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「声が漏れたのは構わないそうです。」
翌日エリヴィラが言った。
昨日のお茶の時間での事らしい。
「イリヤ皇子がしっかり口を塞いだそうですし喋ったとは言えないので問題ないとの事です。しかし次からは間違っても変な行動をとらないようにとお怒りでしたよ。」
「は、はあ…」
私が気の無い返事をするとエリヴィラの目付きが変わった。
「あと7日です。気を引き締めて下さいね!!もしもの事があったら私の首も跳びます。」
「え…私がイリヤの前で話してしまったらエリヴィラがクビに!?エリヴィラに迷惑がかかるの?」
これは初耳だった。
ここに来てからお世話になりっぱなしのエリヴィラがクビになるなんて…
それはあってはならないことだ!
私の顔色がワルくなるのを見てエリヴィラがフフッと笑った。
「マリー様はイリヤ様の事がお好きですよね?だったら7日後の【契りの日】まで大人しくしてくださいね。本当にあと少しですから!」
【契りの日】とは私の国で言う結婚式のことらしい。
【契りの日】3日前には"お茶の時間"にも出なくて良くなり花嫁準備として神殿に入って過ごすらしい。身を清めて神様に祈りを捧げて過ごす。これもまたしきたりだそうです。
そして【契りの日】に神殿の【神の間】でこの国の言葉で結婚すると言う誓いを交互に言い合うと晴れてイリヤと夫婦となり、口を利いても良い…と言う手順だそうだ。
こちらの言葉で最初に教えられたのは結婚の言葉だった。他の言葉は後でもいいからこれだけは覚えるように、と皆が一生懸命教え込んだ言葉だった。
…と言っても"結婚を誓います"だけの簡単な言葉でそれほど難しい物では無いのだが、失敗しないようにと、何度も発音の練習をさせられた。
エリヴィラ達は私達の結婚に賛成してくれているのか親切で真剣だった。
エリヴィラもだが皆さん美しく親切な人ばかりだった…。
本当はこんな美しい人ばかりいるのだから国の中の美しい人と結婚した方がイリヤは幸せでは…?なんて思ってしまう。
「エリヴィラ…あのイリヤは本当は私と結婚したくないのかと思ったの…私が喋ってしまったら結婚は中止になるでしょう?だから昨日喋ろうと思って…エリヴィラに迷惑かけるつもりはなかったの…ごめんなさい。」
するとエリヴィラがなんとも言えない嬉しそうな顔をした。
「それは"マリー様はイリヤ皇子がお好き"と言うことで間違いないようですね。安心しました。でももうバカな考えはお捨てくださいね!」
そう言うとエリヴィラ以外のお世話係も何だか生暖かい視線を浴びせてきた。
?なんだろう…?この感じ、皆がニヤニヤしている…?
その後の神殿に入るまでの4日間はいつも通りの静かな"お茶の時間"を過ごした。
私は時々イリヤの様子を伺ってみたが、私が見るとイリヤは視線をいつも逸らす。そして顔を背けたままこちらを見ない。
イリヤは私が喋ろうとしたのを阻止したくらいだから、私と結婚の意志があると思って良いのだろうか…?
まともに視線を合わせないまま結婚式3日前になった。
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私は神殿に移動するために生活していた塔から出た。
久しぶりの外だった。
お城の庭には衛兵さんが遠巻きにずらっと並んで神殿までの道を作っていた。
神殿につくまで言葉を発してはいけないと言うしきたりなので私は無言で移動した。
衛兵さん達も美しい金や銀の髪で美形揃いだった。
私は自分の容姿が恥ずかしくなってきた。
どうして私の髪も瞳も地味なブラウンなのか…せめて金髪だったら…もう少し美しければ…
こんな地味な女が皇子様の花嫁ですみません。
故郷のナタの街にいた時私は『空の王子に捨てられた女』として子供にも影で笑われていたのを知っている。
この衛兵さん達も密かに『地味な行き遅れ女』と思っていたらどうしよう…いや、そう思われても事実なんだから仕方がない。
………?
