#2 出会い
ワルツが1日目の王都での朝を迎えたのは騒々しい酒場からの宴会らしき大声のためだった。
「こんな朝っぱらからなんなんだよ、ったく」
窓から外を覗いてみると、隣の酒場で宴会が開かれているようだった。
丁度いいか、と革鎧を装備してワルツは冒険に出かけることにした。
ナイフを手にとって見ると森の獣はともかくモンスターと戦うには心許無い。やはり武器を最初に買い換えることにした。
しかし昨日見た限りでは一番安いダガーでも銀貨5枚、ブロードソードなら銀貨8枚だった。手持ちの銀貨では買うことが出来ない。
「ゴブリン100匹か、はあ・・・」
銀貨5枚を稼ぐ間にも生活費は掛かる。まずは手持ちの銀貨や青銅貨が尽きる前に稼がなければならない状態だ。
冒険者登録で魔法石に青銅貨50セント、宿屋の代金が1ヶ月先払いで青銅貨90セント、食事で毎日青銅貨1セントは必要になってくる。休んでいる暇はない。
「まずは銀貨1ドル、ゴブリン20匹だな」
ワルツは換金所に行き自分のような初級冒険者が居ないか確かめたが、目につくのは経験豊富そうな人間ばかりでとてもではないがパーティーに入れて貰えそうにない。
「一人で行くしか無いか」
掲示板を一目見て、振り返って歩こうとした時にドンという音を立てて誰かとぶつかった。
「おっと、失礼。ん?見たところ冒険者みたいだが、そんな装備で大丈夫なのか?」
ワルツは相手の革鎧を見て低レベルのソードマンだと考えたが、それでもまだ自分よりはしっかりとした装備だった。
「大丈夫です、問題ありません」と答えたが装備の充実は必要だと知った。
男は「今から冒険か?何なら俺とパーティーを組まないか?まだ知り合いが居なくてね。これでも冒険者としてはノービスの君よりだいぶ強いと思うぞ?」
その話にワルツは乗ることにした。
見る限り防具は動きやすさを重視した軽い革鎧だが腕の良い職人の物に見える。
しかし背負っている剣にワルツは着目した。店で売っている様なものではなく恐らくは特注で打たせた大型のクレイモアだろう。
レベルは、と確認しようとしたが何故かその男のレベルやクラスは見えなかった。何らかの魔法で隠しているのかもしれない。
「今日はじめてダンジョンへ行くのですが、それでも構わないならお願いしたいです」
その言葉に男は「じゃあ行くか」と勝手に歩き出した。
王都外周東門を出て歩くこと1時間で一番近い目的のデグレ平原のダンジョンに辿り着いた。
「俺が前を行くから君は後ろを頼むよ」
警戒もせずにダンジョン内を進んでいく男にワルツは「あの、お名前を伺っても?僕はワルツ・ランシットといいます」
それに答えて男は「あーそうか、名前をまだ教えてなかったな。んー・・・俺の名前か?・・・えっと、アー・・・アズ、アズ・ダッシュだ、そうだなアズでもダッシュでも好きに呼んでくれランシット君」
アズはその直後に背中の剣を抜き「来たな、ゴブリンが3匹か」
そう言うと走り出しゴブリンを1撃で切り裂いていった。
戦い慣れしていると言うよりも熟練のナイトのようにワルツには思えたが
「悪いけど晶石を拾ってくれないか?今日はグランパープルのポーチを忘れてきたようだ」
見た限り腰の周りにはバッグもポーチも装備していない。ポーションの類も恐らく持っていないだろう。およそ冒険者の準備とは考えられない。
「わかりました。晶石集めと後方の守備は任せてください」
ワルツは転がっている小さな晶石を拾って自分のグランパープルのポーチに収めた。
2時間程度だろうか、ダンジョンの1階層を歩き回ってゴブリンやホブゴブリンを数百匹倒したところで一息つくことにした。
「そろそろポーチに晶石が入らなくなってきたな、一旦街まで戻るか」
アズに言われてワルツは自分の腰のポーチを見てみるとこぼれ落ちない程度に満杯になっていた。
「そうですね、初冒険でこれだけの戦闘をこなして体はともかく緊張の糸が切れそうです、できれば街に。でも初級ダンジョンの割にかなり広いですよね、思ってたのと違うというか」
