#3 落胆
ダンジョンに入るとそこはちょっとした広場になっているのだが、100匹前後のゴブリンやホブゴブリンで埋め尽くされていた。
「何だこりゃあ?誰か狩りきれなくなって逃げたな?誰も入れねーぞ」
アズはそう言うと背中の剣を引き抜き「ウィンドソード!」一閃を放った。
すると残り数匹を残して全てがキラキラと晶石に変った。
すかさず残った敵を一足飛びで両断しあっという間に殲滅してしまった。
ワルツは剣を構えたまま身動きできずその光景を見ているだけだったが、アズの強さを目の当たりにして驚いた。
「晶石拾うの手伝ってくれないか」
そう言われやっと体の硬直が解け、地面に散らばった晶石を手にとってポーチに入れていった。
「あの、ウィンドソードってこんなに威力ありましたっけ?」
自分の知る限り、ソードマンの最初のスキルであるウィンドソードでこんなものはありえない。
「ああ、ウィンドソードは基礎レベルの高さに応じてLv1からLv20まであるからね。ソードマンだと多分Lv5までかな?今使ったのは高レベルのウィンドソードでナイト位のスキルになるのかな」
何の気無しにアズは説明したが、SPが無限であるため全てのスキルを最高レベルで設定している。
Lv10のウィンドソードでさえ使えるのはナイトレベル50が必要である。ワルツはその辺は詳しくないため
「ナイトレベルの剣技でしたか、ではアズさんはやはり」
ワルツが言い掛けたときにアズは
「俺のクラスで近いのはマジックナイトね、魔法も使えるしブロワーでもビショップでもあるから。まあこのダンジョンで魔法や拳は使わないけどな、ポーションで十分だ」
晶石を拾い終わり立ち上がった。
「あれだけの群れから逃げ延びたんなら多分そこそこレベルの高いパーティーだろうね、下の階層で魔力切れになったのかな?俺達は入れ替わりで入ってしまったってトコだろうな」
剣を地面に突き立てて
「あの数を一度に倒しちゃったし、この階層のモンスターは当分ポップしないだろうから歩き回っても無駄だね。一度ダンジョンを出て時間を潰そうか」
ダンジョン内のモンスターは一度倒すと暫くの間居なくなる。アズの考えではこのダンジョンの1階層目のモンスター総数は150匹程度である。そのため無駄に歩き回りたく無かった。
二人で外に出て
「あの、アズさんは高レベルなマジックナイトなんでしょうけれど、どれくらい冒険に?」
ワルツはアズ以外の冒険者の戦いをまだ知らない、目指す目標の高みを知りたかった。
「始めたのは遅くてね、確か19歳か20歳からかな?」
アズは年数を話さず勝手に想像させることにした。
「ということは5年以上は冒険してるわけですね。納得しました、その装備も相当高価なものなんだと思っていまして」
主に剣のことだが、革鎧も丁寧に作られている。
「全部オーダーメイドだからそこそこ高いと思うよ?ワルツくんも数年頑張ればこれより良い装備は買えるようになるさ」
実のところアズの装備は銀貨数十万枚分のレアアイテムを使って居るのだが、同程度の鋼鉄製の甲冑や似たような低級の魔剣のクレイモアなどであるなら銀貨500枚で十分揃えられる。とは言えノービスやソードマンが銀貨500枚を貯めるには相当な冒険が必要なのだが。
30分ほど経った頃だろうか世間話で時間を潰した後
「さて、そろそろモンスターもポップしてるだろうし行くか」
アズは立ち上がり「この剣ってやっぱり目立つかな?」
ワルツを見て言うと
「そうですね、デザインや装飾が特殊すぎて目立ちますね、ナイトだとしても富豪の家の方かと」
この国を含めて大土地所有者である貴族や農場主は居ない。初代皇帝一族に仕えていた8貴族と東方の1貴族。他は世界が統一される前に存在していた各皇王家とその貴族達は残っているが、一度全ての土地は星帝に差し出されるか買い上げられ、その後は土地の対価として毎年銀貨が支払われている。それ故に土地の争奪戦は無くなった。
各国元王家やこれらの貴族、そして大商人が富豪と呼ばれる者達である。
「そうか、自分で稼いだ物なんだが、少し考える必要があるな」
アズは剣を抜き細部を確かめてみた。
宝石や無用に華美な装飾は施されていないが確かに一般的な形状ではない。特殊なデザインの武器を作らせすぎたのでわからなくなっていた。
「ありがとう、参考にさせてもらう」
そのままダンジョンの入口に二人で入った。
「居ないな、じゃあ言ったとおりにやろう。買った剣と楯を試したいだろ?」
アズの見る限り完全に初心者装備だ。しかし囲まれなければ危険はないだろうと判断した。
「複数の敵を相手にしない事。ホブゴブリンとかは一応俺が片付けるから、弱そうなやつと戦ってくれ」
「あと、これ、ポーションも渡しておくから」
ワルツに5本のLv1ローポーションを渡した。
これはアズがクライアン工房の初級アルケミストに作らせた一番廉価なものでどこの店で売られている。
「わかりました、ありがとうございます」
ワルツはポーションを受け取り、ウエストバッグに仕舞った。
これで自分の持ってきたものと合わせて7本になる。2時間程度の戦いなら保つだろう。ただしアズのスペルにはヒールがあるので使う必要すらない。
手が回らない場合、つまり非常時のためのものである。