…だとしたらどうしてイリヤは私と結婚してくれるんだろう…?
……まさか!!
【誓いのキス】をしてしまったから無効に出来ずに結婚!?
これが一番それっぽいかもしれない!!
だとしたら結婚してすぐに離婚で私は国に帰される!?
何だかドキドキしてきた。
色々妄想している間に神殿についた。
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神殿には中央に大きな扉があるが両側にも扉があり、離れのような建物が両側に左右対称で造られて神殿に繋がっている。その奥に神殿の本殿があり奥行きのある造りのようだ。
両側の離れは婚礼時専用の建物で私はこの片方の建物で3日間過ごす。
そしてイリヤは反対の建物に入って過ごすらしい。
凄く近くにいるのに3日間は丸々会えない。
ラブラブカップルだったら3日も会えないなんて寂しいわ、となるかもしれない。でも私達はラブラブでもないからそうならない。
あと3日経ったらイリヤと話せる。
第一声が「別れてくれ」だったら…と思うとよく眠れなかった。
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【契りの日】当日となった。
今日が終われば私は国に帰るのかもしれない…。
朝からお祈りをして、水に浸かり身体を浄めた後に化粧をされ美しいふわふわした白いドレスを着せられた。
離れの建物から神殿に続く廊下をエリヴィラに手を引かれて移動し神殿に入る扉の前に来た。
「ここから先は私は入れませんのでお一人で…暗いので足元に気をつけて下さい。」
エリヴィラがそう言ってお辞儀をした。
え?ひとり…!すごい不安。
「入ったらこの国の言葉で『私はイリヤ様と結婚を誓います』と大きな声で言って中央に進んで下さいね。言ってから進むんですよ。」
カランカラン!
鐘が鳴らされた。
「合図です。はい、行って下さい。」
そう言ってエリヴィラは私を扉の向こうに押し出した。
バタン!!
後ろで扉が閉まると真っ暗になった。
先に聞いた説明だと暗くて分からないが反対の扉からイリヤが入っている筈だ。
しばらくすると目が慣れてきて少し周りが見えてきた。小さな灯りがいくつもあるのだが、周りを照す程の明るさではなかった。
えーーーーと…
静かだった…。
すると少し離れたところから咳払いが聞こえた。
あ、これは早くしろと言う意味ですね?
そうそう…まずは結婚の言葉、大きく言うのでしたね。
『私はイリヤ様と結婚を誓います!』
自分でも驚く程流暢に言葉が出た。流石毎日練習した言葉だった。
私が大きく叫ぶと反対側から
『私はマリーと結婚を誓います。』
と言う声が聴こえた。
これは…イリヤの声?
初めて聞くイリヤの声だった。
子供の時のかわいらしい声しか知らない私は大人のイリヤの声を聞いただけで胸が高鳴った。
ドキドキしたまま中央に行くと先にイリヤが着いていたようで祭壇のようなところで待っていた。
イリヤが私に手を差し出した。
私もイリヤに向かって手を差し出すとイリヤが私の手を掴み引き寄せた。
手を強く握ったままイリヤが言った。
「僕はマリーと結婚を誓います。」
私の国ユベール国の言葉でイリヤが言った。
あ、私の国の言葉でも言うんですね?
交互に言うと聞いていた私は
「私はイリヤと結婚を誓います。」
と自分の国の言葉でも言った。
さっきはアルトゥルの言葉で言ったので恥ずかしく感じなかったのかもしれないが、自分の慣れ親しんだ言葉で言うのは恥ずかしかった。
するとイリヤが私を抱き締めてキスをした。
長い長いキスの後にイリヤが言った。
「逃がしてやらない、もう僕のものだ。」
そう言って強く抱き締められた。