと川をたどって山を下ることにした。
2時間ほど下ると、広い平野が見えてきた。そして、遠くに街らしき建物郡があり、黒い煙が上がっていた。
遠すぎて正確には分からないが、恐らく戦争をしているようだ(そして俺は兵士のようなものだったのか?)。
そう考えるとこの山は、どちらかの陣営の死体置き場(捨て場)ということになる。
俺自身の存在はどのような位置付けにあたるのだろうか?
街に歓迎されるのか?
さてはて、捕縛され奴隷にされたり処刑されたりするのか?
大変気になる。
少なくともあの煙の上がっている街に行くべきではないか?
しかし、このまま山をさまよっていたのでは、体力は衰える一方である。
俺は、もう一度、考えをまとめるためにその場に腰を下ろした。
まず優先事項は、食料と寝床の確保である。
今は気候が比較的良いので野宿でも耐えられるが、雨が降ったり、風が強くなったら命に関わる。
いや、今もほぼふらふらである。
野生の動物に遭遇でもしたら、まずアウトである。折れた槍があってもだ。
こんなもの(武器)は、使わないに越したことはないのだ。怪我する。
食料についても、木の実やキノコを見つけたにせよ、火が欲しい。
生は厳しい。
もちろん、しばらくは水っぱらでも耐えられるが1〜2日が限度だろう。
しかし、ひょいひょいと街に出ても良いものだろうか?
街側にとって、俺が敵側の兵士だった場合、間違いなく捕虜にされるだろう。
その前に、言葉は通じるのだろうか?
異世界転生の場合、ご都合主義で通じることになっているが、まだ分からない。
あっさりと処刑となったら目もあてられない。
味方側だったら?俺は誰だということになる。会話が成立しない。
その前に、言葉が通じなければもっと混乱するだろう。
ふむ、分からん。
ネットカフェに寝泊まりしていた時、いくつかの異世界ものを読んだことがあるが、導入時でここまで躓くことはなかった気がする。
基本的には、なんかトントン拍子でのし上がって行くもんだったはずだ。
おかしい。
困難しかない。
俺は基本的には温厚で忍耐強いホームレスだが、ここまで投げやりな状況はなかった。
このまま餓死でもしてみろ?
訳がわからないよ。
そもそも、特典である特別な能力は備わっていないのか?
そういうのは顧客サービスなのではないか?
多くは求めない、せめて火起こしの能力ぐらいサービスしてくれても良いだろう。
言葉もそうだ。
これで話も通じないんじゃ何もできないぞ。
ふざけるな、助けてくれ。
突然、光が溢れた。
何も見えない。これは気絶したか?もしかして死んでしまったのか?
などと慌てていると、声が響き渡った。
「私は、エウリ・デウスである。」
「・・・」
「お前が私を呼び出したのか、人間よ。」
訳がわからない。
しかし、真っ白な光溢れる世界から、はっきりと声が聞こえる。しかも「人間よ」ときた。
これは間違いなく、神様であろう。
「あなた様は、神様ですか?」
「ふむ、まだ何もわかっていないようだな。よろしい。正確には違う。私は神ではない。」
「すると天使様か何かで?」
「そうゆうものでもない。とにかく私は、エウリ・デウスである。まあ、演出家のようなものと考えておればよい。そもそも私が誰であるかなど、今のお前には無関係なことではないのか?」
「よくわかりませんが、わかりました。では、今の私の状況をなんとかしていただけるので?」
「そうだな。随分と文句が多いようだったので出てきたのだ。」
「大変失礼致しました。突然の状況に、説明もなく、思っていたのものと違い、強烈な匂いと喉の渇き、体の疲弊に加え、飢餓状態に瀕していたもので、まさか誰かに聞かれているとも知らず、好き勝手文句を思い巡らせてしまいました。ご勘弁ください。」
「まあよい。私はどちらかといえば、お前たちの味方だ。気にする必要はない、どんどん愚痴ればいい。それはそれで面白いからな。早速だが、状況を説明してやろう。」
「ははぁ!」
「うむ。まず、お前の予想通り、お前は平行世界に時空間転化している。まあ、異世界転生でもだいたい同じことだ、どっちでもいい。その原因はL-vthnを討伐し、bh?mthを飼い慣らし、人々のエートスを修正し、yhv/vh具象化の前衛を務めることを期待されたからである。よかったな。ぜひ頑張って欲しい。」
「・・・」
「では、これ以上用がないのであれば・・」
「ちょちょちょっと、待ってください!えと、あります。用事があります。あの、まず、状況は理解できませんでした。それはまだいいとして、この状況をなんとかして欲しいのです。もうすぐ、詰みます。餓死か、凍死か行き倒れで。すでに少し倒れていますし。もうちょっとなんとかしてください。」
「ふむ・・・。」
俺は、まさに神に祈った。
ここでどのようなエウリ・デウス様のご権能が示されるのか?内心、ワクワクである。
「それは無理だな。」
「え?」