初冒険の上に対モンスター用の武器ではないナイフでの戦いでワルツは精神的に疲れてきていた。
アズ・ダッシュという人物とのパーティでなければここまで戦えていないだろう。それに剣を買うには十分な晶石が集まっている。
「塔以外はここより数倍、数十倍広いよ。そのうち覚えればいい。じゃあ、帰ろうか」
何故か塔や他のダンジョンの事を知っているアズにワルツは疑問を感じたが、アズがダンジョンの入口に向かって歩き出し、ワルツはその後に続いた。
街に帰り晶石を換金すると銀貨で24枚と青銅貨80枚になった。
「これでまともな剣が買えそうです、ありがとうございました」
ワルツは12枚の銀貨と40枚の青銅貨をアズに渡して武器屋へと行こうとした時、アズが「君は少し不器用だな、それに魔法の才能があるように俺は思うんだが」
そう言われ、ワルツは
「村では最弱のワルツと呼ばれてました。あと魔法の才能ですか?僕には無いと言われたんですが・・・再鑑定を受けてみます、ありがとうございます」
だがマジシャンはソードマンと比較して単身での戦いには向かない。上級のマジシャンやスペルマスターならばソードマンやナイト以上に稼げるのだが、最初の間は無理である。
ワルツはとりあえず剣での戦いでレベルを上げることを考えていた。
「まあいいさ。俺は大体毎朝換金所に居るんで見かけたらまた声を掛けてくれ。君には少し興味がある」
アズは手を上げながら換金所を出ていった。
◇
「エコーロケーション」
オサムは側近の主席近侍である竜人族のテギロットに連絡を取ることにした。
「はい、皇大御神様。いかがなされましたのでしょうか」
テギロットは答えた。
「王都の最外周東門に公用の部屋が有ったと記憶してるんだが何処だったかわかるか?」
相変わらず何の準備もせず出てきたオサムは一種の外部記憶装置として部下を使っている。
「その付近でしたら換金所の3件東側にある建物の2階1フロアを支度させております、身の回りのお世話にメイドを数人送りましょうか?」
テギロットの言葉にオサムは慌てて
「いや、今は目立ちたくないので寄越さずとも良い。荷物だけ届けてほしいのだが、空のマジックバッグを持ってきてしまっていてな。中身の入った冒険用の物を一式夜中に頼む」
いつもは空のバッグやポーチで良いのだが、今回はワルツという冒険者と行動を共にすることにしたのである程度の用意が必要となったのだった。
「では深夜2時頃にシャールスにお届けさせますがそれでよろしいでしょうか?」
シャールスは現在の最上位近侍であるテギロット配下の第5席で、竜人族の中でもテギロットと同様屈強なモンクの最上級職のブロワーでありドラグーンのレベル90という人類がほぼ到達出来ない強さを誇る。
オサムは近侍、雑務には体力に秀でた竜人族やハイヒューマンを、執事等の事務職や巡回、連絡役には隠密性や魔力に優れる魔人族を使っていた。
「それで良いが、くれぐれも誰にも見つからないように頼んだぞ」
通信を終わらせ、目的の建物を探し当てたのは予定の2時を回ってしまっていた。
整えられた街並みの中ですら迷うのはいつものことだがやっとの事で部屋を見つけて中に入ると既に荷物が届いていた。
「御主人様、お持ちしましたがこれらでよろしいでしょうか?」
シャールスは片膝を付いた姿勢のままオサムを出迎えた。
オサムはそれらを確認し「さすがテギロットだな、革鎧の冒険者の装備として一番相応しい外見の物を選んだか」と感心した。
「これで身分は隠せるな、ご苦労だったシャールス」
バッグやポーチの中を確認し終わり「必要なものは全て入っている、帰ってテギロットにもご苦労と伝えてくれ」とシャールスを帰した。
「しかしこの部屋は冒険者の物としては広いな。何処かの国の貴族ということにでもしておくか、エリトールやクラッセは使えないしまた考えないと」
オサムは広々とした部屋の窓際にある大きなベッドに寝転び眠りに落ちていった。
◇
