一方その頃現世では ~ アロイス 舅、姑 かしこくこなせ
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今後ともよろしくお願いいたします。
放課後。
僕の高校とルーのご両親の職場の真ん中あたりの純喫茶で待ち合わせした。
昔ながらの喫茶店はサイフォンがあったりするレトロなお店だ。
マスターと奥さんと二人でやっていて渋い。
有名チェーン店とは違って、正直僕には敷居が高い。
しばらく待っているとルーのお父さんが入ってきた。
ついでにお母さんも。
お二人とも制服ではなく普通にスーツ姿だ。
「すみません、おじさん。お呼びだてしまして」
「ノンノン、波音君、お父さんだろう」
「そうよお、めぐみがそちらをお母様って呼んでるのに、私たちだけ仲間外れ ?」
・・・【お父さん】がいきなりフランス人になった。
この明るいご夫婦からなぜあんな堅実なルーが生まれたんだろう。
時間もないので速やかに今日聞いたことをお話する。
「ということがあったそうです」
「なるほど。それでか」
「謎が解けたわね」
話し終えてコーヒーで一息つく。
マスターお勧めのウィンナーコーヒーは、クリームの甘さとコーヒーのほろ苦さがなんとも言えないバランスで病みつきになりそうだ。
「実はね、めぐみは今日、学校で倒れて早退したんだそうだ」
「・・・早退、ですか」
「先生からの話だと、変な噂がたっていて、それにショックを受けたとか。噂がなんだか教えてくれなかったけど、君の話で合点がいったわ」
お二人もそう言ってアイリッシュコーヒーに手を伸ばす。
ウィスキーが少量入っているそうで、未成年は飲んじゃダメと店の奥さんに言われたやつだ。
「それでね、私が思うに、めぐみはゲームの中での殺人にはもうこだわってないんじゃないかと思うの」
「気にしているのは、実際に同じ状況になったら、平気で手を下せるんじゃないかってところだね」
実際にというのはこちらでってことだと思う。
確かにもしそんなことをしたら過剰防衛で即犯罪者だろう。
「だから、人殺しというのはキーワードでしかないんじゃないかな」
「何か辛いことを思い出させるような。波音君、心当たりないかしら」
心当たりは・・・ないな。
「そういえばめぐみが言ってたな。波音君が手をつないでくれなかったって」
「あら、めずらしいわね。いつもつないでるのにね」
「あ ! 」
思い出した。
そうだ。盗賊を縛って街まで帰るとき、確かに手はつながなかった。
ルーの表情があまりに硬くて無言のままだったから、あまり触れない方がいいと思ったんだけど。
「やっぱりねえ、ウフフ、そういうことね」
「いいなあ、若いって」
「おじ、お父さんたち、何言ってるんですか」
ニヤニヤしている夫婦が気持ち悪い。
「さて、君がめぐみのことを好いてくれてるのはよくわかってる」
「ありがとうございます」
「即答なのね。でね、その気持ちに全然気が付いてもらえてないっていう自覚もあるわけね」
「その通りです」
じゃあ話は簡単だとおじさん、いやお父さんは言う。
「めぐみが君に何を望んでいるか、それを考えてみたほうがいいな。自分が今のめぐみと同じ立場だったら、めぐみにどうしてもらいたいか」
「答えはものすごく簡単なのよ。私たち大人から見ればね。だから教えてあげない。自分で結論を出してごらんなさい。まずは会話ね」
スマホの電源は入れるように言っておくわね、とお母さんが伝票を持って立ち上がる。
「あ、それは僕が」
「高校生のくせして大人にごちそうしようなんて10年早い。成人したら一緒に飲みにいこう。その時奢ってもらうよ」
「・・・はい」
そしてその日もルーはあちらに来なかった。
◎
土曜日にみっともないところを見せてから、夜眠れなくなった。
昼間寝ているというのもあるけれど、あちらでアルに会うのが怖い。
眠るとあちらに自動送還されるから、このところ夜のヒルデブランドを堪能している。
初めの眠れなかった頃は宿舎で過ごしたけど、今は外をうろついている。
間の部屋は冒険者ギルドとつながっているから、扉をあけたらホールの中にいるはずなのに、なぜかギルドの外にいた。
業務時間は夕五つの鐘まで。
残業しても夜七つの鐘までだから、当然中には入れない。
このまま宿舎に行くのもなんだかなと、夜の街を散歩した。
日曜日。
一日寝てしまった。
ボーっとしているのもなんだから、ディフネさんの酒場でお手伝いをした。
