一方その頃現世では ~ ルーの学院祭
日曜日。
僕は23区郊外のルーの学校に向かう。
ルーの学校は幼稚園から大学までの、と言っても生徒数はそれほど多くない、こじんまりとした教育機関だ。なんたって各学年4クラスしかないのだ。
一人一人への手厚い教育をとの考えのもと、学生の九割は幼稚園からの校内生。
次の募集は小学校と中学のみ。それも引っ越しや転校で欠けた人数分だけ。後は大学で二割ほどの入学枠がある。
ルーは中学からの入学だから、かなり優秀なはずだ。
学校の名前は聖ジェノヴァーハ女子学院。
カトリックの聖人、聖女ジェノヴァーハから命名されている。
蛮族がヨーロッパを蹂躙していた五世紀頃、次はパリであろうと市民が避難を始めた時、一人の少女がそれを止めた。
「皆様、市中にお留まりください ! 敵は決してパリーにはまいりません。むしろ皆様の逃げておいでになる方向こそ危険です !」
その言葉通り敵はパリには来ず、人々は少女に深く感謝した。
後に彼女はパリの守護聖人とされる。
「はあ、やっとルーに会える」
近頃のルーはアンシアにかまってばかりで、一緒に行動することがなくなった。
一日おきの淑女教育も滞りがちで、僕は兄さんたちと侍従教育を受けている。
間の日は一人さみしくラスさんのところで棒付きキャンデーを作っている。
もう少ししたら遠い街のお孫さんが来てくれるそうだけど、それを聞くまで街の人たちは僕がラスさんの後を継ぐらしいと噂していた。
違うし。
現世でも学院祭の準備でこのところ会えていない。
前は週末毎に会っていたのに。
仕方ない。
わかってる。
アンシアは以前はルーに突っかかっていたが、今はなんとかうまくやっている。
警備隊の寮のリフォームでは素晴らしい成果を出し、街のご婦人たちにパッチワークという新しい趣味を与えた。
寮から戻ってギルドのフードコートで、あーじゃないこーじゃないとアイディアを出し合っているときのルーは本当に楽しそうだ。
ルーの小学校の同級生で、僕と同じクラスの薦田さんによると、彼女はいつも下を向いて誰とも話さず、班行動の時も一人で先生たちと一緒にいたそうだ。
それを思うと今のルーは幸せなのだろう。
ただ、そこに僕がいないというのが気にくわないんだ。
・・・それだけだ。
「いらっしゃいませ、ようこそ聖ジェノヴァーハ女子学院へ !」
門をくぐると受付の前で学生たちが迎えてくれる。
僕はルーから渡された招待状を出す。
すると横から年配の女性が現れた。
「お久しぶりね、山口君。覚えてるかしら」
ルーの担任の山田先生だ。ルーの入院中にたまにお会いした。
「ご無沙汰しています。山田先生。今日はご招待いただきありがとうございます」
「ちょっと急ぎましょうか。佐藤さんは舞台公演に出るの。席は取ってあるから案内するわ」
「舞台って、何をするんですか」
「見たらわかるわ。びっくりするわよ」
そう言って山田先生はズンズン前に進む。僕も遅れないように後を追う。
舞台公演の行われる大講堂に案内された。
席はもう一杯で、立ち見どころか通路の階段に座っている人もいる。
凄いなあ。
「山田先生、こちらですよ」
初老というにはまだ少し早い、上品なシスターが立ってこちらに手をふっている。
「校長様、こちらが佐藤の友人の山口君です」
「はじめまして。山口波音と申します。ご招待ありがとうございます」
「高等部校長の森本です。あなたが佐藤さんの命の恩人ね」
校長先生はどうぞと隣の席を勧めてくれる。
舞台の正面、来賓席だ。
ぼくなんかが座っていいんだろうか。
迷っていると校長先生は椅子をポンポンとたたいて座るよう促す。
「立ちっぱなしだとかえって人の目をひきますよ」
「は、はい。では失礼いたします」
「山口君は高校生にしては丁寧な言葉をつかうのね」
「恐れ入ります」
・・・侍従教育のせいです。
べらんめえ口調に近かった兄さんたちがあっというまに矯正されたんだから、侍女頭のセシリアさんの教育はすさま・・・いや、素晴らしい。
それにしてもすごい観客数だ。
「人が多くて驚いた ? 昨日の学内発表では空席もあったのよ。でも佐藤さんの演技が話題になってね。ぜひ見たいという人が増えたの。もちろん、もう一回見たいっていう人もね」
「そうだったんですか。それで彼女は何を ?」
それは見てのお楽しみ。
山田先生同様、校長先生は教えてくれない。
その時、開始のベルがなり灯が消えた。
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