換金所で銀貨を得たワルツはその足で武器屋へと向かった。目的はブロードソードである。
ノービスでも使える、つまりはソードマンレベル1の武器だが手持ちのナイフとは比較にならない攻撃力になる。
余った銀貨でバックラーも買って、一応の装備はこれで整い冒険者としての第一歩をワルツは踏み出すこととなった。
残ったのは元々持っていたものと合わせると銀貨3枚と青銅貨72枚、暫くは生活に困ることはないため狩りで得た分は防具や武器に回せる。
「明日もアズさんと一緒に冒険できればいいのにな」
ワルツは一旦酒場で夕食を摂り部屋へ戻って早めに寝た。明日も出来るだけ早く換金所へ行きアズを待つためだ。
次の日、やはり早くからアズを探してワルツは換金所へと足を運んだ。
掲示板の前で待っていたが後ろから声をかけられ振り向くとアズは建物の一角にある休憩所でコーヒーらしきものを飲んでいた。
このコーヒーというものは数十年前にランドーク星帝が品種改良により作り出し、ようやく一般に出回ってきた飲み物である。ただし未だに高価ではあるのだが。
「やあワルツ君、今日もパーティーを組むか?俺は暇しているんだが」
ワルツが近づいていくと今日は腰にバッグやポーチを装備していた。
「できればお願いしたいです。昨日と同じ場所で良いですか?」
装備を変更したのでどれだけ攻撃力や防御力が上がったのか知りたかったのと、ノービスレベルが38になりもしかするとソードマンかマジシャンにクラスチェンジ出来る期待をしていた。
「じゃあ行くか、あ、朝食ったか?俺はもう済ませたがどうする?」
アズの問いにワルツは
「門を出るまでにパンでも買って、行く道で食べます。問題ありません」
確か換金所と門の中間に数件食料品店があったのを覚えていた。バゲットにソーセージを挟んだもので十分だろう。
「俺も少し買っていくかな昼まで狩りをするとして、もう少し食っておくとしよう」
ダンジョンへの道で食べながらアズは
「今日も1階層で良いかな?装備を買い揃えたみたいだから前後じゃなく左右で行ってみるのはどうだ?もちろん危ない場面は俺が引き受けるが」
余裕の態度で歩いていた。
「アズさんはナイトなんですか?革鎧はともかく剣が普通じゃないですよね?楯も持ってないので背中の両手剣がメインウェポンでしょうか」
腰と背中の剣を交互に見ながら自分のブロードソードと比べていた。明らかに違う、ソードマンの装備とは思えない。
「単なるナイトじゃないことだけは確かだね。魔法も使えるからマジックナイトみたいなものかな」
実際どう表現すればいいのかはわからないため言葉を濁すしか無かった。
「そうなんですね、装備がマチマチでわかりにくいですけど、革鎧はソードマンっぽいですね。素材は革でしょうけれどかなり重装なものですよね。昨日の戦闘でも傷一つついてませんし」
アズの革鎧は素材にヒュージワイバーンの革を中心に数々のレアアイテムを使ったとてつもない代物なのだが見た目は普通の革鎧に似せている。
ドラゴンの爪でも切り裂けない頑丈な鎧で、かなり昔に革職人であるビーツの二人目の息子ガーブル・ビーツが2ヶ月掛けて作り上げたものだった。
対してワルツの装備はお世辞にもソードマン用とは言い難い。シーフが使う様な防御力よりも機敏さを重視した物に見えるが、手製のため仕方がない。
「他にもあるにはあるんだけどね、この装備は気に入ってて他の物だと重いからだな。危険なダンジョン以外ならこれで十分だし」
数百キロもある重装備で30メートルの高さを飛び降りたり飛び上がったり出来るアズにとってはこんな革鎧など重さがないのと同じである。
同じく剣も通常のナイトですら両手で扱うべき重さがあるが、アズにとっては短剣と同様片手で軽く振ることが出来る魔剣だ。
「着いたな、昨日のダンジョンだが広すぎて迷わないようにしないと。ランシット君、また任せていいかな?」
相変わらずアズは迷うのが得意であった。昨日は迷いようのない街でも迷ったくらいなのである。