「アル坊やとなにかあったのかい。辛そうな顔をしてるよ。酒場は元気と笑顔が大事なんだから。ホラホラ、空元気も元気の内 !」
そんなわけで頑張ってウェイトレスさんをやった。
でも酒場だっていつまでも開いてるわけじゃない。後片付けまで手伝っても明け方にはまだまだある。
仕方なく宿舎に戻ってもらったダンス教本で自習した。
そしてあちらでは徹夜。
月曜日。
登校すると例のセリフがヒソヒソと聞こえてくる。
土曜日のことがどこからか流れたんだろう。
長刀班の人が怒ってくれたけど、もう限界だった。
結局フラフラになって早退してしまった。
そしてあちらでハイディさんの酒場のお手伝いをして、夜明け前から働いているパン屋さんで雑用をして、宿舎で眠って。
なにをやってるんだろう、私。
なんでこんなに悲しいんだろう。
なんでこんなに辛いんだろう。
たった一言にこれだけ苦しくなるなんて。
火曜日。
母にスマホの電源は入れておきなさいと言われた。
そういえばずっと切ったままだった。
アルからメールが来ている。
長刀部の人から話を聞いたって。
アルの学校の人も心配してるって。
たくさんの人に迷惑かけちゃった。
アルへの返信の内容を考えながら登校すると、昨日のようなささやきは無くなっていた。
多分、先生方が注意して下さったんだろう。
朝の会で一時間目が自習になったと聞かされた。
そして私は校長室に来るようにと。
重い足を無理やり動かして校長室の扉を開ける。
そこにはいつもの倍の人が集まっていた。
「おはよう、佐藤さん。昨日は早退したそうだけど、もう具合は良いのかしら」
「おはようございます。校長様。ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
膝を曲げて軽く礼をする。
よく見ると、赤絨毯の左側は我が校の先生だけど、右側は見覚えのない人たちだ。いや、確か、他校の先生たち ?
「こちらの方たちは長刀部の顧問の先生。土曜日に心無い言葉を言われたそうね。その件について謝罪にいらして下さったのよ」
そう言われてみると確かにあの日ご指導下った先生方だった。
「私の言葉がきっかけでとんでもないことになってしまいました。本当に申し訳ないことです」
「最初に言ったのはうちの生徒です。本人は軽い冗談だと思ったようですが、あまりに酷い。もう冗談ではすまされません。名誉棄損で訴えられても仕方がない。今は自宅待機で反省させています」
うちもそうです。我が校も。
他の先生方が続ける。
ちょっと待って欲しい。
一体なんでこんな大騒ぎになっているんだろう。
「それで佐藤さん、どうしますか ?」
「どうって、どうすればよろしいのでしょうか」
「謝罪を受けるかどうかですよ」
一緒に練習した他校の生徒たちが自宅待機ってことは、登校出来てないってことで、つまり停学ってこと ?
正式に謝罪を受ければさらに処分があるわけで、当然学生生活に支障が出て、この先進学とかで推薦がもらえなくなるってことよね。そしてもちろん練習は出来ない。
集まって練習するくらい長刀が好きだっていうのに。
そうなると取る道は一つしかない。
「謝罪は受けません」
「怒っているとは思いますが、ここはどうか」
「私は勝手に具合が悪くなりました。誰のせいでもありません。私の体調管理が悪かっただけです」
先生方は目を丸くして私を見ている。
「謝罪される理由がありません。ですから、生徒さんたちへの自宅待機も、部活禁止も必要ありません。そうですよね、校長様」
「あなたはそれでいいのですか ?」
校長様がおもしろそうに微笑む。
「はい。すべての勉強は継続こそ力です。一週間も休めば取り戻すのに一か月はかかります。せっかくの合同練習の成果を無駄にする必要はありません。ですから、なかったことへの謝罪を受けるつもりはありません」
私の心が弱いせいでたくさんの人に迷惑をかけている。
あちらではアンシアちゃんがチュートリアルを進められなくて困ってるだろう。
ギルマスや兄様たちも心配しているに違いない。
なによりアルとちゃんと話せていない。
向き合わないと。
乗り越えなくちゃ。
強くなれ、私。
「やっぱりあなたはサムライだわ」
先生方の間からそんな声が聞こえたような気がする。
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