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未成年は飲酒禁止 !!

 アンシアちゃんの対番になって五日目。

 昨日に引き続き探索のチュートリアルを行っている。

 他のはともかく、これは間を開けずに終わらせた方が本人の為ということで最優先にされた。

 そして今朝は領主館からお使いが来て、ご老公様のお手紙を置いていった。

 手紙には


『かまってくれなきゃぐれちゃうぞ』


 と達筆で書かれていたので、「可及的(かきゅうてき)(すみ)やかに善処(ぜんしょ)いたしますとお伝えください」と言伝(ことづて)した。

 アンシアちゃんは昨日までで五番目のジュエリー・キネタまで終わらせている。

 残りは半分。

 頑張ってほしいものだ。


「あと少しよ。気を引き締めて行きましょう」

「・・・」


 アンシアちゃんは真剣な表情で地図を見つめている。

 地図には彼女のきれいな字でたくさんの書き込みがしてある。

 昨日もう一枚あげたので、夜のうちに清書したのだろう。

 出発地点はキネタさんの前。広場の真ん中だ。

 アンシアちゃんがゆっくり動き出した。



「と、言うわけなんですよ」


 アロイスは学祭での出来事を話し終えた。


「そんなことが。また随分と早く話が進んだな」

「はい。夏休みに元クラスメートとあったときは、震えて一人じゃ歩けない感じでした。こちらでは普通に過ごしていましたけど、あちらでは連絡がつかなかったんです」


 アロイスはメールもラインも通じなかった数日を思い出す。

 こちらで話を振っても、「学校始まって忙しくて」とか「ごめんなさい、その話はまた今度」とかでごまかされてしまった。


「あいつはこちらとあちらの区別がはっきりついているからな。あちらでのことを引きずっていないなら問題はないが、かっちり方がついたんなら良かったじゃないか」

「でも、なんで許す気になったかわからないんですよ。謝られたくらいで、そんな簡単に許せるものですか」

「あいつはなんて言ってるんだ ?」


 エイヴァンはウーンと唸って聞いた。


「今は僕がかわいいって言ってくれるから良いって、痛っ !」

「のろけるな、アホ」


 ディードリッヒが思わずポカリと一発入れる。

 現実世界(リアル)が充実していると書いてリア充。

 腹が立つ。


「お前の疑問はルーが話してくれるまで解決せんよ。それが明日かも知れないし、十年後かもしれん。知りたかったらじっくり待て」

「は、はい」

「それで、付き合ってるのか ?」


 アロイスは悲し気に首を横に振った。



「それで、あの新人の小娘の様子はどうかの、ギルマス」

「小娘ではなくてアンシアですよ、ご老公様」

「わしとルー嬢ちゃんの逢瀬を邪魔する奴は小娘で十分じゃ」


 フンっとご老公様は鼻を鳴らした。

 一日おきの淑女教育にかこつけてのお茶会を楽しみにしていたのに、ここ数日新人チュートリアルを理由に顔を見ていない。

 はっきり言って気分が悪い。


「それで、どんな感じじゃ」

「昨日からはいい感じで進んでいます。上手くいけば今日中に終えるでしょう。彼女は優秀ですよ」

「五日もかかってかの」

「十日かかった方もいらっしゃいましたね」


 誰あろう、ご老公様ご本人である。


「・・・痛い所をつくのう」

「最長記録ですからね。今だ破られていません」

「ふんっ ! ところでなんじゃったかの、あの小娘をメイドにしろじゃったか」


 ギルマスは一枚の紙を差し出した。


「彼女にこういう手紙を書かせました。春にはルーの専属侍女として王都に連れて行きたいのです」

「・・・里帰りと見せかけて裏ギルドの調査か」

「はい。その時メイドがメイドの仕事が出来なければ疑われますのでね。不可(ふか)から()に昇格したところで年間契約をお願いします。報酬はメイド見習より少し下でいいですよ」


 前領主様にムダ金は使わせたくない。

 メイド見習の給金でも、不定期収入の()よりは高いくらいだ。

 メイドの技術が身に着けば、冒険者をやめた後、望めば王都でどこかのお屋敷を紹介できるだろう。


「知ってのとおり、ここの領主館は新人たちの教育機関でもある。我が家で働いていた者は宮廷でも欲しがるほどの腕前になる。それゆえ教育はすこぶる厳しい。鼻っ柱の強いあの小娘に務まるかの」