「私が、お前に直接加担するわけにはいかん。そんなことをすれば、bh?mthがハエになってしまうではないか。」
俺は頭を抱えた。訳がわからん。
会話としては成立している気がするが、理由が、いや内容がさっぱり理解できないのだ。さっきからほのかに感じるのは、まともなふりをしているアッチの人との無理な会話感、すなわち違和感でいっぱいである。
しかしこの状況においては、ある程度粘る必要があるだろう。
俺の体は、あと数日ならばなんとかなるだろうが、その後がやばい。
本当に詰む可能性がある。
せっかく異世界転生したのに、こんな結末はあんまりだ。
俺は、とりあえずこのエウリナントカを悪魔とみたてて、「交渉」することにした。
「エウリ・デウス様。」
「うむ、わかってくれたようで嬉しい。」
「いえ、あの。・・・ここはひとつ、取引というのはいかがでしょうか?」
「なに!! 取引だと。」
「あ、そうゆうのはダメですか?」
「いやいや、違う。そうゆうのはとても楽しみだ。言ってみろ。」
「は。私が一方的に何かをいただいてしまいますと、bh?mth様がハエになってしまうようですので、これは諦めます。しかし、私の方からも何か差し出すというであれば、いかがでしょうか?」
「bh?mthは、様ではない。bh?mthである。まあそれはいいとして、そうだな、お前の差し出すものに見合うものをやるのであれば、デメテルもそううるさくは言わんだろう。」
「デメテル様? そのデメテル様がエウリ・デウス様のご上司で?」
「あ、いや。アイツはただのうるさ方よ。気にしないで良い。忘れろ。で、お前が差し出すものとはなんだ?言え。」
ふむ、ここは勝負どころかな?
悪魔といえばこれが大好物なはずだ。
「はい、私の魂を差し出します。」
「なんと!それはまずいな。お前の魂に介入してしまっては、yhv/vhの成就に影響が出やもしれん。そんなことになれば本末転倒というもの。うーむ、しかしその覚悟は見上げたものよ。偉い! そうだな、そこまでいうのならば、少し可哀想な気もするが、私の得意分野で少し頂くとしよう。」
「と、言いますと?」
「運命だ。運命をほんの少しもらおう。その代わり、火と言葉をやろう。さらばだ。」
行ってしまわれた。。。
なんだかよくわからないが、運命ってのは、あげたりもらったりできるの?
ともかく、俺は運命を少し取られて、火と言葉をもらったようだ。
交渉成立?なの?
基本的に一方的でしたな、ワン・サイド。
今のところ、明らかになったことはほぼないが、少なくとも俺はいわゆる転生した。
そして、何らかの任務のために、この世界に送り込まれたらしい。
まあ、なんとか生きのびていくしかないようだ。
光が収束していく。
頭がクラクラして、気絶した。
しばらくして、俺は目を覚ました。あたりはもう暗く、気温も下がってきたようだ。
随分と長い間、俺は倒れていたらしい。
さっきまで昼過ぎくらいで、川べりで文句を言っていたはずだ。
「暗い・・」
先ほどのエウリ・デウスとの会話に慣れて、つい言葉に出してしまった。
これをホームレスがやると、周りの人から大変気味悪がられるので、気をつけていたのだが。
火が出た。
マッチで擦った時くらいの。
火は、いわゆる人魂のような形でボウっと現れ、ゆっくりと下降していった。
俺は驚きのあまり、ぼーっと見ていたが、「火」である。
俺は、急いで持っていたぼろきれに火を移し、焚火を作った。
一安心である。
まわりに落ちていた枯葉や枝を拾い、少しずつ火を大きくした。
暖かい。
そして明るい。
火は偉大である。
枯葉も枝もいくらでもあるので、今日はここを寝床にすることにした。
空腹もひどいが、水を飲んでおけばあと1日くらいは持ちそうである。
そこは若年ホームレスとしての忍耐の見せ所である。
いやしかし、思い出すにつけ訳の分からない会話だった。
何だったんだ?
エウリ・デウスか。
よくわからん人?だったけど、火のおかげで暖かいし、いい奴だと認定しよう。
あ。
ところで俺は今、異世界にて、異能を持っていますな?
どう考えても、大したことのない、いや確実にちっぽけな力だけど。
でも、前世の日本でこれができたらテレビやらマジックショーやらFBIやら引っ張りだこじゃね?
完全に超常現象を起こせるということだよね?
ライター程度?
いやいや、そういうことじゃなくて、超能力を授かったという事実が大きいわけ。
エウリ・デウス様は正常なふりしたあっちの人ではなく、本物の神様的なお方ということになりますな。
いやーありがたやありがたや〜。
ま、この世界が魔法なんぞ当たり前で、あちこちガンガン使ってるってことだとするとしょんぼりだけども。
ともかく、火には困らん。
よろしければブクマをお願いします。
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