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幼い頃の彼との約束は
「絶対に君と結婚するから待っていてね」だった。
私が10歳の時の事だった。
彼は突然現れて私と友達になった。
金色の瞳に金色の髪。最初は言葉の発音が変だったのでバカにする子もいたけれど私は彼とすぐに仲良しになった。
頭の良い子だったらしく彼はすぐに普通に話せるようになり、街の子供とも仲良くなっていった。
彼の容姿は大人たちが話していた【天空浮遊皇国アルトゥル】の人の特徴に似ていたので彼がアルトゥルから来た子供だとわかっていたが、彼の容姿はとても美しい天使のようだったし、子供の私には彼が誰であろうと関係なく彼と遊ぶ時間は楽しかった。
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私が住んでいる国は【ユベール国】と言う国で街の名は【ナタ】。私は生まれてからナタの街から出たことのない街娘で名前はマリーと言う。
【天空浮遊皇国アルトゥル】は10年に一度ほど訪れる空に浮かんだ動く島の国だ。その国の人達は皆美しく色素の薄い肌に金や銀の髪をしている。そんな神々しい人達の住む【神の末裔の住む国】と言われている。
アルトゥルが現れた年は気候に恵まれ豊作になるとかでユベール国をあげての大歓迎でお祭りとかもある。
ただし、それは王都でのこと。こんな田舎街ではあまり関係無いことだったが初めて【天空浮遊皇国アルトゥル】を目にした子供たちは大騒ぎとなった。
物珍しさと不思議さで子供たちはワクワクした。
私も空に浮かぶ島を見つめてドキドキした。
彼と友達になってからはアルトゥルの話をよく聞かせてもらった。憧れの国だ。
そこに住む人達の事を想像し、どんなお城があるのか何を食べるのとか色々教えてもらったり想像した。
彼にアルトゥルの事を話して貰うお礼に私はこのナタの街の事を教えてあげ案内した。
そうしているうちに私たちはどんどん仲良くなっていったのだ。
アルトゥルはひと月程ナタの街周辺を飛んでとどまっていた。
この一月は私にとって忘れられない幸せな思い出となった。
彼が去る日に彼は私に言った。
「マリー、僕と結婚して下さい。」
それは10歳にしては驚くほどのしっかりしたプロポーズだった。
きちんと小さな花束を差し出して膝を着いて言ったのだ。
いつも私と結婚したいと言っていたがちゃんとしたプロポーズはこれが初めてだった。
私は恥ずかくて恥ずかしくて…でも嬉しくて、
花束を受け取って大きな声で叫んだ。
「私もイリヤが大好き!結婚したいです!」
この約束は側で見ていた他の子供たちが後で証人となった。
すると彼が嬉しそうに言った。
「僕は【天空浮遊皇国アルトゥル】の第一皇子イリヤ=サーラ=アルトゥルだ。正式にマリーに申し込んだからには必ず成人したら迎えに来る。だから君は僕を信じて待っていてくれ。」
その時初めて彼がただの”イリヤ”と言う子供ではなく”王子様”だった事を知った。
彼は私のおでこに【誓いのキス】をして去っていった。
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その日から私のアダ名は『空の王子の花嫁』となった。
街中の子供達からそう呼ばれて、いつの間にか大人の間にも噂が広まり定着した。
私が15歳の成人の日に本当にアルトゥルからの迎えが来ると言う話が噂されて街中の人が私の家に様子を見に来たほどだった。
ーーーーーーーでも…迎えは来なかった。
最初の一年はきっと来るよね。ちょっと遅れているだけだよ。とか街の人に言ってもらえた。
しかし周囲の人達も時間と共にどんどん可哀想な者を見る目になってくる。
同じ歳の女の子達は皆結婚して、私は『空の王子の花嫁』だから誰も貰ってくれない空気になっていた。
成人してからの3年は私にとって針のムシロだった。
迎えに来る気が無いのにあんな約束するなよ!!
ちょっと叫びたい気分になる。
最初の一年は泣いて暮らし…
次の年には腹立たしく思い…
更に翌年にはもうどうして良いやら…
嘆くのも恨むのも疲れた私は誰とも結婚しないでひとりで生きようと決めた!!
私の影のアダ名は『空の王子に捨てられた女』になっていた。
三年たった今は立派な”行き遅れ女”の出来上がりだった。
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「だから言ったのよ。15歳のまだ早い時期にさっさと誰かに嫁げば良かったのに!!若くてきれいなうちに何とかするべきだったわ!」
母が泣きながら言った。
”お宅の娘さん『空の王子の花嫁』なんて羨ましいわ”
とか言われて当時はまんざらでもなかった両親が最近特に厳しい。
私には二つ下の妹もいたが去年嫁いでいった。
「姉さんみたいな行き遅れになりたくない。姉さんの存在が恥ずかしい」
が口癖になっていた妹とは最後はあまり口も利けなくなっていた。
この国の女性は大概13,4歳位で嫁ぎ先がだいたい決まり成人の15歳で結婚する。遅くても17歳までには結婚するものなのだ。
本来私は10歳で嫁ぎ先が決まった?ので早い方ではあった。
ーーーーーーーーが、
18歳の私は今や完全に”行き遅れ”であり”捨てられた女”である。そして妹に言わせれば”恥ずかしい存在!!”もう家族の足を引っ張るだけの厄介者になっている。
「ずっといていいんだよ~」と最初の頃優しく言っていた父も最近は
「隣街の働き者のガンスキーさんが奥さんを亡くしたそうだが…どうだ?」
どうだ?って何?
「お子さんが三人いるけれど大きくなってるから大変ではないと思うよ。再婚相手を探してるってさ」
私には初婚の相手の話さえ入ってこない!!ガンスキーさんの年齢を聞いたら33だと言う。
「33でも良いじゃない!贅沢は出来ないのよ。このまま一生一人ではいられないでしょう?父さんも母さんもあなたの事が心配なの!!」
母にまた泣かれた。
父も母も心配して言ってくれているのはよく分かっていた。
だからといって33の男に嫁げとはひどい!父とあまり変わらないではないか!
でも私は結婚なんてしないと決めたのだ!!
15歳の時、彼が来なかった時…実はちょっとはそうじゃないかと思った。
だって彼は王子さまだもん。こんな街娘を嫁にするはずないじゃない!
しかも10歳当時であの美しさ…今頃更に美しくかっこよくなっていて、どんな美人とだってどんなお姫様とだって結婚出来る筈。
きっと庶民の私とは釣り合わない。
ちょっと冷静になればわかることだもん…
最初から手の届かない人だったんだ。
もっと早く諦められていれば良かったのだが、10歳の時から私は彼に恋したままだった。必ず迎えに来ると言う彼の言葉を信じたかった。
でも人には分相応な生き方があると思う。
だから私はなんだかんだで実は15歳から本格的にお針子修行していた。
12歳頃から洋品店の手伝いの仕事をしていたので自分でも出来そうだと思ったのと父と、母にいつまでもお世話になるわけにもいかないと思っていたからだ。
女ひとりで細々と生きていくくらいはなんとかなると思う。
だからもう構わないで、と家を出ることにした。
そんな決心を固めていると【天空浮遊皇国アルトゥル】が空に現れたのだ。
遅れていた私の迎えが遂に来た!!