「それは鼻っ柱の強さでやりぬくでしょう。伊達に王立魔法学園を首席で卒業していませんよ」



 私たちはキンバリーさんの酒蔵を後にして、ハイディさんの酒場に着いた。

 アンシアちゃんは急ぐことなく、じっくりと確認しながら歩いていく。

 かなり緊張しているのが傍からもわかる。

 何としてもこのチュートリアルをやり終えるのだという気迫を感じる。


「なんなの、そんなに怖い顔をして。少し力を抜きなさいよ。ホラ、座ってジュースでもお飲み」


 今日は定休日。

 私たちの為にわざわざ店で待っていてくれたハイディさんは、私たちをカウンターに座らせた。

 待ちくたびれて昼酒していたらしい。

 アンシアちゃんは出されたジュースをゴクゴクと一気に飲み干した。


「いい飲みっぷりねえ。お替りは・・・おや空だわ。待ってて。新しいのを持ってくるから」


 ハイディさんはカウンター横の階段をトントンと地下に降りていく。私はずっと疑問に思っていたことをアンシアちゃんに聞いてみた。


「ねえ、何で新人王を目指してるの ? 王立魔法学園を首席で卒業したなら、王宮魔法師団に入れるって聞いたわ。わざわざこんな田舎に来なくてもよかったんじゃない ?」

「・・・」


 アンシアちゃんは手元のグラスをグイッと飲んだ。


「卒業式の時、卒業認定証をもらう時、その後の進路を言われるの。教本六冊までの次席が魔法師団に行くってわかった」

「そう」

「あたしの名前が呼ばれたわ。首席、アンシアって」


 彼女はグラスを両手で握りしめた。


「それだけだった。あたしは魔法師団に入れなかった。首席なのに。みんな驚いてたわ。でも、聞こえたの」


 あの子、シジル地区出身でしょ。宮廷魔法師団は無理よ。お里が違うわ。


「そんなっ ! ひどいっ !」

「その後の卒業パーティーは欠席したわ。逃げるように家に帰った。家族におめでとうって言われて、自分の部屋にこもったわ。どんな顔してあえばいいの。ここの住人だから、働く場所はなかったって、そんなの親には言えないもん。それにこんなこと街の人が知ったら・・・」


 アンシアちゃんはポロポロと涙をこぼしている。


「だから、堅苦しい宮廷はいやだから、冒険者になる。新人王を目指すって王都を出てきたの。シジル地区のギルドだと、結局どこへ行っても同じことを言われる。でも、優秀な冒険者が育つので有名なヒルデブランドなら、シジル地区出身だからって言わなければわからない。立派な冒険者になれる。そう思って」


 いつもは余計なことを言わないアンシアちゃんが饒舌(じょうぜつ)だ。

 生まれで差別。

 現代日本ではないように思われているけれど、実は今でも住んでいる場所で差別されている人たちはいる。

 詳しいことは教えてもらえなかったけれど、確かにあるのだと教わったことがある。

 貴族社会のあるこの世界では、はっきりとした形で存在するのだろう。

 アンシアちゃんは戦っていたのだ。

 不条理な社会と。

 親を喜ばせられなかった自分と。

 誰も知り合いのいないこの街に、誰の手も借りずに冒険者になろうとやって来たのだ。


「アンシアちゃん、私はあなたの対番で、あなたの姉みたいなものなの。もう一人じゃないわ。アルもエイヴァン兄様もディードリッヒ兄様もあなたの係累よ。頼ってちょうだい。ね ? って、アンシアちゃん ?」


 アンシアちゃんは泣き続けている。

 顔が少し赤い。

 そして、お酒臭い。

 ねえ、今呑んでるそれって、さっきまでハイディさんが呑んでいたグラス ?!


「お待たせ。新しいジュースをもってきたわよ」

「ハイディさん、大変 ! アンシアちゃんがお酒を飲んじゃいましたっ!」

「あらあら」


 地下から上がってきたハイディさんをカウンターに引っ張っていく。


「あらぁ、結構強いお酒だったんだけど、空 ?」


 アンシアちゃんは一方的にしゃべりまくっており、いつの間にかモモちゃんがカウンターの上にいて、ウンウンと頷いている。

 そして時折アンシアちゃんの持つグラスに新しいお酒を注いでいる。


「モモちゃんっ ! 何してるのっ! 止めなさいってばっ! 合間を見て自分も飲むんじゃありませんっ!」


 ハイディさんは手を叩いて大笑いしている。

 私は店の外に向かって叫んだ。


「おまわりさーんっ ! 不良ウサギでーすっ !!!」  

お読みいただきありがとうございます。

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