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桜の蕾が開き始めた頃、草薙響は陸奥中里高校へ入学した。
響は記憶していないが、この学校へ登校するのはこれが2回目なのだそうだ。昨年の春、事故で記憶を失う前に登校したことがあるらしいが、それを響は何も憶えていない。
一年前、大きな事故にあって記憶を失ってしまったからだ。
今、響は、親戚である一条家で暮らしている。両親は京都で暮らしていると聞いているが、事故の後、一度も会ってはいない。それがどういう理由なのかはわからないが、響自身の出生や一条家には複雑な事情があるらしい。
そういうことに悩んだ時期もあったが、今はあまり気にしないようにしている。
2回目となる高校生活にも少し不安はあったが、既に1週間が過ぎ、それなりに高校生活に馴染むことが出来ている。
放課後、響はまっすぐに帰ることはせず、いつものように気のむくままに自転車を走らせた。
昨年は事故の後ということもあり、多くの時間を屋敷の中で暮らすことが多かった。
学校からわずか3キロほどの距離の場所に古い城跡があり、そこには山桜の木が植えられ春になると多くの人が花見に訪れる。
東北の4月はまだ肌寒く、桜の花もやっと咲き始めたばかりで、まだ花を見に来る人の姿は多くない。
国道をはずれ、城趾に向かう坂を登っていく。
そこは響にとって心落ち着く場所だった。去年の秋、初めてその場所を知ってから、時間を見つけてはよく通うようになっていた。高校に入学してからは、なかなか時間が取れなくて来ることが出来なかったが、久しぶりにここに来ることが出来た。
突然、道路脇から出てきた一人の少女が目の前に立ちふさがり、響は自転車を止めた。
「いい度胸ね」
一瞬、それが自分に向けられていると思わず、響はどう反応していいか迷った。
思わず自分の周囲に誰か他の人がいるのではないかと周囲を見回す。だが、そこには他の誰の姿も見えず、その言葉は間違いなく自分へ向けられているもののようだ。
「何?」
響はそれがすぐにクラスメイトの一人であることに気がついた。
それは御厨ミラノ(みくりやみらの)だった。祖母がロシア人と噂されていて、その白い肌に青みがかった瞳はクラスの中ではわりと印象の強い存在だった。
彼女は何かを推し量るかのように響を見つめていたがーー
「うんうん、そういうことだったわけね」
「何が?」
「あなた、確か一条家で暮らしているって聞いたわ。間違いないわね」
「そうだよ」
「つまり、あなたが私の生命を狙っているのね」
「……は?」
「でもね、もうわかっていると思うけど、何度やったって同じよ。私は殺せない。話はそれだけよ」
響にはミラノが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれないかな」
「何? まだ理解出来ない?」
「まだ……というか、何も理解出来てない。ミラノさん、君は何を言っているの?」
「嫌ね、恍けるフリは時間の無駄よ」