そのまま広いダンジョンを歩いていくと
「居るぞ、1匹だからランシット君が行くと良い、俺は他に出てきたら対処するから」
すると「はい」とだけ言ってワルツはそのゴブリンに向かっていった。
アズは戦い方を見ようと剣を抜き警戒しながら見守っていた。
1分ほどの戦いが終わり、ゴブリンは晶石に姿を変えた。
「なかなか強くなってるな、ブロードソードならそこそこ扱えるみたいだね」
だがワルツは息を上がらせていた。
「なんとか倒せました。バックラーのおかげでほとんど傷も受けないです」
アズは「最弱と呼ばれてたと聞いたけど、ノービスとしては合格だと思うよ。このままソードマンに成れればもっと強くなれるから頑張って」
遊びのつもりで付いてきていたのだが、アズはこの少年の成長が見たくなっていた。
最初の頃の自分よりも弱いが、なぜか惹かれるものがある。
「さて、このまままた200匹位狩って昼過ぎくらいに街に帰るとしよう」
今回は出来るだけワルツに戦わせて勘を身につけさせることにした。
ノービスのレベルはゴブリン相手でもかなり上がる。今日中にソードマンにクラスアップするかも知れない。
そのまま二人は戦い続け、予定を大幅に上回る350匹以上を片付けた。
「さてと、かなり稼げたし街に帰ろうか」
アズの言葉で二人は街へ戻っていった。
本日の成果はゴブリン315匹とホブゴブリン42匹だった。
先日より多くの銀貨をワルツは受け取り「じゃあ僕はこのまま防具屋に行きますね。良さそうな甲冑が銀貨20枚で売ってたので買ってきます。後少しでノービスレベルが50になるので、厚かましいお願いですが明日もパーティーを組んでもらってもいいですか?」
その言葉にアズは頷き少し笑った。まるで昔の自分を見ているようだ。ただし、自分はパーティーは組まなかったのだが。
ワルツはその日、予定通りにソードマン用の軽装鎧で中古らしいがかなり良い物が買えた。
弩やコンポジットボウ等の矢には注意する必要があるが、ゴブリンアーチャーが持つショートボウ程度の矢なら通さないだろう。それに冒険二日目にして半年は暮らせる銀貨を手元に残せた。これで生活には不自由しないだろう。
前の装備は部屋の木箱の中に予備として入れてあるが、今後使うことは無いように思えた。
その日も近くの酒場で夕食を摂り、宿屋に戻って眠ることにした。目指すのはノービスレベル50、つまりソードマンレベル10である。
明日を待ちきれないまま疲れからかすぐに眠ることが出来た。
次の日、また朝早くから換金所へとワルツは向かった。
やはりアズはもう既に来ており、またコーヒーを飲んでいた。
かなり高価な飲み物なのだが彼には関係がないらしい。やはり富豪の子息なのだろうか?とワルツは考えた。
ワルツはアズに近づいて「おはようございます」と言うとアズは「ほほう、立派な装備になったな。それならあのダンジョンの1階層ではほとんど危険はないな」
アズの装備を見てみると、剣が変っていた。背中には店で見かけるクレイモアと腰にはカタナを装備していた。やはり両手装備が好みなのか、と考えた。もしくはあまり聞かないが楯を使うのを嫌うナイトなのかも知れない、パラディンでは無いだろう。
「じゃあ昨日のように行ってみるか?ノービスレベル47か、ゴブリン200匹も狩れば剣士か魔法士だな」
アズは間違えてしまった。剣士や魔法士という単語は使われなくなって久しい。
「ソードマンに成れれば良いのですが、マジシャンだと一人じゃ稼げないですし」
ワルツは気にせずに流した。アズ程の強さを持つ人物なら昔の事も勉強しているのだろう。
実際のところワルツはアズの年齢を知らない。20代半ばに見えるが、若さを保つというかなり高価な妙薬を使っていると考えなければ5年や10年でマジックナイトに成れるはずがない。20年は戦っていると考えたほうがしっくり来る。
そして、またデグレ平原のダンジョン1階層に挑戦することにした。
ワルツは装備を買い替えたことによって安全に戦えるようになっていた。アズが見る限りレベル10の4人パーティーなら1階層は問題ないだろう。
「なかなか強くなってるな。これでもう最弱なんて言われることは無いんじゃないか?」
まだまだ戦い慣れしていないがワルツの攻撃はしっかりしてきた。剣を空振ることも殆どなくなってきている上に楯の使い方も上手くなっている。成長のスピードが早い。
そして
「あ、ノービスレベルが50になりました」ワルツは目的に達したが「あれ?クラスチェンジが働かない・・・ソードマンやマジシャンの適正が無いのかな?ソルジャーかガーディアン、ハンターになるしかないのかなあ」
ワルツは肩を落とした。
それを見てアズは
「一旦街へ帰ろうか。また300匹は狩ってるしもう十分だろう?ソードマンやマジシャンの適正が無いとしてもシーフやアーチャー、サマナーには成れるかも知れないし」
ノービスがレベル50に達した時に自動的にクラスチェンジするのはソードマンかマジシャンだけである。これは昔からの仕様と言うべきものだが、ランドーク星帝が新たに作ったクラスには自動転職しない。一度換金所で確認してもらえば成れるかも知れない。
「そうですね、今日もありがとうございました。街で鑑定してもらいます」
ワルツは顔を上げて嬉しげに笑った。